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異界道具

 行き場を失った怒りを、深呼吸と共に呑み込んでいく。


 だが、ブツを確かめる必要があると確信できた。アメリアの関わった仕事が原因だ。


 先のことなんてどうでもいいが。――アメリアが殺された理由を知りたい。


 ディストは衝動的に彼女の次元バッグに手をつけた。アメリアの使っていた無数の銃器。そして、見覚えの無い義体や身体強化刺青用の塗料と厳重に包装された金属の箱。


「義体と刺青は……銀雲急便のものか。それ以外は……中古だな」


 銀雲急便は異界道具に関連した技術を持つ運送業者だ。嫌な言い方をすれば運び屋専門の便利屋組織か。


 金属の箱は開かなかった。


「……っち」


 舌打ちをして箱を床に転がした。居心地が悪くて、むしゃくしゃして、無力に苛立つように自らの頬を一発、殴打する。


 血の味が滲んだ。冷静じゃない。こんなことをしたって何にもならない。痛みと引き換えに戻るわずかな理性。


 茫然として虚空を見つめなおすディストを我にかえしたのは、一件の着信だった。


 静寂のなか響く電子音。アメリアの端末が鳴っていた。


『アメリア・クラークス。【秒針】の回収はできたようだな。……これから引き取りに行く。そしたら契約通り義体は提供するし、お前とお前の弟を銀雲急便の一員として雇用しよう』


 聞き覚えのない男の声。だが、原因の一部は電話の主だ。その仕事さえなければこんなことにはならなかっただろう。


「……姉さんは死んだ。お前の用意した仕事のせいだ。……てめえらにくれてやる物なんてない」


 直情的に電話を取った。フラッシュバッグするように脳裏に刻まれた姉の姿。華奢な体に開いた穴。血の熱、臭い。夜の寒さと静けさ。


 冷蔵庫に押し込んだ食材。運ばれていく遺体。


 ――痛む。ディストは赤い瞳を押さえて、乾ききった涙をぬぐった。


 ガシャンと、通話の向こうで何かが砕け割れた。数秒の沈黙。


『アメリアが…………。君は――弟か。……そうか。すまないな。だが、なおさら、余計なことをするな。君の姉が命を懸けて用意したものをゴミに変える気か?』


「俺にはそんなもの必要なかった……!  必要だったのは姉さんだ!! お前らが奪ったものだ……!!」


『あー……。もう一度言うが余計なことはするな。今から回収しにいく』


「誰が従うか。お前らは病院の連中と同じだ。何もかも他人事だからいくらでも言える。……回収しに来てみろ。殺してやる」


 通話を切った。再度響く着信。電源を落とした。


 作られた静寂のなか、荒く息を吐いて目を見開いていく。


 ――怒りが消えることはなかった。震える手。弱弱しくなっていく熱。何もかもが忘れがたく、鮮明に刻み付けられている。


 姉さんが死んだ理由がどんな立場でこの家に来る? ……殺そう。そのあとはそういう仕事を探せばいい。


 破滅主義的な考えだって自覚はあった。姉さんがいれば絶対に殴られて、抱きしめられて、とめていただろう。だが。


「……誰もとめるやつなんていないんだ」


 テーブルのものを力任せに退かした。銀雲急便の義体と刺青を載せて、目を繋いだときのように自分の体をバラして、義体を神経に結び付ける。


 鏡を見ながら背に身体強化の刺青を刻む。血まみれに部屋を汚して、麻酔もなく叫びながら姉さんが用意してくれた力を。身体に収めていく。


「ッーー……フー……!」


 痛みと熱が全身をめぐるほど、アメリアのことを思い出す。途方もなく力が湧いてくる実感があった。


 銀雲急便の武装だろう軍刀と拳銃を腰に携える。柄を握ると、感情を燃やして銀の炎が舞い上がった。


 白く、灰色でもあるかがり火が光沢を帯びて煌めき揺れていく。


 理屈なんてものはない。ただその力が漠然と、滾り燃えるほど加熱し、自分自身を加速させるものだと理解した。義体に使い方のデータでも入っていたのだろう。


 おそらく彼らが回収したかっただろうブツにも手をつけた。


 開かなかった金属の箱を、円盤研削機ディスクグラインダーで切断していく。


 劈く騒音。火花を散らして、ガコンと。


 中に入っていたのは金の装飾煌めく長く細い針だった。鋭さはない。しかし動いてもいないのに響くチクタク音。音は等間隔で、さながらそれは――――。


「……【秒針】?」


 失う者はもう存在しない。恐れることなく針を手に取る。


「ッ痛……!!」


 触れると、電撃のような衝撃が走り抜けた。不意な痛みに目を瞑る。――気づいたときには持っていたはずの針が消えてなくなっていた。


 代わりとばかりにアメリアの目に刻まれる時計の模様。鏡に映る自分を見つめ、刻まれた何かを目の当たりにし、眉間に皺を寄せる。


 ……異界道具を取り込んだらしい。

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