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第6話:あさひを掛ける

 6月に入り気温は少しずつ上昇し、虹も衣替えをして涼し気な制服になっていた。よく動くタイプの人間であるためか虹はこういった薄着の方が好きらしく、いつも以上に嬉しそうに登校していた。

 学校に着くと担任からある人物が紹介された。どうやら教育実習の先生がやって来たとの事だった。その人物は髪をボブカットにしており、ハキハキとした喋り方で自己紹介を始めた。

 彼女の名前は『天道治美てんとうはるみ』。元々この幽見かすがみ第一高校の卒業生であり、自分も若い人達を導きたいと考え教師の道を志したのだという。その目はやる気に満ちて爛々と輝いており、若さ大爆発といった印象を受けた。

 ホームルームと一限目の授業を終えると、生徒達は天道先生の所に群がり、あれこれと質問攻めにし始めた。


「先生大人気だね~」

「虹はいいの?」

「ん~今はいいかな。先生とはじっくり話したいし~」

「君らしくないね」

「失礼だな~。あたしだって初対面相手には緊張するんだぞっ」

「……それ結と索の前でも言えるの?」


 実際虹は全ての授業が終わるまでの間、天道先生に絡みに行く事は一度も無く、いつもの様子が嘘の様に大人しくしていた。しかし、放課後になり天道先生が職員室へと向かったのを確認すると即座に動き出し、彼女が室内に入る直前に声を掛けた。


「せーんせっ!」

「はい? えーと貴女は……」

「そうですよ~日奉虹です! お久し振りですね!」

「……え!? 嘘!? こーちゃん!?」

「ふふーん! 貴方の恋人、こーちゃんです!」

「わぁこーちゃん! 大きくなったねぇ!」


 天道先生は虹を抱き寄せると頭をわしゃわしゃと撫で始めた。虹は髪が滅茶苦茶になるのも気にしないといった様子で嬉しそうな顔で撫でられていた。どうやらこの二人は知り合い同士らしく、まるで実の姉妹の様にじゃれ合っていた。


「ごめんねこーちゃん。寂しくなかった?」

「いいよいいよ~。出来れば事前に言って欲しかったけどっ!」

「うん……急にお父さんの赴任先が変わっちゃってね……」


 話を聞いていると、天道先生は虹と歳の離れた幼馴染の様な関係だったらしいが、父親の赴任先が遠くになってしまったため離れ離れになってしまったそうだ。当時まだ幼かった先生は引っ越さなければならないという事を伝えられず、何も言えないまま別れてしまったらしい。


「ねぇねぇ治ちゃん! 今日おうち遊びに来てよ!」

「うーん、そうだね。お仕事終わったら行こうかな?」

「ベリィナイスな判断ー! グーよグー!」

「イェー! グー!」


 息ピッタリといった感じでお互いの拳を合わせると先生は手を振って職員室へと入っていった。他に人が居ないのを確認し虹に話しかける。


「虹、天道さんと知り合いだったんだね」

「妬けちゃった?」

「何で!!? そんなポイント無かったじゃん!」

「え、でも循ちゃん今は一つ屋根の下で一緒だし、お風呂もお布団でも一緒でしょ?」

「言い方! そういうあれじゃないよ!」

「じゃあどういうあれなの!? あたしとは遊びだったのっ!!?」

「遊びも何も無いよ!?」

「あたし達は遊ばれた」

「違うって! そもそも『達』って他に誰が居るの!?」


 虹は小さく咳払いする。


「ごめんごめん冗談冗談」

「もう……。それであの人の事だけどね」

「うん?」

「私の事は言わないで欲しいんだ。メインテイナーは極秘裏に活動する仕事だからさ」

「嘘は良くないと思うけどな~」

「いやっ嘘とかじゃなくてね。黙っててくれるだけでいいんだ。とにかく私の事とか結とか索の事は言わないで」

「善処しまーす」


 虹が本当に黙っていてくれるか少し不安ではあったが、私の方から彼女を完全に抑えたりする事は出来ないため彼女を信じるしかなかった。その後、家へと帰った虹は自室で鞄や制服を片付けると、私服に着替えて宿題に取り組み始めた。元々こういったものは普段からしっかりやっているタイプではあったが、今日はいつもよりも解くスピードが速い様に感じた。

