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5.王都で観光、できなかった、、らしい

「ただいま」

「おかえり」


俺とリオンが馬車に戻ると、セイは案の定しょぼんとしていた。


「セイ、」

「ん?」

「セイはどうして王立学園にいくことになったの?」


セイは目を伏せ、しばらく間を置いてから喋り出した。


「私のいた村でちょっと色々あったんだ。」



セイの生まれ育った村は、リオンやノアの村のように辺境の村だった。

村が開墾されてから30年目の年に、村の中でも裕福な家庭の次女としてセイが生まれた。

ちょうど同じ年から悪いことばかりが続いた。

モンスターの活性化。大雨と旱魃が交互に襲い、作物は採れず、村は荒れた。

終いには疫病が蔓延した。

村の中には黒髪はセイだけだった。

最初は村で唯一魔法を使える、それも先天的に使える少女だったので「選ばれしもの」のような扱いを受けていた。

しかし、他とは違うセイに対する賞賛や尊敬、ある種畏怖の念は、一連の不幸を経て密かに不信感、恐れへと変わっていく。

そして疫病が起こった。

村の人の多くが感染し、致死性ではないものの激痛を伴う症状に苦しめられた。

伝染性のその病気はセイの家族も皆罹患し、セイも罹患するはずだった。


しかし、疫病はセイには触れずに去っていった。


疲弊した村人は村の中で唯一、全く症状が出なかったセイを気味悪がり始め、ついにはこの一連の災厄の始点となった年に生まれたことが結びついて、壮絶ないじめを受けた。

両親は人望のある人だったが、徐々に肩身の狭い思いをするようになる。

兄弟からもいじめられ、次第に家族の心も離れていった。


気晴らしを兼ねて、王都観光に行こう。

そんな話が出ていたが、セイは行くか迷っていた。

ここで残って家から出なければ少しの間いじめられなくて済む。

そんな迷いを抱えるセイの元に学院入学試験の噂が届いた。

ちょうど王都観光の日取りのうちに収まっている。


この安寧の地へつながる雲のように細い糸。

その時のセイにとっては縋りつきたいほどに頼もしかった。


親はセイの提案に少し躊躇う様子を見せたが、それは演技だとすぐにわかった。

王都観光の準備をする両親はいつになく嬉しそうだった。


セイはなんとか学院に合格し、一度入学準備に家に戻り、1人でへムンに向かった。


「それで、私がヘムンについて商店街を歩いてたらあの二人組に襲われて、ノアとリオンに助けてもらったの。」


予想外に重い話にリオンも黙りこくる。


「ごめんね、重い話で。」


セイは儚く笑った。


「いーや。振ったの俺だし。」

「きっとその村は今も災厄まみれで苦しんでるんだろうなー。」

「え?」


不意にリオンが口を開く。


「普通に考えてたかだか1人の人間の存在でそんなこと起きるわけないじゃん。大魔道士とか賢者とか剣聖ならわかるけど。」

「そうだけど、、」

「お前、自分のせいだと思ってるだろ。自惚れんな、大魔道士でもあるまいし。言っとくけど魔法ならノアの方がずっとすごいぞ」

「お前なぁ」


リオンのあまりに横暴な物言いに、俺は流石に制止をかけようとした。


「あははっ」

「え?」


不意にセイは笑い出した。


「そうだよね、そうだよね。あはは、」

「突然笑い出すなよ、変なやつだな。」

「あはは、はぁー。ありがと。なんだろ。すっごい楽になった。」


セイは今までの儚い少女という印象から美しい少女に修正された。



それからの会話はセイ中心に進んだ。

「ノアってあんなに強いのに魔法もできるの?」

