第9話:黄金の姿見
体育の授業が終わり、午後を挟んでその日の放課後、結は索と共に天道先生へと話をしにいく事になった。虹にもその事は伝えており、何か分かり次第、索からメールや電話という形で連絡が来る事になっていた。連絡が来たら少しでも早く行動出来る様にと虹は教室に残って本を読んでおり、私もその傍で一緒に本を覗き込んでいた。
するとしばらく経って索からメールが入ってきた。携帯を開いた虹の後ろからそれを見てみると、あさひちゃんの事が少しだけ分かってきたらしい。元々彼女は家に引き篭もっていた不登校児であり、ある日を境に行方不明になり警察に届けも出されていたそうだ。しかし死亡してエーテル体となった今、彼女の事を覚えている一般人は一人も居ない。それを立証出来る人は本人か天道先生しか居ない。
「わお。あさひちゃんそっち系だったんだね~」
「もしそうならあの子の前任者はどうやって知ったんだろう……家から出てないなら適性を見る機会は無い筈だけど……」
「簡単じゃない~? 透視したんだよ!」
「いやっ、超能力者じゃないんだから……そんなのある訳ないでしょ……」
「それメインテイナーの循ちゃんが言っちゃう感じ~?」
「……それもそうか」
もしかしたらあさひちゃんの前任者は彼女の知り合いだったのだろうか。それならば彼女に素質があるかどうかを調べる事が出来る。しかし今となっては私達には前任者が誰なのか調べようがない。きっと記録も何もかもが全て消えてしまっているだろう。彼女から直接聞き出さない限りは過去に何があり、どうして天道先生を選んだのかが分かる事は無いだろう。ただ一つ確かなのは、彼女は天道先生が居た大学で彼女と出会い、そこで命を落としたという事である。
「虹、明日学校休みだよね」
「うん、そうだね」
「明日あさひちゃんが住んでた場所に行ってみない? 出来れば空濾木大学にも」
「え~循ちゃんってロリコン……?」
「違うよそういう邪な理由じゃなくて! ちょっとでも理解を深めるため!」
「ま~あたしはいいけどね。でも時間掛からない? 泊っちゃう感じ?」
「君に受け継がせた現実改変能力ならすぐだよ。交通費も掛からないし」
「循ちゃんあくど~い。結ちゃんにチクっちゃおっかな~」
「いやっそれが一番手っ取り早いからだよ!? そんな私がケチみたいな言い方しないでよ!」
「え~でも循ちゃんあたしがびしょ濡れになった時に使っちゃダメって言ってたじゃん。これはどういう事ですか説明してくださいっ!!」
「あれは君が傘を持ってればいい話だったんだよ!?」
とにかく明日、あさひちゃんの身辺について調査をしようと決まり帰宅しようかという話になったその時、突然グラウンドの方から騒ぎ声が聞こえてきた。虹と共に何事かと窓から見下ろしてみると、校門の辺りで複数人の生徒達が集まって何やら困惑した様な動きをしていた。その内の一人が校門から出ようと足を進めると、校門を越えた瞬間に元居た場所へと再出現したのだ。まるで瞬間移動でもしたかの様な動きであり、その反応を見るにこの高校の敷地内から出られなくなっている様だった。
「虹、あれ!」
「ちょっと~! マジックショーあるなら教えてよ~!」
「どう見たってマジックショーじゃないよ! あれがマジックだったら世間を騒がすよ!」
「え、じゃあ何あれ?」
「高次元存在が来てるんだよきっと! 多分ここから出られなくして『怒り』と『恐怖』の感情エネルギーを捕食しようとしてるんだよ!」
「じゃあ助けに行かなきゃだね」
「うん、行こう!」
虹は私を連れて教室から出ると階段を下り下駄箱で靴を履き替えると、正面玄関からグラウンドへと向かおうとした。しかし扉から一歩足を踏み出したその瞬間、目の前に見えていた筈のグラウンドの景色が玄関扉のものへと変わった。虹の位置も校舎内へと戻っており、私もまた中へと戻ってしまっていた。
「え……」
「お~今の見た? 急に戻ったね」
「まさか、ここも……?」
「ヒューっ」
虹ははしゃいだ様子で何度も何度も外へと出ようとしたが、その度に何度も何度も中へと戻って来た。彼女の動きに引っ張られる様にして私のエーテル体も動くため、何度も目まぐるしく変わる景色に目が回りそうになった。
「ストーーーーップ!!」
「どしたの急に」
「どしたのじゃないよ!? 何やってるの!?」
