第5話:酔霧の千鳥
結、索とのこじれた関係を上手く修復出来てから数日後、私達が住むこの町内で祭りが開かれる事となった。もうすぐ夏に入ろうかという季節であり、祭りをするには少し早い様な気もするが、昔から伝統的に行われてきた祭りという事もあって、これが当たり前となっていた。
虹は楽しい祭りがあるという事もあってか、朝からいつも以上に上機嫌であり、出店で色々買うために食事まで抜いている始末だった。幸い休日であったため食事を抜いても体力的には問題なかった様だが、何度もしつこく鳴る彼女の空きっ腹には少し辟易した。
着物を箪笥の上段から引っ張り出した虹はドタドタと自室へと持ち込み、姿見を頼りに身に纏い始めた。
「祭りだ祭りだ!!」
「そうだね」
「も~テンション低いなぁ循ちゃんは~。そんなんじゃ祭りが逃げちゃうよ!!」
「逃げないよ……君がテンション高過ぎるだけだって……」
「でもテンアゲでGOしないとフゥェステバルに失礼っしょ!!」
「今度は何の真似なの!? 急にギャル要素出してこないでよ!」
「オケ丸水産~。でもジョーク抜きにフェーステバルに臨むにはテンション上げ寄りの上げでいかなきゃじゃん?」
「普通に静かに楽しむのもありだと思うんだけど……いやっていうかさっきからその『フェーステバル』とかいう発音何!? 何でそれだけ発音変なの!?」
「気にしな~い気にしな~い」
虹は普段からやり慣れているかの様に手早く着替えを済ませると、今度は髪を結び始めた。いつもであれば複数のゴムで滅茶苦茶に結ぶ筈だが、今回は綺麗なポニーテールの形に結んでいた。そのせいか、いつもふざけ倒している彼女からは想像も出来ない程、淑やかな和風美人という印象を受けた。もちろん、見た目だけの話である。言動も含めて見れば、結局いつもの彼女と何ら変わりない。
「完成完成~! そんじゃ行きますか~」
「ちょっと待って虹」
「何? 悪いんだけど循ちゃん用の着物は持ってなくて……」
「そんな事じゃないよ! 私エーテル体だからそもそも着れないし! そうじゃなくてね……」
私は、この祭りの最中気を払っておく様にと伝えた。
祭りという行事では複数の人間が一ヶ所に集まる。当然普段は行われない行事であるため、人々の感情が大きく動きやすくなる。私達メインテイナーにとって力を出しやすい場所にはなるがその反面、その感情エネルギーを糧とする高次元存在が攻めてくる場所にも成り得るのだ。どんな力を持った存在が攻めてくるのか分からない以上、常に気を張っておかなければならない。
「あのカニさんみたいなのがまた来るかもって事だよね?」
「別に蟹の形とは限らないけどね。中には人間に擬態してる様なのも居るから気をつけないと」
「オ~ケ~オ~ケ~。あたしに任せなさいな~」
ヘラヘラと笑いながら家を出た虹は下駄を踏み鳴らしながら祭りが開かれている神社周辺へと歩みを進めた。
「君、下駄持ってたんだね」
「うん。いい音鳴るでしょ?」
「うん。ていうか、さ……」
カランコロンと音が鳴る。
「歯の部分一本しかなくない!?」
「え、それが何」
「いやいやっ……歩きにくくないの!? これ多分修行用というか、そういう時に使う奴で普段使いする物じゃないと思うんだけど……」
「甘いっ! 甘いよ循ちゃんっ! 人生は修行なんだよっ!!!」
「普段は普通の靴履いてる人が言っても説得力無いよ!!」
彼女が履いているその下駄は下にある歯の部分が一つしかない物だったのだ。当然だがバランスを取るだけでも難しい代物であり、何となくだが天狗などが履いているイメージがある。普段彼女がこういった物を履いている姿は一度も見た事が無い。それにも関わらず、まるで履き慣れているかの様に真っ直ぐに歩けていた。
やがて祭りが開かれている神社周辺に行くと、人々の喧騒があった。そこら中に立ち並んでいる屋台には様々な商品が並んでおり、中には祭りでしか見ない様な商品の姿もあった。
「う~ん……マーベラスなスメルですねぇ~」
「虹、さっきも言ったけど遊ぶのはいいけど注意はしといてね?」
「分かってる分かってる~。ふふー何食べよっかなぁ~」
