時が揃う
イラストはmuraryo@M82682952様の制作です。
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〚レーニャとは……仲良くしてくれているみたいだね。まさか隣を許すようになっているとは思わなかった。ぜひ方法が知りたいよ。父と娘の立場というのはどうにも気難しくてね。話したいことも話せなかったものさ〛
白銀が静かに揺れていく。異質な声ではあったが、口調は穏やかで敵意などはまるで感じられなくて、拍子抜けだった。
目を見開いてまともな言葉が浮かばないままディストはしばし呆然とした。
「……っ、父さん。ワタシがいる前でそんなことを聞かないで……。恥ずかしい」
レーニャは顔を真っ赤にしながら歯を軋ませた。ジトリと色付きを、伝説の便利屋である【銀炎】を不満げに睨み据える。
確かな敬意を持ちながらも心の底から気を許し合い、銀雲急便としてではなく親子として会話をしているようだった。
――羨ましくさえ思える。両親のことを思い出そうとしても脳裏によぎるのは怪物になった二人に弾丸を撃ち込む瞬間だけだ。だがおかげで我に帰れた。
「……気難しいと言われるほどには見えませんよ」
〚そう見えたなら嬉しい限りだ〛
「っーーー……。ディスト、お前の敬語は違和感しかない。やめろ」
〚その通りだ。敬語じゃなくていいよ。……嗚呼、そうか。君がディスト・クラークスか。僅かながら話は聞いたよ〛
――話。十中八九アメリアのことだろう。【銀炎】の表情はわからなかったが、重く事態を受け止めるように俯いてくれていた。
〚……大切な人を亡くしてしまったんだね。……全ての責任は私にあるよ。申し訳なかった。――家族を亡くすのは、耐え難くつらいことだ。どんな言葉を掛けてもくるしみが終わることはない〛
心に直接語りかけるように響く。感情の起伏はほとんど感じられないが、言葉の一つ一つが鋭く突き刺してくる。
いっそ際限のない悪人であればレーニャの親であろうが純粋な怒りをぶつけられたかもしれないが、喉の奥は震え、……怒号など到底出そうになかった。
「……貴方に、何がわかるんだ」
〚目だ。目を見れば理解できる。君の緋色の目に刻まれた《秒針》が逆巻きになっている。異界道具を動かすには感情を燃やさなければならないが……時計の針の本質を起動するには途方もない激情が引金にならなければならない。ほんの数秒を巻き戻したり加速させるのは力のごく一部に過ぎない〛
白銀の炎が鋭く双眸を照らし、真紅の瞳が向かい合う。
炎と共に光輝し続ける眼光の奥、きざまれた《時針》は自分と同じように逆向きに回り続けていた。
〚私も家族を失った。私達は同じ目をしているよ。ディスト・クラークス〛
異質な声色でありながら微かな温もりさえ感じられた。偽りのない言葉だった。いっそ心を許してしまいそうになったのが恐ろしく思えて、ディストは話を閉ざすように深く息を吐いて、目を瞑った。……数秒。
冷静さを取り戻すように再び向かい合う。
「……それで、運んだ時計の針はどうすればいい。目を抉り渡せばいいのか? もし目を取る必要があるなら俺に手術させて欲しいのと、代わりの目か義体が欲しい。隻眼では支障が出るんだ。その、俺は」
起動した時計の針が全て揃えば何ができるのか。何をするつもりなのかは聞けなかった。彼の落ち着いた様相ならば答えてくれるかもしれなかったが。
「……身体は万全にしておきたい。今後も銀雲急便の力に、レーニャの力になりたいんだ」
それ以上にレーニャのことを優先したかった。
〚ふ……。君の言葉が誇らしいよ。心配しないでいい。目を取る必要はないんだ。それに、君がレーニャ達を守ってくれたおかげかな。彼女の《分針》はまだ起動していないみたいだから〛
「俺かあなたが《分針》を継いで起動するのか?」
〚いいや。それはできない。どれだけ深い悲しみや怒りがあったとしても、人1人に動かせる時計の針は一つだけなんだ。だから――〛
銀色の炎が大きく揺らめく。冷たい光が不規則に靡くなか、【銀炎】は自然な振る舞いで立ち上がると、ぎゅっとレーニャの手を包み握った。
炎が華奢な手に触れる。レーニャは僅かに驚いた様子だったが。炎は柔らかな熱を帯びるのみで、安堵するように握り返した。
祈るように言葉を置いて。
〚だからレーニャ。――――お前が《分針》を起動するんだ〛
刹那、銀の灯火が感情を燃やし物理法則を逸脱し加速した。
娘の手を握る父の手は、空気をも歪め斬り裂く刃へと変わり、レーニャの腹部を燃やし貫く。彗星の如き銀光が血肉を突き抜ける。
「……父さ、……なんで……ッ、ワタシを――」
喘鳴混じりの声。
レーニャは何一つ理解できないまま、引き攣った笑みを【銀炎】へ向けたが返答はなかった。
痙攣する指が銀の炎刃を引き抜こうと藻掻くが、鋭い業火が身体を灼いて、肉体が沸騰するように劈くような破裂音を響かせる。
光輝する焰が周囲を燃やすなか、血飛沫が部屋を真っ赤に染め上げ、鮮血がディストの全身を赤く塗り潰した。
「ッーーー……父親が、娘に――ッ!! 何してんだよ!!」
理解ができず恐怖し、立ち尽くすしかできなかった自分自身を憎み叫んだ。
なぜ【銀炎】がレーニャを殺そうとしてる? 理解できない。父と娘じゃないのか? 銀雲急便の同胞じゃないのか?
