苛立つ安息
四章:時が揃う
ウルルクの市街から遠く離れたアウトバックの寂れた町で、白い砂塵をあげながらゆっくりと車輪は回転を止めた。
果てまで広がるような白砂の海のなか、突然現れたクレーターとそれを中心に点々と佇む幾つかの寂れた家屋。霧を上げて駆動する掘削機。
砂地のぽつんと立てられた看板には『アリススプリングス』の文字と記象鉄道の管轄区域であるというロゴマーク。
異界から落ちてきた《彼方の石》を採掘するための鉱山都市だった。
「よーしお前ら! いつものように物資補給と自由時間だ。また二人一組で行動するように」
「あいあーい……んんん! お尻痛ーーっ……途中の道がひどすぎるよ。リーダー。胸も肩も痛くなるじゃん」
背を伸ばし、尾をぶんぶんと揺らしながらルサールカが悪態をついた。嘲るような笑みとともにわざとらしく胸に手を置いたがリーダーは反応せず。
「ルサールカちゃん、ならオレが支えて――――」
「ルーディオさん……。この町、あいすくりぃむが美味しいらしいです」
金属の手をわきわきと蠢かせたルーディオも、ミルシャに裾を引っ張られると大人しく車を降りていった。
「ディスト。我々も降り――……おい」
ルサールカに釘付けになったディストを前に、レーニャは苛立つように顔に影を差した。無性に腹立たしく思えて、ぎゅっと力強く手首を握りしめる。
「痛い痛い痛い!! わかった! ああ、俺達が二人組だなッ! そんなに外出たかったかよ……!」
「いや、そういう訳ではないが」
すんと苛立ちはすぐに消えてしまって、レーニャは我に帰るみたいに手を離した。離したら、その手を逆に握られてしまって、連れて行かれるみたいに車を降りた。
昼間は白い砂漠の陽光汚染があるせいか、外に人はいない。いるのは耐性を持った機械や人造人間の類だろう。クレーターの円周沿いを下っていくなかで見えてくるのは石を運ぶトラックとサボテンヤシの伐採機ばかり。
主要な設備……市場や駅は地下にあるようだった。
「しっかし随分と遠くまで来たな……。地図でも持ってたらもう少し距離感わかるんだけど」
ディストは感慨深そうにぼやいた。
最初の街からここまで測りきれないほどの距離がある。もう彼は自力で自分が住んでいた街にも帰ることはできないだろう。
そんなことを考えると、胸の奥にトゲが刺さるみたいに痛んだ。彼は命を賭けて銀の炎を舞い上げた。銀雲急便のチームであることを示した。
――ワタシはそれに応じられているのか? 彼はたった一人の家族を殺した宿敵さえも見逃してくれたのに。
「…………」
答えは出ない。ここ数週間、暇な時間になって、誰とも話すこともないとそんなことばかり考えてしまう。レーニャは自戒するみたいに深く息を呑んだ。白い砂漠の熱を帯びた空気が不快なぐらい全身に巡る。
「最近ぼけっとしてること多いけど、なんかあったのか?」
「……少し感慨深いだけだ。お前がこうも馴染めるとは思わなかった。それに、この街から目的地まで……もう遠くはない」
――嘘は何もなかった。真実を隠したといえばその通りだが。
気難しい顔でレーニャは前を向き直した。深く帽子を被り、数度、服の首元を摘み扇いだが。炎天下のなかでも丁寧に制服のボタンを全て締め直す。
「よくもまぁ暑苦しい格好をそんな……いや、ダメとは言わないけどさ。……それで? 俺達は何買えばいいんだっけか?」
「《彼方の石》だ。肉体をあるべき状態に戻す効力がある。ワタシ達がだいぶ使ってしまったからな」
そんなことを言ううちに地下市場に着いた。刺し殺すような太陽光は消えて、涼しくもないし人混みでじめついた空気がむわりと。
嫌になる。幸いだったのは目的のブツをすぐに見つけられたことだ。店に並ぶ小さな輝きを見て思い出すみたいにディストは僅かな感嘆をこぼした。