虹はニコニコと笑いながら様々な屋台へと周り、一つずつ商品を買っていった。一つ食べ終わればまたすぐに次を買うといったやり方をしていたため、彼女の両手は常に何かで塞がれているといった様子だった。頬をもぐもぐと動かしながら嬉しそうに笑う彼女のその顔は、普段の彼女を知らなければとても愛らしく見えただろう。
「循ちゃんも食べる?」
「いやっ私は無理だって。前にも言ったけど、基本的に私から物に触ったりは出来ないんだよ。触れても君くらいだよ」
「じゃ~食べさせ合いっこは出来ないのか~」
「別に私でやらなくてもいいでしょ……ほら、君って友達多いでしょ?」
「あたしは循ちゃんとがいいんだけどな~」
彼女のその言葉を聞き、余計な事を言ってしまっただろうかと少し後悔した。よくよく考えてみれば、彼女がこういった行事に一人で行くというのが少し妙だったのだ。誰かを誘えばいい筈だというのに、わざわざ誰も誘わずに私と二人で向かったのだ。あれだけ人気者の筈なのに。
何とか話題を変えようと考えを巡らせていると、神社の方から騒ぎ声が聞こえてきた。虹も気が付いたらしく同じ方に視線を向ける。何やら鳥居の向こう側で薄桃色の霧らしきものが漂っており、その向こうから歓声やら怒号やら泣き声やらが響いてきていた。
「皆アゲアゲだね~」
「呑気な事言ってる場合じゃないよ! 多分、何かが仕掛けてきてるんだよ! ほら立って!」
「あたしがまだ食ってる途中でしょーがーー!」
「いいよそのくだりはもう! 結と索の時見たよ!」
虹の腕を引き、何とか立ち上がらせると観念したのか渋々といった様子で神社の方へと駆け出した。彼女の傍で浮遊しながら現場へと着いてみると、鳥居の向こうではやはり霧の様なものが掛かっており、その霧の中では大笑いする人や殴り合いをする人、嘔吐している人などで無茶苦茶な状態になっていた。そしてそんな境内の中心には背中に瓢箪の様な物を背負った鳥の姿があった。
その鳥は人間と同じくらいの大きさがあった。頭部及び背中は薄茶色をしており腹部や首回りは白色という色味をしていた。紐の様な物は確認出来ず、どのようにして背中の瓢箪を背負っているのかは不明だったが、いずれにしてもそれが異常な存在である事に変わりは無かった。
「虹! あれだよ! あれがやってるんだ!」
「かわいい鳥さんだね~。チッチッチッ……」
「何手懐けようとしてるの!? いいからほらステッキ!」
「は~い」
私からステッキを受け取った虹は神下ろしの舞踊を踊り、あのカラフルな戦闘装束へと変身した。それ見てか瓢箪鳥はチーッチーッと甲高い鳴き声を発し始め、先程までは境内で止まっていた薄桃色の霧が鳥居の外へと漏れ出し始めた。
「うん……?」
「まずいよ虹! 下がって!」
「う、ん……」
虹は急に大人しくなり、フラフラっとよろめいたかと思うと尻餅をついた。瞼が少し降りてきており、顔は少し赤くなっている様に見えた。何度も立ち上がろうとしていたが、力が上手く入らないのか結局その場から動けなくなってしまった。
「ちょ、ちょっと虹!? どうしたの!? 大丈夫!?」
「あ……れ……あた、し……足ヒレなんか付けてたっけ……?」
「足ヒレ!? いやっ何言ってるの! しっかりして!」
「あ~~……循ちゃんダメだよ~分身しちゃあ……」
「してないよ!? ほんとにどうしちゃったの!?」
いつも以上に会話が噛み合わなくなり、どうすればいいのかと困惑していると、突然目の前に誰かが飛び出してきた。小柄のその彼女の雰囲気には覚えがあった。
「……索?」
「なな、何か大変な事になっちゃってるみたいで! そ、それでえとえと……っ! えーと……」
「アタシらがやりに来たんでしょ」
索にロープを手渡しながら結が姿を現す。
「結!」
「全く無様なもんね。あんだけ人の事を振り回しといて、この程度で手も足も出なくなるなんて」
「はれ~……ゆいひゃんら~……あは、へへへ……変な顔~」
「アンタほんっとムカつくわねぇ……!」
「結、多分あれは……」
「ええ。アイツも別の世界から来た奴でしょうね。前に一回だけ会った事があるわ」
「見た事あるの?」
「……逃げられたけどね」