とか

「リオンは魔法できないの?」

とか

「向こうついてから入学式までどうするの?」

とか。




さて、再び夕方が訪れる。

あの後も二、三度戦闘を経て危険地帯は脱出し、川の付近で野営のために止まった。


今日の見張りはリオンがやるそうで、「食うと眠くなる」なんて言って健気に見張りに専念していた。

俺は寝袋の上に寝っ転がり、星空を見ながら眠りに落ちていった。


のだが、リオンに起こされた。


「何?」

「すまん、セイが帰ってこない。」


リオンがかなり焦ったように俺に起きるよう急かす。


「トイレに?」

「ああ。もう15分は経ってる。」


15分。まぁ、気張ってるにしても遅すぎるよな。


「ちょっと見てくる。リオンはここにいて荷物とか頼む。」

「すまん」

「あと、どれだけ時間がかかろうと追うな。すれ違いが怖い。必ず帰る。」


俺は刀を携えて川の方に走った。


夜の月を反射する穏やかな川の流れ、トラブルの兆候のようなものは一切感じられなかった。

上流か、下流か。

上流に行けば痕跡が消えていくはず。人の痕跡が消えたところで折り返せばいいか。

俺は即座に判断を下し、川の上流に向かってごく緩やかな傾斜を砂利を蹴って進んだ。


全力で走って2、3分。

早速行き止まり。というか森に入った。

対して木々の密度は高くなく、見通しのきく比較的安全そうな森だ。

モンスターの痕跡も少ない。


そこから少し進むと、開けた池にでた。

月を美しく反射する水面は夜の黒を深い青に変え、人の目に届けた。

そして、池の縁に腰掛ける人影。

コントラストの少ないシルエットに月の光を反射する白い肌。

濡れそぼった髪は肩に垂れていた。


「セイ?」


俺が声をかけると、人影はビクッとなってこちらを半身で振り向く。


「えっ、なんでっ」


セイは慌てて体を隠して水の中に飛び込んだ。


そして、上がってこない。



「世話の焼けるやつめ。」





「どんだけ心配したと思ってんだよ。」


トイレと言って失踪し、事実は少し離れた上流で水浴びをしていて、俺にバレるとテンパって溺れ、結局俺が掬い上げることになった。


俺の服はびしょびしょ。飛んだ酷い目にあった。文句の一つや二つ、許されるだろ。

とは思ったが、こっちも不可抗力とはいえセイのあられもない姿をばっちり見てしまったという罪(?)があるのであまり強く出れない。


「俺もついでに水浴びするか。」


リオンには悪いと思いながらも、セイの提案で俺も水浴びをした。


「なんでまた、突然、水浴びなんてしようと思ったの?」

「だぁってぇ〜、その、臭いじゃん。やっぱり女の子はその辺は気にしないとなーって」

「あ、そうですか。」


近くの手頃な岩に腰掛け、月を見ながら少しの間雑談した。


「そうですかってなに〜?重要でしょ。ノアだって臭い女の子より、いい匂いのこの方が好きでしょ?」

「そりゃそうだ。」

「ほらー。重要なの。」

「ソウカイソウカイ」


「ノアは、どうして私を助けてくれたの?」


セイは俺の足を枕に寝転がるとそんなことを聞き出した。


「可愛かったから。」

「えっ!」

「嘘だよ。」


ちょっとした冗談にセイの体がビクンッと跳ねた。


「セイは反応が面白いね。」

「馬鹿にしてるでしょ。」

「してない。」

「で?本当のところどうなの?」

「まず、あの場所に勘づいたのはリオンなんだよ。それで、好奇心で行ったわけだけど。セイが襲われてるのを見つけた。相手は相当格下。だから余裕があった。そして吟味した。その子は可愛いと」

