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第29話:ならざる者

「この無礼ナメるな食らえッー!」


 虹のどこまでもマイペースな態度に我慢の限界に達したのか、キミアは感情を爆発させながら勢いよく身を低くし、足元の砂を掬うようにして手に抑えめてこちらに投げつけてきた。虹はそれをそれを軽く避け、索は腕で顔を覆う様にして防御した。しかしその砂粒はそれを想定していたかのように不自然に上空へと舞い上がり、明らかに異常な軌道を描きながら索の腕の隙間から顔をぶつかった。


「痛っ……!」

「索さん大丈夫ですか!?」

「お嬢様、目の前の相手に集中してください」


 先程キミアからルルカと呼ばれていたサポーターの少女は、キミアの後ろに隠れるようにしてこちらの賞素を窺っていた。好戦的なキミアとは異なり、今のこの現状に満足しているという様子ではなさそうだった。


「砂遊びしたいの公安ちゃんは?」

「……あなたが何者なのかは知ってる。日奉虹……いつまでしらばっくれるつもり?」

「さっきから何が言いたいの君は?」


 キミアはふぅっと息を吐くと、勢いよく地面を踏みこちらへと駆け寄ってくる。動けなくなっている索の代わりに雛菊と魔箕が間に割って入ったものの、彼女が作り出した水の壁は一瞬にして形を崩し、私達の方へと雪崩れる様にしてぶつかってきた。更にそのまま私と虹、雛菊、魔箕は水で出来た球体の中に取り込まれてしまった。


「こーちゃんっ……!」

「水を操るのがそいつの力? それだけ分かれば十分。これであなた達全員の力が分かった。やり方も完璧に計算出来た」


 先程も索のロープが操られる様にして家を破壊した。天道先生のボールは私達を狙う様にして家の中へと返って来た。そして今、雛菊の作り出した水の壁を崩して操っている。魔箕であればこれほどの複雑な操作が出来るだろうが、雛菊には難しいだろう。やはりこの現象を起こしているのはキミアの力なのかもしれない。


「溺れる! 助けて!」

「ふっ、あなたでも溺れるなんてこと……え?」

「ホント溺れる!」


 水の壁がぶつかった瞬間にでも変身していたのか、いつの間にか虹は戦闘装束に身を包んでいた。そして改変能力を使用しているのか、水中であるにもかかわらず普通に喋っていた。


「溺れる! キミアちゃんのセンスに溺れる!」

「は……?」


 虹のステッキの一振りで水球が解除される。


「もー、水も滴るいい女じゃんこれじゃあさぁ~。また惚れさせちゃうじゃん、私の美貌にさ?」

「こーちゃん! 霊界堂さん! 大丈夫!?」

「もちだよ治ちゃん。公安ちゃんってもしかして、濡れ着衣に興奮しちゃう系?」

「……現夢循、あなたがこいつにこの力を?」

「……まあ、うん」


 キミアの表情には焦りの様なものが見られた。しかしそれが何から来る焦りなのかが分からない。単に改変能力を恐れているだけなのか、それとも虹がそれを行使可能だという点への反応なのか、そこまでが見えてこない。


「うぅ……縊木さん、何とか見えてきた……」

「ならやるわよ索ッ!」

「うんっ……!」


 何とか目が開けられるようになったらしい索は、結の指示を受けて私達の背後から回り込ませるようにしてロープを伸ばした。異常な力によって操作されているそれはキミアの体へと巻き付き、その動きを抑え込んだ。