結によると、生前彼女がメインテイナーとして活動していた頃に一度あれと遭遇した事があったらしい。その時も今回の様に祭りの会場に現れ、その超常的な力を振るっていたそうだ。当時まだメインテイナーとしては未熟だった結は猛攻虚しく取り逃してしまった。
「アイツが瓢箪から出してるのはアルコールによく似た霧よ。あれを吸えば、そんな風になる……」
「酔っ払うだけ……?」
「あんまり舐めない方がいいわよ。酔いは判断力を鈍らせる。普段抑え込んでる感情の抑えが利きにくくなる。それをアイツは食らうの」
結の言う通り、その鳥は地面の上を素早く移動しながら人々の傍へと行くと、地面を嘴で突き、すぐまた別の人物の所へと行くという動きを繰り返していた。酔いに呑まれた彼らが放出している感情エネルギーを啄んでいるのだろう。もしこのまま捕食行動が続けば。あの鳥の力は増幅していき、更に霧の効果範囲が広まるだろう。もしそうなれば、この世界はあれにとっての都合のいい餌場へと成り果てるだろう。
「ど、どうすればいいの縊木さん……っ!」
「どうこうも無いでしょ。アイツを捕まえんのよ!」
「で、でもどうやってぇ……!?」
「霧に触れない様にやりなさい。大丈夫、アンタなら出来る……あの時のアタシと違って、アンタは……やれば出来る子なんだから……!」
「う、うん……! やれば出来るっ……やれば出来るっ……」
「循!」
「な、何!?」
「アタシと索がアイツを何とかしてみる! でも、もしもって事がある! 念のためにそいつ起こしといてよ!」
「お、起こすって……!?」
索がロープを振るい、鳥が天へと飛び立った。その隙に私は虹の両脇に手を通してその場から引き摺る様にして引き離した。もし彼女と私が継承者としての関係性になければ触る事も出来なかっただろう。
酔いを醒ます方法など飲酒の経験が無いため分からなかったが、何となくの知識で取りあえず水を飲ませてみる事にした。幸いにも飲み水は無料で提供されており、探し回る必要などなかった。
「ほら虹起きて!」
「う~ん……ドラム缶はカートリッジじゃないよ~……」
「何の夢なの!? ほら水! そこにあるから!」
「ぷっ! あははははは!!」
「な、何……?」
「コップ白~~い!」
「そりゃ白いだろうね紙コップだもん!! いやっそれはいいから早く起きてほらっ……!」
無理矢理引っ張り起こすと近くの机にぐでっともたれる様にしてまたスヤスヤと寝息を立て始めた。
「ちょっと起きてって!」
「えー……でもカレーって飲み物だし~……」
「食いしん坊の発想はいいよ今は! ほら、そこ! お水!!」
「んあ~~……?」
虹は覚束ない手つきでコップを掴もうとしたが、上手くいかずコップを引っ繰り返して机の上を水浸しにしてしまう。そして机上に零れた水が顔の近くまで伝って来たのを見ると舌を出し犬の様にちびちびと舐め始めた。
「ベリ~ナイスなお味ですねぇ……シェフを呼べぇーー!!」
「水にシェフも何も無いよ! あーもうどうすれば……」
その時私の目に給水機が映った。当然エーテル体である私には触る事も出来ない代物ではあったが、虹の体に触る事は出来るため、やり方次第では上手くいくかもしれないと浮かんだ。
「行くよ虹!」
「やぁんエッチ~」
「やめてよもう!!」
再び脇に手を通すと給水機の傍まで引き摺って行き放水口を咥えさせると、虹の手を動かしてハンドルを握らせた。
「虹! 虹! お水! 行くよ!?」
「んえほああんうえあ~……?」
「……溺れないでよ!」
ハンドルを握らせた虹の手をグッと動かし、給水機内部の水を放出させる。なるべく出すぎない様に加減をしたおかげが、虹は目を瞑ったままぎゅむぎゅむと飲み続けていた。しかし、流石に口に入れられる量に限界が来たのか、口から水を撒き散らしながらむせ込んだ。
「ゲホゲホッ!」
「ご、ごめん。大丈夫?」
「オエーッ! ウエッ! オエーーッ!」
「え、あの……」
「オウッ! オウエーーーーーッ!!」
「いやっもう大丈夫でしょ!? わざとやってない!?」
「……バレたか~」
虹は口元を拭うと目をパチクリさせた。
「も~循ちゃんは強引だな~。あたしは有名アクション俳優じゃないんだよ~?」
「な、何の話か分からないけど……目は覚めた?」
「んっ、もうばっちり。見てホラこのビューティフルアイズ。ね?」