「いや~出るタイミング変えれば何か変わるかなって。ほら、ゲームとかでも何回も壁にぶつけたりするじゃない。あんな感じ」
「デバッグのつもりだったの!? 高次元存在ってそういうのじゃないから!」
「シミュレーション仮説って知ってる?」
「知ってるけどあれ信じてたの!? あんなの絶対嘘だよ!」
「でも現実に瑕疵が無いって絶対に言い切れるかな~? ステッキ出して?」
流石にこのままここで立ち止まっている訳にはいかなかったため虹にステッキを渡し変身させる。すると虹は下駄箱の角辺りに肩を擦りつける様な動きをし始めた。
「普通に改変して出ればいいんだよ!? 何でそんな難しい方法取ろうとするのさ!?」
「出れないと思ったからだよ~。じゃあやってみるから循ちゃんちょっと出てみ?」
そう言われて自分だけで外に出ようとすると、玄関を潜った瞬間に私の体は一瞬にして元居た位置へと戻ってしまった。見てみると虹はしっかりとステッキを振るっており、わざと手を抜いているといった感じではなかった。つまり今発生しているこのループ現象は、虹が使う改変能力でも完全に抑えきれないものという事である。
「嘘でしょ……」
「ね~? だから、これがいいんだってば」
虹が再び下駄箱に肩を擦り始めると、丁度索と結も玄関へと駆けつけてきた。どうやらあさひちゃんへのこれ以上の聞き込みは無理だと感じ帰ろうとしたところに騒ぎを聞きつけ、私達と同じ様にやってきたらしい。
「ちょっと何が起きてんのよ!」
「な、何かあったんですか……っ?」
「索、結。実は……」
現在発生しているループ現象についての説明を行うと、結は索を変身させて試しにロープを玄関の外へと投げてみる様に指示を出した。索は言われた通りに外へとロープを投げて飛ばしたが、外へと出た部分から消失し、索の後方から再出現した。そのロープは索の肩にポトンと落ち、この事から玄関扉の下とこの場所が空間的に繋がっている事が分かった。後ろを見てみると索の肩にもたれているロープは空中から突然出現している様に見え、完全に現実的に不自然な状態になっていた。
「なな、何これぇっ……!?」
「……なるほど、ヤバイ状態ね。これ起こしてる奴は?」
「まだ見つけてない。こういう現象が起こってる以上はどこか近くに居るのは間違いないけど……」
「……分かったわ。索、行くよ」
「えっえっ……でも縊木さん……ここは?」
「外はアイツらに任せるわよ。アタシとアンタは中調べる」
「う、うん……」
「循! 外は任せるから!」
「うん! でもまだ出る方法が――」
私がそう言った瞬間、虹が私の腕を掴む。
「来た来た来た来た来たー!」
「えっちょっと!?」
何が来たのかと聞こうとしたその時、私と虹は急に物凄い速度で玄関扉の方へと滑る様に加速し、そのままの勢いで校舎外へと放り出された。先程とは違いループするという事は無く、いつもの様に外へと出る事が出来ていた。
地面に倒れていた虹は体を掃いながら立ち上がり、校舎の方へと振り返る。
「やったぞ! 実験は成功だ! 外に出たーーーーーーっ!!」
「こ、虹! 今のはいったい……!?」
「位相情報をずらしただけだよ~」
「いやっ……そう言われてもよく分からないんだけど……」
「いいかい循クン? ボクは下駄箱に体を擦り続ける事によって位相をずらしたのだよ。つまりあのループ現象が発生しないタイミングの位相だけを導き出したという訳だ。分かるかね?」
虹はその後もあれこれと説明をしてきたが、私には何を言っているのかさっぱり分からなかった。恐らく彼女の中では何らかの理屈が通っているのだろうが、どれだけ時間が掛かっても永遠に理解出来そうにない。恐らく下手に理解しようとすれば頭が痛くなってしまうだろう。
「と、とにかく……虹、この現象を起こしてる個体を倒さないと!」
「はいよ~。でもどこに居るの?」
「それは私にも分からないけど……校舎の中はあの二人が担当してくれてるから私達は外を探そう」
「りょ!」
取りあえず自分達に分かる範囲で校舎の周囲を探して周り、外にある掃除用具入れロッカーや花壇など隠れるのに適しているであろう場所を確認した。しかしどこを探しても怪しい物体などは確認されず、奇妙な生物なども見られなかった。グラウンドでの騒ぎはどんどん大きくなってきており、中にはパニックを起こしている生徒まで居た。
