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未来

作者: sasayama mikuni

 「ねえ、あなた。もしかして、あなた死にたいんでしょ?」

 「え?」

 思わず振り返ってしまった。駅前でティッシュ配ってるキャッチセールスの綺麗なお姉さん。全く考えてなかった、誰かに話しかけられるの嫌で下向いたまま通り過ぎるはずだったのに。

 「そーだなー。ただ死んだって相手は鼻で笑って馬鹿だなって言うだけだよ。どーせ死ぬつもりだったならさ、やり返しちゃいなさいよ、ガーンって」

 おかしな人だ。いや、危ない人かも…、て、ゆーか、なんで私の心の中分かったんだろこのヒト。無視するに限る…ってわかってるけど、私にこの人が話しかけているうちに、私と同じ今の電車から降りた人達は、みんな駅から離れてしまった。そんな大きな駅じゃないので、電車の来る時以外はほとんど人はいない。何を売りつけるのかは知らないけど、このお姉さんのターゲットはもう私一人しか残ってない。あー、やっぱこれも私の気が弱いせいだ。今日も学校で、クラスメートの桜子に教室の掃除で使う箒で思いっきり叩かれたわき腹の痛みを思い出して切なくなる。その後給食で零れた牛乳のにおいのしみ込んだ雑巾で顔を拭かれたっけ…思い出したくないのに次々と嫌なことを思い出す。

 「そうだよ。悔しいんでしょ。なら、やり返しちゃいましょうよ」

 なになに?さっきからこの人、普通に人の心の中を思いっきり読んじゃってるけど。ちょっときもい…

 「あの、あなたは一体誰なんですか?」

 思わず聞いてしまう。気の弱い私にしては凄い勇気かも。

 「しがないキャッチセールスのお姉さんですよ♡ハイこれ」とティッシュをくれる。

 受け取ってしまったので仕方なくティッシュを見てみる。普通のなんでもない駅とかで配ってるただのティッシュだ。怪しげなお店なんかのティッシュなら、見るからに制服姿の女子中学生の私に渡すわけないのでスルーするから、スマホとかの広告だろうか。もう一度ちらっと見なおしてみる。派手なカラーリングで、あんまりスマホとかには無いような強烈なデザインだ,スマホ持ってないけど。文面を見る、思わず声に出して読んでしまう。

 『【ミライ薬局】万能の力。無敵の力。これ一錠であなたが世界最強の人間になれる。この素晴らしい力があなただけのものに!』と書いてある。

 なんだか思いっきり怪しすぎて引いてしまうんだけど。微妙に文法を間違えているあたりが怪しさを倍増している。

 「ん~そーだなー。私的にはいくら仕事とはいえ、こんな未来ある若い子がね、早々と自分から死んじゃうのって寝覚めが悪い訳ね。ほっとけばいいかとかいかない訳、私、実はいい人なんで」

 「・・・」さっさと行っちゃおう。私は反対を向いて歩きだす。

 「死んだら本当に終わりよ」

 さっきまでの軽い調子から急に冷たい氷のようなトーンの声に思わず足が止まる。泣きそうな眼で恐る恐る振り返る。そう…家に帰ってお母さんの顔をもう一回だけ見たら死んじゃおうって思ってたんだ。冷たい言葉に振り返ったら、待っていたのは信じられないくらいに優しい聖母様みたいな笑顔。誰なんだろこの人?本当はただのキャッチじゃないよね?黒髪ポニテのすっごい綺麗な女の人。よく見たら全然キャッチレベルじゃないよね。

 「誰かって?ん~…神様…うん、一応ね。まあ神様と言っても死神の方なんだけど…」

 「死神…」思わず言葉に詰まる。

 「どうせ死ぬ気だったんじゃん。だけどさ、私としても仕事だからって何でもかんでもじゃない訳よ。やっぱ嫌だよね。いい子よかは悪い奴の方が気兼ねなく連れて逝けるでしょ?寝覚めだって悪いしさ。さっきも言ったけど私いい人なんで」

