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銀と終末のトランスポーター  作者: 終乃スェーシャ(N号)
三章:照らす火、継ぐ炎
21/56

ルサールカ

 今回の挿絵イラストは手書きで私が描きました。絵の感想でもいいのでよかったらコメントもらえると嬉しいです。

 ◆



「それで……? わーたしを探すのにたった二日で見つけたの? 私、炎は隠してるのに」


 ウルルクの下層街、無秩序で乱雑とした電灯に照らされて、ルサールカはへべれけていた。


挿絵(By みてみん)


 無数に立ち並ぶ屋台の一画。得体のしれない生き物の串焼きを食みながらカウンターテーブルに頬杖をついてジッとこちらに視線を向ける。


 ぶんぶんと揺れる赤い狼の尾と耳。けど彼女の実態は犬ってよりは……猫だ。掴みどころがない。


 呑まれてしまいそうな蠱惑さにディストはたじろぎながら頷いた。


「その、炎を隠すってなんだよ。こっちはようやく灯火の探知ができるようになったと思ったのにルサールカだけ全然見つからなくて困ってたんだ」


「ありゃー。そりゃごめんね? 私さ、あんまプライベートが公開されてるの好きじゃなくってね。一応ほら、元暗殺者だからさ」


「プライベートがどうってより……酒飲んでるのがバレたくないだけなんじゃないか?」


「そーとも言うね? じゃ、お姉さんの隣座って? 奢ってあげるから」


「……っ」


 グイと遠慮のないボディタッチからの組付き。成すすべもなく座らされた。なんだかどうしようもなく懐かしく想えて、不意に滲んだ涙を拭う。


「それでなんかの要件? リーダーからは連絡受けてないけど。砂嵐、まだ収まってないから街に出入りもできないから仕事もないはずだよ」


 白い砂漠の砂嵐に晒されれば肉体も衣服も砂へ帰るだろう。魂なんてもんがあるかはしらないが、そうした不可視の力さえも残らない……らしい。


 だから砂漠の横断を強行できない。単純な話だった。


「だからって昼間から酒飲むなよ……」


「うーん、でもできることをやらないと後悔するじゃん? 死ぬ前にさ、美味しいもの食べときゃよかった。お酒飲んどきゃよかったーとか、禁煙しなければーとか。嫌だよ。それにぃ、いまは夜だし?」


 へにゃりと笑うと牙が見えた。


「«夜の帳»があるからな。朝も昼も夕方も見えないだけだ」


 ウルルク市街全域に広がる夜空は陽光汚染を抑えるために作られた異界道具だ。見上げたが、ここは淫らなネオンばかりで星は見えなかった。


 直射日光に射殺されることはないけれど、夕暮れも朝焼けもないのは感覚が狂う。


「それでも夜は夜だよ。ほら、これ食べて? おいしいから。おっちゃーん、同じのもう一つねー?」


 問答無用。皿代わりのアルミホイルに載せられていく肉と貝。カウンターの向こうで義体頭の店主が頭部スクリーンに笑顔を表示していた。


「これなんの肉なんだ……?」


「スナマイマイのオーブン焼きとヒトコブアリクイの焼いたやつだよ。砂漠渡るときちょこちょこ食べたことあって好きなんだよねー。……逆にディストは食べたことなかったの?」


「…………あー、言われてみれば一度だけ食べたな」


 ウルルク周辺のものだろう。噛み締めると堪えていたものがあふれるみたいに目頭が少し熱くなった。


「よーし、よし。これで共犯者だな?」


「……嗚呼、もうそれでいいから。頼み事があってルサールカに聞きたいことがあるんだよ。その、ルーディオのことさ。どう思ってるんだ? こう、何でもいいから聞きたくてさ」


 聞かないといい加減何をされるかわかったものじゃない。


「変な頼み事だなー。でもルーディオね! そう、ルーディオ! 応援してあげたいんだよなぁ。だって絶対ミルシャのこと大好きじゃん」


 人の恋路は娯楽らしい。他人事じゃないのにルサールカは妖しく目を輝かせた。


「んんぐふっ、ん! ……げほっ。な、なんでそう思うんだ?」


 あんまりにもな状況を一瞬で理解してディストは噎せ込んだ。慌てて口元を拭いながら冷静に尋ね直す。


「いや、だって私とかレーニャ相手にはただのセクハラばっかのバカ機械野郎だけどミルシャに対してはその……当事者だったらドキっとしちゃいそうなぐらい優しいし。返り血なんて当たり前なのにささっとハンカチ用意しちゃってさー! 私にはおっぱいだのワンナイトラブだのバカ言うくせに」


 きゃーきゃーと。少し姦しい声をあげながらルサールカはわざとらしく身悶えた。ディストはなんとなく話を聞きながら、サハポートの連中を殺したときのことが脳裏に過って、


「……レーニャのやつも拭いてくれたな。血……」


 一人心地に呟いた。むふん、と。ルサールカが見定めるように目を輝かせた気がして、すぐに顔を背ける。


「それに……絶対ミルシャも満更じゃないよ。なのにさぁ、ぜーんぜんくっつく様子ないんだよね。私だったら絶対既成事実作っちゃうのに。……いっそミルシャに媚――」


「絶対それはやめとけよ……。あー、ルサールカはルーディオのことはどうなんだ?」


「えー、チームとしては好きだよ? 賑やかだし、楽しそうだから私も楽しい」


 脈はなさそうだがルーディオには良い感じに嘘なく言えるだろう。助かった。……そんな考えも見透かしての発言にも聞こえたけれど。


 ディストは深く考えることはやめた。


「……あ、お酒飲んでたのは秘密にしてね? 砂嵐のせいで先に進めないとはいえさ~。一応勤務時間だから。黙ってくれてたら、ディストにもぉ……教えてあげるよ?」


「な、なにを……」


 妖しく唇を撫でる指。にへらぁと薄い笑みが眼前に近づけてきて、ルサールカは嘲るみたいにクスクスと笑った。


「えぇ? 灯火の隠し方だよ。漏れてる出力を抑えるほうが日頃の燃費がいいし、そういう検知から逃げられるしぃ? …………レーニャのこと、驚かせられると思わない?」


 耳を撫でる囁きにディストは反射的に肩を跳ねながらも、レーニャの名前を聞くとすぐに真剣な眼差しを取り戻した。


「……ありだな。教えてくれ」


「よっしゃ来た。ええとねー、あ。待って業務連絡」


 ディストとルサールカの端末が同時に鳴り響いた。拒否権もなく勝手にリーダーの声が響き渡る。


『砂嵐が収まるまでは自由時間だったが撤回する。業務連絡ができた。盗聴の恐れもあるので合流地点で落ち合う。時刻は十三時に』


 背後でかすかに響いたうめき声。


 詳しい内容が伝えられることはなく、ディストとルサールカは互いに時計を一瞥した。


「……間に合わなくないか?」


「うーわ、あと十分もないじゃん。走ってギリだな!?」


 腕を引っ張られて、慌てて銀の炎を足に込めた。

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