「お、おい。」

「まぁ、そうだな。簡単にいうと、見つけてしまった以上、あそこを立ち去るという選択肢はなかったからかな。向こうがよほどの格上でもない限りは。」

「ノアは、強いね。私そんな自信ないや。」


今日の戦闘に参加できなかったことが原因か、悔しさの滲んだ声で言った。


「今からその自信をつけにいくんだろ。さぁ、そろそろリオンに怒られる。帰るよ。」

「うん。」




「ふっざけんじゃねぇぞ貴様らぁ゛ぁ゛ぁ゛!」


その後、正直にことの顛末を話した俺たちはリオンにブチギレられた後、見張りを交代し、静かに夜を過ごした。



移動、休憩、移動、休憩、移動、野営、移動。

このサイクルがもう1度回った日の午前。

予定より少し早めに王都コーネレインに着いた。

北と西を大河に、南を大山脈に守られた自然の要塞の中に突如現れる絢爛な街並み。

天をつく高さの王宮と、その周りの王都は周囲を高い城壁に囲まれ、その威容は近づいてみれば一目瞭然だった。

俺たちは大通りにつながる正門ではなく、小さな出入り口から入った。


村の家々は騎士爵家の建物を除けば大体が平家建てで、建材には丸太のような木材が中心に使われていた。

しかし王都に来てみれば、騎士爵家の建物クラスの屋敷がずらりと立ち並んでいた。

俺たちは山奥出身で初めて渋谷に来た田舎者さながらの反応をしながら王都に入った。



「まずは宿なんだけど、実は結構カツカツだ。だからその辺の宿じゃなくて一本入った格安宿にする。」


俺は人差し指と親指で輪っかを作って、気まずい顔で言った。


「、、ごめんなさい。」


ペコリと謝るセイ。

確かにほとんどお金を持っていなかったセイが加わったことで、乗客から食料を買ったりしたので思ったより経費は嵩んだ。


「別に責める気はないよ。」

「なぁ、冒険者登録しようぜ。」


リオンが突然大通りの途中で足を止めて、ある建物を指差した。

赤と黒の大きな看板には、剣、弓、杖、盾のクラシックな意匠がデカデカと彫られていた。

5階建はあろうかという立派な赤屋根の建物の3階ほどの高さ、つまり看板の上には“冒険者ギルド”の文字。


この剣と魔法の世界にも冒険者ギルドというものがある。

古くから存在する組織で、中立傭兵仲介業者、モンスター討伐依頼仲介業者の役割を果たしている。


「ああ、小銭稼ぎね。いいじゃん。セイはどうする?」

「やるよ。」


と、その場のノリみたいな雰囲気で冒険者ギルドに入っていった。




「すみません、登録したいんですけど。」


ギルドの建物に入ってみれば、ムッとするような酒の匂いと、汗の匂いにまかれ、思わず顔を顰めた。

50畳ほどの飲食スペースに、むさ苦しい男どもが昼間から酒を飲んでいた。

その一角にある受付スペースには、金髪ショートカットのお姉さんが立っていた。


「3人ですか?」


受付嬢のお姉さんはニコニコしながら書類を取り出し、いくつか質問しながら書類を埋めていった。


「はい、これがギルドカードです。」


受付嬢は俺たちに小さなカードを渡していく。

まず俺から、次にリオン、セイの順で案外簡単にカードは作れてしまった。

交通系ICぐらいの大きさで、ランクと名前が書かれていた。


「結構簡単に作れるんですね。」

「ええ。今は人員不足なので。昔は試験とかあったんですけどね。今は試験があるのはBランク以上だけです。」

「そうなんですか、」

「依頼は向こうのボードから選んで剥がして持っていってください。今のランクの二つ上のランクまでは受けられますよ。一つ上のランクの依頼に15回連続成功でランクが上がります。最初のうちは焦らずゆっくり進めることをお勧めしますよ。」