 「そうなんですか?」

 「そうなの」と、神様…いや、死神お姉さんはゴソゴソとポーチから小さな箱を取り出す。

 「さっき言ってあったよね。『無敵の力、最強の力』だったっけ?一応試供品って事で、あなたにプレゼントするわ。例え試供品でも一回飲めば一生無敵だから、お金取ってもう一回売れないんだけどね」と、ニッコリ笑って私に差し出す。

 「ほんとに…いいんですか?」

 「もちろん。一応は神様なんで責任上、噓はつきません。私も若い頃は神様なんてどこにもいないって思ってたんだけど、今は自分が神様なんで自分の言葉に責任を持たないとね」

 お姉さんはポーチを片付けながらこっちを見て微笑む。

 「じゃあまたね。次に会う時は、あなたが死ぬ時だから、その日が明日なんかじゃなく、凄い遠い未来であることを祈ってるよ。アーメン」

 笑いながら手を振るお姉さん、同時にパッと白い霧が目の前に立ち込めて気が遠くなる。ふと正気に返ると目の前からお姉さんの姿は消えていた。夢?かな…でも、ふと見ると私の手の中に握られているティッシュと瓶の入った小箱…どうしよう、モロに怪しすぎるけど。だけど、よく考えたら、これがインチキで、この薬が毒薬か何かなら、ちょうど苦しまないで死ねるのかな?だとしたらちょうどいいかもね。


 とりあえず家に帰る。お母さんに心配かけないように思いっきり作り笑顔で『ただいま』と言いながら自分の部屋に入る。自分の作り笑顔に何の意味?明日にはもっと悲しい思いさせるかもしれないのに。

 部屋のベッドに腰かけて、改めて考えてみる。あらためて…どうしたもんだろ。さっきは毒薬だったらとか考えてみたけど、思い返してみてもあのお姉さんは変な人ではあったが、あえて人を騙して毒薬を渡すような悪人とは思えない。本当に神様だか死神だかは知らないけど、ただのビタミン剤か何かだったら間抜けすぎる。死ぬ覚悟を決めて毒薬のつもりを飲んだら何もなかったという自分の姿を想像してみる…私、ただのバカだ…

 あらためて、もう一度その小瓶を見直して、声に出して読んでみる。まずラベルを読む。

 「万能薬・ムテキン」

 インチキすぎる。名前にいかがわしさがあふれている。たった十文字弱で思わず黙ってしまった。気を取り直して再読する。

 「一回一錠、効果一生」

 あの、意味わかんないんですけど。一錠で一生効くらしいと、あのお姉さんは言っていたので、当然ながら一錠しか瓶の中には入っていない。無料の試供品なのに超お得?一錠しかないので、インチキなビタミン剤ならほぼ効果はないかも知れない。ビタミン剤飲んだことないから知らんけど。

 ホントならこんな怪しい薬飲む訳ないんだけど、あのお姉さんはなんだかわからないけど信じられる気がした。飲んじゃおう。死なないとまた続いてしまうんだ、今の毎日が。

玄関の方から声と物音が聞こえる、きっとお父さんが帰って来たんだ。早く死なないと…わたしの恐怖の時間、夜の部が始まっちゃう。もうこんなのヤダ。

 思い切って『ムテキン』とかいう薬を口の中に入れて飲み込む…。水を忘れた…思わず涙目になる。水が欲しいけど部屋を出てお父さんと逢ったら地獄だ。苦しいかもしれないけど、どうせ死ぬんだし、喉の奥にあったのをもう一度無理やり飲み込むことにする。やっと喉の奥に入ったけど、甘くも辛くもない。味は大丈夫だけど、喉に詰まって苦しいのを思いっきりボロボロ涙流しながら飲み込んだ。やっと全部のどを通ったみたい。

 ホッとして正気に返ると部屋の中、目の前に誰かいる。あ…恐怖の時間。お父さんが目の前に怖い顔で立ってる。しかも今日はまた飲んで帰ってる。飲んでなくても怖いけど、飲んでたらもう普通じゃないし。今日もまた私、アレなのかなあ。