 早々に宿題を終えると、虹は本を読んだりして過ごしていたが古い馴染みである先生が来るのが相当楽しみなのか、そわそわと落ち着かない様子だった。


「虹……ちょっとは落ち着いたら?」

「そんな事言われても~~治ちゃんが来てくれるんだよ~~?」

「あの人、天道さんとはどれくらいになるの?」

「うん~? えっとね~最初に会ったのは3歳くらいだったかな? で、5歳の時に引っ越しちゃったんだ~」

「じゃあ二年くらいなんだね」

「うん。いっつも一緒に遊んでくれてたんだ~。お父さんお母さんが忙しい時とかにね~」

「じゃあその時には……」

「うん。二人共生きてたよ~。治ちゃんが行っちゃってから二人も居なくなっちゃったけど」


 幼い当時の彼女にはとんでもないショックだっただろう。仲良くしていた姉の様な存在が居なくなり、更には生みの親である両親までも同時期に失くした。生前の私には両親が居り、家族仲も特に問題は無かったため、当時の彼女がどれほどの絶望に叩き落されたのか想像もつかない。そんな彼女をここまで立派に育てた彼女の祖母は相当な人格者なのだろう。そうでなければ心が壊れてすさんでしまっていただろう。


「……大変だったんだね」

「まあ、お祖母ちゃんと一緒だったしそんなに寂しくはなかったよ~」

「そうなんだ……」

「そーそー」


 虹は漫画を読みながら畳の上に寝転び、ごろんと転がって顔を背けた。寂しくなかったという言葉が本心から来るものなのか、それとも強がりで言っているのかは分からなかったが、恐らくこれ以上聞いたところで彼女が答えないであろう事は分かっていた。

 その後、夜の八時になろうかという時間まで虹の部屋で過ごしていると、チャイムが鳴らされた。虹は凄い勢いで立ち上がるとドタタタッと廊下を走り、勢いよく玄関を開け放った。


「いらっしゃーい!」

「おーう私の可愛い妹よ~! うりうりうり~!」

「きゃー! 食べられちゃう~!」


 天道先生は虹を抱き締め、ぎゅむぎゅむと圧縮する様な動きをしてじゃれ始めた。虹は学校以上のはしゃぎっぷりを見せ、久し振りに合った幼馴染に甘え切っていた。


「よーしゃよしゃよしゃよしゃ!」

「くすぐった~い!」

「靴履いてな~い!?」

「気付くの遅くな~い?」


 そう言い合った二人は揃ってドッと笑い出した。見てみると確かに虹は靴を履いておらず、靴下のまま土間へと降りたらしかった。それほど楽しみにしていたのだろうが、それをお互い全く気にしていないのを見るにかなり似通った性格をしているのが窺えた。あるいは虹が天道先生の影響を多分に受けているのだろう。


「靴下脱ぎ脱ぎしましょうね~?」

「や~んエッチ~!」

「コラコラ今のこーちゃんが言ったら洒落にならんでしょ」

「へへっ違ェねェ!」


 虹は廊下へと腰掛けて足を伸ばし靴下を脱がせてもらい始めた。彼女がここまで他人に甘えているというのは今まで見なかったため、やはり内心は寂しかったのだろうと感じる。

 靴下を脱がせ終えた天道先生は靴下を持ったまま家へと上がる。


「こんにちは。洗濯機どこかな?」

「ああ、それでしたらあっちに……」

「ありがとー」


 天道先生が洗面所へと向かってからふと気が付く。


「あ、あれっ!?」

「循ちゃんどうしたの~?」

「い、今あの人私の事が見えてた!!」

「あ~そういえばそうだね~」

「ま、まさかあの人……」

「何何~?」

「ちょっと立って虹! 先生の方に行って!」

「しょうがないな~」


 立ち上がった虹と共に洗面所へと行くと天道先生が洗濯機の周りをキョロキョロと見ていた。


「治ちゃーん」

「あっ、こーちゃん。洗剤ってどこに置いてあるの?」

「えーとね――」

「いやいやっ! ちょっと虹! 趣旨忘れないで趣旨!」

「おっとっと。ねぇねぇ治ちゃん。もしかして循ちゃんの事見えてる?」

「めぐるちゃん? その横に居る子の事?」

「お~。見えてるって」


 完全に彼女と目が合っていた。偶然こちらに目線が向いているという感じではなく、しっかりと意識して見ている目だった。


「あ、あの……もしかして天道さんも?」

「あ~えっと、何だっけ? メイン回路? メンテナンス?」

「メインテイナーです!」

「あ~そうだそうだメインテイナー。うん。私も同じだよ」

「わお! これって運命じゃな~い? メインテイナー同士は引かれ合うって感じ?」

「こーちゃん、貴女の事が好き!」

「俺もだゼ、治ちゃん……」

「今いいからそういうの!!」


 居間へと移動した私達は彼女が如何にしてメインテイナーになったのかを教えてもらった。どうやら彼女は大学に入った初日の夜にメインテイナーになったらしい。彼女の先代は大学初日で浮かれている大学生達の感情エネルギーを感知して現れた高次元存在と戦い、相打ちという形で命を落としたそうだ。そして偶然その近くに居た彼女に適性があったため継承したとの事だった。

 天道先生が出てくる様に声を発すると彼女の背後から先人だったであろう少女が姿を現した。見たところまだ小学生くらいに見え、継承相手である天道先生の背中にしがみついて隠れる様にしてこちらの様子を窺っていた。