「う、うん。そうだねビューティフルだね。じゃあほら、行こう」
「中華を食べに? さっきも言ったけどあたし有名アク――」
「結と索を助けにだよ!! さっきから何なのそのボケ!?」
「冗談冗談~じゃあ行こうか~」
虹はいつの間にか手放していたステッキを瞬時に手元へテレポートさせると神社の方へと駆け出した。虹に付いていってみると、二人の姿はいつの間にか無くなっており、境内に立ち込めていた霧も晴れていた。先程まで泥酔状態になっていた人々も酔いから醒めており、瓢箪鳥の力が一時的に消えている様子だった。
「あれ……二人共どこに……?」
「何か鳥みたいなの居なくなっちゃったね~。チッチッチッ……」
「だからあれは高次元存在であって、普通の鳥じゃないんだって! そうやって呼んでも――」
「ひっ日奉さーーーーーーーーんっ……!!」
私の言葉を遮る様に聞こえてきたのは索の声だった。上を見上げてみると暗くなり始めている空にあの瓢箪鳥が飛んでいた。その体にはロープがしっかりと巻き付けられており、索は鳥に引っ張り回されていた。
「お~あれが鳥人間コンテストか~~」
「そんな訳ないでしょ!!? 結ーーー! 大丈夫なのーー!?」
「今からそっちに任せるからーー!! 後はアンタらが何とかしなさーーいっ!!」
結が索に何やら耳打ちすると、索は空中で踏ん張る様にしてロープを振るうと縛っていた瓢箪鳥をこちらに向かって投げ飛ばしてきた。
「えっちょちょちょっ……!?」
「平気平気。あたしに任せてよ~っと」
虹は自分の足元にステッキを振るったかと思うと、地面を蹴って凄まじい勢いで上空へと飛び立った。彼女と一心同体と言ってもよく、あまり遠くまで離れられない私まで一緒に射出され、やがて虹は空中で瓢箪にしがみつくとその口の部分に自らの口を付けて中身を飲み始めた。
「な、何やってるの!?」
「ぷへぇっ……ま~ちょっと待っへなはいよ~」
「もう酔ってるーー!?」
ひとしきり中身を飲んだ虹はステッキを下へと振るった。すると瓢箪鳥は突如コントロールを失い、地面へと真っ逆さまに落下し始めた。虹は激突する前にその背中から飛び降り、空中でクルクルと回転するとまるで体操選手の様に綺麗に着地した。
「う~ん……これはぁ百点でしょうなぁ~」
「び、びっくりしたぁ……」
境内に落下した瓢箪鳥の方を見てみると、落下の衝撃で翼が折れてしまっているらしかった。少し奥に見える神社の屋根には索と結の姿があり、どうやら二人は無事に戻ってくる事が出来た様だ。
「こ、虹! 早くやっつけないと! 逃がさないで!」
「うぃ~」
虹は体を左右にフラフラと揺らしながら鳥の方へと近付いていく。瓢箪鳥は飛べない事を察したのか、その素早い足で逃げ出した。しかし、虹の体がゆらりと揺らめいたかと思うと、私ごと凄まじい速さで逃げ道を塞ぐ様に移動し、片足を上げた奇妙な構えを取った。
それは一瞬の事だった。瓢箪鳥が別の方へと逃げ出す前に虹の拳による連撃が繰り出され、最後に体を捻って全身を回転させながら飛び込む様な頭突きを放った。
それが致命傷となったのか瓢箪鳥は塵の様に霧散しながら消滅し、地面に倒れた虹は体を回転させる様にして遠心力で起き上がった。
「およ? もう終わり?」
「う、うん。凄いね虹……何かやってたの?」
「え~何が~?」
「いやっ、今さ、何かこう……拳法みたいなの使ってたじゃない?」
「何もやった事ないよ~。ちょっと真似してみただけ~」
「そ、そうなんだ……」
ただ真似しただけであそこまでの動きが出来るものなのだろうか。もちろんメインテイナーとしての力である現実改変を使ったのは間違いない。しかしそうだとしても、何の経験も無いのにあれだけの事が出来るというのは驚きだった。彼女が持つ天賦の才なのだろうか、それとも改変能力によって拳が当たる事が確定していたのだろうか。あくまでサポートしか出来ない私にはあまりにも計り知れなかった。
もう脅威は無いだろうと虹の変身を解除すると、同じく変身を解除された索が神社の方から駆けてきた。虹とは違い普通の私服を着ている彼女はこの四人の中では逆に浮いている様に見えた。他の人からも私達が見えているのであれば、むしろ私と結が一番浮いて見えるのだろう。死亡した当時の戦闘装束のままの姿をしているのだから、場違いなコスプレ集団に見えてしまう筈だ。
