灯火の照らす先
六章:銀に燃えるために
大粒の雨が激しい音を立てて地面を叩き霧のように飛沫をあげていた。
銀色に淀んだ雲が分厚く空を覆い、摩天楼の影を色濃く映し出している。
リーダーを置きざりにして車は加速し続けた。
信号、標識、雨粒。多くが横切り、過ぎ去っていく。
「っ……っーー……んぐ」
雨音に掻き消えそうな、か細い嗚咽が耳に入った。
……ルサールカだった。狼耳がぺたんと垂れていた。牙を軋ませて、決然とした瞳を涙で潤ませながらも、アクセルを踏む脚に力を込め続けた。銀の炎を出力し続けていた。
ディストは放心するように車窓から外を眺め続けた。ぎゅっと握られた手は雨に濡れて冷たい。反射に映り込むレーニャの表情は重苦しい。
入都管轄所……都市の外郭にまで辿り着いてようやく、車は緩やかにブレーキを踏んだ。通行管理局の職員が止めに入っていた。
「外にでるのは危険です。酷い砂吹雪だ。視界はなんも映らなくなるし、気温は-60℃を裕に下回りますよ。その車ごと棺桶になりたいならいいですが」
「今この街にいたら棺桶すらのこらないんだよねえ。だから通るよ」
自嘲めいた笑みを浮かべながら、ルサールカは警告を一蹴した。
車輪が砂を蹴って、目的地だった都市から離れていく。
夜の闇と白い地平線の奥へと向かった。窓が凍りついていく。
車内でも凍えるような冷気が底に広がって、吐く息が白く震えた。
「っーーー……寒いね」
静寂のなか、ぽつりとルサールカは呟いて――。
「………………リーダーが、死んじゃったよ」
堪えきれなくなるように言葉を零した。牙を軋ませようともぼろぼろと涙が溢れ落ちていく。
呑み込めない現実を咀嚼しようと嗚咽を繰り返し、炎を灯して走行を続けていた車も、感情を燃焼しきれずにゆっくりと減速し、やがて停止した。
しばらくの間、何もできずに呆然と闇の奥を眺めていた。
……誰もがそうだった。
ルーディオは煙草に火をつけたが。義体の頭部では吸うこともできずに煙を燻らせるだけだった。
「……ミルシャ達はどこに逃げるんですか?」
不安定に迸る雷光。揺れる銀の灯火。
ミルシャは前に所属していた組織が壊滅した所為か、誰よりも今が壊れることを恐れていた。
「これからどうするつもりなんですか…………!?」
怯えた眼差しでじっとディスト達を見据えると、くすんだ黒髪を乱し掻いた。感情に任せて立ち上がった。
華奢な脚が震えている。手に力も入らず、ミルシャは大事に持っていた自由帳を足下に落とした。
……これまで旅をしてきた場所や銀雲急便の皆を描いた絵が、夜の冷気に包まれていく。
それで我に帰るように、ミルシャは小さく息を呑み込んだ。
自己嫌悪に顔を歪め、俯き、座り直した。
ルサールカはぐしぐしと涙を拭い、苦し紛れの笑みを浮かべた。深く息を吐いて、吸って。決断するようにピンと耳が立つ。
「私は私を信じてくれた人の遺志を信じるよ。ふふ、忠犬っぽいでしょぉ?」
ルサールカが尻尾を振りながら断言すると、ルーディオは煙草の火を握り潰した。わずかな金属音を響かせ立ち上がる。そして大げさに腕を広げた。
「……野郎ならともかく、オレ達の可愛いレーニャを、ルサールカを、…………ミルシャを見捨てるつもりはねえよ。ああ、ただちょっとその胸を押し付けてお願いしてくれるだけでいいんだ。そうすればオレはなんだって怖くなくなるぜ」
いつものセクハラも今は減らず口を叩いて気を紛らわそうとしているようにしか思えなかった。
普段ならレーニャかルサールカが引っ叩くかどついて終わりだったが、ルサールカは嘲るようにルーディオを抱き締めた。むぎゅりと身体を押し付け数秒、そしてなんてことのない様子で離れていく。
「これで怖くないんだね? ルーディオ」
「……嗚呼、お前のせいで逃げる選択肢はなくなった。最悪だ。今まで1度だって――」
言葉が途切れる。ミルシャが袖を掴み、引っ張り、縋ったからだ。
「……ミルシャは怖いです。色付きに歯向かったって……塗り潰されるだけです。どうして……死に急ぐんですか」
上擦った声。引き攣っていく声。
瞠る瞳は潤んでいた。激情を制御しきれずに溢れ出ていくしろがねの炎。
「息を潜めて、目を逸らせば死んでいるのと同じだからだ。胸を張っていけない。燻ぶれば、銀の炎は灰になる。逃げ続けたら曇天を銀の美しい雲だと思えなくなるからだ。薄暗い……曇り空の下で生きていたくはない」
「…………ミルシャは知っています。死は皆が思っているよりも醜いものです」
「嗚呼……そうだな。……けどリーダーは誰よりも眩しい炎を見せつけて死んだ。同じ男として格好良いと思ったさ。ちっとも褒める気はしないがな」
ルーディオは機械仕掛けの腕でわしゃわしゃとミルシャを撫でた。
「まぁ逃げるのは格好悪いとは言ったが、泣いてる女がいるならべつさ。ルサールカ、せっかくぱふぱふしてくれて悪いが……状況次第でオレ達は駆け落ちするかもしれん。その方が良いと思える時が来たらな」
「ヒュー! 私はむしろそのほうが嬉しいかもね。セクハラもなくなるじゃん?」
ルサールカの軽口を受け止めながら、ルーディオはディスト達に歩み寄った。靴跡を描いていく銀の残り火が夜の冷気を溶かしていく。
「……だがそうなるまでは。リーダーが託したように、オレも託そう。だからレーニャ、ディスト。――答えろ。お前達はどうしたい」
重々しい問い掛けが投げかけられた。




