第28話:公安無情
脅迫文を受け取った全員が集まった事で、私達は居間でその手紙について話し合う事になった。まず索の所に届いた手紙は、夜中に石に括り付けた状態で窓に向かって投げられたらしい。その手紙には『日奉虹を始末しろ』と書かれている。私達の所に届いた手紙と同じく、様々な紙媒体から文字を切り取って作られていた。
「え~~索ちゃんずーるーいー!」
「えっ、えっ!? わ、私何かずるい事しちゃったかな……?」
「だって見てよこれぇ! あたしのとこに届いたやつ! 『出てイケ』って! 『イケ』だけカタカナなんだよ! 手抜きを感じるぅ~!」
「まだそこ気にしてたの!?」
「こいつホントこんな状況でもこの調子なのね……」
「それともアレかな? あたしは『イケてる』ってコトかな!?」
「わ、私的にはイケてると思うっ……!」
「いやっ、索はノらなくていいからね……?」
次に天道先生の所に届いたという手紙を見る事にした。天道先生によると夜中に郵便受けが動く音がした際に確認したところ、その手紙が入っていたらしい。手紙の内容は索のものと同じく『日奉虹を始末しろ』というものだった。
「天道さん、誰が入れたかは分かりますか?」
「ごめんねぇ、私にも分からないかな。一応校長先生とか両親はあの家の住所は知ってるけど~」
「ずっこいずっこい! あたしも治ちゃんの住所知りたいよぉ~!」
「そういえばこーちゃんにはまだ教えてなかったよね。えーと……」
「いやっいいですからそれは後で! 流れるように個人情報を漏洩させないでください!」
「……それで、センセー? アンタはこいつが狙われる理由とかに心当たりは無いの?」
「無いかな~。こーちゃんは優しい子だし、恨みを買う様な子じゃないと思うから」
天道先生の背中に隠れているあさひちゃんは何も喋らなかったが、私達に囲われる様にして置かれた手紙をじーっと見つめていた。しかし何かが分かっているという感じではなく、それが何故送られてきたのかを必死に考えているといった感じだった。
続いて雛菊と魔箕の所に届いたという手紙を見せてもらう。どうやら索のところと同じ様に窓の外から音がしたため確認したところ、一階の屋根に乗っかる様な形でその手紙が落ちていたのだという。しかし石などは無かった事から、何らかの方法で上空から落とされた可能性が高いと魔箕は考えているらしい。
「恐らくドローンか何かを使ったものと自分は考えているのですが、どうでしょうか?」
「うーん、それは難しいかも……」
「そうなのですか?」
「ぷぷぷ~魔箕ちゃん知らないんだ~? ドローンって許可がないと飛ばしちゃいけないんだよ~?」
「あっ! 私聞いた事があります! 申請をしなければいけないんですのよね?」
「凄いね雛菊ちゃん~! 将来は弁護士かな?」
「将来……そういえば将来の事は考えた事もありませんでした……」
「あーもうアンタはちょっと黙ってなさい!」
結はその場をぴしゃりと締め、雛菊へと質問を始めた。
「この中ではアンタが一番メインテイナーとしては歴が浅い。正直、アンタにまでそんな手紙を寄越すなんておかしいの。それは分かるわね?」
「そ、そうですわね。私に虹さんを倒せるとは思えませんし」
「そうじゃなくて……ハァ……いい? アンタがメインテイナーをやってる事を知ってるのは、ここに居る奴だけなのよ」
「……確かに結の言う通りかも。この手紙を出した人はメインテイナーの存在を知ってる。つまり私達と同じメインテイナーをやってる人って事になる」
「循が今言ったけど、アンタがメインテイナーになった事を部外者が知ってるなんておかしいのよ」
「あの……それは分かりますが、正直私には結さんが何を言いたいのかが……」
「アタシらの行動を監視してた奴が居る」