「だ、大丈夫でしたかっ……!?」
「うん~平気平気~」
「全く……相変わらずとんでもない事するのねアンタって……」
「へっ……俺に惚れると火傷するゼ?」
「しないわよ!!」
「あはは……えっと結、ありがとう」
「ん。まあ放っとくワケにはいかなかったしね。貸し借りは無しよ」
「うん」
「あ、あのあのっ……! ひ、日奉さんって、この後、お時間ありますか……?」
「うん? あり寄りのありだよ~」
「じゃ、じゃあっ……」
索からされた提案は一緒に色んな所を周って欲しいというものだった。このメンバーの中では食事を摂れるのは虹と索だけであり、一人であれこれ食べて周るのは少し寂しいと感じていたらしい。それを聞き、こうして誘ってきた事から彼女もまた他に一緒に祭りに誘える様な相手が居ないのだろうと感じた。しかし、そのせいでますます虹の事が分からなくなった。あれだけ学校では人気者だというのに、何故誰かを誘うという事をしないのだろうか。彼女が誘えば少なくとも一人は簡単に捕まえられそうなものなのだが。
もちろんそんな私の疑問を問い掛ける訳にもいかず、私と結は二人が祭りを楽しむ様子を後ろから見守る事にした。一緒に遊べる体であれば同じものを食べたり同じもので遊んだりも出来たのだろうが、今の私達ではこのくらいしか出来ないのだ。
型抜きで遊び始めた二人を見ていると結が口を開いた。
「ねぇ」
「何?」
「アンタ、アイツの事どう思ってんの?」
「どうって?」
「……アタシはさ、あの人の事……愛してた。性別だとかそんなもの全部無視出来るくらい愛してた」
「それは……」
「別に今更謝れなんて言わない。もうどうしたって戻って来ないんだし、そこはアタシも分かってる。でもさ、ほんとにあの人の事、好きで良かったのかなって思ったのよ」
「……何で?」
「好きだったから、愛してたから、アンタの事が許せなかった。あの人の幻影に囚われてた。もし好きにならなかったら、あんな想いしなくて済んだんじゃないかってさ……」
彼女が先人であるあの人とどれほどの関係だったのかは私には分からない。だが、少なくともこれだけ愛される程の人だったというのは事実なのだろう。
「そう思ったら、アタシ、アイツとどう向き合ったらいいんだろうって……」
「索の事?」
「ええ。アイツ、凄い自己評価が低い子でね。何か……昔のアタシに似てんのよ」
「意外だね。結もそういう時あったんだ?」
「アンタちょっと失礼な事言ってない? まぁそれでさ……そんなアイツの事、後継者にした手前、見捨てられないっていうか……」
「好きになっちゃったの?」
「……あくまでライクよライク。ラブはあの人だけ。ただ、何かさ……まるであの時のあの人とアタシの関係性に似てる気がしてさ……。もし、もしあの子が死んだら、今度はアタシが消える番になる。そうなったらもしかしたらってね……」
結は索が以前の自分の様に憎しみに囚われた存在になってしまうのではないかと考えているのだろう。
「……どうかな」
「あの子に限って有り得ないって思いたいんだけど、自分があんなになった手前、完全に無いとは言い切れないのよね……」
「その時は多分、また何とかなるよ」
「言い切れる?」
「だって、あの時は虹が助けてくれたじゃない。もし私達が消えちゃっても、あの子が次の子に正しく引き継いでくれると思うよ」
「……随分と買ってるのね、アイツの事」
「まぁね」
虹が齧り付くかの様に型抜きにのめり込んでいるため、そろそろやめさせた方がいいだろうと思い、結と共に二人へと近寄る。
「虹~そろそろ諦めた方が――」
その時、バキッ! という音が響き、虹が机に頭を打ち付けていた。
「何してるの!!?」
「ふっふっふっ……これでも型抜きは割れる……!」
「アンタルール分かってる!? 粉々になってんじゃないのよ!!」
「わぁっ……! す、凄いです日奉さんっ……!」
「アンタは全肯定マシーンかっ!!」
「ワシが育てた……」
「虹! 索に悪影響だから変な事教えないで!?」
虹と索は楽しそうに笑っていた。