「く、縊木さん、どうしようここからっ……?」

「……誰でもいい。アイツを殺しなさい。話が通じる相手じゃない」

「うっそ結ちゃんマジィ!? 拘束プレイからの命を獲るって……SMにしてもそれはちょっと過激が過ぎない?」

「索の教育に悪いから黙ってなさいアンタは!!」


 そうして拘束されてたキミアへ天道先生が語り掛ける。


「公安さん。どうしてこーちゃんの事を襲おうって思ったの?」

「先生、あなたには本来関係無いことなんです。わたしはそこの日奉虹だけ始末出来ればそれでいい。どいてください」

「どけないよ。先生にとってこーちゃんも公安さんも、大切な生徒だから」

「そーだぞ! 私にとっても公安ちゃんは大事なクラスメイトだぞ!」

「いやっ虹は黙ってて刺激しないで!?」


 キミアは拘束された体勢のままルルカと呼ばれた少女に視線を向ける。


「屡々加、教えてあげたら? 元はと言えばあなたが見つけた事なんでしょ?」

「ね、ねぇキミアちゃん……やっぱりこんなの良くないよ……」

「屡々加屡々加屡々加ルルカるるかぁ!! あなたがぁ! わたしに! 託したのよねぇ!!?」

「ひっ……あぅ、そ、そうだけど……」

「ルルカァ!! 初めましてぇ!! 私ぃ! 日奉虹でぇす!!」

「あ、は、初めまして……」

「虹が混ざるとややこしくなるでしょ!? そっちはそっちでどういう立ち位置!?」


 キミアは露骨にイライラした様子でこちらに視線を戻すと、少しだけ身じろぎをする。すると彼女の体を拘束していた索のロープが独りでに動き出し、キミアの体を拘束から解放してしまった。しかし力が失われてそうなったという訳ではなく、ロープは意思を持っているかのように空中でうねうねと動いていた。


「あ、あれ!? またっ……!」

「クソ、どうなってんのよこれ……!」

「え、何それ笛で蛇操るアレ? 公安ちゃんもそれ出来るの?」

「もうふざけてる場合じゃないよ虹! 皆、備えて!」


 キミアは空中で自身の腕をしならせる様にして動かす。それを合図にするかのようにロープは動き出し、縦に叩きつけるかのようにこちらに向かって振り下ろされた。幸いこちらに完全に到達する前に雛菊の水流と天道先生のボールによって食い止められたが、それを見たキミアは再び両腕を動かした。それによって水もボールも不自然に横へと逸れてしまった。

 しかしそんなロープはホイッスルの様な高い音が響いたかと思うとピタリと停止した。


「はーいストップストップ! ちょっとそこでストップー!」

「う、何で急に動かなくっ……!」

「公安ちゃんさぁ、困るよこんな事されると~。うちだって許可取ってやってんだからさ~。こんなん、君、考えてみ? ドーンってなって怪我人出たら労災だよこれ? 怪我人出なくても怒られるの私なんだからさぁー」

「現夢循……あなた、やってくれたわね……! こいつにこんな力を……!」

「……キミアさん。教えてください。どうして虹を狙うんですか?」

「……屡々加ァ!!」

「はいぃっ!」


 ルルカは少し可哀想なレベルで怯えながら、説明を始めた。


「わ、私達は……メインテイナー……高次元から来る何かと戦う……そうですよね?」

「うん。私もこうなる前はそうしてた。今は虹のサポーターっていう形だけど、そうしてる」

「循、こいつ時間稼ぎしようとしてんのよ」

「結、まずはルルカさんの話を聞いてみよう。ルルカさん、続きをお願いします」


 私に促されたルルカは、かつては彼女もまたメインテイナーの一人であり、私達と同じように高次元存在を相手に戦っていたという過去を話し始めた。彼女は真面目な性格をしているらしく、プライベートの時間でも街中で不可解な事が起こっていないか、色々とニュースや新聞などで調べていたのだという。そんな中で彼女は、ある不可解な噂を耳にした。


「日奉さんの……お子さんの話を聞いて……」

「ほよよ? 私のこと?」

「屡々加はある異常さに気づいたのよ。死んでたはずの日奉虹が生きてるって異常さにね」

「え……」


 きっと動揺を隠せなかったのは私だけではなかったと思う。虹が死んでいただなんて、キミアが何を言っているのか理解出来なかった。実際、虹は今でも私達の前に存在しており、それはキミアにとっても同じ筈である。現況と彼女の発言が明らかに食い違っているのだ。


