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銀雲を仰ぐ

 リーダーの男はディランと名乗ると、待っていたとばかりに爛々と目を輝かせた。握手を求めるように手を伸ばす。


 ディストはその手を睨み据えた。


「……訂正しろ」


「嗚呼、悪かった……。アメリアはいい人だ。お前の言い方をするなら……過去形にはすべきじゃなかった」


 交差する視線のなか、ディストは野暮ったく手を握った。それから隊員達を見回していく。


「……時計の針を運ぶと言ってたが。俺だけじゃないだろう。彼女も自分を運んでいるのか?」


 最初に部屋を飛び出した際に刃を交えた少女を一瞥した。身長は同じぐらい……否、ブーツの底が厚い。


 長く伸びた銀の髪は先程までは銀炎を帯びてなびいていたが。今は僅かな風に揺れるだけだった。


 注視していると、敵意とも怪訝ともつかない鋭い睥睨が向かう。蒼い双眸の奥に刻まれた時計模様。


「レーニャ・アルフィンテルン。銀雲急便一課所属。貴様の言った通り、ワタシが運ぶべき時計の針の一つであり、分針です。以上」


「あー……どうも。隊長よりも隊長らしい真面目さだな」


 からかいと皮肉。些細な言葉だったが、深く気にするように今再び鋭い眼差しが突き刺した。ジトリと。


「……この一瞬で何が分かるんです」


「それなりにはわかるさ。というより、このなかなら一番わかりやすいまである」


 堅苦しくて威圧的な雰囲気は几帳面に制服の全てのボタンをとめていたりだとか、深く閉ざした口の強張りだとか。わざと低く吐き出される声もだろう。


 そんな小さな所作一つ一つから、生真面目さがこぼれ出ていた。


「…………そんなにワタシは怖いですか?」


 レーニャは険しい表情で詰問し、一歩、そして半歩距離を詰める。神妙な空気に反応するように、全身義体の男が割り込んだ。確か、ルーディオとか呼ばれていた奴だ。


「いいじゃないか! それがレーニャのチャームポイントだと思うぜ? だからどうだ? 今度こそオレとひとときのアバンチュールを――! がほッ!」


 そして、殴り飛ばされていく。ガシャン、ガシャンと派手な殴打が義体を軋ませていった。


「……レーニャが言ってた通り、彼女も時計の針の一つだ。運ぶ必要があるし、チームになった以上は仲良くしてくれ。殺し合わずにな」


 ディランは苦笑いを零しながら、ゆっくりと真剣な表情をディストに向けた。


「目的地はどこなんだ? この都市の範囲か?」


 ディストの問いかけにディランはすぐに首を横に振った。


「場所は白い砂漠を超えた先、流星機社が管轄する都市。依頼人はオレ達のボスであり、レーニャ・アルフィンテルンの父親、それでいて色付きの便利屋だ。銀色を与えられて、名は――【銀炎】」


 色付き……たった一人で企業と対等でいられると複数企業から判断された便利屋ということだ。せこせこと闇医者紛いの仕事をしている限りは無縁な存在で、途方もないほどの大物だろう。


 ディストは眉間に皺を寄せた。察知されない程度にレーニャを一瞥し、ディランに視線を向け直す。


「もし俺がさっきの戦闘で彼女を傷つけてたら……どうなってたんだ?」


「時計の針がある限りはどうしたって丁重に運んでいたさ。誰も助けに来れないぐらい厳重にな。……とにかく、レーニャにとっては色々複雑なんだ。お前らのほうが歳は近そうだし、仲良くしてくれ。仲良くな」


「あ、ああ……。善処はする」


 念押しするように強まる語気。流されるようにディストは曖昧に相槌を返した。


「隊長ー! それで秒針を回収したけど。いつ出発するの? 今日は街で宿泊していい感じ?」


 快活な声を上げて尋ねたのは先程の交戦でゴミ山に滑り突っ込んでいった少女だ。ルサールカと呼ばれていたか。


 泥だらけになっていながらも気にする様子はなく、鮮やかな緋色の髪を整えていく。頭頂部に生えた獣の耳、制服の隙間から揺れしだれる狼の尾は身体改造の一種だろう。


「か、可能なら……。モーテルでもいいから。ミルシャは野宿以外がいいです……」


 ルサールカの後ろから雷撃を放ってきた少女が弱々しく尋ねる。内気な眼差しだ。くすんだ黒い髪は短いが、目元を隠しているようだった。


「いや、悪いが準備ができ次第この街はすぐに出る。アメリアが殺されたってことは相応のヤツが追いついてきているってことだ。新入りが入ったその日に戦う相手じゃねえ。……そういう訳だディスト・クラークス。荷物を纏めろ」


