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読みに来てくださってありがとうございます。

いいね・評価・ブックマーク、ありがとうございます。

完結前にこんなに読んで、そして評価等していただけて、本当にうれしく思っています。

誤字報告もありがとうございます。本当に助かります。

よろしくお願いいたします。

 フレデリックは、いつになくすっきりとした目覚めを迎えた。クレアが血を流して脅されているのを見て、感情が爆発した。炎も人生最大量で吹き出したはずだ。あの炎の中にいて、どうして自分は生きているのだろうかとぼんやり考えた。何の気なしに手を見て、はっとした。何日経ったのかは分からないが、あれだけの重度のやけどを負ったのに、不死鳥から呪われる以前のきれいな肌をしている。


 どういうことだ?


 フレデリックは飛び起きた。足、腹、見える部分を全て確認する。間違いなく、やけどの痕跡が全てなくなっている。立ち上がって呆然としていると、扉が開いた。


「おお、お目覚めでしたか! お体に何か違和感などありませんか?」


 フェルディナント自ら見舞いに来たようだ。抱きつかんばかりに喜ぶフェルディナントを手で留め、フレデリックは尋ねた。


「何故俺の身体がきれいになっているんだ? まるで不死鳥に呪われる前に戻ったようだ」

「それは……」


 フェルディナントは言葉を濁して目をそらした。フェルディナントとしては自分があまり信用していなかった人物が「奇跡」を起こしてしまったことで、自分の人を見る目に自信を失っていた。それに何より・・・


「殿下。クレアのことで、ご報告があります」

 

 殿下と呼ばれて、フレデリックが視線を合わせる。


「何があった?」

「現在クレアは、昏睡状態に陥っています」


 フレデリックは膝からくずおれた。一言も発しないフレデリックの前で、公爵フェルディナントも微動だにできずにいた。


・・・・・・・・・・  


 フレデリックがクレアのいる本邸の客室を訪ねた時、使用人姿から騎士に戻ったクロリスとジルがクレアを守っていた。だが、その目には涙が浮かんでいる。


「お前たちは、何があったか知っているか?」

「いいえ、我々はスタリオンの残党がいないか、別働隊がいないかを確認するというご命令に従って行動中でした。家令のデニス殿が、詳細をご存じです」

「デニスはどこにいる?」

「殿下が話をお聞きになりたいと言うだろうからと、先に中で待機しております」

「分かった」


 クレアは微笑むような笑顔のまま昏睡状態にあった。枕元には、涙を拭い続けるデニスがいた。


「殿下、これは失礼を」

「いや、いい。俺は10日間眠り続けていた。そうだな?」

「はい」

「そして、クレアは同じ日から昏睡状態にある」

「左様でございます」

「お前は全てを見ていたと聞いた。話してくれるか?」

「はい。見たものを全てお伝えいたします」


 使用人たちからの報告を受けて、デニスはが別館に火が上がっていることを知った。直ちにフェルディナントに報告すると同時に、使用人と騎士に状況報告と鎮火を命じ、デニスもすぐに馬に乗って駆けつけた。周囲は火の海で、何体もの遺体が転がっていた。特に、フレデリックから比較的近くにいた若い男女とおぼしき遺体は黒焦げになっていて、顔から誰なのかを判別することはできなかった。背格好からジュードとシャルロットであろうと結論づけられた。


 デニスが到着した時、フレデリックはクレアの腕の中で意識を失い、クレアが発狂せんばかりに泣き叫んでいた。デニスが近づき、


「クレア、しっかりしなさい!」


 と声を掛けると、我に返ったようにクレアはデニスを見つめた。そして、自分が不在の間に別館がスタリオンの工作員に急襲されたこと、手引きしたのがシャルロットだったこと、そしてシャルロットが難民キャンプの事件の生き残りだったことを伝えた。クレアは、フレデリックがシャルロットたちから自分を守ってくれたこと、そのために意識を失ってしまったこと、そして・・・


「その時に、クレアさんは見たのだそうです……団長に、炎の翼が生えていたと」

「俺に、炎の翼……!」

「はい、間違いありません。殿下、あなたはその火魔法の強さから『炎の騎士』と呼ばれていましたが、それだけの存在ではなかったのです」

「俺が、不死鳥に呪われた俺が、『不死鳥の騎士』だというのか?」

「殿下は、クレアさんの言葉を信じないのですか? それに、グラシアールからきたクレアさんは、『不死鳥の騎士』を知りません」

「確かに……俺も1度も話してはいない」

「はい。それで、炎の翼を見たクレアさんは、殿下を死なせてはいけない人だと感じたそうなのです」

「あくまで、翼ありき、なんだな」

「そこは分かりませんが。クレアさんは、ポーチから魔法薬を出して」

「まて、クレアはもう魔法薬を作りたくないと言っていたのに?」

「はい。殿下のために、最後にもう一度だけ作ることにしたのだそうです。当初の目的は、殿下の身体の中に残る不死鳥の呪いを解くためのもの。素材が余ったので傷を修復する魔法薬と、やけどの箇所を冷却する魔法薬も大量にありました。

 クレアさんはまずやけどを冷却する魔法薬を殿下に貼り、傷を修復する魔法薬を吹きかけました。やけどが落ち着いたところで不死鳥の呪いを解く魔法薬を飲ませ、体中に分散して埋め込まれていた呪いを1つ1つ解呪しました」