 「呼んだのになんで返事しない」いきなり怒鳴り声。

 「すみません。ちょっと…」小さい声で返事する。声でないし…

 「言い訳すんな」

 いつものビンタが飛んでくる…痛っ…て、アレ?いつもなら、体がこわばって、動けないまま吹っ飛ばされるのに、何これ?反射的と言うか、体が勝手によけている。当たってない…なんで?運動神経ゼロで、いつも体育の授業中、桜子たちに大声でバカにされてる私なのに。

 お父さんはいつもなすがままに叩かれている私が避けたのにポカンとして口を間抜けに開けてたけど、逆に怒りが増幅したみたいだ。酔っぱらってるからか顔にあざが残るからめったにやらないグーパンチが顔めがけて飛んでくる。思わず目を閉じた…けど…アレ?目をつぶってたのに、またかわしちゃったので体勢を崩したお父さんは私の勉強机まで突っ込んでこけちゃった。机の上にあった教科書やら何やらが吹っ飛ぶ、後で片付けが面倒そうだ…て、何これ?凄い私、余裕しちゃってるんだけど。

 机にぶつかってこけてたお父さんが立ち上がる。ヤバイ、キレまくって見境がなくなってるみたいだ。私の方に向かって襲い掛かってくるので反射的に手を出したら、強烈な裏拳がお父さんの顔面にヒット。死んでないかな…気になって顔を見てみる。とりあえず、大丈夫みたいだ。ただし、起き上がってこないので嫌だけど、とりあえず、今日はそのまま私の部屋で毛布を掛けて寝させることにした。私はどうしよう?同じ部屋で寝るのも嫌なので廊下に予備の毛布を持っていき、くるまって寝ることにする。朝になってもお父さんは起きてこなかったが、とりあえず死んでないみたいなので放っておくことにする。


 朝、学校に行く。私、最強なんだな。夢…じゃなければだけど。通学路を歩いているうちに、またいつもみたいに不安になる。学校やだな、でも仕方ないか。あれが夢じゃなかったら桜子達なんかには負けないんだけど。教室に入る。桜子たち大嫌いな苛めっ子グループが一斉にこっちを向く。

 「なんだあ、こいつ。昨日死ねばって言ったのに死んでねえじゃん。首くくってもう二度とうっとうしいお顔見なくて済むって期待したのに、まだ来るんだ。牛乳臭いからやなんだけど~」

 桜子が言うと、一斉に取り巻きが笑う。変わってないんだなあ。がっくりしながら自分の机に鞄を置くと桜子が仲間を連れてこっちに歩いてくる。

 「シカトかよコラ。挨拶は!」

 「おはようございます…」

 やっぱ変わんないのかな。

 「声、ちいせーぞコラ」

 桜子がキレるがちょうど担任が入って来たので、桜子は思いっきり私の座っている椅子を蹴りつけて自分の席に戻っていった。


 朝の学活が始まったけど。一番後ろの席の桜子は、いつも一番前の席の私に後ろから、いろいろなものをぶつけてくる。席は離れてるけど。ぶつけるのが楽しいようだ。私は小柄な方だけど、的が人間であり、椅子に固定されてほぼ動かないので大抵のものはぶつけられる。

 今日も桜子はいつものように私の頭めがけて教室に落ちていたチョークを投げつけたみたい…なんだけど。ムテキン凄すぎる…私は自然にチョークが飛んできた瞬間、見えてないのに普通に頭を机の方に倒して避けてしまったみたいだ。ただし、教室の一番前の席の私に向かって投げつけたチョークを避けてしまうとどうなるか?チョークは黒板を直撃して担任の足元に落ちる。桜子は偶然私が下を向いたから運悪くミスしたと思ったのか舌打ちをして投げた姿のまま固まっていたが睨みつける担任と目が合う。

 「野口桜子君。放課後職員室に来た前」


 「後で待ってろよコラ。逃げて帰んなよ。絶対殺してやるからさー」

 放課後、職員室にお説教を受けに行く桜子はホントにキレまくってる。マジで殺されるかも…昨日まで、だったらね。一応待ってみる。あれがホントにホントなら今までの事百倍返しできるかも。