「あらかわいい」

「その子が天道さんのサポーターなんですか……?」

「うん。ほら、大丈夫だよ。ご挨拶して?」

「…………東雲しののめ……あさひ」

「あさひちゃんか~。燦燦さんさんな名前だね! あさひだけに!」

「……っ」

「ちょっと虹、怖がってるじゃん……。ごめんねあさひちゃん。私もあさひちゃんと同じなんだ。メインテイナーとして戦ってたの」


 あさひちゃんは天道先生の背中に隠れたまま警戒心剥き出しの視線をこちらに向けていた。相当人見知りするタイプなのかもしれない。しかしこんな小さい子にも任せなければならない程、メインテイナーとしての適性がある人は減っているのだろうか。


「もしかしたらこれから先こーちゃんやめぐちゃんと一緒に戦う日も来るかもね?」

「ねっ。見せちゃおうね! あたしと治ちゃんの最高コンビを!」

「いいねぇ~! イエーイ!」

「イエーイ!」


 二人は向かい合っている状態で腕や拳をぶつけ合った。恐らく二人の間だけで通じるやり取りなのだろう。息が合っていなければ上手く出来ないであろう動きだった。

 どんな戦いがあったのか、どれほど危険な相手だったのかをあさひちゃんに聞いてみたかったが、私や虹を背中越しに睨み続けていたため下手に話しかけない様にした。恐らく今彼女が心を開いているのは天道先生だけなのだろう。彼女からすれば私達は急に現れた信頼の置けない人間と言える。


「治ちゃん治ちゃん! ご飯食べようご飯!」

「まだ食べてなかったの?」

「治ちゃんと一緒が良かったんだよ~!」

「こんの~かぁいい奴めぇ! うりうりうり~!」

「きゃー! ハハハハ!」


 二人共大はしゃぎしながら台所へと向かうために廊下へと出た。虹と天道先生が絡んでいる間、先生の背後では相変わらずあさひちゃんが睨み続けており、よく見ると口元が小さく動いていた。


「……あー虹?」

「おっ何々循ちゃん? 妬けちゃった?」

「だから何でそうなるの!? い、いやっまぁある意味妬けてるっちゃ妬けてるのかな……?」

「もー! めぐちゃんもかぁいいなぁ!!」

「ほら循ちゃんここ、ここの間においでよ~。こっちからじゃ触れないから自分で来てくれなきゃ」

「私はいいよ!! そ、そうじゃなくってさぁ……」


 チラッとあさひちゃんを見てみると更に力強く睨んでいた。


「その……色々まずいんだよ……」

「何がまずいの?」

「いやっその……もう!」


 下手に説明するのもまずいと感じ、仕方がないため無理矢理虹の腕を掴んで引き離す。


「あら~やっぱり循ちゃんってそっち系の……」

「ち、違うってば!! 虹は私をどういうキャラにしたいの!?」

「え~でもこうやって引っ張ったじゃん。や~ん、だ・い・た・ん♪」

「ちょっとやめてよほんとに! どんだけそのイジり方好きなの!?」


 私達のやり取りを見ていた天道先生が口を開く。


「あ~なるほどなるほど」

「おっ? どしたの治ちゃん?」

「いや~めぐちゃん大丈夫だよ~。勘違いだって~」

「え?」

「あさひちゃんの事でしょ? ちょっと目つきが悪いだけで悪い子じゃないよ?」

「い、いえその……何かを伝えようとしてると言いましょうかー……」

「うーん?」


 背中にしがみついているあさひちゃんの方を覗く。


「あーこれ? 『好き好き好き好き』って言ってるんだよ」

「絶対違いますよ雰囲気的に!!? 仮にそうだとしてもそれはそれで怖いです!!」

「循ちゃ~ん。好き好き好き好き好き――」

「何で今真似しようと思ったの!!?」


 明らかな嘘だったが、必要以上に天道先生に絡むとますますあさひちゃんの機嫌を損ねると考え、これ以上は迂闊な事はしない様にした。


「いやいや本当だよ? いっつもあさひちゃん好き好き言ってるし」


 あさひちゃんが更に体を隠しながら睨む。


「も、もうそういう事でいいですはい……」

「循ちゃんも言ってくれてるよね~?」

「言ってないよ!! 何捏造してるの!?」

「そんなっ! あ、あたしとは遊びだったのねっ……!!」

「またこのくだり!?」

「大丈夫だよハニィー……私が居るから……!」

「治ちゃんっ……!」

「いつのドラマこれ!!?」


 虹との悪ふざけに乗るために天道先生が近寄って来たその時、一瞬だったがあさひちゃんの囁く様な声が聞こえた。


「死ね死ね死ね死ね死ね……」

「聞こえちゃったよ……っ!!」


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