忘れる痛み
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燦々と照りつける太陽は目を瞑っても視界の内側を白く突き刺していた。陽光汚染はこの地域ではあまり起こらないらしいが暑さは殺人的で、滝のように汗が流れ落ちていく。
レーニャは特に、見ているだけでも暑苦しい。涼しげな顔をしているが、クソ真面目にボタンを締め切っているせいで茹だるようだった。
市場を出て工業車両しか通らないような悪路に出ると、人の視線がなくなったからか溶けたアイスを一気に飲み干して、息をついた。
「……他の味も確かめたかったな。ミックスで頼むべきだっただろうか」
二人きりで熱砂の道を歩いていると、レーニャは酷く真剣な表情で、僅かな後悔を口にする。
「俺のやつ半分ぐらい食べただろ」
「……問題はない。ちゃんとワタシが口をつける前にスプーンで貰っただろう」
「嗚呼、飴のときとは違ってな」
舌に残る甘さを思い出すとレーニャと目が合った。数秒の硬直をおいて、気難しい様子で呻いて、レーニャの視線が逃げていく。
「……ふん。まだあのときのことを気にしているのか? 器の小さい奴め」
そんなことを口にしながら、ぎゅっと片腕でぬいぐるみを抱きしめるレーニャ。
初めて会ったときには考えもつかない姿で、見ているだけで頬が熱くなった。拍動が早まって、自分がどうしてこの場にいるのかわからなくなってくる。
自然と頬が緩んでしまって、彼女の隣を歩いているのが心地良くて――もうすぐ目的地に着いて“しまう”のだと、ふと思ったときに喉の奥にまで喪失感か、虚無感か。言葉にし難い不快感が込み上げる。
――【銀炎】のもとにたどり着くのが旅の目的地だというのに。真実を知るために長い、長い道のりを進んできたというのに。
「おいおい、仲良くデートしてきた割には表情が暗いな」
バシンと気配もなく背を叩かれて振り返ると、リーダーがニカっと笑みを浮かべていた。笑みも金の髪も太陽の光も嫌に眩い。
「ッ!?」
レーニャの対応は素早かった。一瞬にしてアイスのカップを握りつぶして、ぬいぐるみをディストに押し付ける。思わず冷ややかな視線を向けていると、リーダーは堪えきれずに噴き出した。
「ッ……! クク……! いやぁ、お前らがそんな親しくなってたのは少し予想外だった。オレとしてはチームの仲がいいのは万々歳だけどな」
「別に……チームとして普通に接してるだけだが」
ジトリと、翡翠色の睥睨が向かう。
「そうか? 普段は甘いもの、隠れてじゃないと食わないだろ。オレはリーダーだから知ってるが」
「うるさい。普通に食べるが」
僅かに顔を赤らめながら、レーニャはポケットから取り出したチョコレートを噛み砕いた。そんなものを普段から常備していると白状しているようなものだが、そこまで気は回っていないらしい。
「…………だが、まぁ。そうだな。しかし特別扱いするのも無理はないだろう。度胸も、実力も、運も、才能も。……妬ましいほどに不足がない。チームとしてディストを評価するのはごく自然なことだろう」
早口で押し切ると、威圧的な眼差しがディストを突き刺した。ぎゅっと、骨が痛むぐらい強く手を握られる。
「痛ぁ!? なにすんだよ! よりによって義手じゃないほう狙いやがって!」
「……調子には乗るなよ。まだ一ヶ月とちょっとなんだ。本来なら六課の雑務係が適切ぐらいなんだぞ」
レーニャを睨み返すと、グイとリーダーが肩を組んでやけに馴れ馴れしく引き寄せてくる。
「数分ほど特別でお前のお気に入りを借りるぞ~」
「違う……! から勝手にしろ。……近くで待ってるから急ぐように」
「俺に拒否権はないのか?」
「ねーよ。大したことでもないから着いてこいって。漢として話があんだよ」
