【100万PV記念】SS1 新人騎士ポールの恋
書籍化にあたり、いろいろ角度を変えて考えたり書いたりしていた時に浮かんだことを、不定期にSSとしてあげたいと思います。
99.5万PV間近で掲載したら100万PV突破したので、100万PV記念とします。ありがとうございます。
僕はポール。グラシアールの南の辺境騎士団に所属している騎士だ。去年入団試験に合格し、一年の研修を無事に終了した。配属先は、ラッキーなことに辺境騎士団の本部だ。
何がラッキーなのか?
そりゃ、辺境騎士団の中で一番「街らしい」ところで生活できるからだ。スタリオンとの国境に近い駐屯地に配属されると、飲食できる店もきれいなお姉さんたちがいるような店もないらしい。難民の対応も大変らしくて、その駐屯地に配属が決まった同期の騎士は呆然としていたよ。
でも、一番のラッキーっていったら、強くて格好いい先輩が何人もいることだと思う。
ロジャー団長は熊みたいにごつくて強い。ハートはすごく温かいんだけどそこに気づかない女が多くて、いつか団長の良さを分かってくれるような懐の深い女性に出会ってほしいと思っている。
団長並みかそれ以上に強いかもしれないという噂のあるオスカー先輩は、クールなイケメンだ。真面目が取り柄のオスカー先輩。だからこそ、そのルックスに惹かれた街の若い娘たちが時々「見学」と称して訓練の場に入り込み、キャーキャー言うことをひどく嫌っている。あの娘たち、オスカー先輩が「うるさいな」と睨むと、「キャー、オスカー様が私を見てくれた!」「違うわ、私よ!」などと騒ぐ。頭が悪いのだろうか。
僕は一度、飲み会の場で「誰か気になる娘はいないんですか?」と聞いたことがある。その時のオスカー先輩は顔を真っ赤にしてしどろもどろになってしまった。まずい、本命がいるんだって、そのとき僕は気づいてしまった。誰なんだろう、オスカー先輩の片思いの相手って。
僕はその時からオスカー先輩の視線の先に誰がいるのか、気になって夜も眠れなくなってしまった。見学に来る女の子たちに視線をやることはない。あっても睨んでいるから、あの中にはいないんだろう。
騎士団の中だというのなら、同僚の女性騎士か、事務官か、医務部のスタッフか、厨房のおばちゃんたち……あ、おばちゃんたちはみんな既婚者だ。
誰だ? 誰なんだ?
ふとオスカー先輩を見た僕は、あっと声を上げそうになった。オスカー先輩の目が一点を凝視している。その視線の先にいるのは……
医務部の薬師たちだった。騎士団の医務部で作った薬は、城下にも卸している。受け取りに来た業者に、4~5人の薬師が薬の箱を手渡している。
あの中の誰だろう?
ふと、1人の女性に目が留まった。優しそうな目をした、きれいな女性だ。事情があるのか痩せてしまっているけれども、そのふわりとした笑顔だけでも癒やされる。
その時、僕は自分が恋に落ちたことを自覚した。本当に恋って瞬間的に「落ちる」んだって初めて知った。
これが僕の「運命」かもしれない。
それから僕はオスカー先輩の恋よりも、その薬師の女性のことが気になっていろいろ調べた。名前はクレアさん。レモンの香りがする、よく効く薬を作る薬師だと聞いて、ああ、あの時飲んだ薬はクレアさんが作ってくれたものだったんだと知った。
実は研修期間中、僕は崖から落ちて大けがをしたことがあった。このままでは騎士生命が絶たれるほどの大けがだったんだが、クレアさんの飲み薬と貼り薬のおかげで完全に回復し、今の僕がいる。
そうか、やっぱり僕の運命はクレアさんだ! 違いない!
と思っていたのだが、僕の恋はあっさりと破れてしまった。
残業の多い医務部の女性スタッフたちを安全に帰宅させるため、騎士が交代で護衛につくという任務が決まった時、僕たちは思わず声を上げて喜んだ。
「いいか、任務だ。送り狼にだけはなるな? 騎士服姿でそんなことをしたら、どうなるか分かっているだろうな?」
ロジャー団長の一睨みで、僕たちのテンションは下がった。でも、クレアさんと近づけるチャンスなんだ。僕は首を長くしてその任務に就く日を待った。待ったが、僕が護衛につけたのは、クレアさんではないスタッフばかりだった。
クレアさんの護衛は、初日からオスカー先輩が誰にも譲らなかったのだ。
そうか、オスカー先輩の片思いの相手って、クレアさんだったんだ。
僕は自分がオスカー先輩よりいい男だって言える所はない。クレアさんの護衛をしたいとクレームを付ける先輩方もいたが、実はオスカー先輩に直接そう告げた人は誰もいない。
その内、ある先輩がすっかりしょげて騎士団に戻ってきたことがあった。オスカー先輩とクレアさんが2人とも顔を真っ赤にしながら手を繋いで歩いて行ったというのだ。
その頃には僕はクレアさんがオスカー先輩のようないい人とくっついてほしいと思えるようになっていたが、まだ「クレアショック」を引きずっている人は何人もいる。
昨日僕が護衛についたスタッフのサラさんが、医務部の中にもクレアさんのことが好きだった男性は何人もいて、中には求婚していた人もいたんだと教えてくれた。
「クレアって、本当にいい人よ? 本人は忙しすぎて気づいていないけれど、男性から見てあのちょっと不幸な感じが庇護欲をそそるのかしら、とってもモテるのよね。好きな人がクレアの方を見ているからって、クレアのことが気に入らない女性スタッフもいるけれど、それは本人たちの努力不足だと思うわ」
ハキハキしたサラさんはクレアさんのような儚げな女性ではないが、一緒に話していて考え方が共感できる、気持ちのいい人だった。
こんなふうに女性と楽しく話せたのはどのくらいぶりだろうか。
僕は家に入る前のサラさんに思い切って声を掛けた。
「また、護衛についてもいいですか? あなたともっと話がしたいと思いました」
サラさんは目を大きく見開いたあと、にこりと笑って「是非、よろしく」と言ってくれた。
僕はそれからできる限り毎日サラさんの護衛についた。いろんな話もした。一緒に居る時間が長くなればなるほど、僕たちは相性がいいのかもしれないと思うようになった僕は、思いきってサラさんに交際を申し込んだ。
「ええ、私もあなたのことが好きになっていたの。うれしいわ」
僕が興奮のあまり思わずサラさんに抱きついて、「段階を踏め」とビンタを食らったことは、今ではいい思い出だ。
僕はこの任務の手当は、お金ではなくて愛する人を見つけるってことだったんじゃないかと今では思っている。
実は同じような形で交際に発展し、騎士と医務部スタッフの結婚ラッシュが起きることを、まだこの時の僕は知らない。
もちろんその中に、僕とサラさんが含まれていることも。
読んでくださってありがとうございました。
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