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銀と終末のトランスポーター  作者: 終乃スェーシャ(N号)
三章:照らす火、継ぐ炎
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選択すること

 数えきれない内出血の痕、立ち上がる余裕もなく制服は泥と血で汚れていた癖に、彼女はゆっくりと立ち上がり、悠然とディストに視線を返した。


「……ワタシはいずれ銀雲急便のトップに立つ。これぐらい……問題にはならん」


 煤に汚れた澄まし面。今に倒れそうになって地面に鞘を突き立てた。ディストは慌てて肩を貸したが大差はない。ずっとグラついているばかりだった。


「よく飛べたな……」


 追いかけていた背は今この瞬間は隣にあった。妬ましさと称賛の入り混じったぼやきが耳を撫でると、華奢な身体が寄りかかる。銀の火が重なり合った。弱弱しい心臓の拍動が背を伝っていく。


「ッ……。ルーディオみたいに上手くはできないな。脚がなくなったおかげで感覚がつかめた感じするし」


 少し早口になりながらディストは咄嗟に平静を取り繕った。レーニャを支えようと、必死になって無い脚から炎を出力し続ける。


「……もう倒れそうだから。リーダーと合流を――」


「がほッ……っ、がほッ……!」


 踵を返したとき、【正義】が血を吐いて咳き込んだ。一瞬にして戻る緊張。血を垂らしながら軍刀を握り直す。……まだ仕留め切れていなかったらしい。


 だが敵は立ち上がる余力もなかった。喘鳴にも似た吐息が零れ続けていた。


「……終わらせる」


 トドメを刺そうと刀身を向けたとき、遠吠えが折り重なった。ウルルクの黒い街並みを縫うように急迫する無数の影。残像の尾を曳く獣の眼光。


 姿を見せたのは見間違いようもない奴らだった。異界道具の狼頭。多種に渡る武器を背負い皺を刻んだスーツ。――襲狼社だ。


「マーヴェリック……。すみません。ディラン達を抑えてくれていたのに。私が、しくじ、った」


 【正義】が途切れ途切れの声を零した。マーヴェリックと呼ばれた狼野郎が冷淡な一瞥をくべながら見覚えのある仕込み武器を腕から伸ばし、砲口を向ける。――アメリアを射殺した奴だ。顔の見分けがつかなかろうが、取り付けた武器は見間違えようがない。確信に至るのは容易だった。


「お前……あのときの義体技士か? はぁ……いい店を見つけたと思っただがな」


「てめえがアメリアを殺したせいだろう…………!」


 理解し得ない様子でマーヴェリックは首を傾げた。


「あー、恋人かなんかだったか? 悪いな」


 こいつにとっては仕事で敵対した女を一人ぶっ殺しただけなんだろう。だから言葉の意味も理解できないし、仮に関係を知ったところでどうもしないだろう。


 燃やし尽くしたはずの激情が全身を巡った。燦然と燃え広がる銀色の劫火が空気を歪めていく。


 【正義】を無力化したおかげか、遠のいていた時計の音が再び聞こえ始めた。……敵との距離は遠くない。《秒針》を行使したうえで銀の焔で加速すれば、間違いなく眼の前の狼を、姉さんを殺した奴を殺せるだろう。


