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クレアを花にたとえたら、鈴蘭とか、月下美人とか、かすみ草とか、そんな楚々とした白い花になる。一方妹のスカーレットは、真紅の大輪のバラとでも言うべきだろうか。存在するだけで他を圧倒する美しさに、町の男たちは目が釘付けになる。働けばその美貌で条件のいい男をすぐにでも捕まえられる、誰もがそう思っている。
だが、スカーレットは自分の美しさを安売りする気はなかった。本当は愛人なんて嫌だが、貴族の愛人なら贅沢もさせてもらえるはずだと自分磨きに余念がない。自分を飾るために服を買い、アクセサリーを買い、化粧品を買う。そのお金は全てクレアが夜中まで残業して作ったお金だ。
「私、せっかくこんな美人で生まれたんだもの。働くなんてごめんだわ」
スカーレットはそう言って働きもせず、学びもせず、ただ遊んで暮らしていた。以前、家に帰って食事がないと癇癪を起こしてやったら、姉のクレアが食事の準備のためだけに一度戻ってくるようになった。「その分、お給料は稼げなくなるのよ?」と言われたが、ガリガリに痩せた女に魅力はない。そう信じている。
だから、ガリガリに痩せていつも青白い顔をしているクレアと、騎士団一のイケメンのオスカーが付き合い始めたと聞いた時には、天地がひっくり返るような衝撃を受けた。
どうして! 私の方がずっと美人なのに!
騎士団に見物に行っても、最近オスカーがいない。夜遅く帰るクレアを守る為に夜番を中心に勤務しているのだという。だから昼間の訓練にはあまり出ていないと聞いたスカーレットは、烈火のごとく怒った。
なぜ、あんな貧相なクレアのために、オスカーが昼夜逆転の生活をしなければならないのか? 私の方がずっと前からオスカーを狙っていたのに!
オスカーとクレアの非番が重なった時、オスカーがデートするためにクレアを迎えに来たことがあった。スカーレットはオスカーの冷たい表情にさえ思わず見とれ、応接室で待つオスカーに一生懸命話しかけたが、反応してもらえない。それなのに、お待たせしました、と言って入ってきたクレアを見た瞬間に、オスカーは花がほころぶように微笑んで、クレアの手を握ると、それでは失礼する、と言って出かけてしまったのだ。
スカーレットは怒り狂った。何としてもオスカーを振り向かせてみせると決意した。それ以来、スカーレットの金遣いは更に荒くなり、着飾り、化粧が濃くなった。やがて、クレアがいくら働いてもツケが払えない所まで来てしまった。
「もう、ツケにはできないよ」
懇意の化粧品店にも服飾店のも断られ、食料品店でも何も買えなくなってしまったスカーレットには、もう新たな武器を装備することができない。
これじゃ、オスカーを振り向かせられないじゃないの!
スカーレットは父と母に相談した。両親は昔から辛気くさいクレアを毛嫌いし、明るく太陽のようなスカーレットばかりを可愛がってきた。クレアには勉強させ、仕事をさせ、その給料で家族を養わせているが、スカーレットに関しては、小さい頃からスカーレットの嫌がることは何1つさせなかった。だから、スカーレットは勉強も料理も家の片付けも何1つできない。家のことができなければ嫁の行き先がないよ、と近所のおばさんたちは口を酸っぱくして忠告してくれたが、家のことをしなくてもいい家に行けばいいのだから問題ないと言って、両親はスカーレットをただ甘やかした。そんな両親である。スカーレットがオスカーをほしいというなら、クレアに譲らせるべきだと考えた。もちろん、オスカーの気持ちなどこれぽっちも考えていない。
「ねえ、スカーレット。オスカー様に色仕掛けをしてみたら?」
母エミリーは、実は娼婦をしていたことがある。貧しい庶民の家ではよくあることだ。スカーレットは自分の美貌に自信がある。父もいい案だと頷いた。次のクレアとオスカーのデートの日に、父と母はクレアに用事を言いつけて約束の時間に家にいられないようにした。そして、クレアを迎えに来たオスカーに、クレアが所用で留守をしているから中で少し待ってほしいと言って家の中に引き入れた。
「お茶をお持ちしますね」
そう言って父と母がキッチンに立つ。部屋の外には、夜着の上にガウンを着たスカーレットが待っている。父と母が頷く。スカーレットが入れ替わりに部屋に入る。父と母は少し離れたところから様子を窺った。
「何だ、その格好は! 出て行け!」
「あら、いいじゃない、クレアはしばらく戻らないもの。その間、私がお相手するだけよ」
「ふざけるな! 汚らわしい!」
ドアが乱暴に開く音がして、オスカーが走り出た。父母と目が合うと、2度とこんな真似をするな!と怒鳴って玄関から出て行ってしまった。
