【七夕&10万ユニーク達成記念】SS4 見る目がある公爵家の家令
読みに来てくださってありがとうございます。
色々重なりましたので、間隔が短いのですがSSを投稿します。
10万ユニーク、ありがとうございます。
こんなにたくさんの方に読んでいただけるなんて、書いていた当時には思いも寄らないことでした。
それでは今日はデニスさんです。よろしくお願いいたします。
デニスでございます。このロターニャ王国唯一の公爵家の領地のお屋敷で、家令をしております。
主人フェルディナント様は、王都とこの海辺の領地を行ったり来たりして忙しくしていらっしゃいます。
そんな主人がある日、医療用の馬車を連れて領地にお戻りになりました。
「例の方ですね」
「ああ、デニス。いろいろすまないが、頼むよ」
「承知致しました」
厳しい顔をした騎士が二人、包帯でぐるぐる巻きになって寝かされている人物のお側に控えています。
「家令のデニスと申します。別館にご案内致します」
「ああ、頼む」
この声で騎士の一人が女性だと言うことにようやく気づいた私でしたが、何事もなかったように馬を用意して、医療用の馬車を先導しました。
別館は、元々代替わり後の住居として使われ続けた建物で、こぢんまりとはしておりますが造りも頑丈ですし、調度品も元公爵の住まいにふさわしいものを用意しています。ここならば、王弟殿下がひっそりと滞在されるのにちょうどよい、静かな環境も整っていると自負しておりました。
「こちらでございます」
「警備は?」
「公爵家の騎士を15名ほど付ける予定でおりますが」
「不要だ。我々だけでいい」
「ですが……」
「デニス殿と言ったか。まだ名乗らぬ内からこんなことを言わねばならないことを許して欲しい。我々は団長直下の部下で、常に殿下に帯同している者だ。今の陛下の状況を鑑みるに、公爵家の騎士団に陛下の部隊の者を紛れ込ませてくる可能性が高くてな、おおっぴらに襲撃するようなことはしないだろうが、逆に護衛や使用人に潜り込ませてくる可能性が高いと考えている。だから、できるだけ人の数を減らしたいのだ」
「なるほど。使用人も少なくてよいのでしょうか?」
「私がメイド長になる。看病の手伝いをするメイドを2人ほど雇って欲しい。それから、力仕事用に従僕を2人。執事を兼ねるといえば希望者はいるだろう。ジルは庭師として外から警戒することになっている。このくらいの人数なら、全員が刺客であっても私とジルで対応できる」
「ジル……ああ、こちらの騎士様ですな」
「そうだ。それから私はクロリス。私たちの素性は、他の者に決して明かさぬように。我々も変装するので、そのつもりで」
「承知致しました。準備のために何人か使用人を入れておりますので、その目で見ていただいて、残す者を選んでいただけますか?」
「分かった」
担架に乗せられて別館に運び込まれた王弟殿下の姿に、使用人たちがひっと声をあげました。クロリスと名乗った女性騎士は声を上げた使用人たちをじろりと見ると、黙って私について殿下を運んでいらっしゃいました。
「デニス殿。使用人は全員入れ替えだ」
「申し訳ありません。指導が足りませんでした」
「いや、あの者たちは通常の業務ならば問題ないのだ。だが、今の団長のお世話という点では覚悟が足りないというだけのこと。団長のお世話は命がけになるから」
私は最初、何を言っているのだろうかと疑問に思いました。命がけとは一体どういうことかと尋ねると、クロリスさんはこう言ったんです。
「感情が揺れると炎の魔法が吹き荒れるんだ。傍にいれば大火傷を負うことになる。若いお嬢さんの顔に火傷を負わせるわけにはいかない、そういうことだよ」
クロリスさんはベテランの騎士のようで、そうそう動揺することはないようだとその時に思いました。それから、その強い瞳が大変にお美しいと……いえ、何でもないですよ。
私は職業斡旋所にいる公爵家の手の者に指示して、求人票を作らせました。公爵家の求人は、公平性を重んじるフェルディナント様のご意向で、一旦必ず職業斡旋所に下ろすのです。その上で、こちらで判断して採用を決める、そういう形を取っているのです。
まず従僕兼執事に応募していた若者2人が紹介状を持ってやって来たので、私は2人を別館に連れて行きました。そして、声には出しませんでしたが、クロリスさんの化けっぷりに驚嘆致しました。