「嗚呼……千切れた手脚も生やせるやつか? 俺もレーニャもだいぶ世話になったな」
「たわけたことを。そんな再生力がある石は稀だ。……だから、お前も使えばよかったのに」
レーニャは鋭い眼差しでディストの手脚を睨んだ。軋む金属の音。銀雲急便が用意した義体に手を加えた彼だけの改造品だった。
「いいんだよ。慣れてるし。おかげで前より強くなれたからな」
あっけからんとしてディストは笑ってみせたが。彼の身体が彼の物でなくなっていくみたいで不安だった。それに、義体を着けて以来、以前よりも強気になった気がしてならない。……ルーディオの影響だろうか。
奴は教育に悪い。
「調子に乗るなよ。死に損ないめ。お前が死んだら全てがパーだ。ワタシもパパに……ンン! 【銀炎】に頼まれた仕事を失敗したものとして格が落ちてしまうところだったんだぞ」
荒々しく訴えかけて、レーニャはぐいと顔を近づけ、額を押し付け、二度と無茶ができないように威圧的に罵った。
――格。いや、嘘は何一つ付いていないだろう。言う必要のないことを言わなかっただけだ。
「死んだら化けて出てくるところだった……。よかったな。俺が幽霊にならなくて。嫌いなんだろ? リーダーが言って――痛った!!」
心配の言葉も、死んでしまうんじゃないかと思ったことも、あのときのお礼の言葉も、何もかも言う気がなくなった。無礼な奴の脇腹を肘でどつく。
苛立つと、銀の火が瞳から溢れかけた。
「……そんなことをしたら殺す」
「そうなったら死んでるんだよな……。にしても、色々売ってるな。お前の好きな変な顔のキノコのぬいぐるみとかあるぞ」
「黙れ。なぜ知って……違う。違う。適当なレッテルを貼るな。ホラ吹いたのは誰だ。ルーディオかルサールカか?」
「そうか。まぁ俺は好きだから買うけどな」
「……無駄遣いだ」
無性に腹立たしくてレーニャは表情を歪めて舌打ちをした。
――新入りなんかに流されるな。ワタシはじきに銀雲急便の名を背負うことになる人間だ。【銀炎】の一人娘だ。こんなことに腹を立てるな。
何度もそう自分に言い聞かせて一呼吸を置いたとき、ディストは穏やかな視線をレーニャへ向けた。僅かな笑み。どこか鼻で笑うみたいだった。
「ほら、アイスとかあるぞ。俺達も買わねえか? 甘いもの好きだろ」
ルーディオとミルシャがすぐちかくにいるのに、秘密にしていることを口走る。レーニャはすぐに顔面を掴んで黙らせた。
「それを言うな。アイスはいらん。それとはしゃぐな。品格に関わる」
早口で何もかも否定して早歩き。……些か不親切が過ぎたかもしれない。バカにはしてきたが、和ませようとはしてくれていたようだった。……目的地はそう遠くはないからか、肩に力を入れすぎていたのかもしれない。
「……まぁ、お前が食べるならワタシも買ってもいいが――」
「悪い。トイレだけ先行ってくる。……腹の調子が悪い」
はぐらかすための嘘ではないらしい。急ぐように有料トイレへ駆け込んでいく。みっともない背を見届けると、どうしようもなく深い溜め息をついた。
――――格好悪いことはない。……ワタシが信じたディストを悪く言うのはやめろ。
ディストに告げた言葉が脳裏に過る。……あれは、酷い醜態だった。
「……格好悪いし恥ずかしいし最悪だな」
情けない背への嘲りと、自嘲。それでも不思議と不快感はなくて、ほだされるように肩の力を抜いた瞬間、首元に伝う金属の冷たさ。鋭い切っ先が皮膚に押し当てられる悪寒。
「動くなよ。銀の炎も異界道具も使えば終わりだ。従え」
耳元に囁かれる脅迫。レーニャは即座に刀に手をつけたが、抜刀より早く腕を捕まれた。力強く、振りほどこうにもびくともしない。