結のその言葉で部屋の中は一瞬にして緊張状態に包まれた。ただ一人を除いて。
「あたしのファンが居る……ってコト!?」
「アホか! 誰かが悪意を持ってアンタを監視してるって言いたいの!」
「私から少しいいかな~?」
「何ですか天道さん?」
「私達は色んな所で高次元存在と戦ってきたよね。その中には学校も含まれてた」
「そうですね。学校、山奥、ショッピングモール、病院とかもです」
「それでね、思ったんだけど。高校の中だけは部外者が入れないよね?」
天道先生のその言葉を聞いて私の中である確信が得られた。
もし誰かが私達を監視していたのだとしても、結が言った様にメインテイナーじゃない一般人には私達が戦っている姿は観測されない筈だ。つまりこの手紙を書いた人物はメインテイナーである事がほぼ確実と言える。そして索や天道先生、そして雛菊がメインテイナーになった事を知っているという事は、虹が通っている幽見高校に自由に出入り出来る人間という事だ。
「あ、あのっ……じゃあうちの高校に居る誰かがメインテイナーって事なんですかね……?」
「その可能性が高いかなって先生は思ってるかな~。こーちゃんはどう思う?」
「有り得なくはないけどさぁ、他にも可能性はあるんじゃない?」
「他にっていうと?」
「例えばさ~……盗聴とか?」
決して無いとは言い切れない説だ。しかし盗聴を仕掛けるという事は既に気付かれているという事でもある。そもそも虹が何故狙われているのかが分からない。
一体この手紙を送って来たのが何者なのかと考えていると、突然結が部屋の外の方へと視線を向ける。
「結?」
「……一瞬だけど、今音がしたわ」
「縊木様も聞こえましたか。ではやはり、自分の勘違いではないのですね……」
「血分さんも聞こえたの? 虹は聞こえた?」
「愛してるよーって声は聞こえた」
「幻聴だねそれはうん……」
天道先生は背中に居るあさひちゃんから武器にしているボールを受け取ると、素早く変身して部屋の外目掛けて投擲した。ボールは障子を破壊すると玄関の方へと飛んでいき、少しすると玄関が破損する音が響いてきた。
「オーノー! 治ちゃん申し訳ないけど、それはNG!?」
「ごめんねこーちゃん。後で私の方で修理代は出すから」
「なーんだそれならオッケーおケツだよ♪」
「索、行くよッ!」
「う、うんっ!」
索は結からの指示を受けて変身すると、すぐさま玄関の方へとロープを伸ばしていった。すると何か手応えがあったのか、索はその場で踏ん張り始めた。
「索、手応えは?」
「あ、ある……! で、でも何か、上手く力がっ……!」
索がこういった状況になるのがおかしいのは私にも分かった。索が結から受け継いだのは『異常力学』だ。普通の動作で本来発生する筈のエネルギーを大きく凌駕した力を発生させる能力。彼女のロープに拘束されれば、それこそ虹の様に強力な力を持つ者でもなければまず抜け出せない。それどころか抵抗すらも出来ないのだ。
「お嬢様、準備を」
「そうですわね。今こそ修行の成果を見せる時ですっ!」
魔箕から刀を渡され雛菊も戦闘態勢へと入る。
「はれ? どったの治ちゃん?」
「おかしいの……さっき投げたボール、誰かに当たったら火が出る様にしてたんだけど、何も起こってる感じがしない」
「何か変です。天道さん、一旦戻してください」
「それがねめぐちゃん、先生もそうしたいんだけど、コントロールが利かないんだよ~……。というか、どこにあるのかも分からない感じで……」
自分のメイン武器がどこにあるか分からないなんて有り得ない。そもそも失くした事は無いが、それでも何となく感覚で分かるものなのだ。それがどこにあるか分からないというのは奇妙で、外に居る誰かが相当特殊で強力な能力を持っているのは間違いない。
