SS3 息子の嫁にはもったいない
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驚いたよ、パットがクレアを連れて来た時は。
ああ、あたしはアンジェラ。漁師町で息子のパットと二人、毎日忙しなく生きている、その辺にいくらでも転がっていそうな母ちゃんだ。
パットにはあんまりにも女っ気がないからそれはそれで心配だったんだけどね。
とうとう女の子を誘拐してきたのか、いや意識を失っている所を見るとまさか手を出しちまったんじゃないかって、本当に慌てたもんだ。
「パット! お前、その子に何をしたんだい!」
「母ちゃん、この子、海辺で倒れていたから連れてきたんだよ」
「倒れていただって?」
「母ちゃん、よく見てみろよ。この子、服がちょっと違うだろ? 爺さんたちは、もしかしたらグラシアールから流されてきたんじゃないかって言ってた」
「グラシアールからだって? 生きて流れ着くなんて、聞いたことがないよ」
「うん、でも生きてるからさ。爺さんたちも一緒に確認したよ。俺はこの子を運んでやれる。でも、女の子の世話は男の俺じゃできないこともあるだろう? だから、母ちゃんに頼みたくて」
ああ、そうだ。この子はただ、倒れていた女の子を見捨てておけなかった、それだけなんだ。
優しいところが何よりの長所だって、母親の私が誰よりもよく分かっていたはずなのに、あんまりにもきれいな子だったから動揺したんだ、きっと。
「分かったよ。だけどあたしの服じゃ、この子にはあわないねえ」
「そうだな、母ちゃんの服じゃウエストがゆるゆるだ」
「パット、あんたなんて言った?」
「何でもないよ~ きっと空耳だよ~。それより、俺じゃ女の子の服なんか買いに行けないから、母ちゃん行ってきてくれないか? 着替えないとベッドに寝かせてやることもできないだろ?」
「分かった、行ってくるから、あんたはお湯をたくさん沸かしておきな。体や髪を拭いてやらなきゃね。海を知らないグラシアールの子なら、海の水に漬かってさぞ気持ち悪いだろうよ」
「わかった!」
目を覚ましたクレアは、それはそれは儚げな美人だった。パットが言っていたとおり、グラシアールから流されてきた平民だと教えてくれた。
妹に恋人を奪われただなんて、それを聞いただけでもクレアが家族から虐げられていたのがよく分かって、あたしは憤慨した。
空が青いと言ってじっと空を見つめいていたクレアの眦から、クレアも気づかぬ内につーっと涙が落ちていった時には、この子を何とかして守ったやりたいとあたしでさえ思った。
あたし以上に、パットのその後のクレアへの献身と言ったら、見ている母親のあたしに丸わかりな態度だった。
元々、いつでも笑顔の息子だった。
周りの大人の顔を見て、言っていいことと言っちゃいけないことの区別が付く子だった。
目覚めたクレアが泣き出しそうな顔をすると急いで話題を変えて、クレアが泣かないように気を張っていた。
ああ、この子、クレアに惚れちまったんだ。
パットとクレアが職業斡旋所に行った後、私は窓の外に見える海を見ながらその底に沈んでいる夫に話しかけた。
「パットはいい子だ。あんたと同じで、根っからのいい奴だよ。でも、クレアはあの子が手にしていい子じゃない。あんたはもしかしたら、パットの嫁にしようと思ってあの子を浜辺に連れて来たのかい?」
あの人の声は聞こえない。ただ、波の音だけがいつまでもいつまでも耳に残った。
パットとクレアが職業斡旋所から帰ってきた。クレアは炎の騎士様のお世話係として住み込みで働けることになったと報告してくれた。クレアが部屋に戻ると、パットがしょんぼりと椅子に座っている。
「あんた、クレアが出ていっちまうのが寂しいのかい?」
「そりゃそうだよ。あんな優しくて可愛い子、この港町にはいないじゃないか」
「まあ、港町の女は強くないと生きていけないからね」
クレアは目を離したら空気に溶けて消えてしまいそうなほど儚い雰囲気を漂わせている。パットは今まで身近にいなかったクレアのそんな雰囲気にも中てられているんだろう。
「あの子は、あんたが嫁にするなんてもったいない子だ。それに、心に深く傷を負っている。あんたがいい奴なのは母親のあたしがいくらでも保証してやるが、あんたじゃあの子の傷は癒やせないだろうよ」
「うん、そう思う。だからさ、母ちゃん。クレアが炎の騎士様の所でまた辛い目に遭ったら、うちに帰ってきていいよって言ってやったんだ」
「ああ、そうだね」
「帰り道に、どうにもならなくなったら嫁においでって言ったんだ」
「……あんた、そんなにあの子に惚れたのかい?」
「……うるせえ……」
黒く日焼けした顔でも、真っ赤になっているのは分かる。
あ~あ、これは重症だ。きっと明日あの子が出ていったら泣くんだろうな。
パットは翌朝、あの子を連れてお屋敷に向かった。出ていく時、クレアは明るく「行ってきます」と言ってくれた。
「行ってきます、だってよ、あんた」
お世話になりました、さようなら。
そう言われると思っていたあたしはクレアの言葉に一瞬たじろぎ、そしてうれしくなった。大きく手を振ってやると、一瞬強い海風が通り抜けた。
ああ、あんたもあの子の背を押してやるんだね。
この縁が一生の物になるなんて、その時のあたしには思いも寄らないことだった。
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