終戦記念日SS5 戦争って
読みに来てくださってありがとうございます。
終戦記念日ですね。
この話にも戦争が出てきますが、それをベースに書いてみました。
自死についての記述もありますので、苦手な方は読まないでください。
よろしくお願いいたします。
私の恋人ヨハンは、戦争で死にました。
スタリオンとの国境近くに、私たちの住む街がございました。スタリオンからの難民が増えてから一時的に治安が悪化いたしましたが、難民キャンプが作られて生活がロターニャ人とスタリオン人に分けられるようになってからは、元の生活が戻ったと私は思っておりました。
そのスタリオンの難民キャンプにスタリオンの工作員が隠れているという情報が入って、難民キャンプはロターニャの騎士団によって火の海になったのです。誰も助からなかったと伺っております。
私は、その頃から強い不安を感じるようになりました。難民とはいえ、スタリオンに親戚や親兄弟がいる人だっていたでしょう。そういう人たちは、きっとこの事件を聞いたら悲しみ、恨むことでしょう……たとえそれが、間違った政治を行うスタリオンの上層部に原因があったとしても、実際に手を下したのはロターニャの王弟殿下なのです。いつか報復されるのではないか、そんな予感がして不安でたまりませんでした。
ヨハンは、辺境伯騎士団の騎士でした。辺境伯領というのはその名の通り国境を守るために置かれた領地で、辺境伯は事実上侯爵と同等の地位となります。国境を守るという大切な役割があるために、強力な権力と軍事力を持つことが許された特別な存在です。私は、その辺境伯家のお嬢様に仕える侍女でございました。そのご縁でヨハンと知り合い、お付き合いするようになったのです。
その日は突然やって来ました。
スタリオンが攻めてきたのです。魔法を使える人がほとんどいないロターニャとは違い、スタリオンは魔術師の国。兵士もただの歩兵ではなく、最前線の突撃兵でさえ魔法を使える魔術師なのです。
生き残った騎士たちの話によると、スタリオンからの遠隔による魔法攻撃で、為す術もなくなぎ払われたとか。
辺境伯様もその攻撃で儚く散られました。
奥様とお嬢様は、王都の学院で寄宿生活を送っていた若様が不死鳥騎士団と共に辺境伯領に到着されるまでは気丈に振る舞っていらっしゃいましたが、若様が到着するとお嬢様がお倒れになりました。私もヨハンの安否を確認したかったのですが、お嬢様がこのような状況ではお側を離れるわけには参りません。
ただ待つしかない時間とは、なんて長いのでしょう。
やがて、ヨハンのことを知る人が帰城しました。ヨハンは少年兵のマルクを庇って死んだのだそうです。マルクは泣いていました。マルクはヨハンの見習いの立場にあったそうで、ヨハンがいつも私に会いたいと言っていたと教えてくれました。
「遺品にもなりませんが、これ、ヨハン様からいただいたものです。ライラ様にお渡しすべきかと思い、恥を忍んで参りました」
マルクから手渡されたのは、クローバーの押し花のしおりでございました。それも、四つ葉の。
私は涙が止まりませんでした。
ヨハンは、心優しい人でした。趣味は花を育てることでしたが、騎士という職業上、どうしても庭に手が回りません。ですから、私が水やりを手伝うこともありました。そうやって育てた花を押し花にして飾るのが好きで、私にもよくプレゼントしてくれたのです。
「ヨハン様は、現地で四つ葉のクローバーを見つけると直ぐに摘んで、周りの人たちにあげるんだっておっしゃって押し花のしおりを作っていらっしゃいました。偶然なんでしょうが……押し花をもらった人は、みんな生き延びたんです。それなのに、どうして作ってくださったヨハン様が助からなかったのか……神様はひどすぎます」
泣くマルクの背をさすりながら、私も泣きました。二人で声を上げて泣いて、これからもヨハンを忘れずにいようと約束しました。
あれから3年経ちました。マルクはすっかり成長して、次の認定の場で正騎士になることが決まったそうです。
その上、お嬢様が他家に嫁がれました。私はこれを機に、辺境伯家での仕事を辞めました。奥様には残って欲しいと言われましたが、私はどうしてもやりたいことがあるのだとお願いしてようやくお許しをいただきました。マルクにも「お姉様、行かないで」と言われましたが、「もうあなたの方が背が高いのですからお姉様はおやめなさい」と笑っておきました。
辺境伯家を出た私は、その足でヨハンが亡くなった平原に向かいました。3年も経つと、ただの草原のように見えます。
ですが、よく見ると鎧の欠片かと思われる、業火を浴びて変色・変形した金属の破片や、破れ、薄茶色に汚れた布の残骸のようなものがあちこちに散らばっています。もっと前に来ていたならば大きな人骨もまだ残っていたかも知れませんが、やはりそれらしき欠片がポツポツと見つかるだけです。
ゆっくりと進んでいく内に、クローバーが生えている所に出会しました。あの戦争の時にここでヨハンがクローバーを摘んだとは思えませんが、なぜか私はそこを離れがたくなり、座り込みました。スタリオンの方角から、冷たい風が吹いてきます。
ヨハン、あなたは今、どこにいるの?