「すいませーんボール返して欲しいんですけどーー!」
「虹今はダメだって!」
「そのボールぅ~返してもらえませんかねぇ~~!?」
「虹お願いだから!」
「そのボール治ちゃんのだぞッッ!!」
直後、凄まじい破壊音と共に私達の眼前へと天道先生のボールが飛んできた。その表面からは小さく火を噴いており、明確に殺意のある攻撃だった。もしも彼女が止めてくれなければ、間違いなく今ので虹は死んでいただろう。
「う、上手くいきましたわ!」
「流石ですお嬢様」
雛菊が私達とボールの間に割って入り、水の壁を爆発的な勢いで生成してボールの動きを食い止めたのだ。溜め込んで一気に放出するタイプの雛菊でなければ防げない攻撃だっただろう。
そんな水の壁に守られながら索の方を見てみると、少しずつ少しずつ玄関の方へと体が引っ張られている様だった。彼女が持つ力を以てしても、相手を抑え込む事は難しいらしい。
「あわわわわっ、う、現夢さん日奉さん!? わ、私どうすればぁっ……!?」
「落ち着きなさい索! もう少しこのままよ。後少しで、分かる……」
「さーくちゃんっ。あたしも混ーぜてっ!」
そう言うと虹はまるで綱引きでもしているかの様に索のロープを掴み、グイグイと引っ張り始めた。
「ちょっとアンタ何やってんの!?」
「虹! せめて変身してからにして!」
「オーエス! オーエス! あっちなみにうちのパソコンのOSはね――」
「っ! 全員伏せなさいッ!!」
何かを感じとった結の言葉を受けその場にしゃがむと、その直後に索のロープが不自然な軌道で動き、その異常力学の力を発動させながら私達が居るこの家屋の天井やら壁やらを破壊した。明らかに索によってもたらされた動きではなく、反動でしなったかの様な動きにも見えた。
幸い雛菊によってドーム状の水壁が作られたため全員無傷で済んだが、崩れ行く壁の向こうからついてに襲撃者が姿を現した。
「……君が、この手紙を出した子?」
「あれ? あの子こーちゃんのクラスの……」
「アタシからの質問は一個だけよ。ここで逃げるかくたばるか。どっちがお好み?」
「私は貴方の事は存じませんが、皆さんを傷つけるのであれば容赦しませんわよ!」
その少女は、驚くほど特徴の無い子だった。目つきも顔立ちも髪型も身長も、何もかもが無個性で、それこそ街を歩けばいくらでも似た顔を探せる様な、そんな子だった。しかし、いかにも魔法少女といった感じの服装は彼女がメインテイナーである証であり、この状況から敵である事は確実だった。
そんな明確な敵である彼女に向けて虹が語り掛ける。
「あれ~公安ちゃんじゃーん!」
「虹、知ってる子なの……?」
「うっそ循ちゃん忘れてる系~~!? 薄情ゥーー!」
「そうだ。田中公安ちゃんだよ。こーちゃんと同じクラスの」
キミアと呼ばれた少女は少し目を細めてから口を開く。
「やはり、天道治美先生……あなたもそうだったんですね」
「え~マジ!? 公安ちゃんもメインテイナーだった系なの!? マンモスおったまげなんだけど~!」
「日奉虹。わたしがここに来た理由。あの手紙の心当たり。分かってるでしょ? あなたは――」
「いやっ皆まで言うな公安ちゃんよ! あたしには分かる! とっても勇気の要る行動だと思うようん!」
「へぇ、随分と余裕そうじゃない。それじゃあ――」
「ラブレターなんでしょ!? いやいやいやいや否定しなくていい否定しなくていい! 分かる分かる分かる同性を好きになっちゃうとか世間的に見れば変な人みたいに見られるんじゃないかって思ったんでしょあたしには分かるよでもあたし思うんだよ愛の形は色々あってさ無暗に否定しちゃいけな――」
「違ーーーーーーっう!!!」
虹の態度が相当頭に来たのか、キミアは息を切らす程の大声で叫んだ。