「おかしい……何でどこにも……」
「ん~……これはぁ……中じゃな?」
「だったらあの二人に任せるしかないけど……」
念のためにもしもに備えて捜索を続けようとしたその時、突然校舎の壁に円形状の穴が開き、そこから戦闘装束を身に纏った天道先生が飛び出してきた。赤などの暖色を基調とした装束であり、全体的にふわりとした柔らかい印象を受けるデザインだった。
「わーお治ちゃんじゃーん!」
「わーおこーちゃんだー!」
「天道さん、ど、どうやって出てきたんですか……? 外には出られない筈……」
「そうだね。玄関からは出られないみたいだからこっちから出てきたよ?」
「…………もしかしてループが起きるのは『出入口』だけ?」
「迷路の壁をぶち破るが如き飛び抜けた発想……ククク、流石我が盟友よ……!」
「そういうそちらこそ、如何なる手段を用いたのか知らぬが外に出るとは大したものよククク……!」
ふざけ合っている二人を放っておき壁に開けられた穴を見てみると、ほぼ完全な真円になっている様に見えた。断面部分は強力な熱によって切断されたかの様に僅かに赤みを帯びており、少しだけ煙が上がっていた。その綺麗な形はどことなく空濾木大学で発生した大穴を思わせる形であった。
「……天道さん。ふざけるのは後にしてください。仕掛けてきてるのを見付けないと!」
「おっとそうだね。この辺りはもう探したのかな?」
「そうそう。でも見つからないんだよね~。これはもう索ちゃん結ちゃんの受け持ち責任では?」
「この仕事に受け持ちも何も無いよ! 危険なら皆でやるの!」
「え~でもまた位相ずらすのめんどくさい……」
「いやっだからあそこを通らなきゃいいんだよ!? 話聞いてた!?」
「えっ……カブトガニがザリガニを食べてお茶会をしてたってところまでは聞いてたけど……」
「何その話!? 言ってないしどこから何がどうなってそうなったの!!?」
「ふーん……じゃあここは先生に任せてもらってもいいかな?」
天道先生が手を上げる。
「何か分かったんですか?」
「何となくね。ちょっと探してみるから待ってて」
そう言うと天道先生は校舎に近付くと、片足を上げて足裏を壁へと押し当てた。するとまるで壁が溶けるかの様に足がめり込んでいき、もう片方の足も同じ様にする事によって壁を上へ上へと登っていった。恐らく彼女の受け継いだメインテイナーとしての力は『熱を操る』というものなのかもしれない。それであれば壁を切断したり溶かしたり出来るのにも納得がいく。そしてこれだけ細かいコントロールが出来ているという事は、私が感じていた素質云々の考えは杞憂に過ぎなかったのだろう。
ついには屋上まで登り切った天道先生はそのまま姿を消し、何をしているのだろうかと待っていると、聞いた事も無い奇妙な叫び声と共に金縁の姿見が屋上から放り出される様にして落下してきた。虹はそれがループ現象を引き起こしている原因だと察したのか、素早く落下予測地点へと移動するとステッキを突き上げ、その姿見を真ん中から打ち砕いた。
「決まった……っ!」
「これが原因……?」
地面に砕け散った姿見をよく見てみようと身を屈めると突然破片の姿が変化し、ミニサイズの姿見の形へと姿を変えた。それらは意志を持っているかの様に一斉にバラバラな方向に散らばっていき、あっという間に姿が見えなくなった。
「姿見の忍者じゃん。やはり忍者は実在する」
「別に分身した訳ではなくない!? 多分一時的に逃げるためにああなっただけだよ! 追いかけないと!」
「え~あれ全部追うの? 某番組の探検隊レベルで何も捕まえられないと思うけど」
姿見の姿を追って天道先生が屋上から飛び降りてくる。
「っとと。逃げられちゃった?」
「はい! さっき小さくなってあっちこっちに!」
「そっか。じゃあ面倒だけど行こうか。校舎の中に逃げたのは後回しでもいいだろうし」
「だね~。結ちゃんも索ちゃんも居るし、まあ察してくれるでしょ」
「えぇ……二人への信頼強すぎて逆に無茶振りになってません……?」
「大丈夫だよ。こーちゃんと仲良くしてくれてる子達なんだから、きっと大丈夫」
「何の答えにもなってませんよそれ!?」
「こうして我々は謎の姿見を捕らえるべく、ジャングルの奥地へと向かった……!」
「学校だよ!!」