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リーダーから継いだ炎

「ッーーー……!!」


 銀の一撃を刃で受け止めた刹那、世界が銀に染まった。知覚が焼かれ数瞬の間、焼失する。


 頬を裂く焼風が肺を灼いて、耳朶を撃つ衝突音が骨に沈む。


 軍刀を握る拳が炎のように震えた。散っていく閃光と火花。


 業火の濁流を浴び、呑まれながらも続く斬撃を捌き、退け、鋭い金属音が連鎖していく。


 むしろ炎を搔き分けるように、ディストは一転して急迫した。銀の大火を塗り潰す銀の雷炎。ミルシャとルーディオから継いだ炎を纏い、繰り出していく斬撃。斬撃。斬撃。


 烈火のごとき激情に突き動かされて振り下ろす鋭い切っ先。


 刀身が熱で溶けてなまくらへと変わるならばリーダーの火を以て焼き直し、研ぎ澄ます。


 同時、レーニャが低く砂を滑り、白銀の刃を地表すれすれに走らせた。


 足裏で硝子砂を弾き、きらめく破片の雨を目晦ましに変える。帽子のつばの奥で双眸が細く光り、切っ先へ紫の抑制光と銀焔を重ねる。


 短い息と共に踏み込んだ。横一文字の閃撃が【銀炎】を掠める。焔の飛沫が鮮血のように飛散していくが――手ごたえはない。


〚嗚呼、そうやって地道に私を削り切ればいずれ炎は尽きるかもしれないね。だけどそんな些細な抵抗をすることに意味があるのかは理解しかねるな〛


 白銀の焔が地平へ押し広がった。光の輪郭が揺らぐ。熱の津波が周囲を吞み込んで空気を灼き尽くし、消し飛ばした。


 喉と眼を焦がす致死的な熱量が空気を消すと同時に膨張させ、音が迸った。


 耳鳴り、内側へ吸い込まれる圧。肺が一瞬で空洞になる錯覚と共に脳神経がズタズタに切り裂かれるような痛みと眩暈。


「ッ――――!!」


 白い霧が咲いた。白濁する視界のなかで圧縮された衝撃波が銀の焔で加速する。吹き飛ぶ腕。致命的な出血が気道を埋める。目から滲む。


 蹂躙するかのような爆発のなかで【銀炎】だけが縛られることなく距離を詰め、聖火のごとく眩い炎を振り下ろす。


「――逆巻け。≪分針≫」


 致命打となった衝撃波を再度、全身に浴びる中、ディストとレーニャは肉体の損傷を最小限にすべく銀焔を噴出して強引に距離を取ろうとした。


 ――だが、足りない。


「悔いろ。≪秒針≫」


 ゆえに時を刻むように、巻き戻った時間の刹那を停止させる。


 触れたものだけが動くことができる作用を用いて向かう衝撃波を最小限に抑えながらレーニャの手を引き寄せて、真空波から抜け出す。


 停滞した時の中で自身の時間を加速させて時間停止の束縛から抜け出した【銀炎】は即座に飛んだ。時を歪めて消える間合い。


 荒々しい銀光が硝子の砂塵と炎煙を裂いてフェイントもなく、ただ真っ直ぐ研ぎ澄まされた炎の切っ先がディストの喉首を捉え貫いた。


 血を焔が焼いて煙と業火だけが肉体を突き抜ける。


「がひゅ――……!!」


「――逆巻け!!!」


 レーニャは血の涙を滲ませながら即座に叫んだ。


 異界道具の連続使用によって軋む痛覚を無視して時の中に踏み込む。


 銀の残像が尾を曳いて刹那の時が遡行した。


 再び振るわれる炎の切っ先を眼前に、ディストは血を噛みしめながら上体を反らす。


 頬を掠める刃風。耳朶を叩く刃鳴り。


 銀の焔によって加速した斬撃の風が重く血肉を切り裂いて、相貌の強化骨格が露出する。傷口が燃えていく。


 呻く猶予はなかった。続く連撃はどれも掠めることさえ致命的な炎だった。


 斬撃。刺突。噴出。果てに、流星のように。


 形をもたないがゆえに変幻自在の劫火が災渦を巻いて、広がる。銀に輝く煌焔が全てを塗り潰さんとする。


〚私の娘が死ななければそのレーニャは存在しなかった世界となるだろう。出会いも無かったことになる。時計の針を巡る苦痛も。私が運命を変えればアメリアも死ななかったことになるとは思わないのかい?〛


「話が通じないな。俺はとっくに、前を向いてると言ったはずだ」


 和解の道はない。妥協することはできない。


 どちらかが燃え尽きて灰燼に帰すまで炎は永遠と燃え上がるだろう。


 だが目の前の【銀炎】に際限はない。塗り潰すような炎に臨界点は見えない。炎を削るだけでは命には届かない。


 もっと感情を――激情を――――燃やさなければならない。


 可能性があるとすればルーディオとミルシャが遺した傷痕だ。


 【銀炎】の焔に穿たれた一点を穿つためには焔を研ぎ澄まさなければならない。臨界点を踏み越えて、収斂しなければならない。


 言葉を交わさずともレーニャも同じことを考えたらしい。その手に握り込められた銀の焔は熱を、輝きを、加速の性質を蓄積し続けていた。


〚嗚呼、一撃にすべてを賭けようとしているのかい? 確かにルーディオ達の一撃は私を大きく傷つけた。あれは何発も喰らえば私の焔も消えていただろうね〛


 ”何発も喰らえば”。


 そんな言葉が絶望を見せてくる。強がりではないだろう。目の前の銀色は途方もないほど熱を帯びて迸っている。


 だが、嫌な汗など暴虐的な炎の前に蒸発して消える。


「……知ったことか!! 【銀炎】!! ワタシはワタシの記憶にある貴方が好きだった! 大好きだった!! 尊敬できる父であり、銀雲急便の一員であることを誇りに思っていた!! だが、今のあなたはワタシの焔にさえ動揺して揺れる陽炎に過ぎない!!」


 レーニャは怒号を張り上げた。喉が焼けようとも構わず叫んだ。


 目の前の者は銀雲を仰ぐことではなく、過去に縋りついて自分を作り出した。


 絶望と失望を意図して与え、時計の針を起動するために。


 そして大切な居場所を破壊した。何もかもを燃やし尽くそうとしている。


 レーニャにとって他に理由はいらなかった。


 ……焔を、加速を、光を。二人は銀に燃える力を収斂して握り締めた。煮えたぎる血が全身を巡っている。


 目の前の奴はレーニャを裏切った。目の前の奴はレーニャを傷つけた。


 ディストにとって他に理由はいらなかった。


 憤怒を燃やし狂気的なまでの焔を掌握して蓄積していく力。反して理性は炭のように静かに赤熱し続けていた。


 リーダーから継いだ炎が心身を灼き焦がす焔をも包み守り続けている。


 握り拳の中で膨れ爆ぜんとする感情の炎を覆い、一点に圧縮して放つために燃え揺れていた。

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