「あんたの正体は、掴んでるんだからっ……! どんな誤魔化しもおべんちゃらも通じないから……!」
「いや、あれだよ? 公安ちゃんの想いには答えられないってだけで、別にあたしは全然そういうのはOKって思ってるっていうか」
「いやっもうややこしくなるから虹は黙ってて!」
「そうよ黙ってなさい」
結がキミアへと睨みを利かせる。
「田中キミア、だっけ? アンタがうちの生徒だとか、このバカと同じクラスだとか、そんなのどうでもいいわ」
「……」
「こんだけ堂々と仕掛けて来てるんだから、覚悟はしてきてんのよね?」
「……」
「答えなさいよ。アタシからの質問、さっき言ったはずよね。ここで逃げるかくたばるか、選びなさいって」
「……何を隠れてるのこっち!!」
キミアは結の質問へは返答せず誰かへと声を掛けた。すると崩れた壁からひょこっとまた別の少女が顔を覗かせた。恐らく先代のメインテイナーだろう。虹にとっての私の様な存在だ。
「キミアちゃぁん……もうやめようよぉ……」
「やめる……?」
キミアはその先代の方へとつかつかと近寄ると、彼女の胸倉を掴み怒声を上げる。
「やめるぅ!!? 屡々加が! やり方は! わたしに! 任せるって! 言ったんでしょうがっ!!」
「ひっ……い、言ったけどぉ、それはあ、あの怪物とか、そういう系相手の話であってぇ……!」
「だったら指図するなっ!! わたしはあなたの想いを受け取った! あなたはそれを良しとした! 間違ってる!? ねぇ間違ってる!!? ま・ち・がっ・て・る~~~~~~!!!?」
「間違ってないですはい……!」
「……よろしい」
急に落ち着きを取り戻したキミアはルルカと呼ばれた先代の胸倉を離し、こちらへと振り返る。
「さっきの質問の答え。一つだけだから。答えは、そいつを殺す。邪魔するならあなた達も殺す。それだけ」
「ひ、日奉さんが何をしたのっ……!?」
「虹さんを倒すと言うのなら、私も手加減しませんわよ! まあそもそも手加減が苦手なのですけれど……」
「公安ちゃん。私も先生として、こーちゃんの幼馴染として、そんな事はさせられないよ?」
「こいつの事は嫌いだけどね。はっきり言うわ。アンタの事はこいつ以上に殺意が湧くくらい嫌いよ」
「貴方に恨みはありませんが……お嬢様の敵は自分の敵です」
「……」
キミアは口角を上げ、嘲る様な笑みを浮かべる。
「愚かね。自分達が誑かされてるとも知らないで。何にも分かってない」
「違うよ」
「あなたは……現夢循だっけ? 何が違うの?」
「分かってないのは君の方だよ。ここに皆が居るのは虹の人柄があるから。そりゃちょっとイラっとさせられる事もあるけど、それでも虹は人を誑かす子なんかじゃない」
「……全員殺す選択で良かったのかもねぇ? あなただけじゃなく、他のエーテル体になった人まで同じ様に感じてるみたいだし。生かしておく価値無いから」
「ふふっ……言ってくれるね。虹、変身を」
ステッキを虹に渡したものの、何故か虹は俯いたまま変身せず黙ったままだった。
「こ、虹!? どうしちゃったの!?」
「観念したの? それじゃあこっちから行かせて――」
「ぽまいら笑うなっ!」
「!?」
「!?」
「こいつらは誰も知らねぇとこで、毎日メインテイナーで過酷な戦いしてんだよっ! お前らは毎日メインテイナーで戦って、成果出してんのか? 出してねぇやつは笑うなっ!」
「……」
「……」
「いやっ、私はこんな体だし虹のサポートしか出来ないんだけど……えっ知ってるよねそれは?」
「というかアンタ間近でアタシらと一緒に何度も戦ってるでしょうが」
「そうかな…………そうだわ」
「……」
「あっめんごめんごキミアちゃん。もういいよ襲ってきて」
「何だったの今の時間!?」