 三十分くらいして桜子が教室に戻ってくる。先生に怒られたみたいでめちゃ不機嫌。もっとも先生が桜子をそれほどきつく怒ったとも思わないけど。桜子の親はクレーマーなので何をしたってほとんど怒られることはない。ただ単に呼び出しを食らったことが気に入らなかっただけだろう。

  

 桜子はいつもの学校内じゃなく、私を連れて学校から出る。今日は取り巻きは着いてきていない。なんかタイマンでボコるとかイキっていたけど、いつも以上の事をする気なんだろうと分かってしまう。だから学校じゃないのね。

 海の近くにある廃倉庫に着いた。不良の溜り場だし怖い所だけど今日はなぜか誰もいない。19番と書いてある廃倉庫の中に入っていく、高い階段とかあって結構広いけど中には人はいないみたいだ。結構高い、百段以上あるかも。

 「逃げんなよ」と脅されながら階段を上らされる。今日は仲間が桜子以外いないから私が逃げないように前を上らされてるけど、私に突き落とされたら終わりじゃないかな?まあ多分、桜子の頭がそれほど良くないのと私にそんな気力が無いと思ってるのと両方だろう。階段の一番上に着く。

 「今日は正々堂々とタイマンだから逃げんじゃねーぞゴミ虫。タイマンだから遠慮しねーからヤられてもガタガタ言うんじゃねーぞ。ゴミ虫にもチャンスをやるんだから有難く思えよボケ」

 いつもながらひどい言われようだ私。

 「じゃやんぞコラ。逃げんじゃねーからな・かかってきな。言っとくけど殺されても文句言うなよクソが」

 「いじめとか…あの…弱い者いじめとか悪い事…だと思うんだけど」

 「はぁ?そんなのイジメられる方が悪いんじゃん。弱いもんがやられるのなんて動物の世界じゃ当たり前だし―、弱いからやられるんだよねー、だーかーらーやられる方が悪いの」

 「それ本気で言ってる?」

 オズオズと言ってみる。桜子は鼻で笑って、

 「あったりまえじゃん。馬鹿じゃない?やっぱお前死んだほうがいいんじゃん。何ならアタシが殺してやろうかコラ」

 「それ聞いて安心した」

 私は言うが早いか桜子の顔面に裏拳を叩きつける。なんかグシャっとすごく嫌な音が聞こえた気もするがとりあえず聞かなかったことにしておこう。ちょっと鼻が潰れたかも…ま、いっか。一応向こうが先にかかってこいと言ったことだし。

 「先に行っとくけど、死んだらゴメンね。あ、弱くてやられる方が悪いんだっけ?弱肉強食だしね。あ、でも安心してね、私、ゲテモノ食いの趣味はないんであなたを食べたり絶対しないから」

 潰れた鼻を抑えて涙目の桜子。ん~どうしようかな。

 「先に手を出したのは私だからリメンバーパールハーバーとでも言っとく?でも死んじゃったら言えないね。お返しされる前にあなた死んじゃうから」

 「ごめん、ごめ~ん。もう絶対しないから許してよー」

ん~何か桜子キャラ違うよね。いつも自分は散々やってるくせに、一発でこれって早すぎ。まだ今までの千分の一も返してないと思うけど、涙目でいわれてもね。助けたら後でゴロツキ仲間の不良沢山連れて仕返しに来る気だろうけど…多分、死人増えるだけだと思う。めんどくさいそれ…とか考えていると、私の手が止まっているのを好機と勘違いしたのか桜子が忍ばせていた剃刀を取り出す。

 「死ねやー!」

 やっぱり馬鹿だコイツ…切りつけてくるのをかわしながら、思いっきり凶器を持った右手を蹴り上げてやる。またグキッとかヘンな音がした、腕を折っちゃったみたい。ムテキンって手加減なし?ちょっと切なくなる。桜子に同情する気は今までされたこと考えたら0だけど、あまりに馬鹿すぎて。桜子の顔を見る、完全に血の気が引いちゃってる青い顔、見苦しいな。まずい顔がますます見れなくなってる。どこかで見たような顔の気がするけど、まあいいか。私は気を取り直す。