「はい、ありがとうございます。」


終始俺が応答をし、セイとリオンには後ろで待っていてもらった。


「依頼の前に宿取って荷物置こうぜ。」


重い。と両手の荷物をヒョイっと上げるリオン。


「そうだな」


俺たちはしばらくの間裏路地を彷徨い、ある喫茶店に行き着く。


「いらっしゃい」

「すみません、看板に二階を貸してるって書いてあったんですけど」


接客に現れた壮年の男性は、あぁという反応をしてこちらの様子を一通りうかがう。


「そういうことでしたら一泊1000ファムで一部屋です。まぁ設備は整っていませんが。」

「では、一部屋。」


事前の相談で一部屋でいいと決めていたのですぐに案内を受ける。

部屋は二階の奥の部屋で風呂はなし、トイレは一階と、結構条件の悪い部屋だった。

部屋の中も10畳ないぐらいの部屋に質素なベッドが一つに椅子が二つ、机がひとつ、たったそれだけの部屋だ。


「これは酷い。」


リオンがため息をつきながら荷物を床に放り投げる。


「仕方ないよ。まず今日の午後でどれだけ稼げるかだな。」


俺とセイも荷物を下ろして必要なものとお金だけ持って宿を出た。


もと来た道を戻って、再び盛況な大通りのギルドに出向く。


「どれがいいかな」

「これとこれじゃね?」


俺とリオンが選んだのはオークとコボルトの討伐。

これは恒久依頼になっていて、Dランクのオークとコボルトは10体討伐して8000ファムになる。

討伐証明部位は右耳。どちらにせよ今の俺たちからしたら大した敵ではない。

依頼に上限はないので手当たり次第に殺して回ることにして、早々にギルドをたちさろうとした。

のだが


「なぁなぁ、君達さ、さっき冒険者になったばかりだよね。俺が一緒に行ってあげようかぁ?」


突然2mほどのヒョロガリに声をかけられた。

くすんだ金髪にボロ布のようなバンダナ。

茶色の三白眼がこちらを見下ろす。

目の下には大きなクマ、手に当てた腰には大ぶりなマチュテがクロスしてぶら下がっている。

シャツやズボンからのぞく手足には程よく筋肉がついていて、古傷も散見される。

なかなかの強者なのだろう。

しかし、なんだこの生理的嫌悪感を引き出す気持ち悪い笑みは。

そして、周囲のテーブルの冒険者が少しずつ離れていく。

明らかにこいつはやばい。

何より、鉄臭い。モンスターの血からする豚の油のような匂いではない。

明らかに人の血の匂い。


「あ、お気遣いありがとうございます。ですが、これぐらい自分達でなんとかできないと、冒険者なんて名乗ってられませんので。」


俺はなるべく丁寧な口調で男を避けて出口に向かった。


「おい、待てよテメェ。Bランク冒険者の俺の誘いを断るのかぁ?」


不意に呼び止められた。その声は恐ろしい怒気と憎悪を含み、セイはすぐさま俺の後ろに、態度のでかいリオンですら身構えた。

引き攣った苦笑いのような怒っているような、絶妙で不気味な顔で振り向く。


「ええ。すみません。あなたが強いからこそ、頼るわけにはいきません。」

「俺の笑い方が気持ち悪いからかぁ?」

「違いますよ。」


ちっとぎくっとしたがすぐに否定する。


「嘘だな。わかってんだよ。」


男の表情が闇に沈む。


「本当でーーー」


次の瞬間、景色が飛んだ。


「俺は嘘つきは嫌いだ。」


右の腹に強烈な鈍痛が遅れてやってくる。

俺はギルドの壁にぶつかって床に落ちた。


「お゛ぇ゛」


大量の血反吐が口から吐き出される。

いくつも俺にぶつかった机が吹き飛び、そこで飲み食いしていた人が後ずさる。

誰も止めなかった。

ぼやける視界の中で、俺を可哀想な目で見下ろすいくつもの目。


「おいおい、まだクタバラねぇよなぁ」

「ぐはっ」

「やめろよ!」


後ろからリオンが回し蹴りをするが、片手で掴まれ、ギルドの反対側に投げ飛ばされた。

まずい。

勝ち目がない。

ここまで騒ぎが起きて誰も来ないということは救援は見込めない。

何より仲間が危ない。


「出し惜しみしてる場合じゃない。」

「あぁ?」


右手が最小の動きで水色のウィンドウを走り、一つのページを導き出す。


ステータスポイント:100000

もしもの時に使えるようにステータスポイントをあらかじめ買っておいた。

あまりこれは使いたくなかったが。


「何やってんだオラ」


再び振り抜かれた足が俺の肋を抉る。

ビキビキビキ

確実に数本一気に折れた。

息をするだけで骨が軋んで痛い。


STRに30000、AGTに40000、VITに30000。


「あぁ、イッテェ。」

「あぁ?お前とうとうイッちまって痛みも感じなくなったのか?きゃーっはっはっはー!ごめんよぉ?俺はただあそこの嬢ちゃんと少し遊びたくて誘っただけなんだけどなぁ、断るお前が悪いよなぁ、あぁ?なんとか言えよ。」


男の右手が俺の鳩尾に向かって()()()()()向かってきた。


「おせぇよのろまが。」


その拳が届く前に、俺の左拳が男のレバーを撃ち抜いた。

ドゴォ

っと人から出てはいけない音と共に男が吹き飛ぶ。

俺は部屋の隅まで吹っ飛び、片膝ついて血反吐を吐く男に歩み寄った。


「どんな気持ちだよゲス野郎。」

「う、ウルセェ。なんなんだオメェ、気持ち悪りぃ。顔で判断するクソ野郎の癖に。」

「言っておくが、俺はお前を顔で判断したんじゃない。周囲の反応だ。見るからにお前を見て怯えていた。それにお前からは血の匂いがする。人の血の匂いが。お前、もう犯罪者だろ。」

