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読みに来てくださってありがとうございます。
お待たせしました、最終話です。
よろしくお願いいたします。
二年目の春、待ちに待ったレモンの花が咲いた。フレデリックは花の付いた枝を一枝切って、クレアの枕元の花瓶に生けた。風に乗ってレモンの花びらがクレアの顔に落ちた。
「君が好きだと言ったレモンの花が咲いたよ。香りが分かるだろうか?」
深く息を吸い込むような、震えるような動きをクレアがした。フレデリックは思わずクレアの手を取った。
「クレア。起きられるか?」
クレアの目が薄く開く。フレデリックの顔が紅潮する。
「団、長?」
かすれる声でクレアがつぶやいた。
「治ったんですね?」
女神のような微笑みに、フレデリックの心は喜びに震えた。
「俺を救ってくれた女神。一生隣にいてほしい。結婚してくれ」
「私は貴族ではなく、魔法薬のことしか知りません」
「それでいい。君の薬で俺は助かった。君でなければ、俺は2度死んでいた。うれしいんだ。君の瞳を見ていると、いつも生きていたい、ずっと君の瞳を見ていたと思うようになった。生きたいと思うようになった。俺を呪いから救うために努力してくれた君を、好きにならずにいられる男なんてこの世にはいないよ」
フレデリックの言葉に、目を赤くしたクレアが頷く。病み上がりのクレアに構うことなく、フレデリックはクレアを抱きしめ、キスをした。
「はい、フレデリック様」
「初めて名前で呼んでくれたな」
「だって、旦那様になってくださるんでしょう?」
「旦那様、か。いい響きだな」
クレアをその胸に抱きしめて、フレデリックは深呼吸した。
「クレアの、レモンの香りがする」
ノックの音が聞こえた。
「陛下、あの……」
「しばし待て」
え、とクレアが小さく叫んだ。
「陛下?」
「ああ、俺は王弟だったんだ。あの戦争の後始末で兄王が処刑されたので、今は俺が王になった。だから、クレアは王妃になるな」
「あ、あの、私平民です、王妃だなんて……」
「駄目だ、もうクレアが俺のことを『旦那様になるんでしょう』って言ったんだ。撤回は認めない」
「でも、貴族の皆さんが……」
「フェルディナントが、段階を踏んでクレアの地位を用意した。クレアはまず寄子の子爵家の養女となった。その後、フェルディナントの公爵家の養女になった。だからクレアは公爵令嬢になっている。身分の問題はクリアした」
「そんなことしたら、グラシアールの両親たちが……」
「ああ、あれか。もう処分した」
「処分!?」
フレデリックによると、クレアが王妃に内定したことを、どういうルートで伝わったのかは不明ながら、クレアの家族が知ってしまったらしい。死んだと思っていたクレアが生きていたことに驚愕したが、王妃に内定という話を聞いて3人がロターニャの王宮に乗り込んできたという。
「スカーレットとか言ったか、お前の妹は、クレアより自分の方がいい、平民でも王妃になれるなら私が代わるなどと言い出した。クレアは公爵令嬢になっていると言えば、私も公爵令嬢にしてくれ、と騒いで大変だった。親は親で、こんな美しい娘がクレアより劣っているはずがない、お前の目は節穴かとまで言われて、騎士たちが一斉に威圧した。ブルブル震えていたぞ」
3人とも不敬罪で強制送還、そのラインで手を打とうとしたが、3人は諦めきれなかったらしい。牢に入れておかなかったことも災いして、3人が監視されていた客室から抜け出し、王妃の部屋に侵入したのだ。
「クレアがいると思ったんだろうが、クレアは俺の寝室にいた。王妃の部屋には、それなりの服飾品を用意していた。見つけて、妹と母親がそのドレスを着ようとして……入らなかったんだよ。入らなくて破きまくって半裸状態の所を、駆けつけた騎士たちに取り押さえられた。父親がドアの所で騎士たちが入らないように頑張っていたようだが、一瞬で開けられた。ポケットには宝飾品がどっさり収まっていたから、王族の私室への侵入、私物の破損、窃盗。さあ、どうなったと思う?」
「えっと……想像がつきません」
「死刑にしてやりたかったんだけどね、王妃の部屋から出ていなかったから窃盗が未遂ということで、父親は鉱山へ、母親と妹は鉱山人夫用の娼館に送った。一生出られないよ、身請けも禁止してあるし、もし外に出したら娼館の責任者を死刑にすると言ってある」
「は、はあ・・・ありがとうございます?」
「どうして疑問形なんだ? まあいい、クレアが起きてくれたのだから」
