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銀の誓い

 だがリーダーの余計な親切心をくすぐらせるだけだった。満面のニヤニヤ笑みが向かうと、悪友のように肩を組んで耳打ちしてくる。


「出発は明朝だ。それまでは自由時間だぞ? …………何が言いたいんだって顔してるな。悔いは残すなって言いたいんだ。お前の処遇がどうなるかなんてわかりっこねえからな」


「ッ余計なお世話だ! お、俺はそんな不純な気持ちであいつと親しくしてるわけじゃねえ……!」


 ディストは顔を真っ赤にして振り解いたが、無意味だった。恥ずかしがるほど、本気にするほどリーダーは他人事だから笑うばかりだ。


「なら女として一切見てないのか? あんまり気にする性格じゃねえだろうが、レーニャが聞いたら残念がるぞ」


 ……そのくせに、口が上手いから正面から言い負かしてくる。素直になるほかなかった。


「彼女は……いい人だと思う。口はそこそこ悪いけど、気が滅入ってるときは声をかけてくれたし。俺が手持ち無沙汰のときは、マウント取ってくるけど訓練手伝ってくれたし。クソ真面目だから信用もできるし…………嗚呼、もういいだろ」


「そうだ。正直になれ。お前ら別に仲は悪くないのに優しくしたり、素直になることを弱みだとでも思ってんのか、見てる分にはクソほどもどかしいんだよ。けど、今のお前はもう違うぜ。多分――な!」


 強く背中を叩かれた。こんな投げやりでリーダーからの大切なお話と説教は終わってしまって、炎天下の白い日差しに晒される。


「……話は済んだか?」


 レーニャはバカ正直にすぐ近くで待ってくれていた。主要な施設は全て屋内だ。わざわざ灼熱地獄みたいな外で待ちぼうけている奴は彼女以外いないし、外で待ってくれるような人も彼女だけだろう。


 やややつれた様子で頬を伝う汗が砂に落ちて染みていく。


「あーーー……」


 待ってくれたのか? 大丈夫か? ありがとう? いろんな言葉が一瞬で湧き上がった。けどそれを口にするのは恥ずかしくて、リーダーの言いなりみたいな気もして、言葉が伸びていく。


 ディストはごまかすように苦い汗を拭った。


「あー……またアイスでも食うか? 今度はなんだ、お前の分も俺が払うからさ。その、わざわざ外で待ってくれてたみたいだし」


 こんな些細な言葉でも、リーダーの影響を受けたせいかレーニャはわずかに首を傾げた。けど堪えていた暑さが限界に近くなってか、熱砂の混じった呼気をついて、風化した広告看板を一瞥してぼやく。


「…………アイスよりも、コーラがいい。エンジェル製菓製の、限界まで冷えた缶のやつだ。この暑さだ。……まずいはずがない。それに、飯も食べてはいないだろう?」


 そんな何でもない言葉に葛藤も罪悪感も呑み込まれて、ディストは暑さと乾きを思い出すみたいに唾を飲み込んだ。


「そりゃ……名案だな」


 流されるままにぼやくのが精いっぱいだった。さっきまでは平然と顔を向けて話せていたはずだったのに。今は二人でいつものように食事をするだけのはずなのに、頬が強張って、拍動が早まっていくのがわかる。


 そんな様子のディストを見て、レーニャは澄ました笑みを浮かべわずかに口角を上げた。


「ボケっとするな。だから不用意に毒物なんて打ち込まれる。……行くぞ」


 グイと腕を引っ張られた。されるがままなのはあまりに格好がつかないから。急ぐみたいにレーニャの一歩前を歩き進んでいく。






 ――――適当に入った店は酷く寂れていた。客は誰もおらず店主はやる気も愛嬌も何もなく怠惰。定期的に注文をしている限りは文句を言う様子もなかったので長々と居座っているうちに汗は涼んでいった。