「う、ウルセェ」


〈旋風脚〉【大竜巻(1080°回し蹴り)


俺の蹴りが男の肩をとらえる。

ゴリッベキベキッ


〈爆拳〉


俺はトドメの一撃を男の頭蓋に狙いを定め、振り上げた。


「ストップ」


突如、現れた第三者が俺の腕を後ろから掴んだ。

優しげな男の声は、何か戦意を失うような暖かい何かが含まれておりーーー

いや、スキルだ。心理状態に影響を与える何らかのスキルだ。


「なんのつもりだ。」


俺は振り返って男の姿を確認する。

白いマントに白銀の鎧、金の糸のような長髪を垂らした長身の男は、こちらを驚いたように見てくる。


「君、幾つ?すごいね、その若さで僕の“歌”を破るなんて。」


驚きの表情をすぐに優しげなものに変え、通った鼻筋、美しい美眉を和らげ、こちらに微笑んだ。

周囲の冒険者は壁の方まで退避していた。

もうすでに俺の体はボロボロで、酷い頭痛に肋骨の激痛、鳩尾の消えない痛みで倒れそうだ。

見るからに俺では敵わない強さを持つ相手、ここで俺が倒れれば仲間たちに何をするかわからない。

リオンはおそらくかなりの深手、早く治療してやりたい。

一刻も早く、こいつを退場させるか、信用に足る人物か確かめるかする必要があった。


「そっちから名乗れ。」

「あはっ、確かにそうだね。うん、僕は王国第二近衛騎士団団長 イルゼノート・シルヴァー。26歳」


男は再び少し驚くような顔をした後、イケメンスマイルに戻って名乗った。


「なんの目的があってここに来た。」

「たまたま休憩中に街を歩いてたら大騒ぎしてたからさ、寄ってみたんだ。」


遥かに位の高い相手だが、あえて謙らない。

案の定、イルゼノートは満足そうに笑って答えた。


「そうか、俺はノア。10歳だ。王立学院に通うためにここにきた。」

「あー、なるほどね。」


ふむふむ。という顔をして俺を上から下まで眺めるイルゼノート。

徐に懐からピンク色のビー玉ほどの宝石を取りだす。


「使いな。酷い怪我みたいだし。」


その宝石を俺の方に放った。

このピンク色の宝石はおそらく回復結晶。この品質だと数十万ファムはくだらない。


「悪い、今持ち合わせがない。」

「いいよ。君も立派な市民だ。僕には君を守る義務がある。」

「いや、あなたからは別の意図を感じる。」

「はぁ、これだから感のいいガキは嫌いだよ。」

「え゛、」


一瞬、イルゼノートの怒った顔の演技に騙されて、安い反応をしてしまった。畜生。


「って、言ってみたかっただけなんだけどね。まぁ、ぶっちゃけていうと、君には俺の子飼いの自警団に入ってもらって、数年後には近衛騎士として、俺の団に入ってほしいと思ってるよ。そのために少しでも恩を売っておこうと思ってね。俺、見る目あるから。」

「なるほど。」


悪い話ではない。本当に近衛騎士団に入るかどうかは別として、この実力、権力共に国内最高級の男を後ろ盾に持てるということはかなりのアドバンテージだ。

だが、このまま、深く考えずに許してしまっていいのだろうか。

思考がまとまらなくなってきた。


「まぁ、最初から加入とは言わない。とりあえず今度暇ができたら訓練を見にくるぐらいでいい。それがお代だ。」

「じゃあ、受け取っておこう。」


俺は宝石を握り、イルゼノートが立ち去るのを待った。

彼の後ろ姿が消えた後、俺はリオンの元に歩み寄る。

セイに介抱されていたリオンは頭部がパックリ割れて夥しい量の血を流している。

俺はその大きな傷の前で、結晶を砕いた。

柔らかなピンクの光が溢れ、リオンの体を包む。


「ノア、、ノアの分は?」


セイが泣きそうな顔でこちらを見る。

そこで俺の意識は暗転した。

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