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第8話:割り切れぬ件

 翌日、天道先生へと詳しい話を聞くために虹は朝早くに家を出た。校門が開く時間ギリギリに到着した虹は上靴に履き替えると、真っ先に職員室へと向かった。丁度教員への朝礼が行わていたらしく、虹はヘラヘラと笑いながら無礼を詫びると一旦廊下へと出た。


「や~~お取り込み中みたいだね」

「早くに来すぎだよ……確かに明日聞いてみようって言ってたけどさ……」

「ほんとはもっと早く聞きたかったんだけどね~。でも早く来すぎても警備呼ばれちゃうかもって思ってさ。これでも遅めにした方なんだよ~?」

「それは早すぎるよ!? ほぼほぼ深夜だよそれは!」


 しばらく待っていると朝礼を終えた天道先生が廊下へと出てきて私達に声を掛けた。その背中にはやはりあさひちゃんが引っ付いており、昨日の様に敵意を孕んだ目つきでこちらを睨みつけていた。


「お~、こーちゃん。どうしたの?」

「治ちゃんに聞きたい事があるんだって~。ねっ循ちゃん?」

「うん。あの、実はあさひちゃんにも聞きたい事があるんです」


 私は背中から睨みつけてきているあさひちゃんと目を合わせて何故彼女を継承者として選んだのかと尋ねた。天道先生はあまりメインテイナーに向いていない人間の様に見え、もし素質が無い彼女にそういった活動をさせ続けるのであれば下手をすれば命にも関わるのだ。

 あさひちゃんは私の問いに答える事は無かったが、代わりに天道先生の耳元へと口を近付けてぼそぼそと何かを喋った。


「ふんふん。えーっと、私に才能があったからだって」

「……本当に? あの、天道さん。今から失礼な事を聞きますけど、いいですか?」

「循ちゃんっ女の人に体重聞いちゃダメでしょっ!!」

「そういう方向性の失礼じゃないよ!! そうじゃなくて……天道さん、貴方の本性ってどっちなんですか?」

「……うん? どういう意味かなめぐちゃん?」

「昨日、貴方が実習生としてここに来た時の振舞いと虹の前での振舞いには明らかな違いがありますよね? 物腰の柔らかい貴方と虹に合わせられる程テンションの高い貴方……どっちが本性なんですか?」

「うーん、どっちがって言われてもね~。先生として振舞わなきゃいけない時はちゃんとしてるってだけだよ?」


 そう言って微笑んだ彼女の顔には嘘をついている様な雰囲気は感じられなかった。よくよく考えてみれば人によって振舞いを変えるというのは何もおかしな事ではない。むしろ、終始誰に対しても似た様なテンションで接する虹の方が世間では異質だろう。彼女の側に居るせいで少し感覚が鈍ってきているのかもしれない。


「……なるほど。じゃあもう一個聞きたいんですが、天道さんとあさひちゃんに共通点ってありますか?」

「治ちゃんもあさひちゃんも可愛いっ!!」

「虹は黙っててこんがらがるから!!」

「共通点かー。それってあった方がいいのかな?」

「いやっそういう訳じゃないんですけど、例えば感情的になりやすいとか……」

「どうだろう? あさひちゃんはむしろ大人しい方だと思うけど」

「天道さんは?」

「私? 私はいつもこんな感じだよー?」


 あさひちゃんに関してはともかくとして、もし彼女が嘘をついていないのであれば、メインテイナーとしての素質が無い可能性が高い。メインテイナーの素質がある人間というのは正負関係無く感情が豊かな人か、あるいは周囲の人の感情を大きく動かせる人である。虹は幼馴染であるためあれだけテンションが上がるのかもしれないが、昨日の学校での振る舞いを見るに天道先生に他者の感情を大きく揺さぶらせるだけの力があるとは思えない。