――――レーニャはまだ生きているのか?
息を呑んだ。心臓が強く締め付けられる。背筋が凍りつく。喉の奥からどうしょうもなく吐き気が込み上げてくる。
「お父さ、ん……。ワタシが……ダメ、だったのか……ッーーー?」
今に消えてしまいそうな声。未だに【銀炎】を、父親のことを敵視もできず、ただ引き攣り泣いていた。
〚違う。レーニャ、お前は任務を完璧に遂行しているよ〛
「任務だぁ……ッ!? レーニャはあんたのことを……! あんたが作った組織を尊敬してたんだぞ!! あんたの後を継ごうとずっと悩んでたんだ! それを――お前は!!」
「……ディス、ト。待て…………理由が、あるは、ずだ」
言葉を否定するように、【銀炎】はレーニャの身体を無造作に床に放り捨てた。力なく四肢が伸びて、足元を血の熱が満たしていく。
――このままだと間に合わなくなる。けど、アメリアの時とは違う。まだ助けられるはずだ。
ドクンと、苦痛に満ちた拍動が身体を突き動かした。殺意を、怒りを遥かに上回る衝動が駆け巡る。色付きだろうが、銀雲急便だろうが、もはや関係はなかった。
「ああああ……!! グが、ぁああ!! アアアアアアアアアアアアッ!!」
レーニャを殺されたくはない。
これ以上、大切な人を失いたくない。
ただその一心で狂ったように吠えた。銀の火焔を舞い上げる。激情を燃料に燃え上がる加速の炎が一瞬にして四肢を覆っていく。
空気を歪める熱を纏い、抜刀した。
「悔めッ!! 《秒――」
異界道具の引き金を唱えるより先に、全身を熱が灼いた。喉が潰され言葉が途切れる。
「――が!? ……ッぁ」
〚君は時を止められるようだが、私の時のほうが早かったらしい〛
【銀炎】の動きに反応などできるはずもなかった。どれだけ研ぎ澄ました知覚も意味はなく、痛覚遮断だけが作用する。
遅れて、体勢を崩し倒れるなかで、しろがねの炎が刀を握る腕と肉薄しようとする脚が吹き飛ばされていたことを理解した。視界の奥へ血と銀の飛沫が過ぎていく。
――届かない。
【正義】と戦ったときとは訳が違った。悪態をつくことさえもできずにどうしようもない虚脱感と無力感に包まれて、崩れ落ちる。
必死に手を伸ばしても、【銀炎】には指一本だって触れることはできない。
レーニャを傷つけた奴を殴ることも、彼女の隣に立つことも、共に逃げ出してしまうことも、――何もできない。
ディストは地べたを掻き這い、倒れ動かないレーニャの手を縋るように握り締めた。
「約束を……守れ、なくて、……ごめん……」
こんな言葉は苦しめるだけだ。なのにこれしか言葉にできなかった。
無力な自分を憎み滾る銀の灯火。どれだけ激情を燃やそうとも意味はなかった。
ぎゅっと手を握り返される。
レーニャの顔は血と涙に濡れていて、歯を軋ませて歪んでいた。
「……ッーーディスト、ワタシは……ッーーー、ぁグ、ッアアアアアアアアアアアア!!!!」
決壊するように《分針》の刻まれた瞳が銀に輝いた。激情に呼応して異界道具が、時を操作する力が作用していく。
共鳴するようにディストの《秒針》、そして【銀炎】の《時針》が光輝していく。
〚信じていたよ。レーニャ、お前はこの時のために旅をしていたんだ。《分針》が……起動したよ。これで――――時が揃う〛
時の流れが途絶えるように、意識が暗転した。