「1つ1つ、全て?」

「はい、30カ所はあったと記憶しています」

「そんなに不死鳥は俺に呪いを掛けたのか」

「そのようですね。そして、最後の魔法薬を取り出しました」

「まだ持っていたのか?」

「はい。その薬のおかげで、殿下は今こうしているのです」


 フレデリックはクレアを一度見、そして息を吐いた。


「どんな薬だった?」

「『魔女の秘薬』です」

「……!」


 フレデリックはその言葉を聞くや否や、微笑んで眠るクレアに抱きついた。


「どうして! どうしてそこまでして俺を助けた! そこまでしなくて、俺はやけどの痕だらけだって平気だった……クレアが傍にいてくれれば、それだけで良かったのに……」


「クレアさんは、団長が王弟殿下だということを知りませんでした。私たちも一言も言っていませんから、今も知りません。『魔女の秘薬』を取り出した時に、私がそれは何かと聞いたら、『全ての異常を正常に戻すための薬です』って・・・クレアさん、こう言ったんです。

 『これさえあれば団長は完全に回復できます。そうすれば、王都にお戻りになって、また国中を巡る騎士団長として活躍なさるでしょう。私は、そんな団長をこの海辺の町から応援し続けたい。』と。

 私はそれがもしかしたら『魔女の秘薬』ではないかと尋ねました。クレアさんは黙って殿下にその薬を飲ませました。聖母子像のようでしたよ。飲ませてから、確かに『魔女の秘薬』だと言いました。そして、しばらく迷惑をかけることになるかもしれないが、その時はお給金で相殺してほしい、それ以上に費用がかかったり迷惑を掛けたりするようなら、森の中に小さな小屋があるからそこに置いてほしいと」

「本当に、『魔女の秘薬』なのか?」

「殿下とクレアさんの状態を見れば、それ以外に説明できません。」


 『魔女の秘薬』は、魔女の間でのみその作り方が伝えられているものだ。魔女に気に入られていたクレアは、その製法とレシピを口伝で受け継いでいたらしい。全ての異常を正常に戻すだけの魔法を組み込むため、魔力量がなければ作れないし、その術式は精緻を極めるため、余程の集中力と技術力を持つ魔法薬師でなければ作れない。飲んだ患者にも膨大な魔力量を要求するこの薬は、その副作用で患者を死なせないために、体内で魔法を展開させるための魔力を術者、つまり魔法薬の制作者から供給する術式も組み込んでいる。つまり、異常な状態の箇所が多ければ多いほど、そして程度がひどければひどいほど、魔法薬の制作者の魔力を奪い続けることになる。製作者の魔力が枯渇すれば、制作者は生命維持のため強制的に昏睡状態に入ることになる。


 今のクレアはがまさにその状態だ。フレデリックに魔力を供給し続けたためにクレアは眠り続けている。フレデリックの身体の中の極僅かな傷さえ、クレアの魔力が治してくれたのだ。


「クレアさんは……殿下のことを心の底から信頼しているようでした。そして、倒れてからこう言ったんです。

 『幸せって、1つだけじゃなくて、いろんな所に、いろんな形で存在しているんだって教えてくれたのが団長でした。オスカー様と結婚して、あの家族と離れることが幸せだと思っていた私の狭い心を広げてくれました。私は、ただ幸せに、なりたかった。そして今、とっても幸せなんです』」


 フレデリックの号泣が、廊下にいるクロリスとジルにも聞こえる。まるで、そこにドアなどないかのように、クレア、クレア、と叫ぶ声が聞こえる。


「殿下。クレアさんは、殿下がご自身の力を発揮してこの国を守ることに誇りを持っていると気づいていたようです。殿下が殿下らしくあるために何ができるか。それを考えた時、殿下のために最後にできることが『魔女の秘薬』を殿下に差し上げることだったのです」

「どうして最後なんだ!」

「身分が違うからです」


 デニスはフレデリックが冷静になるよう、努めて落ち着いた声で言った。


「クレアさんに、王都にもし戻ることになったら一緒に来てほしいと言ったのではありませんか?クレアさんは極めて常識的な女性です。平民が騎士団長の横に並び立てないと理解しています。傍で、大切な人が別の女性と結婚し、子を成していく。殿下、あなたは耐えられるのですか? クレアさんが自分の目の前で、他の男性と家庭を作るのを笑顔で応援できるのですか? 殿下はオスカーという、もう会うこともない騎士にさえ嫉妬なさっていたのでは? 自分は我慢できないのに、大切なクレアさんには我慢させるのですか?」


 フレデリックの号泣が、嗚咽に変わる。


「クレアさんがどれだけ殿下のことを考えて、殿下の幸せを願っていたか、おわかりになりましたか?」


 フレデリックが涙を流しながら頷いた。


「ならば、殿下はどうなさるのですか?」

「不死鳥騎士団の団長として、この国を守り切る。そして、『不死鳥の騎士』である証を、国王の……兄上の前で見せる」

「『不死鳥の騎士』であることのお覚悟、しっかりお見せください」

「わかった。クレアのこと、頼めるか?」

「公爵家でお預かりしてもよろしいのでしょうか?」

「今回の事で、クレアの魔法薬師としての能力に目を付ける連中がいるだろう。俺が傍にいてやれない以上、ここに置くのが一番安全だと思う。フェルディナントは嫌がっているか?」

「いえ、ただ平民ですので、色々言う者はいるようです」

「公爵なんだからそれくらい黙らせろ、と伝えてくれ」

「かしこまりました。王都へは?」

「今から行く。クロリスとジルは置いていく」

「主に伝えて、騎士団を護衛に付けます。『不死鳥の騎士』に万が一があっていけませんから」


 フレデリックは出発の準備が出来るまで、眠り続けるクレアの傍にいた。そして、クレアの頬にキスをすると、クロリスとジルにクレアを任せて馬上の人となった。王都までは2日の旅路である。


「すぐにまた来る。俺の部屋も用意しておいてくれ」


 それがフレデリック出立時の言葉だった。


読んでくださってありがとうございました。

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