 ディランの呼びかけに、ディストは都市の向こう側を見詰めた。灰に覆われた薄暗い雲。際限なく広がる白い地平線。


「……一時間だ。一時間だけ時間が欲しい。ここを離れるなら、父さんと母さんをそのままにはできないから。最期にシチューだけ作りたい。材料はある。昨日、アメリアのために買ってたから」


「嗚呼? 親がいたのか。アメリアの話からは聞いたことがなかったな。……まぁ色々話すこともあるだろ。装備点検も兼ねて待ってやる」


 ディランは深く意味を考えはしなかった。言葉通りに受け取って、ボロアパートの一室に入っていく背を見届ける。


 訪れる沈黙を嫌うようにそのまま視線をレーニャへと移した。


「あいつ、どう思う?」


「……どうって、何がです」


「分かって聞いてるだろ。センスの話だ。ああ、それとも男女の話がいいか? 顔はどうなんだ? 好みか?」


「…………隊長までルーディオみたいなことを言わないでください。才能は……ええ、羨ましいぐらいです。ワタシは«分針»を使った瞬間は時間酔いで吐きましたし、身につけて一時間も経っていない装備をああも使いこなされて腹が立ちます。……彼は嫌いだ」


 剥がれ落ちる丁寧語から滲む嫉妬。レーニャは鋭い眼差しでディストが入っていった扉を睨んだ。誤魔化すように軍刀を研いでいく。


 広がっていく沈黙。ディストを待つなか、不意にルサールカは顔を上げた。周囲を嗅ぐように視線を巡らせて、ピクピクと耳が揺れていく。


「あー……! すっごいいい匂いなんだけど。わかる? 芋が溶けていく匂い。それにクリームの香り……。うへ、一口ちょうだいって言ったらくれたりしないかなぁ」


 緊張感もなく伸び切った言葉。脱力した表情。


 そんなものを全て貫くように二発の銃声が轟いた。ビクリと、飛び跳ねるルサールカの肩。乾いた音が地面を震わせて、残響を曳いていく。


 一瞬にして全員が身構えたが。


 扉から出てきたのは装備を整え、真っ直ぐに前を見据えたディストだけだった。鋭く輝いた赤い眦。決別するように見開いたまま、瞳孔は静かに潤み揺れていた。涙は出ない。ただ銀の灯火を舞い上げて、握り締めた拳銃からこぼれていく硝煙。


 顔に飛び散った返り血を拭った。黒と青色、人間のものではない。白い砂漠近辺の情報に詳しければすぐにそれが陽光汚染によって怪物に成り果てたヤツの血だとわかるだろう。


「……準備は出来た。もう遺すものはない。それと、ルサールカさん。よかったらどうぞ。皆さんの分もあるはずです」


「うぇぁ……。その、君のパパとママは――。わ、私はその……ごめん。あ、あとタメ口でその、いいからな?」


 ルサールカは自分の能天気さを詫びた。滲む冷や汗を拭って、一歩たじろぐ。ディストの決然とした態度を前に、ディランは口角を吊り上げた。戦慄混じりの笑みを浮かべ見据える。


「ハハ……! センスが良い理由が分かったよ。チームになってくれてよかった。……マジでな」


 レーニャ・アルフィンテルンは、自分には無い意志を目の当たりにして、ぎゅっと握り拳に力を込めた。震える腕をポケットに突っ込んで隠す。


「ディスト・クラークス、着いて来てください。目的地を目指しながら貴方が使い物になる程度に訓練しないと行けないので急ぎましょう。一時間の遅れを取り戻す必要があるので」


 思いやる言葉も出せず、滾るような妬みも隠せず、レーニャは淡々と吐き捨てた。


「悪いな。生憎、女の子ぐらい準備に時間が掛かる初心者なもんで。お前に色々教わるよ」


 ディストは乾いた笑いと嫌味を零して、銀に澱んだ雲を振り仰いだ。

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