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1時間後に25を投稿して完結します。
よろしくお願いいたします。
「団長」
クレアの呼ぶ声がする。ついに幻聴まで聞こえるようになったのだろうか。
「団長、どこにいらっしゃいますか?」
クレアの優しい声が、遠くに聞こえる。
「クレア・・・」
かすかに声が出た。そういえば、もうどのくらい食べていないだろうか。水は、壁のとある場所にしみ出しているところがあり、それをすすっていた。
「声がしました! 近くにいらっしゃるはずです」
ドアの隙間と思われる部分から、オレンジ色の光がうっすらと見える。
(そうか、火魔法が使えるのだから、明かりは出せばよかったんだな)
そんなことを呆然と考える。
「団長。いらしたら、声を聞かせてください」
「クレア・・・」
かすれてはいるが、全力で出した声に、足音が止まる。
「ここです。ここから聞こえました。団長、いらっしゃいますか?」
「ああ」
鍵を開けようとしてるのか、ガチャガチャという音がする。待ってください、というクレアの声が聞こえた。
「今から開けますが、団長は目を閉じていてください。明かりがまぶしすぎて目を潰す可能性があります。閉じましたね? 開けますよ?」
クレアの指示にフレデリックは目を閉じる。足音が近づいた。
「目を閉じたままで、布を巻きますね」
目の周りを幾重にも布が巻かれたのが分かる。
「団長、クロリスさんとジルさんもいます。立てますか? 立てなければ、ジルさんが運んでくれます」
「ああ」
ジルがフレデリックを担ぎ上げた。
「行きますよ。声を出さないでくださいね」
静かに移動が始まる。空気が変わったのを感じる。すえた匂いがなくなって、酸素が身体に入っていくのが分かる。
「馬車に、早く!」
クロリスの声が緊張を孕んでいる。ジルがフレデリックを抱えて馬車に飛び込む。クロリスがクレアを押し込み、自分も飛び込んで扉を閉め、鍵を掛ける。
「出して!」
馬車は途中までゆったりと進んだが、ある場所を境に猛然と走り出した。丸1日走らせると、1度馬車を降り、宿に入った。ジルたちに手伝ってもらいながら、クレアがフレデリックの服を脱がせた。医師がやって来て傷や怪我、病気がないか確認した。目だけは巻かれたままだった。
「肩の骨が複雑骨折したままおかしな状態になっていますな。クレアさん、できますか?」
「はい、少し時間はかかると思いますが、何とかなると思います」
「では、皮膚を清潔にして、傷薬と痛み止めは置いていきますので」
医師が帰った後、クレアはジルと2人でフレデリックを浴室に連れて行き、きれいに洗った。汚物にまみれた身体からは悪臭がしていたが、クレアは嫌がる素振りもなく、きれいに身を拭ってくれた。傷に沁みたらごめんなさいと言いながら、石鹸を泡立ててきれいに汚れを落としてくれた。目の布を付けたまま髪を洗われた。1度目の周りの布を外され、絶対に目を開けてはいけませんと言われながら顔を洗われた。すぐに目に布が巻かれ、タオルで拭かれ、傷薬を塗られ、清潔な服を着せられた。そして痛み止めと薄いスープを飲めと言われた。だが、どうしてもうまくいかない。次の瞬間、唇に温かく柔らかいものが触れ、温かいスープが流し込まれた。
「クレア・・・」
「もう一口だけ。お嫌でしょうが、我慢してください」
再び唇にクレアの唇が触れ、スープが流し込まれる。
「もう、一口」
フレデリックの声に、もう一度唇が重なった。スープの味などしない。ただ、クレアの唇の柔らかさだけが記憶された。
「ベッドでお休みいただきたいところですが、追っ手がかかるかと思われます。このまま公爵領まで逃げます。あと半日だけ我慢してください」
ジルに再び抱え上げられて今まで乗ってきた馬車とは違う馬車に乗ると、頭が柔らかいものにのせられた。おそらくクレアの膝だろう。
「このままお休みください」
クレアの声がする。もっと聞いていたい。フレデリックは手を伸ばし、クレアの手を探した。クレアはすぐに手を掴んでくれた。その手を自分の頬に寄せ、深呼吸する。オスカーが言っていたレモンの香りがする。フレデリックは一気に眠りに落ちていった。
・・・・・・・・・・
フレデリックが目覚めた時、部屋にはクロリスとジルがいた。目を真っ赤にしている。
(見えている?)
フレデリックははっとして、墜落した時に複雑骨折した左肩に触れた。痛みがない。あちこちにあったはずの傷もない。
「まさか、クレアは・・・」
「・・・はい。一度あの秘薬を使った相手とは、一定の距離の中にいればいつでも魔力が繋がるのだそうです。あの薬は飲んだ相手を一生癒やし続けるのだと・・・」
フレデリックは立ち上がった。立ちくらみがして、ジルに支えられる。
「クレアの所へ」
「はい」
クレアは意外なことに、隣のベッドに寝かされていた。隣にベッドなどあっただろうか?
「クレアが、もう団長と離れたくないって。オスカーが死んだ今、心の拠り所はもう団長しかいないんだそうです。もし自分が起きたら、下働きでいいから団長の傍に置いてほしい、それまで少しだけ眠らせてくださいって……」
魔女の秘薬が、一生の効果を持つものだと思わなかった。これまでの使用者は使用後に、物理的に距離を取ったから問題にならなかったのだろう。一度目の時、クレアはフレデリックが王都に行ったら自分はこの海辺の町に残ると言っていたが、そういうことなのかもしれない。
「で、王は今、スタリオンからの暴露でロターニャだけでなくグラシアールからもつるし上げにあっています。こちらが手を出さなくても、もう時間の問題かと」
「ならば、放置する。フェルディナントは?」
「残務処理で王宮に缶詰です。デニスを呼びますか?」
「頼む」
呼ばれたデニスは、フレデリックの依頼に目を丸くし、そして微笑んで、承知しました、と言って下がった。数日後、部屋にはレモンの鉢植えが置かれた。ジルとクロリスが嬉々として世話をした。葉を食べていた虫は、見つかり次第、恐ろしい剣幕で窓から捨てられた。
王は戦争を引き起こした外患誘致の罪により、処刑された。フレデリックは、まだ子のいなかった兄王の、次の王となった。クレアを王宮に連れて入ると、王妃の部屋ではなく自分の寝室に入れた。抗議する貴族もいたが、フレデリックの命を2度も救った女性だと突っぱねた。炎の翼を広げれば、誰も何も言えなくなった。
ロターニャから、フレデリックの反対勢力がなくなった瞬間だった。
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