「ああ、あたしはメイド長のクロリスだよ。よろしくね。あんたたちには力仕事メインでやってもらうことになる。嫌なら他を当たりな」
すらりとしたクロリスさんが、恰幅のいいお母ちゃんのようになって、漁師町で話すような話し方をしているのです。騎士のクロリスさんとは、まるで別人です。
採用された2人は「普通」でしたが、メイドが入るとその目が怪しくなりました。何人かのお世話係件兼メイドが、下心を持って王弟殿下に近づこうとし、炎を見せられて1日で逃げ帰っていく。そんな日が続く中で、1人の若い女性がメイドとして入ってきました。
「メイドの仕事だけなら、何とかなると思います」
シャーロットと名乗ったその娘は、これまでのメイド希望者とは違ってお世話係ではなく純粋にメイド希望だと言うのです。気になる点がなかったわけではありません。私はシャーロットをクロリスさんに預けた日、その違和感を小さなメモに書いてそっと手渡しました。
その晩、クロリスさんは本館の私の所にやって来ました。
「シャーロットの件、デニス殿の仰るとおりだ。あれはおそらくスパイだと思われる」
騎士言葉に戻ったクロリスさんが、そんな恐ろしいことを言い出しました。
「では、明日解雇を」
「いや、敵をあぶり出すのに使いたいから、そのままで。今日は別館の中の見取り図でも作ろうとしたんだろう、あちこち歩き回って、通路や窓、扉、そんなものをいちいち確認していた」
「本当に大丈夫なのでしょうか?」
「陽動も作戦の一つだよ」
「そうですか。私のような凡人には、肝が冷えるだけですよ」
「ふふ、デニス殿でも肝が冷えるのだな」
「シャーロットの登場によって、従僕2人がシャーロットの側になるのではないかと心配なのです」
「それも含めて対応する。ジルが庭師なのはなぜか、分かるだろう?」
「大型の鋏でも鎌でも、刃物を持つことに違和感をもたれませんからね」
「木の上から監視することもできるんだよ」
「それは……なるほど。勉強になります」
またあの「ふふ」という忍び笑いの声が聞こえました。
「クロリスさん?」
「いや、失礼。デニス殿は随分素直な方のようだ」
クロリスさんのお年は存じませんが、私よりは10以上年下と推察します。年下の女性に笑われるのは嫌な気分になるものですが、不思議とクロリスさんに笑われても変な気持ちにはなりませんでした。
もう、私の中で、クロリスさんに対する全面的な信頼ができあがっていたのだと思います。
そして、運命のあの日。職業斡旋所から、紹介できる最後の女性だろうというメモが届きました。その女性が、王弟殿下のお世話係として来たクレアさんでした。
平民だと言うわりにはしっかりと教育されているし、浮ついたところもありません。ただ、妙に生気がないのだけが気になりました。そして、事情を聞いて、私なりに考えました。
もし、生きることを儚む者どうしが支え合ったらどうなるのだろう、と。
2人はやがてお互いの存在を支えにして前を向き始めたようでした。もちろん、そのペースは同じではありません。王弟殿下の方が先に、クレアさんにすっかり依存してしまったのです。
レモンの花が開いた日に目を覚ましたクレアさんに、廊下から心の中で何度「ありがとう」とつぶやいたことか。
クレアさんにとっても、元恋人だった方の死は辛いものだったでしょう。これからをどうやって生きていくかと考えた時、支え合えると思えた人が王弟殿下だった。身分を超えて、人は信頼し合えるのだということを、私は痛感しましたよ。
その後も一筋縄ではいかなかったお二人ですが、今はお二人が納得した形で支え合って生きていこうとしていらっしゃいます。そんなお2人を、私はこの公爵領からずっと応援したいと思っています。
ああ、そう言えば、今日は「七夕」でしたね。確か、一年に一度、普段引き離されて生活している夫婦神が会うことを許された日だとか。
一年に一度の逢瀬をロマンティックと思うか、引き離されるようなことをした夫婦を愚かと思うか。人の感性はそれぞれでございますが、そうですねえ、私は……まずは自分の心に素直になってみることから始めましょうか。
え、それは何か、ですか? 今までの話の中にございますよ。
読んでくださってありがとうございました。
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