フレデリックはしかし、顔を曇らせて言った。
「クレアに謝らなければならないことがある。オスカーのこと、すまなかった」
「いえ、団、あ、陛下がお詫びになることでは」
「オスカーとは、友だちになったんだ。デリックって呼んでくれたよ。あいつがいたから、スタリオンとの戦争に勝てたんだ。今ではオスカーはロターニャとグラシアールの英雄だ。それから……」
フレデリックは、クレアの枕元に置いてあった不思議な形の剣を見せた。
「これは、オスカーが氷狼から与えられた、『氷狼の騎士』の証だ。俺が抜刀しようとしても抜けなかった。氷狼に認められた者しか使えないようになっているんだろう。これはグラシアールにあるべきものだが、クレアが目覚めるまでの守りとして、グラシアールに頼んで借りていた」
「オスカー様が、使っていた……」
クレアがその剣の鞘に触れた。僅かに振動したような気がした。
「陛下。私の身体が元気になったら、この剣を直接グラシアールの王宮にお返ししたいと思うのですが」
「ああ、一緒に行こう。そして、クレアに会いたがっている辺境領騎士団の団長や医務部長に挨拶しよう」
「陛下、あり……」
「さっき、フレデリックって呼んでくれたじゃないか。2人の時は、陛下呼びはなし。いいね?」
「ありがとうございます、フレデリック様」
「ん」
満足げに頷き、クレアの頭を撫で、額にキスをすると、フレデリックは入れ、と声を掛けた。
ドアが開き、よく知っている顔が入ってきた。
「クレア様!」
クロリスとジルが、そしてその後ろにアンジェラとパットもいる。
「クロリスとジルはクレアの護衛騎士、アンジェラは侍女、パットは執事見習い兼護衛。どうだ?」
「みなさん、それでいいんでしょうか?」
「「「「もちろん!」」」」
みんなの目が優しい。クレアは涙ぐんだ。オスカーの剣を握りしめる。
「フレデリック様、もう1つだけお願いがあります。この指輪、着けたままでも構いませんか? お守りとして、身に着けておきたいのです」
クレアは左小指のエメラルドの指輪を見つめながら言った。
「他の男の贈り物は嫌だと言いたいところだが、オスカーには借りがある。それに、その指輪はクレアが『氷狼の騎士』から愛された証拠だ。仕方ない、許す!」
クレアがほっとしたような顔をする。
「その代わり、隣の指には俺からの指輪を必ず、毎日、一日中、着けてもらう」
クレアは大きく頷いた。
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「成り上がりの王妃」として、一部から余りよく思われていなかったクレアだが、魔法薬の普及に力を注いだことで、国民からの支持はうなぎ登りになった。貴族もその恩恵を受けるようになると、誰もクレアのことを悪く言わなくなった。いや、クレアを悪く言わなくなったのは魔法薬のことだけではない。決して人を悪く言わず、いつも笑顔で、できるだけ最大公約数の幸せを追求しながらも、少数派への気配りも忘れない、努力の人。人々は理解した。クレアがこういう人だから、「不死鳥の騎士」と「氷狼の騎士」という2人の神獣騎士に心から愛されたのだと。
一方のクレアはこう思う。みんなが助けてくれ、必要としてくれるから、自分の居場所があり、人のために役に立てたという喜びを味わわせてもらえるのだと。そして、これこそが自分にとっての「幸せ」なのだと。そして・・・クレアは自分がわがままになったと感じている。その幸せの上に、昔から願ってきた幸せ・・・自分だけを見つめて、自分だけを特別に愛してくれる人が、すぐ隣にいるという幸せも感じて。
後ろからぎゅっとフレデリックがクレアを抱きしめる。2人の前には、小さなゆりかごがある。すやすやと眠る、フレデリックとクレアの子どもだ。
クレアが左手を見つめると、左手小指の小粒のエメラルドと薬指の大きなダイヤモンドが、キラリと光る。
私は、ただ幸せに、なりたかった。今、私は幸せです。
読んでくださってありがとうございました。
一週間読み切りを目指して、一日3話頑張って更新しました。お楽しみいただけたでしょうか?
ちなみにレモンの花言葉に「心からの思慕」というものがあります。
オスカー君がちょっとかわいそうで、どうしたら浮かばれるかと悩んでしまい、筆が進まなくなりましたが、この形で終わりにしたいと思います。
是非、評価していただけるとうれしいです!
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