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たどり着く――

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




「ぜぇ……ぜぇ、ッー……!」


 はげしく荒れる呼気。熱気を吐くように口は開きっぱなしで舌が乾く。


 銀の髪は余裕なく乱れ、茹だるように汗が流れ肌を伝う。


「レーニャ……もう」


「ダメだ。まだだ……! ッー、まだ……!」


 レーニャは吐息混じりに余裕のない声を発した。


「まだ間に合うはずだ……! 走ればどうにかなるはずだ……!」


 そう言って、炎天下のなか歯を食い縛って砂利道を駆けていく。


 銀の炎を使えば間に合うからと言ってギリギリまでモーテルにいたのだが、この時間、アリススプリングスでは掘削作業車が通行するため戦闘用のモジュールと異界道具は全て使用禁止だった。


 結局、集合時間に五分ほど遅れながら指定の場所に二人揃って到着した。


「レーニャが遅刻か。珍しいな。何か特別なことでもあったのか?」


 リーダーは怒ることはなかったが、わかり切った様子でニヤニヤと茶化してくる。


「特に、述べることは……フー、ありません……」


 息を切らし、熱と恥辱で顔を真っ赤にしながらレーニャは俯いた。逃げるようにとっとと車に乗り込もうとして。


「レーニャぁ、制服のボタン締め忘れてるよ? そんなとこ初めて見たなぁ」


 ルサールカの追撃を喰らっていた。レーニャがなんとしてでも遅刻しないように走り続けた理由が理解できる。


「……ッ、なんだよ。何が言いたいんだ」


 リーダーの視線を感じ取ってディストは鬱陶しそうにぼやいた。


「……やったのか?」


「うるせーよ……。いちいち答えないからな」


「まぁならこれはオレの独り言だが、レーニャの焔がお前が来る前よりずっと熱く研ぎ澄まされてきたんだよな」


 リーダーは懐かしむように地平線を眺めた。どこか自慢げにレーニャの名を口にすると、小っ恥ずかしい様子で髪を掻いていく。


「因果関係はわからんが、今ならもっと出力も安定するだろう? お前がいればな。だからこの仕事が終わったらオレからも正式にお前を推薦しようと思ってな。まぁこれはやったかやってないかって話とはなんも関係ないんだがな」


「……っ、じゃあなんでこんな内容を下世話な話からつなげたんだよ」


「男なら誰だって祝いたいだろ。めでたいことが二つ重なっただけさ。ほら、早く乗れって」


 急かされるように乗り込むと、バチン! と強く背を叩かれる。振り返ると一瞬でルーディオに引き寄せられた。強引に肩を組まされ、義体の頭部がぶつかった。


「面構えがよくなったじゃねえか。一皮むけたやつは違うな。それで……どうだったんだ? オレにはぶっちゃけていいぞ。語りたいだろ? そういうの」


「……そういうのって」


「どこが良かったとか、どこが可愛かったとか、そーいうのだよ! 好きなもんは語りたいだろ?どうだったんだよ。レーニャ、どんな感じで――ギャ!」


 ルーディオが重い殴打の音を響かせて倒れていった。奥からひょっこりと顔をだしたミルシャがジトリと見上げてくる。


「……下世話ですよね。こいつ。ミルシャが怒っておきます。行っていいよ」


 ぎゅっと握られた小さな拳。無感情な表情でありながら妙な苛立ちと威圧感を感じ取って、ディストはすごすごと自分の席に座った。


 エンジンが掛かる揺れ。砂塵を舞い上げて車が動き出す。ガンガンに効いたエアコンが車内を巡って、一瞬で汗が引いていく。


 ぼんやりと窓の外を覗くと、アリススプリングスの看板はもう見えなくなっていた。視界に映るのは際限のない白い地平線ばかりだ。否、地平線さえも定まらない。


 点々と生えるサボテンヤシがなければ見ているだけで息が詰まりそうだった。果てのない砂原の閉塞感と孤独感に吸い込まれそうになってくる。


 この砂漠を横断すれば目的地だ。……夕方には着くだろう。


 そのあとは……どうなるのだろうか。リーダーやレーニャは正式に隊員として推薦してくれると言っていた。このまま銀雲急便として次の仕事に望む?


 復讐をやめて。時計の針を求める理由に深く踏み入ることをやめて、姉さんとは決別して。――きっとそう望まれている。だから火を継がれた。


 ……今の関係が惜しくなって、都合よく想いたいだけかもしれないが。


「こわいか? ワタシの父が」


 振り向くと、頰に指が押し込まれる。レーニャがクソ真面目な表情のまま悪戯してきていた。不意のことで反応できずにいると、ふんと鼻で笑われて、手を握られる。


「……そりゃ、怖いだろ。色付きだぞ」


 都市を管理するような大企業メガコーポと個人で対等できる力がある便利屋……色付き。【銀炎】の名を知らない奴なんていないだろう。


「安心していい。ワタシがいいように紹介する。きっと大出世になるぞ。次期隊長の補佐だからな」


 翡翠色の双眸がキラリと煌めく。真剣な表情から溢れる自信に呑まれるみたに、ディストは肩の力を落とした。緊張をほぐしてくれていたらしい。


「……ありがとう。少し落ち着けた」


「――ディストは……まだ知ろうとするつもりでいるのか? 時計の針を運ぶ理由を。君の姉が殺された原因となった理由を」


 怯えるように問いかけを投げられる。レーニャは不安に想っているようだった。銀雲急便に入ったキッカケが、納得するためだったから。


 どうして姉さんにあんな仕事が降りてきたのか。誰が邪魔しようとしたのか。なぜ殺されなければならなかったのか。


 復讐するにしてもできないにしても、理不尽を飲み込んで前に進むために納得したかった。……元々は。無力さへの怒りに突き動かされていたから。


「……今は、もう聞けないよ。知り過ぎたくはない」


 罪悪感に声を窄め苦渋しながらも確かにそう言い切った時、細い指がディストの唇を柔く撫でて、そのまま飴玉が押し込まれた。


 砂糖の甘さは一瞬だけで、辛さが口を満たしていく。


 ディストは驚いて目を見開いた。


「からっ、なんだこの飴ッ……」


「感謝の代わりだ。……本当に嬉しいんだ。お前を抱きしめたいぐらい。けど、……見られている。だから甘いのはやれん」


 レーニャも同じ飴を口に放り込んで、自分の席に戻っていく。


 ディストは受け取った飴を舌に転がしながら、銀雲急便に身を置くことを改めて決意するように、ただ静かに荒野を見つめ続けていた。


 銀色の分厚い雲の奥で、白昼の陽射しは段々と朱に変わっていく。摩天楼の影が色濃くなる頃、目的地である都市に入った。


 検問を通過し廃虚のビル群を過ぎて、淡々とした様子で銀雲急便の事務所、【銀炎】の邸宅の前に停車した。

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