 砂埃で濁った窓の向こうでは燦々とした白砂が地平線まで広がっている。ゆっくりとだったが、陽光は傾きかけていて空の色は段々と淀んでいった。


「……料理は、お前が作ったほうが美味いな」


 使い捨てのプラスチックケースに盛られたやけに甘みのあるパスタとコーン、薄味のトマトリゾットに脂身と豆のリゾット。パサついたクッキー。


 それと別売りされていたエンゼル製菓の缶コーラ。文句を言いながらもレーニャは皿に盛られた全てを食べ終えて、コーラも飲み切って、丁寧に口を拭っていた。


「当たり前だろ? 次に飯食うときは食材だけ買って俺が作ってやるよ。そのほうが安上がりだし」


「そうしてくれ。次期リーダーとなるワタシのために腕をあげろ。貴様が銀雲急便をクビにされたらシェフとして雇ってやる」


「微妙に冗談にならねえぞ……。それに、次期リーダーとか関係なしにレーニャが、お、ね、が、いしてくれたら作ってやるよ。雇われなくってもさ。じゃないと味音痴に逆戻りだろ?」


「そうだな。お願いしようか。ワタシのために働け。……シェフとしてではないぞ。そもそも、クビにされかけたら反対してやる。……お前は信用できるんだ。こんな世界でもな。だからワタシはディストには傍に居て欲しい」


 レーニャは子供じみた揶揄いを堂々と受け止めて、決然とした態度で手を改めて差し伸ばしてくる。


 爛々と銀に輝く野望の燈火を前に、魅入られるようにじっと向き合った。


「……レーニャがそう言ってくれるなら――」


 ――喜んで受けてやる。


 そんな生半可な言葉を口にしかけてほんの刹那、ディストは顔を歪めた。


 違う。これじゃあ受け身の言葉だ。覚悟にならない。


 銀の眼差しがずっと、ディスト自身を覗き込んでいたから。意思を示さなければならない気がして思いとどまる。


 ディストはぎゅっと、レーニャの差し出した手を握り返した。決然さを返し、全ての感情を曝け出すように目を向け合う。


「……レーニャの夢を俺に叶えさせろ。俺を……お前の隣に立たせろ!」


 燃料が尽きることはなかった。継いだ赤い瞳から銀の灼炎が爆ぜ荒れる。


 力強い意志の銀炎を前に、レーニャは共鳴するように自身の炎で荒々しい灯火を包み、熱を交ぜた。


「……言葉を、もっと聞きたい。続けて欲しい」


 炎に滲む少女めいた動揺を前に、ディストは一瞬、言葉を詰まらせたが。すぐに小さく首を振って我に帰る。


「ッ、……それに考えてみたら約束してたのは死なないことと俺とお前を運びきることだけだっただろ? だからさ、……銀雲急便だからって理由じゃなくて。俺とお前だからっていう理由というか、約束というか……嗚呼! もっと聞きたいとか無茶振りしてくんな」


 これ以上言葉が出てこなくて、恥ずかしくなって声を荒らげて誤魔化すと、ふんと呆れるみたいにレーニャは笑った。


 けれど澄ました顔はすぐにくすぐったそうな表情へと変わって、段々と赤らんでいく。そのうち、力が抜けるみたいに手が解けた。


「は、恥ずかしい言葉が多いうえに世話が焼ける……。リーダーが余計なことでも言ったんだろう? あの話のあとからドギマギしているように思えてな。確かに、この任務が終わればワタシの立場はもっと偉くなる。お前は敬語なんてできなそうだからワタシとの接し方に困っていたんだろう?」


 勘はいいが的外れな内容に肩透かしを食らった。伝えるべきことが伝わってない気がしてならなくて、咄嗟にレーニャの手を掴みなおす。


「レーニャが偉くなるから悩んでたわけじゃねえよ。……俺は、お前が――!」


 レーニャの指が遮るように口元に触れて、言葉が途切れた。


 気まずいような数秒の沈黙をおいて、思い切ったように彼女は席を立った。


「……そろそろ日が沈むな」


「どこ行くんだよ……」


「何をとぼけている? 訓練の時間だろう? 奔るぞ。今日だけは銀の火を使え。……ワタシの隣を疾走りたいならな。それに……その先の言葉をこんな場所で聞くつもりはない」


 無機質に響く電子会計の音。軋む扉を開けると、干からびるような熱さも収まっていた。砂塵を帯びた微風が靴をなでて過ぎ去る。


 そして――、地を蹴って銀炎を迸らせた。


 想いを燃やすほど、息もできない速度になって、整理のつかない頭のなかは熱にやられたまま、どうしようもなく愚直に奔り続けていく。


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