熱にほだされる
敵は男が数人。幸いなのは暗殺家業の便利屋ではなかったことぐらいだろう。だが、身体に金を掛けている輩だ。
「逆らうな」
振りほどこうとしたせいで頬に鋭い殴打が奔った。睥睨を向けると、彼らは下劣な笑みを浮かべるばかりで利はなかった。
「…………」
「そうだ。それでいい。【銀炎】の娘に大金を払ったやつがいてな。殺しはしない。可愛がってやるけどな」
沈黙すると、彼らはプライドが満たされるように笑みを浮かべた。グイと、レーニャの頬を掴み顔を持ち上げる。
「いい顔してんな。クライアントが依頼したのはお前を生きて捕まえることだけだ。その過程でお前が幸福薬中毒者になろうが、オレ達が手出そうが構わねえってのがわかってんのか?」
彼らは時計の針ではなく、色付きの便利屋の一人娘が目的らしい。目を覗き込んできても≪秒針≫に意識が向かうことはなかった。ただ視線の方向を一瞥し、嘲る。
「なんだ? あのいっしょに居た男が心配か? なんで毒で死ななかったのかは知らねえが、オレのお友達に介抱させに行ったから安心しろ。殺せとは言ってないさ。まぁそいつが勝手に便所で頭突っ込んで死んでても、それはオレ達以外の仕業だな」
自分が粗雑に扱われることよりも不快感が湧き上がった。険しい睥睨を向けると、律儀に頬を殴打される。痛みは湧いてこなかった。
「てめえが何しようが無駄だ。今頃クソついた便器にキスして地獄にでも向かってる。……なんだ? その目つき。あの男のこれだったのか? 初物かと思ったのに残念だな」
下品なハンドジェスチャー。目の前の男が突き立てた小指が、背後から伸びた手に握られ、へし折られた。
めぎゃりと、痛々しい音と同時に聞き苦しい悲鳴が響き渡り――、それさえも断ち切るように深々とナイフが男の首元を貫いた。
苦痛と動揺に瞠る瞳が、気配もなく肉薄していたディストを悍ましげに睨み据える。
――おそらく《秒針》で時間を止めていただけだが、彼らに理解することはできないだろう。
「悪いがお前の連れは便器で溺れて俺のクソとキスをしてる。二度と起きることはない。行き先はお前と同じだが」
ナイフを引き抜いた。多量の出血と共に男が倒れると、連携は一瞬で瓦解して残った男共が一転して臨戦態勢を取るが。
そのせいでレーニャへの意識が逸れる。
「随分と好き勝手にしてくれたな」
銀の炎を噴き上げて加速すると共に、手首を取って相手の関節を捻り捕らえた。すかさず背を取って、深々と敵の喉元を斬り裂く。
残された敵に交戦する意思は残っていなかった。慌てるように背を向けて、それぞれが違う方向へ散解していく。
レーニャもディストも深追いはせず、血濡れた静寂のなか気怠そうに息をついた。
「……殺すべきだったか? そのほうが金になるし、あいつらのレーニャを見る目は癇に障る。街に処理連絡をするリーダーは愚痴ってきそうだが」
「ここには長居しない。逃げるならば止める必要もないだろう。……それより、前よりらしくはなったようだな」
身のこなしや言葉、肉体に掛けた金額だけの話ではない。以前よりもずっと落ち着いていて、緊張に強張るようなことはなくなっていた。
便利屋然とした立ち振る舞いとでも言えばいいのだろうか。だが、間違っても格好良くなったとは言うつもりはない。
言ったが最後すぐに浮かれて格好悪くなるのが目に見えている。
「らしく……か。まぁ毒針刺されて腹下したんだけどな。暗殺協会の身体施術をしたのは正解だった」
「茶化すな。一応は褒めているだろう」
「別に、茶化したわけじゃねえ。反省してるだけだ。レーニャをあんな奴らが触ったのがムカつくんだよ」
本心のようだった。危機的状況に陥った訳ではない上に銀の炎を滾らせればルーディオもミルシャも即座に介入できる距離だ。気にするようなことでもなかったのだが。
――本気で苛立ってくれているのは悪い気分ではなかった。
もうすぐ、【銀炎】のもとに着くというのに。こうして目的地から目を離してしまうのが少しばかり心地よさもあって。
「…………アイスだ。二人分買ってこい。あと、……さっきあったヌイグルミもだ。……それで醜態は忘れてやる」
周囲にルーディオ達がいないのを注意深く確認してから、恥ずかしいのを堪えてぼそりと囁いた。
「ッ――それはわざとか? 気張られるより困るんだが」
どうしてかディストのほうが恥ずかしがって、笑みを誤魔化すように手で口元を隠すと、そそくさと逃げるみたいに買いに走った。
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