同じになるための試練
車両後部に載せられた二輪駆動へと向かっていく。……ディラン以外。彼だけは立ち上がる様子もなくハンドルを握り締めたままだった。
「あんたは戦わないのか?」
「バカが。オレが運転放棄して鹵獲されたりぶっ壊されたらどうする。砂漠で日光浴するかドライサウナの二択だぜ?」
「わおおおん! 恨みはないけど喰い逢おうか! 灰色の世界が銀色に変わらんことを!」
熱砂に響き渡る咆哮。貨物運搬車から飛び出したのはルサールカだ。
巨剣を持ち、急カーブと同時に敵前を薙ぎ裂いていく。緋色の髪、激しく揺れ靡く尾がバイクを追従していくようだった。
「ルサールカは運転当番じゃないのか?」
「そうだよ。だからもう一台もオレがリモートで操作するんだ。……喋ってないで敵の対処をしてこい。お荷物じゃないっつーならな。っとあぶねえ。すぐ行かなくて助かった。これを渡し忘れてた」
ディランは僅かに動揺しながらヘラヘラと誤魔化して、白い外套を投げ渡した。
「«砂塵外套»とかいう異界道具の複製品だ。なに、難しいことはない。白い砂と似た材質で陽光を反射するってだけだ。遮断クリームを塗る時間はないが、それ被ってりゃ生身よりは持つ。……さぁ行け!!」
ディストは深く頷いた。シートに跨りグリップを強く握りしめる。キーの差込口はなかった。
「鍵はないぞ。……アクセルレバーを握って銀の炎を灯せ。それで動く」
すでにルーディオ達は交戦し始めていた。車外から響く金属の劈き。地鳴りのような排気音。
ディストはすぐに眦を決した。意思の火を灯す。突き動かすのは激情ではない。焦りもあるかもしれないが――燃料は覚悟と継いだ意思だ。
薄暗い車内を貫くように銀と赤に瞳の光輝が揺れ、銀の炎が周囲を照らしていく。響き渡るエンジンの唸り。姉さんを真似るように、ペダルを押し下げギアを入れた。
「……トルクの反応が鈍くないか?」
「知りません。生憎ワタシは技師じゃないので。それより……運転はできるんですか? 銀雲急便の義体と刺青も、たかがバイクの運転方法はスロットしていません。市販で買えるものですし、買わずとも運転程度はできますし」
「なんだ? 心配してくれるのか? やっぱ優しいな」
「……本気でそう見えるのか? 精々情けない死に方だけはするな。ワタシの経歴が汚れるからな。部下がバイクを操縦できずに事故死なんて」
操作方法はわかるが。こうして操縦するのは初めてだった。記憶スロットも嵌め込んじゃいない。……運転してくれる人がいたから。
ほんの一瞬、銀の火が縮み――そして、膨れ上がる。歪んでいく空気。舞い散る火の粉が花弁のように虹彩を帯びていく。
銀の火は胸の奥から湧き出て、喉元で詰まる無力さを燃やして、熱と加速を蓄積させていった。
「…………見様見真似程度ならできるさ。姉さんを乗せたくてずっと見てたからな」
烈火が迸った。加速と同時に達する最高速。
戦闘用でしか使うことのない機能だろう。瞬間的な速度の風が全身を苛むなか、昼間にもかかわらずヘッドランプが貫いた。
トラックを文字通り飛び出して、車輪が蹴り上げる砂塵。膝が砂を撫でるスレスレにまで車体が傾いた。倒れ吹き飛ばされかけながらの強引なカーブ。
銀の炎を噴出して強引に態勢を取り戻した。振り落とされないよう両グリップを握り締めたままだったが。これでは武器も持てない。
「ッ……これじゃ後ろに誰も乗せられないな」
自嘲。自分に込めた嫌味と冗談が銀の火によって猛る激情に平静を押し込んでいく。熱砂が肌を掠めていたのはほんの僅かな間だった。
「ディスト!! そっちに敵が行くぞ!」
ルーディオがクソ真面目に叫んだ。不安定な操縦技術を敵は見逃さなかったのだろう。ルサールカ達の攻撃を掻い潜り、確実に一人を落とすために無数のモービルが加速した。縫うような蛇行で縮む間合い。
ルーディオが敵の背を銀の火を帯びた弾丸で撃ち抜いて数人減ったが。それでも三人、来る。
鋭い刺突が伸びた。サハポートの武装は弄ったことがある。……工房技術の仕込み槍だ。炸薬が爆ぜて、杭刃が打ち出され眼前を掠め通る。
直撃を退けると敵は反撃を警戒して一気に加速し横切った。モービルとすれ違う瞬間、鋭い冷気が炎天下のなか皮膚を切り裂く。痛みが撫でると皮膚の小さな隙間を埋めるように霜が張り付いていた。
「ディスト! 武器を取れ!!」
レーニャの鋭い叫びが鼓膜を震わせる。続けて二人、三人。こちらが迎撃できなければ槍は交差するように不可避の打突を振り放つだろう。
距離を取る? 不可能だ。砂を掻いていた車輪がほんの数瞬、凍りついて鈍った。銀の火でも抑えきれない減速。
「そりゃ……そうか」
達観したようにぼやいた。数時間前まで義体技師でしかなかった奴が砂漠を横断する便利屋共に荒事で叶うはずがない。それでも危機を前にして知覚は鋭く広がっていった。車窓を開けて、ディランが無骨な拳銃を構えている。
助ける気だろうか。当然かもしれない。彼らからすれば«秒針»を抱え持ったお荷物だ。文字通り。
……だが生憎、そうやって言い訳を重ねて自分を納得させるのは嫌いだった。
「悔め……。«秒針»!」
強く光輝する瞳。紅と銀の光が交錯ち、狂いそうなほど頭が軋む。
異界道具を行使しようとした途端、今持つ感情だけでは足りないと言わんばかりに苦痛が蝕んだ。
それでも、視界から色が消える。時間が停滞していく。モービルも、バイクも例外はない。動かない的でしかなかった。
軍刀を投じようとして、ディストは動かない時のなかで男と目が合った。槍先を突き向け、躊躇いのない殺意が滲んでいる。首に掛けられた青い宝石は……この地域での婚姻の証だ。
『あ、アア。カ……ギ、ギゅ、ミ』
『…………すこし、怖いんだ。……だ、から――』
『……彼女はいい人だった』
頭に過る声は殺意を鈍らせようとしている? ……違う。今からすることの意味を理解しているだけだ。――皆と同じになるための試練だ。
「……無駄死にはさせない」
誰に呟いた?
わからない。だが、決した眦を覆すことはなくて、ディストは即座に軍刀を投じた。
刀身を撫でる銀の炎が、«秒針»の力が消えて全てが動き出すと同時、不可避の加速を帯びる。
サハポートの便利屋を一人、貫き穿いた。
急旋回。強引にハンドルを右に切るとマフラーが砂を撫でて赤熱していく。
タイヤを軋らせて右折した。腕を伸ばし、仕留めた敵から軍刀を引き抜く。




