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銀と終末のトランスポーター  作者: 終乃スェーシャ(N号)
二章:便利屋の生き方
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眼を閉じたところで

 ◆




「随分仲がよくなったようだな。安心したよ」


 合流するなりディランが思ってもいないだろう軽口を叩いた。


 ディストとレーニャが同時に眉を顰めるなか、呆れるようにルサールカだけが乾いた笑いを零していく。


「本当にそう見えるのか? マジで言ってんならリーダーだろうが知ったこっちゃねえ。センス疑うぞ」


「天才ってのはいつだって理解されないもんだな。オレは悲しい。……なんて。冗談はこれぐらいでいいか。ほら、乗れよ。今日の運転はオレとルサールカだが、明日からはお前にも運転させる。当番制だからな」


 都市郊外、荒れ果てた砂地に車は二台停まっていた。男女で分けているのかと思ったがそうではないらしい。


 一台は貨物運搬用。もう一台が生活空間となる車両。貨物は白い砂漠の横断に必要な物資以外にも、銀雲急便が依頼として引き受けた荷物が積み重なっている。


 乗り込むと、狭い空間にキッチンと二段重ねの寝台が敷き詰められていた。最後部にはバイクが折り畳まれている。


「……これは?」


「ああ、バイクのことか? 格好いいだろ」


 義体の頭部からくぐもった声が響いていく。ルーディオは質問の意図を理解する気もなく適当な言葉を返した。


「ええと……緊急時に使うものです。銀の炎でしか動かないですが。その分とても速く移動できます」


 ルーディオの背に隠れながら、黒い髪の少女が補足してくれた。


 髪の隙間から僅かに窺える潤んだ眼差し。挙動不審で……頼りないが。彼女がルサールカの後方から電撃を放っていた人物のはずだ。


「あー……。名前なんだっけ。聞いた気もするんだが覚えて無くてな。あの電撃はどうやって出してるんだ?」


「ミルシャです……。ミルシャ・ロットキルレン。電気は……もともとルミネンス電光に所属していたので…………。ングッ……!!」


 弱々しく名乗り、企業名を口にすると同時、緊張が限界を超えるように目を見開いて口元を覆った。反射的に込み上げただろう嗚咽を必死に飲み込んで涙が滲んでいく。


「ミルシャ……。問題はない。オレ達は銀雲急便だ。ずっと一緒にいただろう。もう問題はない。少し横になってていい。少なくとも新入りの教育当番はまだだからな」


 ルーディオの表情は分からない。無骨な頭部義体に表情はない。だが、軽口を言っていたときの態度は身を潜め、真摯で穏やかな声をくぐもらせていた。


 宥め、仕込み刃の隠された義手で優しく小さな背を擦っていく。ミルシャはこくこくと頷いて、車両後部の寝台へと向かっていった。


 呆然と後ろ背を見届けていたディストへ、グイと腕が伸びる。ルーディオは肩を組んで文字通り距離を縮めた。


 全身義体から漏れる駆動音。金属の身体は先程まで炎天下に晒されていたせいで触れると焼けるように熱かった。


「お前がここに加入する経緯も普通じゃなかっただろう? オレ達全員似たもの同士さ。ルサールカはリーダーの暗殺失敗。レーニャは【銀炎】の一人娘。ミルシャは所属企業が八咫強襲事務所って便利屋組織にぶっ潰された」


 車が揺れた。エンジンが掛かったのだろう。まもなくして、窓の向こうで白砂が舞い上がった。


「……あんたはどうしてここにいるんだ?」


「はッ、そしてもう一個アドバイスだ。向こうが自分からひけらかさない限りは聞くのはノーケイだ。新入り」


「他人の過去をひけらかすのはいいのかよ」


 ルーディオの背後から腕が伸びた。レーニャの手が無遠慮に頭部義体を鷲掴みギシギシと軋む音を響かせていく。


「良いわけ無いだろう。反省しろ」


「痛い痛い!! 痛そうな音してる! どうせ掴むなら頭じゃなくて――ギギギ」


 投げ飛ばされた。ルーディオは無様に転がることはなく、銀の火を僅かに散らして宙で態勢を整える。


 レーニャは何事もなかったかのようにディストを一瞥した。だがすぐに視線を背けると我関せずと寝台に座り込んで、激しい揺れと液化メルテルの甘い刺激臭のなか、『組織統率論』なんて大層な本を読み始める。