「あさひちゃん、君はどうして天道さんに継承させたの? お姉ちゃんに教えてくれないかな?」

「……」

「君がメインテイナーだったっていうのは納得出来るんだよ。でも、私には天道さんが向いてるとは思えないの」

「循ちゃん、それは治ちゃんに対するヘイトスピーチでは?」

「そういうのじゃない! メインテイナーは命にも関わる仕事なの! 死んじゃったら私やあさひちゃんみたいになるんだよ!?」


 天道先生はくすりと笑った。


「大丈夫だよめぐちゃん。私は先生だからね。簡単にやられちゃったりしないよ」

「いやっ、でも天道さん……多分知ってるとは思いますけど、本当に危ないんですよ?」

「うん。あさひちゃんから聞いてるよ。まだ戦った事は無いけど、その時はその時だよ」


 そう言うと天道先生は「準備があるから」と職員室へと戻っていった。あさひちゃんは職員室に入る前にこちらを一瞥し、眉をひそめていた。


「も~心配しすぎだよ~。循ちゃんは悪い方に考え過ぎだよ」

「でも虹だって知ってるでしょ? 結と索を見れば向き不向きがあるって……」

「あの二人はセンスあるんじゃないの?」

「あの二人はね……でも天道さんは……」

「まあまあ安心してって循ちゃん~。腰を落ち着かせてよ、ね?」

「……」

「あっあたしが椅子になろうか?」

「物理的な意味で腰を落ち着かせるの!?」


 その後、他の生徒達も次々と登校し、虹とメールをする程の関係になった索も学校へとやって来ていた。念のために結にも天道先生の事を聞いてみると、自分で会ってみないと分からないため確認してみると返された。

 やがて授業が始まり、天道先生は実習生としてずっと授業に参加していた。昨日虹に見せていたあの顔が嘘の様に真面目な教師として振舞っていた。休み時間に生徒達から話しかけられても真面目に冷静に会話を行っており、やはり私の目には彼女を選ぶだけの理由が見えてこなかった。

 4限目にはグラウンドで体育の授業があり、他のクラスとの合同授業が行われる事になった。どうやら虹が通うここの学校ではそういう方針らしい。そのおかげで違和感無く索が天道先生に会う事が可能になり、結は授業中ずっと天道先生の様子を観察していた。


「循……循……」

「結。どう思う?」

「アタシが見た感じだけど、確かにあんまり向いてなさそうね……」

「やっぱりそうだよね……。背中の子見える?」

「気難しそうなガキンチョが見えるわね」

「あの子が前任だったみたいなんだけど、警戒して全然話してくれないんだよね……」

「でしょうね。さっきガッツリ睨まれたし」

「あの子からちゃんと聞ければいいんだけどね……」


 これからどう調べるべきかと話し合おうとしたが、丁度虹が体育教師に呼ばれて所属するハンドボールのチームへと移動させられたため、結と索から離れる事になってしまった。


「循ちゃん心配しすぎだって~」

「うん……杞憂ならそれはそれでいいんだけどね……」


 七人ごとのチームに分かれた虹達はトーナメント方式で試合をしていく事になった。運悪く索とは別のチームになってしまったため、話し合うためにはお互いそこまで勝ち抜かなければならなくなってしまった。虹は運動神経がいい方だとは思うが、私の勝手な偏見では索はあまりこういった授業は得意ではない様に見える。


「虹、結と話したい事あるから出来るだけ勝ってね……!」

「ふふん。まっかせなさいって」


 第一試合が始まり、お互いのチームの力が拮抗しているかの様に入れては入れられという戦況が続いた。虹はやはり運動神経がいい方で、かなり無理な姿勢や位置からでも味方からのパスを受け取り、更に攻撃された時の反応も非常に素早かった。しかし、その代わり決定力が異常な程低く、ゴール前までは行けてもそこから点を取る事は出来ない様子だった。

 試合が終わると虹はグラウンドにバタリと寝転んだ。


「や~疲れた疲れた~」

「凄いね虹」

「かーっ! ちょっと今日調子悪いわ! 調子良ければもっと決めてたんだけどなーっ! かーっ!」

「決定力だけが調子悪くなる事なんてある!?」


 直接点を取る事は出来なかったものの、チームに貢献していた虹はチームメンバーからも評価されており、いつもの様に人気者といった様子だった。少し離れた場所で試合をしていた索の方を見てみると、やはりあまりこういった授業は得意ではないらしく、同じチームのメンバーに必死に謝っており、その後ろでは結が腕を組んで困った様な表情をしていた。

 その後、いくつかの試合を重ね、準決勝まで上り詰めた虹はついに索のチームと相まみえる事になった。索は不安そうにこちらに視線を送り、結はそんな彼女の肩に手を置いて何かを囁いていた。


「っし! 今度こそ一点取るぞ~!」

「いやっもうそれは諦めた方がいいんじゃない……? 虹はゴール決めるの向いてないよ……」


 試合中は生徒達はコート内という決められた範囲内で動くため、お互いがあまり遠くに離れるという事が少ない。そのため私と結は簡単に近付いて会話を行う事が出来た。虹は積極的に攻め、索は自陣のゴール付近に居る事が多いため有り難かった。