 「えっと。私を切りたかったの?ごめんね、避けちゃって」

 「ち、違います、違います。許してください。土下座でも何でもしますから」

 ん~、何かなあ。キャラじゃないよこの人の。

 「いつもみたいにもっと偉そうにしてくれる?その方が私も殺しやすいから」

 そうだよね。殺さないと、ホントなら私が殺されてたんだもんね。だから私正しいもんね。近づいて桜子の顔を見下ろす。厚化粧の金髪でなんか不細工なもともと低い鼻が完全に潰れてるから正直まともに見られない顔になってる。蹴られた右腕も動かせないのかダラーんとして、

 「びょういん…びょういん…きゅうきゅうしゃ…よんでよう」

 痛いのかな?どうでもいいけど。

 「死ねば楽になるよ?さっさと死んじゃう?」

 「死にたく…ないよぅ…助けて、下さい…お願いします」

 イラっとくる…そう、イラっとくる…そうなんだ、弱いからだよね。ずっと殺してやろう。仕返ししてやろうと思ってた。でもできるわけないから私が死ねばいいやって。でも私が強くなったら殺して、仕返ししていいのだろうか。分からなくなった。殺したい気持ちがなえていく。なんでだろ…せっかく力をもらったのに、今しかチャンスはないのに。何だかすべてがめんどくさくなる。今はこういう態度だけど桜子を逃がしたら反省なんてしない気がするけど。あんなみじめな相手殺しちゃうのは嫌だ。自分を殺すみたいなものだから。決めた…やっぱり私は…。立ち上がってボロボロ厚化粧の顔崩して泣いてる桜子の方に近づく。

 「あなたのスマホで、このみっともないアホ顔、撮っておいてあげるね」

 桜子に向かってシャッターを切る。スマホの使い方よくわかんないけどまあいいか。これで…復讐完了…そのまま桜子のスマホを持ち直す。『1・1・9』を押してスマホを耳に当てる。何か返事が聞こえる。かかったんだよね。落ち着け私。

 「すみません。海沿いの廃倉庫。19番倉庫で大怪我してる女子中学生がいます。怪我、ひどいから早く来てください。お願いします」

 余計なことは言わず、さっさと電話を切って、桜子の足元にスマホを投げる。

 「これでいいでしょ…じゃあね」

 「ありが…とう、ございましゅ~」号泣しながら桜子が言う全然意外なリアクションに思わず苦笑いする。

 「じゃあね…あなたと私、いろいろあったけど、もう会う事もないよね。さよなら」

 踝を返して…目の前にあるのは…窓か。どのくらいの高さだっけ?ここに来るのに階段かなり上ったから。うん、死ねるかな。落ちていく時どう思うかな。死ぬ瞬間は地面に落ちた時?痛いだろうな、やっぱり。でももういいや。

 窓の下まで来る。やっぱり高いや。もう見ないつもりだった桜子の方をもう一回だけ振り返る。まだ腰が抜けて動けないみたい。私がずっと背中向けててももう襲ってこないのは動けないのか気力が無いのか知らないけど。行っちゃうと思った私がまたそっちを見たのでビクッとして肩をすくめる。なんだ…昨日までの私だこれって。

 「…最期にもう一言だけいいかな?痛かったよね。ごめんなさい」

 なんだかすっと出た言葉。昨日までその千倍以上やられてたからお返しにもなってない…と思ってたのに、自然にすっと出た言葉。桜子がボソッと言う。

 「ボコられたら、痛いもんだよね。アタシもごめんね」

 思わず泣き笑いして二人とも頷く。もういっか。目を閉じてもう一度窓の方を向く。目を瞑ったまま窓に向かい飛び降りる。さようなら、私の人生。窓の向こうで桜子の悲鳴が聞こえた。もう一回…さよなら。飛び降りた空気の風を切る音と共に、地面のアスファルトの気配が近付いてくる。死神のお姉さんの苦笑いの顔が頭の中に浮かぶ。

 『しょうがないなあ』

 ホントだね。地面が近付いた瞬間、私はふとあることに気付いて…

 ん?私。ムテキン飲んでるから死なないんじゃ?