「……何かすることないのか?」


 暇つぶしの道具なんて持ってはいなかった。昔、数個ほどDSドリームセンスとかいう追憶装置を持っていたが。それもとっくに売り払っている。


「ない。しいて言うなら休めるときに一時間でも寝たりできる奴が優秀です」


「……ベッドは空いてるやつならどれでもいいの?」


 適当なところに寝転がった。ぼふんと、寝台は固いが毛布は柔らかくて甘い匂いがする。


「そこはルサールカのとこだ。聞くなら答えを聞いてから行動に移せ。痴れ者が」


「ッー!?」


 ディストは慌てて飛び起きた。顔を真っ赤にして、動揺を隠せないままうろうろと周囲を歩き回って、悩むように床に座り込む。そして、目を閉じた。


 視界は黒く染まるのに、嫌になるほど思考が巡っていく。どんな場所でもすぐに眠ることができるのがプロの便利屋なら……あまりにも程遠い。


『こっちは夕方までに仕事があるんだ。義手の再調整がしたい』


 粗暴な声。彼の義手をきちんと点検、装備しなければアメリアは死ななかったはずだ。


『今日だって危なかった! いつ死んだってよくあることで終わっちゃうの、嫌だよ私!? ずっと、ずっとバイクであの暗闇のなか待ち続けるなんて』


 アメリアの真摯な声。じっと向かう潤んだ赤い眼差し。撫でる金の髪。なにもかもが鮮明だ。


『……ディスト。私、やったよ。……ブツ、回収。――した。これでお前を、企業の一員に…………。けど、少しだけしくじった。……今日、美味しいもの』


 手を濡らした熱。鼻腔の奥、消える気もない血の匂いがディストの相貌を酷く歪ませた。息が果てるように引き攣っていく。


「……よくあることで終わらせたくはなかった。待ってたって……一生」


 ――二人では僅かに広い部屋。もう戻ることもないはずなのに。街を出てすぐにホームシックか? 自嘲がこみ上げようとも、追憶は止まりそうになかった。


『ねぇ、ディスト。お願いがあるんだ?』


(……なに? 姉さん)


 アメリアはそわそわするように、はたまた、焦らすように言い淀んだ。それから屈託のない笑顔を向けて、歩み寄る。


 気圧されるように後ずさると、すぐに背と壁が触れ合った。


『来週さ。仕事の予定外せる? 一緒にブラックマーケットのほう行こうよ。この都市じゃなくて、ウルルク協会の太陽がない市場。その、たまには息抜きも必要かなーってさ……』


(ウルルクって……だいぶ離れてないか? 一日はかかるぞ。記象鉄道ミレニアムでも使うのか?)


『ううん。だから一泊二日。……ダメ?』


(……まぁ、たまにはいいか。仕事道具も買えるし)


 そう言った途端、勢いよくアメリアはガッツポーズを取った。ぎゅっと握りしめた拳。勝ち誇ったように口角がわずかに吊り上がっていく。


『よしゃー! 絶対破んなよ? 私、いい服着てくからさ。感想知りたいし』


(姉さん……。ブラックマーケットだからね。行くの。あんまり高い服は――)


『アメリアって――――呼んでほしいなぁ?』


 …………少し、怖いから。だから――。


 ノイズが走った。記憶に何度も黒い欠落が生じて、嫌な臭いと振動が搔き乱す。


「――! ――!!」


 頭の外側で声が響いて痛む。強く目を閉じた。途端、激しく揺さぶられて、ディストはおぼろげに寝ようとすることをあきらめた。


 眼を開くと、すぐそこにレーニャの顔が覗き込んでいる。苛立ちと焦燥。滲んだ汗は暑さのせいじゃないだろう。


「何度呼んだらわかる! お前のベッドはそこだ。身体を壊すから床で寝るな」


 無理矢理立たされると、知らぬ間に流れた涙が散った。気まずいように視線が重なる。


「…………寝れないなら寝なくていい。人はいつか一生眠るんです。それに新入り、新入りなら学ぶことぐらいあるでしょう。助手席にでも行ったらどうです」


 突き刺す態度と裏腹に、彼女の言葉は、茫然と時間を過ごすよりもよっぽど精神的に良いものだった。


「…嗚呼、そーするよ。ありがとうな」


「……何にお礼を言っているんです。ワタシは床で寝るバカを叱責しただけです」


「ハっ……。そういうことならそのほうが助かる。貸し借りとか言われると困るからさ」


 何度か頷いて車体前方へ向かったが。揺れは加速と共に激しさを増していき、よろめきみっともなく歩くのがやっとだった。


 小刻みに揺れる窓の外。白い砂塵と曇天の空が混ざり合って地平線すら定まらない。砂漠の広がりは果てがなかった。

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