私は誰もいない草原でただ時を過ごしました。
日の角度が変わった頃、クローバーの向こうに何かが光ったように見えました。近づいた私は、思わず息を呑み、それを拾い上げました。酸化して黒ずんだ銀のプレートには、私とヨハンの名前が彫られています。私は自分が身につけているペンダントトップを確認しました。やはり同じものです。ヨハンとお揃いで作ったものです。ヨハンはここで倒れたのでしょうか。
私はプレートを重ねて、泣きました。やっとヨハンに再会できたような気がしました。これでもう未練はありません。
私はその場に座り込むと、バッグから薬の瓶を取り出しました。用意しておいて良かったと思いました。これは強力な睡眠薬で、1度に一滴飲めば熟睡できる濃縮タイプのものです。それを全て飲めば、私はここで、ヨハンが倒れたのと同じ場所で眠りながら逝くことができます。そうしたら、またヨハンに会える、そんな気がしたのです。
薬を飲もうとした時、遠くから馬のいななきが聞こえました。何だろうと思って首を回すと、マルクが馬を駆けてくるのが見えました。マルクは私を見つけると馬から飛び降りて、私が手に持っていた瓶を奪い取りました。そして、その中身を捨ててしまいました。
「どうして?」
「ライラ様が辺境伯家を出た後、この薬を買って北に向かったと聞いたからですよ。ここで死ぬつもりだったんでしょ?」
「……」
「ヨハン様に会いに行こうとしたんですか?」
「……ええ。マルクも一人前になったし、お嬢様も手を離れました。実家に帰ってももう私の居場所はないし、もういいかなって思ったのよ」
「駄目だ」
突然、マルクが抱きついてきた。
「何の為にヨハン様が戦ったのか、お忘れですか? 誰よりもあなたを守る為に、ライラ様、あなたに生きてもらうために、ヨハン様は戦場に立ったんですよ? それなのに、ヨハン様が何よりも大切に守りたかったその命を、あなたは捨てるというのですか!」
何も言えませんでした。
だって、苦しいんです。生きることが、とてつもなく。
ヨハンのいない世界で私一人が生き続けることが、早く次の人を見つけなさいと言われることが、元同僚たちが結婚して子どもが生まれたと見せてくれることが、その子たちがどんどん大きくなっていく姿が……全てが私にとって苦痛でした。
「辛いことから逃げる。何がいけないの? もうこれ以上は心が保たないの。他の人を好きになんてなれないのよ。大事な人だったんだもの」
「ええ、それは分かりますよ。でも、あなたがこんなふうに泣いてばかりだと知ったら、ヨハン様も向こうの世界で泣いてばかりなんじゃないでしょうか?」
「だから終わりにするの!」
「それは解決にならない。あなたの自死のせいで、向こうの世界で再会できなくてもいいんですか?」
ロターニャでは、人は死ぬと向こうの世界に行き、生前親しかった人と再会できると信じられているのです。ですが、自死すると二度と会えなくなるとも言われています。ヨハンが待っていてくれたとしても、私が自死したら会えない可能性の方が高いのです。
「でも、でも……」
「さあ、戻りましょう」
「いや! もう終わらせ」
突然私は話ができなくなってしまいました。マルクが私の口を塞いだのです……彼自身の唇で。
驚きのあまり腰が抜けてしまった私をぎゅっと抱きしめて、マルクは静かに言いました。
「僕を男として見てほしい、なんてことはいいません。でも、弟としてでいいから、あなたを支えたい。あなたが幸せにならないと、僕はヨハン様に顔向けできないじゃないですか」
戦争なんて大嫌い。大事な人を奪っていく戦争なんて、本当に大嫌い。残された者が悲しむだけの戦争を、国の面子だとか、奪いたいものがあるとか、そんな一部の人間の欲のために多くの人が苦しまなければならない戦争なんて大嫌い。
私はマルクに手を引かれて、馬に乗りました。共通の苦しみを、マルクとなら分かち合えそうだと思えたから。
まだ、これから先どうやって生きていくか、決められません。仕事でごまかし続けた私の心の傷を、ゆっくりと癒やす時間が必要なのかもしれないとも思います。それに協力してくれるマルクに、少しだけ甘えてみようかと考えました。
東の空は既に紺色に染まり始めています。紺色とオレンジ色の境界線に向かって、私たちはゆっくりと馬の歩を進めていきました。年の離れた弟のようだったマルクがこんなにたくましくなったのだと、そんな感慨を胸に抱きながら。
読んでくださってありがとうございました。
世界から戦争がなくなりますように。
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