面倒な世話
二章:便利屋の生き方
灼熱の風が長い銀の髪を撫でていく。白い砂混じりで自然と目を細める中、レーニャ・プロフィンテルンは低く眦を向けて一層、威圧的な表情を浮かべた。
街の門番に預けた車へと向かいながら、カツカツと響く靴音に苛立ちが混ざる。――嫉妬。そう、嫉妬だ。見苦しい。……新入り相手に。
レーニャは自らを恥じながらも、滾る突き刺した感情を押し殺そうとはしなかった。睨んでいると窺うように目と目が合ってしまったから。ふんと、毅然とそっぽを向いて前へ歩き進む。早歩きで。
――ワタシは【銀炎】の一人娘だから、生まれた時から銀運急便の一員だったから信頼を勝ち取れた。意思を示せた。だけどこいつは、一日足らずで銀の炎を扱ったうえに、一瞬でリーダーから気に入られて……。
悟られないように今一度、ジトリと睥睨した。……ディスト・クラークス。
「……精々挫けないでください。貴方が腑抜けたら最後、我々はあなたを荷物として運搬しますので」
「さっきも言っただろう。準備はできた。俺には姉さんが遺してくれたこの眼と、この立場しかねえんだよ。腑抜けて逃げる場所なんてもう存在しない」
ディストは嫉妬を見抜いているようだった。八つ当たりのようなきつい物言いも。正面から激突してきて荒々しい言葉が返ってくる。後を追う足音はわざとらしく音を立てている。
「おい、待て。二人で仲良く意気込んでるのはいいがまだ出発しないぞ」
背後からリーダーの声が響いて、レーニャとディストはぴたりと足を止めた。
「なぜです。ディラン隊長。すぐに街を出ると言っていたはずですが」
「いやいや、オレはこうとも言ったはずだ。準備ができ次第と。まぁこの都市で一晩を過ごすことはないって程度だ。オレ達、まだ水も食料も燃料も購入してないだろう」
――そうだった。白い砂漠を横断するための物資補充をまだおこなっていない。
レーニャは思い出すと同時、僅かに目を見開いて深く口を閉じた。こみ上げてくる紅潮が耳を染めるから、すぐに俯いて誤魔化す。
「そういうことだ。ディスト、さっきまで格好つけたことをいろいろ言ってたのに悪いが。初仕事代わりに買い出しを任せたいんだが行けるか?」
「ああ、ああ…………おう。了解です……。ですね」
仕事口調と本来の言葉がごちゃ混ぜになりながら、ディストはばつが悪い様子で頷いた。ちらりとレーニャの様子を一瞥して、恥じる彼女に釣られるように歯が浮いていく。
「……二人で行かせるのも不安になってきたな。ルサールカ、同行しろ」
「あいあーい。わたしが緩衝材になるよ。時限爆弾二人にお買い物は大変だろうからねぇ?」
けらけらと笑って、ルサールカは緋色の髪を纏めた。大袈裟に腕を捲くってやる気をアピールしていく。
「待て待て待て。ルサールカが行くならオレも行きたいんだが――」
慌てて声を上げたルーディオを、逃さないようにリーダーは義体の頭部を鷲掴んだ。ギギギギと、強く軋む音が鳴り渡る。
「お前はこっちで車両整備だ」
「……俺が点検をしたほうがよくないか? ……よくないですか?」
点検という言葉に反応して、ディストは理性をすぐに取り戻した。距離感が掴めずに出てくる言葉を前にリーダーは気持ち悪さを隠すことなく辟易としていく。
「それはそうかもしれないが。この街にずっと住んでて市場のことをわかりきってるのもお前だろう。あと! オレはお前のキマってるところが気に入ったんだ。……だからその微妙な言葉遣いはやめろ」
「……悪かったな。こっちだって色々覚悟してたんだよ。一歩目から躓いた気分だ」
正面から露骨な嫌悪を向けられると、ささくれるようにディストは本調子を取り戻していく。
「そうだ。お前はそっちのほうが似合ってる。アメリアがあんな態度だったら可愛げがあるが、お前は別に可愛くはねえ」
「ッチ。ふざけたこと言うな。アメリアは――――」
「ああ分かった。分かった。その話は酒を飲んでいるときに聞く。今はレーニャからデータを共有しろ。それじゃ、あとは頼んだ」
リーダーはとっとと行ってしまった。
「……レーニャ、それで何を買うよう言われたんだ?」
「あなたが知る必要はありません。ワタシが知っていればいいので」
「市場の場所がわかるのは俺だって言われただろ」
――そうだ。その通りだ。ならなぜリーダーはいちいちワタシを経由する。……わかりきっている。面倒な世話役を押し付けられたんだ。ルサールカだと優しすぎるし、ミルシャは自信がない。ルーディオは……悪い女遊びを教えるだろうから。
レーニャは舌打ちをすると、沈黙したままデータを送った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「よろしければ下までスクロールして、★を5つ入れると嬉しいです。とリーダーが言えと」
レーニャはリーダーを建前に自身の本心を告げた。