ずるずると引きずられるみたいに幾つかの倉庫が連なっている場所に来ると、外に置き去りにされたぼろっちいテーブルに腰掛ける。
職員の休憩場だろうか。パラソルは陽光にやられ穴だらけだった。
「……んでよ。どうしてあんな顔してた」
真剣な眼差しだった。リーダーは本気で心配してくれているらしい。しかし必要以上に注視するわけでもなく、視線はすぐに遠い空へと向かった。銀の火が煙草を灯すと、煙と砂塵が混ざっていく。
「…………」
「いや、待て。オレは答えを予想してるぞ。言ってみていいか?」
悪い大人の笑みだった。こちらから理由を言ったほうがマシだと、そんな確信がもてて、ディストは深く息をついた。
「レーニャと一緒にいると楽しいんだよ。それに、便利屋らしくなったとか、変わったって言われるのは嬉しいし……けど」
――そうやって一緒に過ごしてるうちにアメリアの夢を見る頻度は減っていった。
「アメリアの夢のために、どうして殺されなきゃいけなかったのかを知って、場合によっては復讐のために銀雲急便に加入したはずなのに。……居心地が良すぎるんだよ。……ずっと、こうしてるうちにッー……アメリアの顔が思い出せなくなってきてるんだよ。怒りで炎が灯せなくなってきたんだ」
たった一ヶ月と一週間だ。それだけで、姉さんの笑顔も、声も……なにものにも替え難い家族としての記憶が曖昧になってきている。
髪飾りの花が何色だったか。姉さんが俺を迎えに来てくれるときのバイクはどんな形状だったか。何より、――美味しいと言ってくれたシチューのレシピが、作らないうちに思い出せなくなっていた。
こんな簡単に忘れてしまうものなのか? 瞳を継いでおきながら、アメリアのことを大切”だった”人にするのか?
そんな自己嫌悪を吐露すると、どうしようもなく頬が引き攣るのがわかった。リーダーはバカにもせずに聞いてくれると、僅かに言い悩むように、あー……と、声が伸ばしていく。そして、バチン! と、強く背中を押し叩いた。
「忘れなきゃ生きていけねえから忘れるんだ。そうやって未練がましいやつはどこかで必ず隙ができるんだよ。だから、お前は自分を嫌う必要はねえだろ」
言葉に悩んでいたくせに、最後にはあっけからんとした態度で言ってくるものだからディストは返す言葉が咄嗟に出てこなかった。
「……銀の火が出せなくなったってなら論外だが。そうじゃねえだろ。お前はもう、怒り以外で炎を出せるだろ?」
ディストは返事の代わりに、レーニャのことを思い浮かべた。そして、銀雲急便のチームメイトを。ただそれだけで眼光が炎の光輝へと変わり揺れていく。
「大切なものが変わっちゃいけねえ決まりもねえし、そもそもそうやって思い返せるなら大切じゃなくなったわけでもねえ。だから、……気にすんな。まぁ気にすんなって言って気にしなくなる奴でもねえんだけどさ。お前は」
ぐしゃぐしゃと頭を撫でられた。照れ臭くなって、ディストはすぐに腕を振り払う。
「……ッ、野郎にそんなことされたって嬉しくねえよ」
「オレだって野郎の頭撫でて嬉しいわけじゃねえ。……まぁ、そんぐらいの悩みなら大したことねえな。おかげでオレの予想は大外れだ」
「どんな予想してたんだよ」
聞いた瞬間、頼れるリーダーの姿はなくなって、人をバカにしに来たクソ野郎の笑みが目の前にあった。
「レーニャと上手くいってねえのかと思ってな」
「うまくってなんだよ……。最初に会ったときは目つき悪いし八つ当たり気味だし、くそ暑い中第一ボタンずっと締めてて最悪だったけど。今は別に、意外と優しいし、可愛いところあるし――」
「あー、いや、そうじゃねえよ。もうヤったのかって聞いてるんだ」
「ッ――ぐぶ!?」
下品なハンドサインを前にディストは奇声を上げながら噎せ込んだ。
「…………ッ、う、うるせーよ」
そして言葉そのものを拒絶する形で答えを返す。




