信頼
「時が揃う」の回に挿絵を貰いました。まだ見てなかったらぜひ見て欲しいです。
――――そして不意に光が差し込めた。
「……っ」
訳もわからないまま呻き、薄っすらと目を開けていく。
分厚い雲の切れ間から溢れる朱の夕焼けが涙で滲んでいた。色濃い摩天楼の影が通り過ぎていく。エンジンの揺れが鈍く響いていた。
「一体、なにが――……」
【銀炎】はどこに消えた? いや、そもそもここは……何時だ?
酷く動悸がした。目眩がしてくる。未だ頭のなかを過去に戻ったのか?
廃虚のビル群を過ぎて淡々と【銀炎】の邸宅の前に停車したとき、この先で起きたことを鮮明に思い出して手が震えていく。
寒気が全身を包んで、ディストは突発的に立ち上がった。ルサールカ達の視線が集まる。伝えないといけない。この先に行けばレーニャが殺されることを。だというのに目を瞠り、浅く呼吸を刻むことしかできなかった。チクタクと頭のなかに響く時計の音に呑まれるように身体は硬直しきっていた。
エンジン音が途絶えると、ひび割れた石畳を打ちつける雨音だけが聞こえた。ざぁざぁと。先ほど見た雨と全く同じ灰色の水滴。
……車を降りることはできなかった。許可がまだ下りていない。
…………一言だって喋ることはできなかった。許可が下りていない。
分厚い沈黙と緊張に閉じ込めれるなか、リーダーは異常を感じ取るようにじっと、ディストの様子を睥睨していた。
「ッ……! う、うぅ……ッ!」
か細いうめき声が沈黙を突き破った。レーニャは堪えきれない様子でその場に蹲ると、何度も嗚咽し、くるしみ、喉を絞った。灼けるような感覚を吐き出そうと悶え、涙が溢れていく。
「ッ……!! ッふーーー……ッぅ……!!」
吐瀉することはできなかった。先の未来で貫かれた腹部を押さえ、掠れた息とともに唾液を吐き出すことしかできずにいた。
「……っ、レーニャ」
それ以上の言葉が出なかった。
レーニャが銀雲急便を誇りとし、夢にしていたのを知っていたから。【銀炎】を誇りとし、父親を愛しているのを知っていたから。
よろめく彼女の背を摩った。華奢で弱々しく思えた。
冷えた指先を手で包んで、なんとか隣に座らせたが、レーニャもまた俯いたまま言葉が出せずに沈黙した。
「……何があった」
鋭い視線が向かう。許可を無視してリーダーは尋ねた。
――真実を述べて信じてもらえるのか? そもそも味方でいてくれるのか?
ディストはじっと瞳の奥を睨み見つめ、そして息を呑んで脳裏に過る疑念を塗り潰した。
「【銀炎】が、レーニャを殺そうとして腹を貫いた。時計の針を起動するためだとか言ってな。それで俺は【銀炎】を殺そうとして返り討ちにあって……死ぬ寸前に時計の針が起動したのか、時間が今に戻った」
淡々とおきたことだけを言葉にした。……助けて欲しいだけなのかもしれない。縋れるものが欲しいだけなのかもしれない。
だがここまで共に行動し、助けられ、揶揄われ――。その繋がりが銀雲急便という組織だけだとは思いたくなかった。
リーダーが、否、ここにいる皆がレーニャの味方でいてくれると信じたかったから、ディストは【銀炎】を殺そうとしたことまで明言した。
…………車内が静まり返った。
時間が戻ったことを理解しているのは恐らく、自分とレーニャ、そして【銀炎】だけだろう。
それでも誰一人としてレーニャの反応や今の言葉を嘘だとは疑えなかった。誰も【銀炎】の外見などを聞いて言葉の信憑性を確認しようとさえしなかった。
……反応はそれぞれだった。
ルーディオは義体の頭部である以上、表情を変えることもできなかったが、僅かに苛立つように四肢に銀の炎を帯びていて、ミルシャは前に所属していた企業が壊滅させられた心傷もあってか、目を見開いて青ざめていた。
ルサールカはそんなミルシャを心配するように小さな手を握っていて。
――――リーダーは深刻そうにため息をつきながらも動揺することなくディストの額に銃口を突きつけた。
双眸が銀色を灯し光輝していく。……今この瞬間にリーダーと戦えば、何が起きたかも理解できずに殺されるだろう。
「……【銀炎】は、オレの親友でもある。あいつは絶対に娘を裏切るような奴じゃない。レーニャは殺されかけたかもしれないが、時計の針を起動するのが目的で、起動すれば時間が巻き戻って無傷で済むと分かってたんだと思う。……巻き戻ってもう一度会ったとき【銀炎】はきっとレーニャを抱きしめて謝るはずだ。……それで何事もなく終わる」
言葉はリーダーの、チームとしての願望のようにも思えた。
《分針》が覚醒するためにレーニャにショックをどうしても与えるしかなく、巻き戻ることも承知で傷つけた。
本当にそれだけならレーニャにとっても最良の事だろう。
「それだけならオレが一発だけあいつをぶん殴ってやる。あいつは不器用なんだ。……それで許して欲しい。納得いかなきゃお前とレーニャにも何発だって殴らせよう」
そう言ってリーダーは透かした笑みを浮かべ握り拳に炎を込めた。
〚レーニャ、ディスト。車を降りておいで。話がしたいだろう?〛
凍てつくような声が響いた。否応なく肩が跳ねる。
雨が激しさを増して遠くで雷鳴がうねるなか、【銀炎】は屋敷の外で佇み、悠然とした様子で待っていた。しろがねの炎が静かに揺れている。
……レーニャを連れて逃げ出してしまいたかった。いっそ運転席まで駆けて、強くアクセルを踏みに行くべきか? いや、きっと無意味だろう。
銀雲急便の頂点が、【銀炎】から車で逃げるなんて無謀だ。
「ワタシは……信じたい。銀雲急便を。リーダーを。……父さんを。ディスト、すまないが一緒に来て欲しい。……君が隣にいないと、少し怖いんだ」
レーニャは顔を歪めながらも、涙を拭い立ち上がった。……彼女が逃げないなら逃げる理由などなかった。意を決するしかなかった。
「……それは俺だって同じだし、約束は守るさ」
余裕のあるフリをして格好つけた笑みを向けて見る。二人で車を降りるなか、リーダーはルサールカの肩を叩いた。
「エンジンはつけたままでいてくれ」
そう言ってリーダーも車を降りた。