「あらあら、スカーレット。あなた全然たぶらかせなかったじゃない」
母が残念そうに言うと、スカーレットは激怒した。
「これならイチコロって言ったの、お母さんじゃない!役立たず!」
「はぁ? 役立たずはどっちだよ! せっかく専用の夜着を用意してやったのにさ!」
「この程度じゃ駄目だったってこと!何とかしなさいよ!」
父は考えた。この母と子ではオスカーは落とせない。
「うちには役に立つのがいるじゃないか」
父の言葉に、母とスカーレットは喧嘩を止めて話を聞く。
「クレアに、惚れ薬を作らせればいい」
母と子の瞳が輝く。
「魔法薬師だ。作れないはずないだろう?」
「お父さん、さっすが~!」
「あなたにしては、いい案ね。」
「問題が一つだけある。クレアにどうやって作らせるか、だ」
「そんなの、命令すればいいじゃない?」
「いや、それだけでは作らないだろう。材料だって……」
「そんなの、騎士団でくすねれば」
「スカーレット、お前は本当に馬鹿だな?窃盗をさせたとなれば、我々だって捕まるぞ」
「え~、それは嫌だ」
「だから、スカーレット、クレアが大事にしているものを何か知らないか?」
「クレアが大事にしているもの? 薬の本は絶対に売らないわね。あ、オスカーにもらった、あのペンダントは?仕事中はペンダントは邪魔になるからつけられないって言って、デートの時にしかしないよ。仕事に行っている間に盗っちゃえばいいんじゃない?」
「よし、明日、本とペンダントの両方持ち出せ。クレアはもうしばらくしたら帰ってくる。オスカー様との楽しいデートも、今日で終わりだ。せいぜい楽しませてやろうじゃないか」
「お父さん、意地悪~」
「ははは」
クレアが戻った時、オスカーは近くの公園のベンチに座っていた。
「オスカー様、申し訳ありません。父に用事を言いつけられてしまって……」
「いいんだ。だがその用事、本当はたいした用事ではなかったんじゃないか?」
「ええ。ただ、急ぎだからと言われて……」
「そういうことか。君の妹に色仕掛けで迫られた」
「……失礼を。申し訳ありません」
「クレアが謝ることじゃないよ。きっと彼女が俺を気に入って、君の両親もそれに乗ったんだろう。気をつけて。クレアに何か危害が加えられるんじゃないかって、心配だ」
「あの家族でも、金づるを失うようなことはしないでしょう」
「だが、俺がクレアと結婚したら……」
結婚。その言葉に、クレアの心臓が跳ね上がった。
「クレアには俺の所に来てもらう。あの家族とは縁を切って、もう搾取されない生活にするんだ」
「え、ええ……」
「クレア、結婚してほしい。クレアの笑顔を一番近くで見ていたい。誰より愛している。君を泣かせる家族から、守らせて」
オスカーはそう言うと、ぎゅっとクレアを抱きしめた。
「本当はもう少ししてから言おうと思っていたんだけど、今日あんなことをされて、もう耐えられなかった。返事は今すぐじゃなくていい」
「ありがとう。私、すごくうれしい。今までも同じように言ってくれた人たちが何人もいたけれど、行動してくれたのはオスカー様だけよ。でも、本当に私でいいの? オスカー様なら、いくら平民でも貴族のお姫様を迎えることもできるでしょうし、もしかしたら婿養子として貴族になることだって可能でしょうに」
「俺はね、クレアと一緒に居たいんだ。それだけでは駄目?」
「いえ、なんだかちょっと不安で……」
「だったら、さっさと結婚してしまおう?」
「婚約もせずに?」
「あ、一応形だけはきちんとしておいた方がいいか。あの家族に会うのは気が進まないが、近々正式に君の父さんに申し込むよ。いいね?」
「はい。お願いします」
その日のデートは、クレアにとって夢見心地だった。宝飾店に連れて行かれ、指輪を注文してくれた。石は、オスカーとクレア、2人の瞳の色と同じエメラルドになった。
「エメラルドは美しい石ですが、壊れやすい性質があります。取り扱いにはご注意くださいね」
店員の言葉に、これは大切に扱わなければと2人で話す。1ヶ月ほどでできあがると言われて、2人は予約票を持って店を出た。
「できあがりが楽しみだね」
「ええ、とても」
「クレア、こっち向いて」
2人の他に人影がなくなった公園で、オスカーに呼びかけられたクレアは、自分の唇に暖かく柔らかいものが触れたと感じた。
「え……」
「俺たちの初キスだね」
クレアの顔が真っ赤になった。空が薄曇りだったせいか、赤みが目立たない。体がカッカと熱くなる。それさえ心地よいと感じような、何となく肌寒い、そんな冬の始まった日だった。
2人は、クレアの家で2人を引き裂く計画が進んでいたことを、全く知らない。
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