愚か者は気づかない
よろしくお願いします。
2021、9/29、日間2位でした。ありがとうございます!
コンラッドは男爵家の次男である。
父と、コンラッドと歳の離れた兄は優秀な文官として、王城に務めている。
コンラッドはまだ15歳で、学院に通う身だ。
跡取りではないから、と男爵家の長女と見合い話がでた。今日はその顔合わせの日だった。
可もなく不可もなくな容姿の令嬢に、コンラッドは興味を持てなかった。兄は美しい子爵令嬢から見初められて婚約者になったのに、自分は男爵家に婿入りなのか、と少し不機嫌でもいた。
余談だが、子爵令嬢の父は、娘が見初めたのが兄の方で良かったと、心底ホッとした呟きを漏らしたそうだ。全くです、と頷きそうになった兄と父は聞かなかったふりをした。
コンラッドが子爵令嬢に対して、自分に気があるかのように振る舞ったこともそうだが、周りが見えないのは貴族としての品位を保てないと思われたからだ。
そんな残念な男だと思われているのを知らないコンラッドは、理知的な瞳のご令嬢が色々話を振ってくれたのに、ああ、とかええ、とか曖昧な返事しか返さなかった。
隣の父から怒りのオーラが溢れたのに気づいたけれど、態度を変えることはしなかった。オロオロする母を見るのも不愉快だった。
母は、コンラッドを可愛がってはくれるが、貴族に必要なものは何一つ教えてはくれない。母自身がなにも知らないからだ。
父は嫡男として兄を厳しくも優しく愛情をかけて育てた。当然コンラッドもそのように育てるつもりだった。それを子を奪われたと大騒ぎをして自分から離さなかったのは母だ。
可愛がって甘やかして、叱ることも厳しくすることもなく、愛情だけで育った、常識知らずの三文安、それがコンラッドだ。
当然、見合い話は流れた。こちらからお願いした立場だというのに、と父と兄からこっぴどく叱られて、ふたりが謝罪に出向いたのも気に入らない。
なにもかも気に入らないのだ。
義姉になる子爵令嬢からも苦言を貰ったが、ふん、と鼻を鳴らして聞き流した。
婚約者に謝る兄に、ふわりと笑いかける美しい顔は、コンラッドを見ないから。
「お前には失望した。もう話しかけないでくれ」
学院の教室で、身分は違うが友人と呼ぶことを許してくれた侯爵子息からそんな言葉を聞いた。
色々な柵から唯一解放される学院では、お互い名前を呼び合う仲だった侯爵子息は、コンラッドを蔑む視線を隠そうともしなかった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。僕がなにかしたのか?」
「俺にしたわけではない。けれど、貴族としてのマナーを守れないお前とは、もう一緒にいることはしたくない」
そう言うと、侯爵子息はコンラッドから離れて行った。同格の子息達の中にはコンラッドは入れない。コンラッドを認めてくれたのは、侯爵子息の彼だけだったからだ。
他の誰が認めてくれなくても、彼がいたからコンラッドは楽しく学院生活を送っていたのに、今更どうしたというのか。
その理由はしばらくしてわかった。
友人の少ないコンラッドは、侯爵子息から見限られてからというもの、友人達からも距離を置かれていた。
理由がわからず不機嫌なコンラッドは、ひとり裏庭の木の上でふて寝をしていた。授業も当然欠席である。
その下で、仲良くおしゃべりをしている男女がいた。
「まぁ、ではいよいよ?」
「ようやく決まりそうだ、と嬉しそうだったよ」
「相思相愛でしたもの、身分が釣り合わないだけで」
「彼女の知識の広さと深さには驚きしかないからね。それを自慢するでもなく相手を立ててくれる性格は好ましいよ」
「本当に。なのにあの男爵家の方と家柄だけで縁談がまとまりそうと聞いて、悔しく思いましたわ」
「全くだね。彼に彼女はもったいない。あいつは彼女に本気で惚れていたからね。侮辱されて怒るのも当然だろう」
「わたくしも友人を貶める方は嫌いですわ。侯爵子息である彼が許すから見守ってましたけれど」
「家柄で諦めるのではなく、友人だから諦める、と言っていたが、その友人は彼女にすごい態度だったそうだ。それを聞いて怒ったと思ったら、父親を説得していたみたいだ」
「彼女が幸せになるのなら、わたくしも応援しますわ」
「もう離さないだろう、大丈夫だよ」
和やかに、会話の中に散りばめられた毒に、コンラッドは気づかない。
コンラッドが兄のように勉強して、周りを見る目を養っていたら、気づけた事実に、彼だけは気づけない。
だから、ずっと後に知るのだ。
自分が最低な態度を取った見合い相手が、友人の最愛の人だったことを。
男爵令嬢ではあるけれど、その優秀さから友人の幼なじみの伯爵家に養女に入り、友人の婚約者になったことを。
婚約者になった令嬢を、嬉しそうに愛おしげに見つめる友人の、コンラッドに対する怒りを。
愚か者は気づかない。
だから、コンラッドは気づかない。
その後、コンラッドは母と共に領地に。働くこともさせてもらえずにほぼ軟禁状態でふたりきりで暮らすことに。なんでこうなったと頭を抱えるが、理由も原因も解決策も見つけられずにそのまま。後は推して知るべし。