「何とかここまで来れたわね……全く世話の掛かる……」

「索、結構頑張ってるみたいだね」

「アンタのとこのはやりすぎだけどね……。それで、アイツと何話せばいいのよ?」

「どうして天道さんを選んだのか、本当の理由が聞きたいんだ。考え過ぎかもしれないけど、あの人には向いてないと思うんだ……」

「……アンタ、何でそこまで気にしてんのよ?」

「何でって……」

「言い方悪いけど、赤の他人じゃないの。仮に死んだとしてもアタシ達みたいな体になるだけだし、関係ないじゃない」

「いやっ、でも無意味に向いてない事して死んだりしたらあの人の人生は何だったのって事になるでしょ……!?」


 世界のためとはいえ結も含めて大勢を巻き込んでしまった私が今更人の命をどうこう言うのはお門違いかもしれないが、それでも放っておく事は出来なかった。ただ私は、納得出来る理由が欲しかったのだ。あさひちゃんが天道先生を選んだ理由を。


「……アイツの知り合いなの?」

「えっ……?」

「日奉虹の知り合いなのって聞いてんの。完全に他人なのにそこまで入れ込むってそれくらいしか考えられないでしょ」

「うん……あの人は虹の幼馴染らしいんだ」


 私は昨夜見た虹と天道先生のやり取りや過去の話について話した。彼女が空濾木うつろぎ大学から来ている可能性があり、そこで起きた陥没事件にあさひちゃんが関わっているかもしれない話もした。


「……なるほどね。そこであの先生とチビッ子は出会ったと」

「あくまで憶測だけど……でも、穴の開き方がちょっと普通じゃなかったんだ。あさひちゃんがやったのか高次元存在がやったのかは分からないけど、でも少なくともそういう関連の事件があったのは間違いないと思う」

「分かったわ。どこまで分かるか何とも言えないけど、アタシの方でも――」


 その瞬間結は目を見開き、頭部を防御する様な動きをした。その直後ボールが彼女の頭をすり抜ける。ボールが飛んできた方を見てみると虹の姿があった。


「……」

「ごめ~ん。大丈夫だった~?」

「……」

「え、えっと大丈夫! 虹はそのまま続けてて!」

「は~い」


 結はあからさまに機嫌を悪くしていたが、競技中という事もあって腹を立てる事もなく黙って見過ごした。


「あの、結……?」

「……大丈夫よ。とにかく、あのチビッ子から話を聞き出せばいいのね?」

「うん。多分私達はがっつり警戒されてるだろうし、大人しい索ちゃんならそこまで警戒されずに近付けるんじゃないかなって」

「そうね……アイツ勉強も運動もダメだけど、性格はいいもんね」

「お願いしてもいい?」

「ええ。アイツにも話通して――」


 真横から私と結を貫く様にしてボールが飛んでいった。結は意識外からの攻撃だったためビクリと体をビクつかせ、ゆっくりと私越しにボールが飛んで来た方向を見た。私も恐る恐るそちらを見てみると、やはりというべきか虹だった。


「や~ごめんごめん~」

「ゴールかアタシはっ!!」

「う~んゴールに入れようとは思ったんだけどね~。もしかしてクイちゃんってゴール属性?」

「何よゴール属性って!? それとユ・イ! 何回やんのよこのくだり!!」

「日奉さ~ん? 誰と話してるの~?」

「ん~何でもないよ~」

「オイコラ分かってんのバカっ!!」

「まあまあ落ち着いて落ち着いて結……後で私から言っとくからさ……」

「言って聞く奴じゃないでしょアイツは!?」


 それはごもっともだったが、他の人の目もある場所であまり虹や索に不自然な言動を行わせる訳にはいかなかった。いくら他人からは私達の姿が見えないと言っても彼女らが変な人だと思われて下手に孤立すれば、感情エネルギーを糧に戦うメインテイナーにとっては不利になる。特に虹の様に他人の感情を動かす事に長けている者にとっては致命的となり得る。いや彼女が変な人だというのは周知の事実らしいが、それでもだ。


「ほら、索も怖がってるから……」

「……ったく。アイツこの程度の事で怖がりすぎなのよ。だからナメられるんだっての」

「まあそれは人それぞれだからさ……」

「……もっとシャキッとしてないと食い物にされるんだっての、こんな場所じゃ」

「……」


 結は結なりに索の事を心配しているのだろう。彼女がここまで気に掛けているという事はそういう事なのだろう。そんな様子を見てか索がこちらに歩いて来た。


「ちょっと索。まだ試合中でしょ。集中しなさいよ」

「う、うん。でも今……た、食べ物がどうこうって……シャキッとしてるって……」

「そういう意味じゃないわよ!! バカ言ってないで真面目にやんなさい!!」

「ひゃいっ!?」

「……索って意外と食い意地張ってるよね……」

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