瞳を継いで
一章:点火
遺体を置いておくことはできなかった。埋める土などこの街にはない。砂漠に埋める? ……あり得ない。あんな白く何もない場所に一人きりなんて。
しかし火葬するには企業に所属しなければならない。
置き去りのまま朽ちていくのを見ていることはできなくて、ディストはその日の朝が来ると淡々と病院へ連絡をつけた。
彼らはすぐに訪れた。響くインターホン。力なく扉を開けると、無数の浮遊銃に守られたゼノムテオミクス社立病院の医者共がいた。
『この度はお悔やみ申し上げます。数ある埋葬方法から医学貢献に携わる遺体売却をお選びいただき――』
「……選択肢なんてほかにないだろう」
遺体の査定は数分で終わった。担架で運ばれて、考える間もなく彼らの車に乗せられ飛び立っていく。
『遺体購入基準に基づいた詳しい金額付説明をしてもよろしいですか?』
「……いいわけないだろ」
アメリアの四肢、皮膚、内蔵、血。それぞれに細かい値がつけられているのだろう。見れるはずがなかった。
反吐が出そうで、ディストはぎゅっと目を瞑り座り込んだ。
『では端末のほうに領収書を送らせていただきます。後ほどお時間がいただけましたら確認してくだされば幸いです。では、またのご利用お待ちしております』
「…………待つなよ」
彼らは配慮などしない。マニュアルだけを全て読み上げると、こんな薄汚い区画からはすぐに離れていった。
遺された物はジャケットと眼帯。運搬したブツ。そして瞳。
便利屋だったアメリアが潰れていない眼にそれなりの金を掛けたのは知っていた。身体改造のための刺青技術が施されていたから、彼女の眼だけは売らなかった。
ディスト・クラークスは意思を継ぐようにアメリアの赤い眼をくり抜いていた。
静寂が訪れると強いられるように自身の片目を抉り取る。そして、いつもそうしてきたように血肉を繋ぎ合わせていく。
アメリアの身体はそれしか残せなかった。
手切れ金のように振り込まれていた電子通貨(L)。
置いたままの食材を、空っぽだった冷蔵庫に押し込む。
品質の悪い麻酔はすぐに効果が切れてしまった。今までよりも澄んだ視界が苦痛と熱を帯びていく。
アメリアの瞳は嫌になるくらい現実を映し出していた。広い部屋、一人。ぼんやりと虚空を見詰めて、響くノイズが耳をずっと撫でていく。
『今日は臨時休業致します』
送信。どうすればいいかわからなくなって、宙ぶらりんになるように俯いた。胸、空いた穴。泣き続けることはできなかった。
そのうち疲弊するように身体は勝手に泣き止んで、それがどうしようもなく情けなくて、嗚咽を帯びて深く息を吐いていく。
そのとき、再びインターホンが響いた。……頭痛。顔を歪めながら立ち上がり、力なく扉を開ける。
「……だれですか」
機械に覆われた双眸。チクタクと響く懐中時計を揺らした淑女と紳士がそこにいた。白いドレスと黒いスーツ。時代錯誤にも思えたが、どこかの企業技術か異界道具だろう。
「このたびは正しくない世界による悲劇、お悔やみ申し上げます。我々は【時計機関】に所属する――」
「……いかれカルトが何の用だ。時間でも巻き戻して助けてくれるのか? それとも俺が悲観に暮れてるのを嗅ぎ付けて今なら信者になってくれるとでも思ってんのか?」
「ええ、貴方には機会が訪れました。もっと悲しみ、怒り、感情を燃やしなさい。時計の針が揃い、終末の要因にまで遡れば破滅を免れることもできるでしょう。我々の存在は無かったことになり、美しい世界の道が途絶えることはありません」
「…………帰ってくれ」
意味が分からない。嫌気が差して彼らを殴り飛ばしてしまわないうちに冷静に吐き捨てた。扉を閉じる。
――――感情を燃やしなさい。
何かの異界道具のことだろうか。今まで尋ねたこともなかった彼らがここに来る理由があるとすれば……姉さんに関わることだ。
あいつらも原因か?
思考が巡り、ディストは一瞬、踵を返す足を止めた。力が籠り握り締める手は何も掴めない。苛立つような殺意だけが体を突き動かして、壁に掛けていた拳銃を握り締める。
「……おい。なぜここに来た?」
銃口を向けながら扉を開けたが。……彼らはもうそこにはいなかった。