「ま、待って……虹は今ちゃんとこうして……!」

「ルルカちゃん冗談は壊れちゃった私の家だけにしてよね~。ま、直そうと思えばすぐ直せるんだけどさ」

「ルルカだっけ? アタシ、こいつの事はっきり言って嫌いだけど、アンタよりはマシかもね。アタシ、アンタみたいな冗談言う奴一番嫌いなのよ」

「え、でもあの……」

「ひ、日奉さんは死んでないですよ! だって一緒にご飯食べたりしましたもん!」

「そうだぞ! 索ちゃんと結ちゃんは同じ釜の飯を食べて同じ屋根の下で暮らして同じお布団で寝た仲なんだぞ!」

「何普通に嘘ついてんのよそこまでじゃないでしょが!」


 キミアは呆れた様な目つきで天道先生に視線を向ける。


「知ってますよ先生。日奉虹とは古い付き合いなんでしょう?」

「……うん。だから先生が保証する。こーちゃんは死んでなんかない」

「どうでしょうね? 何年も前、飛行機が日本海に墜落する事故が起きた。そこには日奉虹の両親が乗っていた。何故、娘だけを置いて乗ってたなんて言えるんですか?」


 そういえば虹の両親が何故亡くなってしまったのかを聞いた覚えは無い。ただ両親が幼い頃に亡くなり、祖母の家で暮らすようになったとしか聞かされていなかった。内容が内容だということもあって聞いていなかったが、もしキミアの言っていることが事実なのだとすれば、幼い虹だけを置いていくなんて事をするだろうか。

 キミアによって操作されていたロープが力を失ったかのように地面へと落ちる。


「日奉虹の父親は海外に赴任する事になっていた。家族を連れてね。虹もそこに付いて行く事になっていたんですよ」

「うーんそうだっけ? それって公安ちゃんの勝手な推理じゃない? じゃないじゃない?」

「あなたにとってはそうでしょうね。偽物のあなたには」

「お待ちくださいな! お話がよく見えてこないのですけれど……一体どういう事なんですか?」


 ルルカは目を閉じ深呼吸をすると、意を決した様子で真実を告げた。


「今、私達の前に居る日奉虹さんは……高次元存在なんです……」

「何を言って……」

「マジ!? どこ情報? それどこ情報よ?」

「とぼけるのも大概にしたら? わたし達には全部分かってるのよ」

「とぼけるとか言われてもなぁ~。おとぼけなんかしてないよ~? まあ音ボケは得意なんだけどね!」


 天道先生の目には明らかに強い動揺が見られる。この中で一番虹との付き合いが長いであろう彼女にとっては受け入れがたい事だろう。もっとも、私もとてもそんな話は受け入れられない。今ここに居る虹が高次元存在なのだとすれば、その目的が見えてこない。何故人間社会に溶け込むような真似をしているのだろうか。


「簡潔に言わせてもらうわ。本物の日奉虹はとっくの昔に死んでるの。当時の記録の中に死亡者として名前が載ってるもの」

「ど、どうしてそんなこと言い切れるんですか!? ひ、日奉さんは死んでなんかっ……!」

「わたしの父は警察の人間でね。何回か調べる機会があったのよ。屡々加はわたし達の目にしか見えない。だから目を盗んで調べようと思えば調べられるの」

「公安ちゃんそれ普通に犯罪じゃない? いっけないんだーいけないんだーおとーさんにー言ってやろー!」


 虹のこの反応はどう見ればいいのだろうか。本当にはぐらかしているのか、それともキミア達がそれらしい嘘をついているだけなのか。


「あなたがどのタイミングでこっちの世界に来たのか知らないけど、あなたが偽物なのは間違いない。大方、あなたが祖母と呼んでる人物の感情に引き寄せられてきたんでしょうけど」

「公安ちゃんさぁ」

「何? 図星だった?」

「別に私の事どうこう言うのは全然いいんだけど~、お祖母ちゃんの事まで言うのはさ、違うじゃんか」

「虹……?」

「お祖母ちゃんがあの高次元なんちゃらとかを呼んだかもって言いたいんでしょ? それで巡り巡ってこうなったって言いたいんでしょ?」

「……あなたを生かしておく訳にはいかない。あなたの目的が何であれ、ここは人間が住む世界よ。バケモノは大人しく自分の世界に帰るか、ここで死ぬしかないの」

「公安ちゃん。私の質問に答えようよ」


 虹の表情はいつもと何も変わっていない。いつもの楽しそうな無邪気な笑顔のままだった。だが彼女の口から紡がれる今の言葉には、まるで別人のような威圧感があった。


「公安ちゃんは、お祖母ちゃんが、悪いのを呼んだって言いたいの?」

「端的に言えばそうね。あなたというバケモノを呼び込んだのはその人の可能性が高い。先生も日奉虹が死んだのを知らなかった以上、日奉虹っていう人間を知ってるのはその人だけだもの」

