灯台の火
部屋を銀の残光と沈黙が満たすなか、無遠慮な電子音声が響く。
〚施術が間に合ったようで幸いです。悲しいですが、あの二体の生体信号は沈黙しました。お悔み申し上げます〛
背後から聞こえたのは、あまりにも無機質な報告だった。
「……まともな言葉も選べないのか?」
レーニャは鋭い視線で【黒機】を睨みつけたが、痛みを飲み込むように視線を逸らした。行き場のない力を込めた拳が震えていた。
〚ええ、ワタシは貴方たちのように銀の炎も異界道具も持ち合わせていませんので。感情的になる理由がありませんし、ワタシは死を評価はしません〛
「ッ! 二人が無駄死にだったとでも言いたいわけ?」
ルサールカは犬歯を剥き出しにして食って掛かった。相貌に重い影が差すなか、瞳だけが怒りに呼応して炎を灯し揺らしていく。
〚まさか、そんなわけがありません。嗚呼、ですが残された者が意味を成さなければ燃えただけですね。悲劇的にも“彼ら”は命を使いきりましたが。幸いなことにあなたがたはまだ残っています。あなた達のなかに彼らの炎も残っています〛
「知った口を――――!」
〚ええ、知った口です。彼らがどのような人物かはわかりませんが。こうした悲劇は多かれ少なかれ、……“よくあること”です〛
ルサールカの言葉に食い入るように【黒機】は断言した。
――よくあること。
その一言にディストは表情を曇らせた。
アメリアは腹部を撃ち抜かれて殺された。
家族は陽光を浴びすぎて化け物に変異して、最期にはこの手で殺した。
どれもこの世界にとってはよくあることで、【黒機】にとってはルーディオもミルシャも、そんなよくある話の一つでしかないのだろう。
〚ですが、それを“ただのよくあること”にするかはあなた方次第です。物語として語り継がれる者と埋もれる者とを分けるのは、いつだって生き様と死に様と……それに動かされた者がいるかどうかです。……まぁ選択の余地はありませんがね〛
淡々と語られる言葉を前に、怒りの炎はいとも簡単に消え失せた。ただ今再び、静寂が場を支配して、違う感情が炎をより強い輝きで満たしていく。
「……なんでこんな協力してくれるんだ?」
〚ワタシがこの立場に上り詰めるまでに、貴方たちのようなことがよくありました。助けの手がわずかにでもあれば最善を掴めたはずのことも多々ありました。そして、あなた達の敵がワタシ達の敵だった。それだけです〛
【黒機】の僅かな手振りで何もない廊下に空間の裂け目が生じた。青紫の雷光が迸り、乾いた外気が流れ込んでくる。
次元門の形成はすぐに完了した。
「……感謝する」
短い沈黙をおいて、ディストはそう一言だけ告げた。レーニャと共に躊躇いもなく向こう側へと行こうとして、ルサールカは慌てて駆け寄った。
「ふふ、よーし……。“私達”も頑張らないとね」
隣を歩き始めるとなんてことのないように軽口をこぼして、いつものように飄々とした笑みを浮かべる。
焦るように、怯えるように尻尾だけが揺れていた。
「……ルサールカ」
同行しようとするルサールカを前にして、レーニャは足を止めた。
「嫌だよ。言わないでよ。……わかってるんだ。私じゃもう、大して役に立てないんでしょ?」
ルサールカは喉の奥を押し殺すように震える声。咄嗟に伸ばした指先は、レーニャの腕を強く握り掴んでいた。
ディストもレーニャも、彼女の言葉を否定できなかった。
「……けどそれが行かない理由になると思うの!? 私も行く。私も戦う。もう見送りたくなんてないんだ! もう後悔なんてしたくないんだよぉ……!! ……私にもさぁ、恰好つけさせろよ!! 一緒に来てくれって……言ってよ…………!!」
言い終えた瞬間、ルサールカは俯いて唇を噛んだ。
肩が小刻みに震えている。覗き込むようにゆっくりと顔を見上げて、無理に貼り付けたような笑顔を浮かべた。涙が頬を滑り落ちていく。
「……ルサールカ」
レーニャは名前だけを呼んで力強く抱擁した。
長く旅をした仲間だったから。……否、長くなんて言葉では言い表せない。レーニャとして造られてからずっとルサールカは一緒にいた。
励まし、助け、助けられて、死の淵を共にした。
だからこそレーニャは小さく首を横に振ることしかできなかった。
「…………我が儘ばかりですまない。すべて終わったときに……帰る場所が欲しいんだ。おかえりを、行ってくれる場所が残っていてほしいんだ。それだけで……炎をもっと、もっと燃やせるんだ」
ディストは同じことを望むように、レーニャの言葉に顔を俯けた。
……とっくに知っていたから。
怒りや悲しみは瞬間的に途方もない炎を灯すことができるが、未来のこと、したいこと、願い、夢、託された炎は永久に消えることがないことを。
絶えることのない炎を強く燃やすことができることを。
「おかえりは……。ディストには……言えない言葉だろう? それに、ホットケーキを焼いてほしい。言っていなかったが、…………ずっと隠していたが、私は甘党なんだ」
甘えるようなレーニャの言葉にルサールカはしばらくの間、言葉も出せずに小さく乾いた笑いを零した。
けれど口元は涙でぐしゃぐしゃになって、笑顔と嗚咽が混ざった不器用な表情のまま、ルサールカは一歩後ろに退いた。
尻尾が激しく左右に揺れていく。
何かを言おうと口を開き――――けれどその言葉は出ないまま、ルサールカは呆れるように深く息を吐いた。
「……はぁ。……甘いのが好きなことぐらいさ。皆、みんなしってるよ。ばーか。ホットケーキぐらい、ディストにだって焼けるのにさ。なんで、なんで私なんだよ。……ひどいじゃんかよぉ」
泣きじゃくる声を必死に殺しながら、ルサールカは口元に力を込めた。
牙を食いしばる。
喉を焼くような嗚咽がせり上がってくるのを必死で飲み込むと、涙でぐしゃぐしゃになった頬を袖でぬぐい、いつものようにあっけからんとした態度で笑ってみせた。
涙を拭った手から溢れ出る銀の燐光。
炎というよりも、神聖な光のように白銀のかがり火が咲いていく。ただ静かに、誇らしげに燃える灯火を、ルサールカはぎゅっと握り締めて。
「ほら、行ってきなよ。……託してあげる。私の炎は灯台みたいに眩しいんだ」
二人の胸にそっと拳を押し当てた。
――――炎が継がれていく。
「……帰り道だって照らしてあげるから。……戻ってきてね」
指が解けていく。ルサールカは嗚咽を抑えきれなくなって深く俯いた。
けどぶんぶんと、何度も首を横に振って、凛として笑って見せる。
そして、レーニャとディストに敬礼を向けた。
同時、レーニャとディストもまた毅然として敬礼を返した。すぐ背後の次元門が青い光で二人を包み込んでいく。
「帰ってこなかったら……!! 言いふらしてやるからなー……? 色付きと真っ向から戦った大馬鹿な話をさ。ふふ……きっと伝説になるよ。……語り継いじゃうから。レーニャが甘党なこともバラしちゃうから……ディストがすけべなことも…………全部さ。だから…………」
――――言葉はそれ以上出なかった。
行ってしまった。次元の裂け目がもたらしていた光も消え、ただ白く無機質な廊下だけが伸びていた。
「………………バカだなぁ。私も」
寂しさを我慢できなくなって、リーダーが吸っていた煙草を、火も灯せないまま口に咥えた。




