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速すぎて何もわからなかっただろう

 立ち上がる方法を考えることがないように、使い方が最初からわかっていたかのように頭のなか、中枢にまで思い出していく。


 どうして時計機関の連中がここを尋ねてきたかも。少しだけ理解できてくる。奴らが持っている技術と似た能力だ。――【秒針】は時間を停滞させる。


 ……試せる時間はあるだろうか。銀の炎。時間の停滞。すでにどちらも体の一部になっていたがわずかな不安が過る。


 ディストはゆっくりと目を瞑った。胸元に灯る銀の炎。熱を帯びて揺れる灯。火が穏やかに熱を広げると、知覚が拡張されていく。


 壁を、天井をすり抜けるように意識が、同じ銀の炎を捉えた。……五人だ。銀雲急便の義体が同胞の位置を明らかにして燃え滾る。


「……企業の義体は便利だな。わかっちゃいたが」


 姉さんが死んだ原因となった仕事を用意していた連中はすでにこのボロアパルトメントを包囲していた。


「……アメリア。ごめん」


 後悔がなかったわけではない。ただ、どうしたらいいかわからなかった。何もしなければ連中の一員になる。――納得できない。


 自分より大切だった者はもういないから、納得することが命よりも大事なことに変わっていた。


 静かに眦を決する。軍刀を引き抜くと鈍色の刃を濡らす銀の炎。


 深く構え――地面を蹴り込む。瞬間的に燃え広がる銀色。肉体は一瞬にして加速し、部屋の扉など容易くぶち破った。目の前の銀雲急便の女に刃を振り下ろす。


「お前らが!! お前らが関わらなければ!!」


 きっと間違ったことを言っているだろう。姉さんから仕事を求めて接触した。だが、認めれば最期、身体を突き動かし、銀に光輝する熱のやり場はどこにもなくなってしまうだろう。


 だからディストは止めることなどできなかった。


 型もなくつい今しがた初めて握った軍刀を力任せに振るい薙ぐ。加速し続け、荒れ狂う炎の渦を舞い上げて、激情を燃やし切っ先を研ぎ澄ます。


「ッ、お前……今さっき義体をつけたはずなのに。ふん、けど……その方法じゃ斬れない。本当に殺す気あるのか?」


 刃と刃の向こう側。軋み火花を舞い上げる少女が悪態をついた。


 炎を睨む青い瞳がディストの歪んだ表情を映し出す。揺れる長い銀の髪が火炎を巻いて靡いた。視界を覆う白い輝き。


 ディストが目を細めた一瞬の隙を縫うように、少女は足元を掬い蹴る。


 崩れかける重心。


 目の前で転びかける刹那、ディストは勢いよく炎を噴射し、高く跳躍した。頭上を飛び越え、刀よりも慣れ切った拳銃を抜いた。


 銃口を華奢な背に向ける。引き金は酷く重かった。――躊躇っている? もう後戻りもできないのに。自己嫌悪が突き動かす。


 指に深くまで力を籠めるが発砲はわずかに遅れた。


「……逆巻け。【分針】」


 少女が小さな言葉を呟く。青い瞳のなかで反時計回りに揺れ動く金の光。


 それは異界道具の力を引き出すための詠唱であり、引き金でもあった。


 同時、響く銃声。しかしマズルフラッシュの閃光が瞬いたとき、……彼女の脚が横薙いで、ディストの足元をすくう瞬間にまで巻き戻っていた。


「ッ――!?」


 空を向いていく視界。何が起きたのか。似た力を持った以上、直感的に理解はできたが、身体と思考は追いつかなかった。


 時間がほんの数秒、――戻った。


 転ぶ運命から逃げることはできず、ゴツンと、勢いよく背と後頭部を殴打する。


「ここから逃げる方法はない。……ブツを渡せば文句は言わない」


 鉄底のブーツが胴を踏み躙る。鈍い殴打。臓器の圧迫が否応なく嗚咽を吐き出させる。


 反射的に睨み上げた眼差しが少女の青い瞳と向かった。互いの目に刻まれた時計の針を見つめ合う。


「お前、【秒針】を使ったのか――!?」


「あれがブツだったのか? 悪いな。俺が触ったら消えたよ……!!」


 ……使い方は今、目の前で教わった。唱えればいい。言葉は少し違うが。悩むことはなかった。歩く方法なんて考えたりはしない。


「悔め。【秒針】」


 不快な時計の音が響き渡り――静寂が包まれる。


 奇妙な表現だが、時間が停滞した。宙を舞った砂塵さえもその場で静止している。動くことができるのはディストだけだった。


 触れたものは動くらしい。空気や重力が流れを帯びていく。ディストは自身を踏みつけていた脚を掴んだ。


 掴んだまま立ち上がり、少女の体を吊るすように持ち上げる。


 そこで【秒針】の時間が途切れた。


「ッ――――」


 息を呑んだのは敵の少女だった。宙吊りになって地面を撫でる長い髪。青く鋭い睥睨が突き刺さる。だが、すぐに苦痛を帯びた表情は冷笑へと変わった。


「何がおかしい……」


「何もかもだ。義体の使いこなしは大したものだが。銃も刀もなっちゃいない。時間を止めてワタシをこんな格好にさせることができるなら殺すこともできただろうに。それに――生憎ワタシは一人ではない」


 ……五人だ。


 あまりに冷静じゃなかった。ディストは咄嗟に炎を舞い上げ同胞の位置を知覚しようとするが間に合わない。意識したときには頭上を影が覆っていた。


 上空から放たれる蹴り。捕えていた女を放り投げ、すれすれで回避する。地面が激しく揺れた。何条もの亀裂が廻る。


 舞い上がる砂煙のなか揺れる炎。映り込む人影は全身義体。銀雲急便以外のものもあるのか蒸気が渦巻いて霧靄が纏いついていた。


「ふふ……。ルーディオ、外してんじゃん」


「銃で撃ったら死ぬだろう? オレなりの配慮さ!」


 そんな言葉が苛立ちを尚燃やす。振るう激情を、怒りを、真っ向から相手にはされちゃいなかった。


「私はもっとスマートにいけるがな?」


 煙を割いて肉薄する緋髪の少女。快活狂暴な笑みが迫る。張り詰めた獣の耳。加速に靡く尾。


 少なくない数の人体改造施術から生み出された膂力が、巨大な両刃剣をバットのごとく殴打を薙いだ。


 同時、後方から伸びる雷撃。――奥にもう一人いる。


 ディストは義体整備用の潤滑液を足元にばら撒き距離を取った。目の前で勢いよく加速したままゴミ山へ。摩擦の火花を凄烈に迸らせて、少女が滑り突っ込んでいく。


「ぎゃ!?」


「ルサールカさん……!?」


 煙の奥で支援していた少女が困惑するように名前を呼びかける。


「機転は効くが――無謀だな」


 背後、気だるげな声が響いた。反射的に声の方向へ軍刀を突き向ける。


 視界に映るのは驀進する炎の光輝だ。彼は速かった。烈風を生み出して、眼前にまで距離を詰める。


 とっさに回避行動を取ろうと緊張する四肢。動揺と硬直のなか掴まれる手。引き寄せられる腕から銀の炎が広がり、制御下にない加速が脳をゆらした。


 刹那、暗転する視界。五感全てが吹き飛んで、なすすべもなく体が地面に叩き付けられる。


「どうだ? 速すぎて何もわからなかっただろう」


 小隊のリーダー格らしき男は刀の切っ先を向けながら、どこか気だるげな表情で見下ろした。


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