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銀と終末のトランスポーター  作者: 終乃スェーシャ(N号)
三章:照らす火、継ぐ炎
20/56

噛み締めないとわからないから



 ◆




 呼吸が突き刺す。夜の絶えないこの街は限界まで冷え込んでいて、荒く息を呑むと軟口蓋に血の味が滲んだ。


 ブラックマーケットで商品を買い込んでからの復路。灯火だけを頼りに走り続けること暫くして、ようやく澄んだ背が見えた。


「っー、ふー……ッー、疾ぇよ……」


「そっちこそ思ったより速かったですね」


 淡々と言われた言葉には感嘆も称賛も籠もっちゃいなかった。


「お世辞にも、……なんねえ」


 ディストは白い吐息を手で隠して、見上げるようにレーニャに視線を向けた。膝についた手をなんとか起こしていく。


 なんてこともない様子でレーニャはモーテルの駐車場で待ってくれていた。


 手すりに寄り掛かり、口元に灯した銀の火が燻らせる紫煙。指の間から漂って、どこか甘ったるくもあるメンソールの刺激が鼻腔を撫でる。


「ワタシが世辞を言う人種だと思うか? 本当にそう思っている。思ったより速かった。見てみろ。あそこがワタシ達がいた場所だ」


 気づかば砂漠は遥か眼下だ。空を見上げると、夜の帳は随分近づいていた。


「確かに世辞言うやつだとは思っちゃいないけどさ……。先着いて悠々と煙草吸ってるし」


 キッと突き刺す険しい視線。不服そうな眼差しのまま、レーニャはディストの目前にまでッ距離を詰め、咥えていたものを離した。


「これは煙草じゃない。…………飴だ。少し熱したほうが美味しいかと思っただけだ。エンジェル製菓の製品が売っていたから買っただけに過ぎない。そもそも甘味も珍しいからな。めったに飴も舐めないが、ワタシは煙草なんて絶対に吸わない。証拠がほしいなら喰わせてやる。食べてみたが甘すぎて口に合わん」


 レーニャは飴を咥えていたこと自体を恥じるように、やけに早口でとやかく言うと、問答無用で持っていたそれをディストの口に押し込んだ。


「んぐ!?」


 広がる甘味と清涼感。砂糖は少し溶けていて、咄嗟に頬の紅潮を手で覆った。


「……っ、いや。俺にとっちゃ飴か煙草かなんてどうでもいいけど。これ、食いかけだろ……いや、別に――気にしないけどさ」


 口籠りながら嘘をついた。


 呑み込んだ甘さに惹かれるみたいに、レーニャと目が合って、逃げるみたいに視線を泳がせた先で、制服越しの体のラインに意識が向かう。


 ……嫌になって俯いた。


「…………? 嗚呼、考えてみれば確かに配慮がなかった。すまない」


「はっ、男として認識されてねえ俺が悪ぃさ。くそったれ……」


 バキンと。咥えた飴を砕き呑み込んだ。甘味自体は久しぶりだったのに、とてもじゃないが味わうなんてできない。


「自己嫌悪する必要はない。ワタシがこういう人間なだけだ。それよりも……端末にトレーニングメニューを送った。サボるなよ。ワタシの前を走りたいならな。もし前を走れるぐらいになったなら――そうだな。少しはマシになるんじゃないか?」


 中途半端に言葉を濁すと、レーニャは踵を返した。カツカツと。響く靴音がモーテルへと向かっていく。


「これは頑張ったで賞だ。お前は天才かもしれないが……かまけるなよ。現状はワタシ以下だ」


「そうかよ。ならとっとと抜かして、また嫉妬させてやるよ」


 放り投げられた缶飲料をディストは素直に受け取った。じんわりと指に伝う温かさが痺れへと変わっていく。


「……うざいぞ。次からは買わないからな」


「っち、悪かったさ。怒らないでよ」


 扉が閉まる音を背後に、ラベルを確認すると『WCFI完全食HOT』と、簡潔に描かれていた。怪訝ながらに一口呑み込んだが温かいだけで美味くはない。味にキレはないし、粉末は溶け切っていない。


 ただ否応なく力が湧き上がって、クソ真面目さが伝染するみたいだった。


「……ルサールカの件は明日でいいか」


 カランカランと。ゴミ箱に空き缶を投げた音がよく響いた。


 一人になった途端に、何をすればいいか見失いそうになってモーテルに逃げ込んでいく。


 ピっと、解錠する電子音。……簡素な部屋だった。ベッドルームには寝台と照明だけ。静けさに包まれているせいで室外機の雑音ばかりが聞こえていた。


「銀雲急便の一課ならもっと金に余裕だってあるだろ……。なんでよりによって同じ場所なんだよ……」


 アメリアとウルルクへ行ったときも同じモーテルに泊まった。場所は……違うかもしれないが。管轄企業が同じで内装も変わりない。違うことがあるとすれば……部屋には一人しかいないことぐらいだろう。


「…………」


 シャワールームはあり得ないぐらい冷え切っていた。湯を浴びて汗を流しながら、自責するみたいに鏡を見つめて――耐えきれずに目を瞑る。


『到着~。ここが今日泊まる場所だぞ?』


 楽観的な声が頭のなかで響いた。今も鮮明に残る五感。目を閉じると記憶が視えてくる。


「ッーーー!?」


 引き攣るみたいに息を吸って、咄嗟に目を見開いた。……血走った瞳、歪んだ顔。鏡に映る自分はどうしようもない奴だった。


 しばらく、呆然としていただろう。水音の感覚もわからなくなってきた頃に、ようやく、寝ようと決心がついて、とっとと横になった。


 ……無機質な天井を眺める。目を閉じるのが怖かった。


『いやー、いい部屋だよね?』


 アメリアはなにもない部屋を見るなり平然とそう言ってのけた。


(本気か? 暖房もほとんど効いてないじゃん)


『だけど、本当にいい部屋だよ? ディストがいるし、旅行も無事。すごく幸せなことじゃない? 大切な人がいるならどんな場所でも楽園……ってね?』


 よくもまぁ恥じることもなく言えたものだろう。穏やかに金の髪を揺らして、緋い視線がじっと顔を覗き込む。


(そりゃあさ……。父さんも母さんも一緒には来れないし、一理あるかもしれないけど……。よく正面切って言えるなぁ。姉さん……)


『大切なことってのは言わないとわからないし? つね日頃から噛み締めないとわからないんだよ? だからぁ……アメリアって呼んでほしいなぁ?』


(わかった。わかった。旅行中は言うよ。……その、アメ――)


「あめ、リア…………」


 目が覚めた。窓の外は依然として夜空が覆っていたが。時計は朝を示していた。沈黙したなか、どうしようもなく涙が滲んでくる。


「……一人じゃこの部屋は殺風景だよ。全然いい部屋なんかじゃねえ」


 誰もいない場所に話しかけた。答えが返ってくるはずもなくて、重い溜息がこぼれ出ていく。


「ッー……この顔じゃダメだな」


 戒めるみたいに両頬を叩いた。決然として、姉さんを心配させないために格好つけた笑みを浮かべる。


「行ってくるよ。……アメリア。ずっと夜だからって何もしないわけにもいかねえし、ルーディオと約束してるからな」


 ルサールカの銀の火へと向かった。

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