「へぇ」

「仮にあなたが高次元存在じゃなくても、少なくとも人間じゃないのは事実よ。死んだ人間が生きてるなんてありえない。人間じゃないあなたはその人達を誑かした」

「……しょーがないなー」


 虹は結んでいる髪を指先でくるくると弄ると、ステッキを軽く振るった。するとキミアの足は動き出し、後ろ歩きのような動きで後退させ始めた。その様子から恐らく勝手に動いているのだろう。


「いいじゃんか公安ちゃ~ん。皆笑顔になれるんなら、そっちの方がナイスじゃんか。私は求められてたからそうしただけだよ~?」

「く、この貴様ぁ!」

「こ、虹、何を言って……」

「……めんご循ちゃん。嘘ついちゃってた。騙しちゃってた」

「じゃあ……」

「うん。公安ちゃんの言う通り、私って向こうの世界からこっちに来たの。お祖母ちゃんが求めてくれたから。いつも笑顔で、明るくて、皆を笑顔にしてくれる日奉虹を望んだから。日奉虹っていう存在を望んだから」

「ひ、日奉さん……」


 困惑を隠せない索へと虹が顔を向ける。


「索ちゃんと結ちゃんにも謝んなくちゃだね」

「……アンタ、悪い冗談はやめなさいよ」

「やっだな結ちゃん。今回のはマジだよ。マジマジ」

「で、でもでも! 日奉さんは、全然悪い人じゃないよっ……?」

「でもさぁ、実際公安ちゃんが言ってるのはマジなんだよね~。いや~耳が痛いよホント」


 そう言うと虹は雛菊と魔箕に顔を向ける。


「あの……虹さん、貴方は……」

「切っとく?」

「え?」

「私、雛菊ちゃんのお母さん殺したのと同じ、高次元なんちゃらだよ? 切っとく? 今なら出血大サービスだよ?」

「そんなこと出来ません! それに……正直、そんなことを言われても……信じようがありません……」

「じゃあ魔箕ちゃん行っとく?」

「自分はサポーターですから何も出来ませんよ。それに自分としても、お嬢様と同じ気持ちです」

「そっか」


 虹はニコニコとしながら天道先生へと近寄る。それを見てあさひちゃんは天道先生の背中越しからいつも以上の鋭い目つきで睨んでいた。


「こー、ちゃん……」

「びっくりした治ちゃん?」

「私、そんなの知らなくて……」

「そりゃそうでしょ。だって親戚とかでもなかったし、そういうのって基本行かないんじゃない?」

「ごめん……ごめんなさいこーちゃん……何で私、こんな大事なこと知らなかったんだろ……」

「泣かないで治ちゃん。私の記憶の中の日奉虹って人間は、きっと治ちゃんの涙なんて喜ばないと思うから」

「こーちゃん……」

「……あさひちゃん。治ちゃんを……先生をお願いね」


 そう言い終えると虹は道路の方へと歩き出し私もそれに引っ張られるように移動した。そして呆気に取られている皆の方へと振り返ると大きく手を振った。


「それでは諸君! 私は最後の任務に出かけてくるのであーる! 行くぞ循ちゃん! 希望の未来へ!」

「えっちょっ……」


 誰の返事も待たずに虹は私と共に空中へと飛び上がった。遠方には足の動きに四苦八苦しているキミアの姿があったが、こちらに気がついたらしく無理矢理にでも進行方向を変えようとしていた。


「循ちゃん」

「な、何?」

「私からのお願い聞いてくれる?」

「……内容による」

「説得、手伝ってくんない? ほら私って口下手じゃん? もう目と目が合うと緊張しちゃって素直にお喋り出来ないんだよ~……ね?」

「……そうだね。虹って人付き合いはいい癖に、そういうのは下手そう」

「今日の循ちゃんいつもよりきびつい~! やっぱ偽物だから?」

「違うよ」


 思い返してみれば、本当に彼女は不器用だ。いつもふざけてるように見せて誤魔化していたのだから。


「嘘ついてたから」

「さっき謝ったじゃんかさ~許してってば」

「じゃあ終わったら一緒に帰って、君の口からもう一度一から説明してもらうよ」

「……へへ、それでいいならOK! そんじゃパパパーっと終わらせますか!」


 元気よく答えた虹は突如その体を吹き飛ばす様にして海の方へと動かした。私の体もそれに引っ張られる。


「うわっちょちょちょ! 説得はぁーー!?」

「公安ちゃんが暴れてもOKなように舞台替えだよーーー!!」

「いやっ虹はいいかもだけどあの子飛べるかな!?」

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