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【銀炎】

 エンジンの揺れが途絶えると、外の雨音だけが無機質に響いた。ひび割れた石畳を打ちつけている。


 ……車を降りることはできなかった。許可がまだ下りていない。


 …………一言だって喋ることはできなかった。許可が下りていない。


 分厚い沈黙と緊張に閉じ込められていた。リーダーも、ルーディオさえも毅然とした様子で微動だにしない。


 ディストは緊張を誤魔化すように邸宅を見つめた。


 建物は強化ガラスと分厚いコンクリートで、トタンも廃材も、異臭を漂わせるゴミ山だってなかったが、邸宅を飾る植え込みは手入れもされず、玄関前の噴水も長い間動いていないのか、淀んだ雨水が溜まっていた。


 自分が住んでいたボロ小屋がどうしてか脳裏にチラついてくる。似ても似つかないはずなのに。


『レーニャ、それと≪秒針≫の青年。車をおりておいで。来るのは君たち二人だけだ。他は車内で待機しておいてくれ』


 ……やがてノイズ混じりに無線が入った。威圧感はなく、ねぎらいを含んだ穏やかな声だった。


 それを聞いてレーニャは緊張を解くようにゆっくりと息を吐いた。安堵の微笑を浮かべながらディストにどこか誇らしげに手を差し伸ばす。


「……行こうか。ディストのことを紹介してやる。信頼できるチームだとな。それともワタシのボーイフレンドとでも言ったほうがいいか?」


「……っ、……殺されそうだよ。それ」


 僅かに赤らんだレーニャの含み笑い。今すぐにでも写真を撮りたいぐらいだった。冗談にならない冗談で気が誤魔化せたのかもしれない。


 緊張は呆気なく解けて車を出た。


 真昼の暑さはとっくに消えていて、酷く冷え込んでいた。


「……レーニャの父親は使用人とかは雇ってないのか? メイドとかバトラーを担当できる便利屋企業もあるだろ? そうでなくても銀雲急便の身内とか」


「なぜそんなことが気になったんだ?」


「……誰もいないからだよ。銀雲急便の本社で、色付きの拠点なのに」


 言われてレーニャもあたりを見渡したが、小さく首を傾げるだけだった。


「ワタシの記憶にあるときには既にこんなふうだった」


「広い家を手にはしたがいざ住むとなると管理が面倒になった人って感じか? ……まぁ俺も広くなった部屋を掃除しようとは思わないが」


 玄関扉の前で立ち止まる。開く様子も無線に連絡も来ないまま数分待ち呆けた末に、レーニャが怪訝そうに扉を押すと、鍵が掛かっていなかった。


 建付けの悪い金具が不快な音を響かせていく。


 ひらけたエントランス。応接用に並べられたテーブルに萎れた花が一輪だけ生けられている。部屋の脇に置かれたピアノも長らく放置されているのか、分厚い埃を被って静謐を奏でていた。


「あれを弾くのか? 色付きが」


「ピアノのことか? よく知っているな」


「義体いじってたときに腕に鍵盤ついてるやつを見たことがある」


「……あれはワタシのだ。ここを発つ数ヶ月前に一曲だけ弾いたかな」


 レーニャが懐かしむようにピアノへ視線を向けたとき、低く重い靴音が響き渡った。金属を叩くような硬質音が規則的に反響していく。


 同時、即座にレーニャは敬礼をした。恐怖よりも純粋な敬意が身体を突き動かしているようだった。慌ててディストも敬礼し押し黙る。


 ――そして目を瞠った。


 レーニャの父親であり銀の色付きである【銀炎】に、人間の部分は残っていなかった。感情を糧にして燃える銀の灯火が人の形を保ちながらも全身を浸蝕し、彼の肉体は灯火そのものとなっていた。


 銀の炎そのものが、銀雲急便の制服に身を包み、権威を示すように外套を揺らしている。


 ……どれだけの想いがあれば炎を燃やし続けられる? 理解できない。色付きはやはり、人の域を大きく外れているらしい。


「っ…………」


 圧倒されるようにディストは固唾を呑んだ。動けるはずなどなかった。


 ゆっくりとした動きで歩み寄っていく【銀炎】に、視線を向けることだってできなかった。


 レーニャの髪が灯りを受けて僅かに煌めくのが見えた。灯火は眩い輝きというより、冷たい金属のような質感と鈍い光沢で、青白い光彩を帯びていた。


〚そんなに畏まらなくていいよ〛


 無線のノイズは器材や電波の不調ではなかった。金属同士が擦れ合うような不気味な音が声を形成している。


「……父さん」


 レーニャの呼びかけに、静かな波のようだった炎が僅かに揺れた。どんな表情を浮かべているかも理解できない。


 ただ双眸だけが燃え上がる銀の焰のなかで静けさを湛えた真紅の光を宿していた。光の奥を覗き込むと自分達と同じ時計の針が刻まれているのが見える。


〚君達が無事にここまでたどり着いてくれて嬉しく思うよ。もしよければ少し話がしたいんだ。【銀炎】としてではなく、娘を想う親としてね。だから、敬礼はそろそろやめてくれ。こっちまで緊張してしまいそうだよ。ほら、座って〛


 クソ真面目なレーニャの父親とは思えない。


 先程までの整然とした態度を砕けさせると、威厳なく、疲れ切った様子で彼は座り込んでしまった。


 ディストはレーニャと顔を見合わせて、どうしていいかわからなくなった緊張を脇において、レーニャの隣に腰を下ろした。


 ごそごそと布が擦れる音。数秒遅れて、指と指が触れると、レーニャは見えないようにクッションの奥でそっと手を握りしめてくる。

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