 軍刀を水平に向けて、渾身の加速をもって切っ先を押し込めばいい。


 一歩前に出ると砂塵を踏みしめる音が深く響くと共に、腕に掛かる身体の重さ。レーニャの弱々しい灯火が炎を撫でて、我に帰るように息をゆっくりと吐いた。


 《秒針》と加速を同時に使用すれば確実にあの野郎を殺せるはずだ。きっとそれは目的の一つのはずだ。……姉さんを、アメリアを殺した奴を殺す。


 瞳孔が揺れた。軍刀を握る手に力を込めれば込めるほど、喉の奥から湧き上がる吐き気。


 ――殺してやると。そう叫ぼうとした口を閉じた。奥歯を食いしばる。


 ……刺せなかった。アメリアの仇を取りに行けばレーニャが無防備になる。


「そいつを抱えて下がればいい。それとも殺し合うか? もう炎はすぐそこまで来てる。リーダー達との交戦も……避けられないだろうな」


 あれほどまでに満ち溢れていたはずの力が、今はもう消え失せていく。それでも灯火を絶やしてはならない。時間稼ぎもできなくなれば奴等は殺してから逃げればいいだけだ。


「簡単なことだ。お前らを殺してから逃げるだけでいい」


「やってみやがれ……! 犬っころがぁよおお……!!」


 【正義】のような金銭が行動動機じゃない便利屋は少数だ。襲狼社は近づきつつある銀色の火を感知すると、死に体の二人を注視した。


 消えることのない灼炎。光輝し続ける異界道具の目。マーヴェリックは優位が自分たちにあるとは確信できたが。


「……っち。【正義】の回収だけでも酒代ぐらいにはなるだろうな」


 【正義】が倒されたという事実を鑑みるようにぼやいた。舌打ちをして夜に吠えると、狼達が撤退していく。


 …………ひとまずは、凌げたらしい。気力が尽きるみたいにレーニャのことも支えきれずにたおれた。白い残り火がだんだんと消えていく。身体は動かせそうになかった。死にはしないだろうが、動けるほどの余裕もなく、すぐとなりで倒れたレーニャと顔が向かい合う。


「君の姉の仇だったんだろう。……すまない」


「……俺が勝手に姉さんの仇を打つより、レーニャのことを優先しただけだ。……約束したしな。俺と、あんたを……【銀炎】のとこに運ぶってさ。むしろ、……レーニャを置いて殺しに行こうとしたことが嫌になったぐらいだ」


 ――どちらを選んでも嫌悪はこみ上げていた。


 姉さんの仇を打つことを選べなかったことが、裏切りにさえ想えてしまって。どちらかしか選べない自分の無力さが嫌になって。悔しくて、吐く息がどうしようもなく震えた。


 目頭に熱がこみ上げる。滲む涙。顔を背けることも拭うこともできなくて、レーニャに醜態を晒していく。


「ははッ……。格好悪いな……俺。考えなしに助けるなって言われてたのに、運転手を助けようとしてさ。死なないって言ったのに。ぶっ殺されてさ……。レーニャが殴られてるのにすぐに駆け寄ることもできないし……」


 乾いた笑いを誤魔化すように零すのがやっとだった。レーニャの鋭い視線が不満げに向かう。手が伸びた。ディストを黙らせるように、砕けた飴玉を口元へ押し込んだ。


「……格好悪いことはない。……ワタシが信じたディストを悪く言うのはやめろ。それをやるから……黙っていろ。嗚呼、だがムカつく奴だのと言ってきた分はあとで仕返しはさせてもらうが」


 指先が触れて、血の味ばかりだった口の中にじんわりと甘さが溶けて広がっていく。それだけで、涙が引いていった。


「……甘いのは苦手なんじゃなかったのか」


「嫌いとは言っていないだろう。飴を舐めているのをあまり見られたくないだけだ。……子供っぽいだろ。だって」


 萎むような声。レーニャは顔を背けようしたが身体の向きを変えることもできなかった。冷えた地面に横たわっているのに、赤らんだ表情がすぐ目の前にあるせいで熱を錯覚しそうになる。


 ディストは見惚れるように目を見開いて――こんな様を助けもせずに眺めている人影に気づいた。


「……はぁ。クソ」


 脱力してため息が溢れた。クソ……? ようやく助けが来たのにどうしてかそんな言葉が溢れた。二人きりの緊張は消え去って、苦笑いを浮かべるほかない。


 ……リーダー達が野次馬らしくニヤついていた。ルサールカやルーディオはともかく、ミルシャまでもが邪魔をしないようにとでも思っているのか遠巻きに距離を取っている。


「…………ディスト、その、なんだ……。感謝している」


 レーニャはまだ気づいていないらしい。ぼそぼそと小さな声でそう言って、気恥ずかしさも呑み込むように柔らかな笑みが向かった。


「…………ッ、まぁ。いい顔は見れたな。……写真撮ってくれよ。リーダー」


「リッ、ッはぁ!?」


 レーニャはようやく気づくと同時、素っ頓狂な声を響かせた。乱れる髪、気恥ずかしさは恥辱へと代わり威圧的な眼差しが不満を訴えかけてくる。


 リーダー達はディスト達を鼻で笑いながら血と灰にまみれた身体を持ち上げ、背負った。


「いやぁ悪いな。せっかく打ち解けてるみたいだから少し待ってあげたほうがいいかと思ったんだよ。リーダーとしての粋な計らいってやつだ。わかるか?」


「…………余計なお世話だよ。クソ」


 ディストは意識を手放した。

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