   エピローグ・未来

 地上まで1m…私はいつだったかテレビで見た、高い所から落ちた猫みたいに勝手に体を回転させつつ、爪先で衝撃を最低限に抑えながら怪我することなく着地してしまった。私、死んでない。恐るべしムテキン。と、同時にサイレンを鳴らした救急車が倉庫の前に止まり、救急隊員の人達が、19番倉庫になだれ込んでいく。

 私は、逃げるべきなんだろうか?桜子が誰にやられたか言えば私は捕まるだろう。もちろんムテキンの力を使って警察相手に大暴れしたら、もしかしたら逃げ切れるかもしれないけど、世界の敵になってまで逃げても仕方ないし。それ以上考えられず、私はそこに立ち尽くす。足が動かない。

 しばらくして、救急隊員に連れられて倉庫から桜子が出てくる。パニくって大泣きした顔で出てきた桜子がこっちを見た…目が合っちゃった。『犯人はこいつだ』と言われたら終わりだね。

 桜子は眼を思いっきり開いたまま固まってた。そりゃそうか。ふと上を見上げたら、私の飛び降りた窓50m以上ある。こっちを指さしたまま固まってた桜子が叫ぶ。

 「生きてる!」

 腰が抜けた彼女は、へなへなと崩れ落ちて、

 「良かった~」と号泣し始める。なんなんだろ、私も涙が止まらなくなる。

 結局、訳が分からないまま、私と桜子は同じ救急車で病院に運ばれることになった。私、怪我してないんだけど…


 その後、桜子は私にやられたと一言も言わなかった。知らない不良グループに拉致られたのを私が助けて119番してくれた後、助けを呼びに行ってくれたと説明したらしい。私がいつも一方的に桜子にやられる側で、桜子をボコボコにできるはずがない事を証言する連中はたくさんいたし、被害者側の桜子があまり事を大袈裟にしたくないと警察に言ったために、事件は犯人不明のまま、有耶無耶になってしまった。


 あれから3年。今、なぜか私の隣にはいつも桜子がいる。若い(?)頃から金髪に染めていたから髪の毛が傷んでしまい、チリチリの黒髪にスッピンの彼女が隣で笑っている。

 あの時、私にやられた鼻は今もひしゃげたままだし、蹴られて骨折した右腕は、今も不自由なままだ。それでも彼女は、

 「お互い様だし、あのおかげであなたと友達になれた。全然恨んでないし、元々悪いのはアタシ」と言ってくれる。今も勉強はあまりできないが、人の心の分かる、優しい子になっている。

 私はと言うと、お父さんはあの次の日に離婚届を出してどこかに行ってしまい、あれ以来会っていない。そして私はムテキンで得た能力を生かすべく…と言うか、なんだかよくわからないままに、体育の授業での私の打って変わった大活躍を見た部活の顧問に無理矢理誘われて柔道部に入り、そのまま大会でも一度も負けることなく、高校入学後は高校大会どころか、インターハイやらの高校大会、全日本、そして世界選手権と一度も負けることなく、オリンピック代表にまでなってしまった。ムテキンが薬物違反がどうかはよくわからないが、これまでの検査で何か言われたことは一度もないので、ムテキンの力がある以上、嫌でもオリンピックで金メダルを取ってしまう事になるのだろう。

 桜子も私に引っ張られるように柔道を始め、パラリンピックの代表になった。彼女はムテキンを飲んでいないのだから、本当の実力で代表になれたんだろう。だから、私としては自分はいいから彼女にメダルを取って欲しいんだけどな。

 あの日…こんな未来が訪れるなんて、予想さえ出来なかった。私は目を閉じる。ポニーテールを揺らして笑う美人キャッチの死神お姉さんの顔が浮かぶ。本当に死神だった?実は天使だったんじゃないかな?

 瞼の裏のお姉さんの顔が悪戯っぽく笑う。

 『しょうがないなあ』

 そしてその笑顔は永遠に闇の中へと消えて行った。

                                         Fine

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