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室内異変ホラー姉妹篇

スワンプ

作者: 鈴本 案




 枕元に置かれたデジタル時計のアラーム音がしつこく鳴った。あたしは女子高生の朝という厳しい現実に引き戻される……。

 デジタル時計のディスプレイに浮かぶ赤い数字。それを不機嫌な気持ちでぼうっと眺めた。

 乱暴に時計を叩いて、しぶしぶベッドから上体を起こす。

 カーテンの隙間からは暖かそうな朝日が入り込んでいて、辺りを少し明るくしていた。ベッドの脇の壁にある電気のスイッチを入れて、部屋をもっと明るくする。

 今日は晴れか。

 まあ雨よりはマシだね。

 だけど、学校行くのめんどくさ……。

 寝癖で酷く乱れた髪を手で押し撫でる。溜め息混じりで髪を適当に整えつつ、床に足をつけて立ち上がった。

 あたしは寝ぼけてかすむ眼をこすり、向かいにあるドアを目指してよろよろと二三歩踏み出す。

 不意に、足の裏に妙な感覚。

 マットの上なのになんか柔らかいものを踏んだような、それが足の指の間にニュルっと入ってくるような……。素足で砂場を歩いた時みたいな、変な感じ。

 すると同時に、足が重くなった。気のせいかと思ったけど、そうじゃなかった。

 下を見ると、足がフローリングの床にめり込んでいる。床の木目もそれに合わせて液体みたいに変形していた。

 あたしは反射的にもがいた。

 しかし、余計にズブズブと沈む。


「なによこれ!」


 …………既に太股まで浸かってしまっていた。

 一気に目が覚める。

 何が起こっているのか、まるでわからない。

 これはマズい、と思ってとりあえず動くのを止めると、沈む速度は遅くなった。ひと安心。

 何気なく、手のひらで床にそっと触れてみる。

 手が床をすり抜けた。まるで泥を触った時のような感触だ。特に熱くもなかったし、冷たいわけでもなかった。比較的、体温に近いのかも。

 沼みたい。なんとなくそう思った。

 なら、いずれ下の階に落ちたりして。ここは二階だしね。

 あたしはのん気にそんなことを考えていた。




 少し経つと、あたしの腰が床になった。

 下の階に抜けるなら、もう足をバタバタさせてもいい頃合い。

 けど脚は、沼にハマったまま。脚の自由も利かず、動かすことは出来なかった。


 これ……下に落ちないの?


 その間もゆっくりと、確実に沈んでいく。下半身に絡みついた底なし沼。

 流石のあたしも、今さらながらに恐怖を感じた。段々と血の気が引いていく。

 ならもういっそ、か弱い美少女のように悲鳴みたいに叫んでみよう。柄じゃないんだけど。

 あたしは、思いっきり叫んだ。

 口がパクパクしただけ……。声という音が全く出ない。

 なぜに? と思ったあたしが、そのあと目にしたこと。

 それは、あたしにそっくりな女の子が、目の前でいそいそと髪を整えたり、制服を着たりしているシーンだった。

 深呼吸する。

 ははーん、なるほどね。

 あたしは、今まさに登校の準備をしているところなんだね。

 …………これ夢だ。

 変な夢だ。




 あたしは自分が日常的にしている行動を、ずっと側で静かに見ていた。

 準備が済んだ彼女は、あたしに気づくこともなく部屋を出ていく。ドアが閉じられ、部屋にはあたし以外誰もいなくなった。

 そう、これは夢なんだ。

 今あたしは夢を見てるんだ。

 夢なんだから、全身が沈むとあたしの目が覚めるとか?

 ありがち。

 そんなバカなことを考えている間も、時間と共に身体は床の中へと沈んでいく。

 あたしの身体は、得体の知れない水底へと沈んでく。




 あたしは、もう首だけ人間になっていた。

 床からぴょこんと生えた、首から上だけ人間。

 可笑しい。ウケる。

 端から見たら、きっと爆笑。

 あ、これ写メ撮りたい。変顔で撮って由美達に見せたい。

 なんて。




 ふと思う。まあ、別に死んでもいいや。

 毎日つまらないもん。

 彼氏の公平とも、最近はマンネリだし。

 実際生きてたって死んでたって、大して変わらないんだから。

 生きててもダルいだけだから。

 それにどうせ夢なんだし、死んでも痛くなんかないはずだ。 そうやって愚かにも色々と考えて、バカみたいに無意味でくだらない人生を少しだけ嘆きながら、じわじわっと沈んでいく。

 あたしは、自分の中にどんどん潜る。




 そうして口が浸かり、次に鼻が浸かり、最後は頭が全部沈んだ。

 あたしは本能的に目をつぶった。肺の中にあった空気が、少しずつ減っていく気がする。


 ……あ。息。息止めると凄い苦しくなるの、思い出した……。やだ、苦しい。何よこれ。息出来ないし。苦しいよ。イヤ。やっぱり、イヤかも。イヤだ。死ぬの。イヤだよ。これ夢。夢だよね。夢なんだから。だから、絶対覚める。絶対。こんなのない。ありえない。ありえないから。

 絶対に、夢。




 必死な気持ちで目を見開いた。

 緑色と茶色が混じった色合いの、まるで腐りかけの海の中。得体の知れない小さな死骸のような物がそこら中にいくつも浮かび、時間が止まったみたいに漂っている。

 異様な空間だった。

 あたしも、その中を同じように漂っていた。

 徐々に視界が暗くなっていく。眼球が、何かに侵されていくのを感じる。




 そして、あたしの心臓が止まり、脳が腐っていった。




swamp

[名] 沼地

―[動](他) 水浸しにする; 沈ませる; 途方に暮れさせる; 圧倒する(with).


自作『バリア』の別バージョンです。バリアをベースにして90%程書き換えました。

構成的には擬似作品なので、既存作を読んでる方には物足りないかも。

今作では異変の種類の変更と既存作で弱かった要素のカバーが目的です。後者は特に夢か現実か解らないという所。加えてバカさや狂気、ポップ度の増加。

女子高生の一人称なので既存作よりも“らしさ”を重視しました。10代女子の文章的再現や自己の内面と向き合う様な内容から、僕の中では文学性の高い物になりました。苦しみも前面に出しました。息苦しさ、無呼吸時の恐怖感と苦痛が上手く表現出来てればいいんですが。


僕はゲームのカルドセプトや様々なモンスターが好きなんですが、当初スワンプと聞くと意味を知らなくても不気味な怪物が突然現れる様な印象がありました。

今回タイトルに使って久々に良題になったなと思います。沼地の怪物とかそういうのもやってみたいですね。

むしろこういう犠牲者が怪物に転生するかもしれない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 納涼企画へのご参加ありがとうございます! 異変に遭遇してもあまり危機感を覚えず、苦しくなってから急に慌てだすあたり、実際に怪異や異変に遭遇したらこういう反応がリアルなのかも……。 女子…
[良い点] いつ死んでもいい、生きているか死んでいるか分からない主人公の心境がよくわかり、共感しました。 でも、いざとなると、「死にたくない!」と本当の気持ちに気づくあたりは同じ体験をしたら、自分も…
[良い点] 元のバージョンよりもピンチ度が高く感じ、よりハラハラしました! 寝起きの気だるげな感じや、夢だと思おうとするところなど、感情の変化が分かりやすく、作者様のおっしゃるとおりらしさが出ていると…
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