第26話:病院騒動
屋上の様相は異様としか言いようがなかった。虹によって生み出された大型スピーカーからは彼女のボイスパーカッションが絶え間なく流れ、目の前には不気味な高次元存在が浮かび、虹を除いた私達は笑いを堪えられないという状況である。虹がやろうとしている事は理解出来てはいたが、この状況はある意味地獄としか言いようがない。
「ブンツックイェェェェエエエエエエイ!!!」
「ははっふふ……ど、どう?」
「いい感じのギグだったぜェ……循ちゃんもそう思うだろぅ?」
「いやっへへ……んっ、そうじゃなくってちゃんと効果あったのかって事!」
「んんーーー?」
虹は片耳に手を添えて少し沈黙した後、マイクスタンドを近くに居た索へと手渡すと私達の方にステッキを振るってから高次元存在の方へと駆け出した。すると私達の前には様々な楽器が姿を現した。ギターやドラムなど知ってはいるが使った事も無い物ばかりであり、これを出してどうしろというのかまるで分からなかった。いや、分かりたくなかったと言うべきか。
「ちょっククク……アンタッ、ちょっと! 何よこれどうしろっての!?」
「決まってんじゃん結ちゃんさ~! 派手なの一発キメちゃって~!」
「えっと……ふふ……え、演奏してって、事なんでしょうかっ……?」
「いやっ……ふふ、私こういうの経験無いんだけど!?」
「先生もこういうのはあははっ、経験無いかな~。専門じゃないし」
私の発言が虹に届く事は無かった。彼女は高次元存在の下へ辿り着くと、ステッキを持ったまま何かのポーズらしきものを取って静止した。高次元存在はやはり私達に直接攻撃を仕掛けてくる事は無く、その場で浮遊し続けていた。
「……アタシはふふっ、アタシはやんないわよ」
「で、でもあはっ……き、きっと日奉さんがやる事だから合ってるんだよきっとっ……!」
「私はやりますわ! ふふっ、ピ、ピアノなら経験がありますからキーボードはお任せを!」
「ちょっと雛菊! アンタ何言って……!」
そうして私達がああでもないこうでもないと言い合っていると、痺れを切らしたのか虹がこちらに向かってステッキを素早く振るい、声を張り上げた。
「あっミューージッツ! スタァゥッツ!!」
その声と共に私達の手は勝手に楽器に触り演奏し始めていた。まるで何かに操られているかの様に指が動き、一切の経験が無いにも関わらず私の手はギターを弾き何かの曲を演奏し始めた。それは聞いた事も無い曲であり、虹の力があるとはいえ何故こういった演奏が出来ているのかが謎であった。楽器を最後に使ったのは中学の時の音楽の授業以来であり、当然だがギターなんて持った事すら無い。
「始まったぜぇぇ! イカしたライブがよぉ! ヘイそこのYOU! ダンスバトルと行こうぜぇ!」
返事は無かった。しかし虹は相手の都合などお構いなしといった様子でその場で踊り始めた。彼女がダンスを踊っている姿は今まで特に見た事が無かったが、プロとしても通用するのではないかと思ってしまう程にキレのある動きだった。いつも彼女の器用さには驚かされる。出来ない事など何も無いのではないかと思ってしまう。
虹がダンスを進める中、高次元存在はその場で漂い続けていた。しかし頭部にある歪みは最初に見た時よりも形を変えている様に見えた。その歪みは振動するかの様に動き、やがて体を震わせたかと思うと内側から弾けるかの様にして消滅した。それを合図にする様にして虹はピタリと停止しポーズを決めた。
「あたしの勝ちだなベイビー。でもあんたのダンスも、悪くなかったぜ……」
「いやっ踊ってるの虹だけじゃなかった!?」
虹がステッキを振るうと私達の手にあった楽器類は全て姿を消し、更にマイクスタンドやスピーカーなども完全に消滅した。
「た、倒せたのっ……!?」
「うん~どうなんだろ。ダンスバトルはあたしの勝ちだったんだけど、逃げちゃったっぽいんだよね~」
「でしたら急ぎましょう日奉さん! このままですと病院の皆さんが!」
「こーちゃん、急ごう」
いつの間にか内側から込み上げる笑いが収まっていた私達は急いで院内へと戻る。虹のおかげで陰鬱な雰囲気にはなっておらず普通の病院といった様子だった。内部を歩き回ってみると、幸いにも誰も被害に遭っていない様だった。しかしそれが逆に不気味だった。被害が出ていないのはいい事だが、あの高次元存在をまだ完全に倒しきれていないのだ。どこかに潜んでひっそりと様子を窺っているのかもしれない。
「循ちゃんさ~、まだ変身したままでいいよね~?」
「うん。まだあれを倒せてないなら、変身を解くのは危険だと思う」
「ど、どうしよう縊木さんっ……」
「……仕方ないわね。虹、雛菊、それと天道センセー、アタシと索がアイツを探す。アンタらは一旦離れて探しなさい」
「え~皆の事ラブなあたしにはそれはちょっと無理な相談的なやつなんだけど~」
「いいからそういうのは! ほら行きなさい!」
「もぉ~素直じゃにゃいんだからぁ~」
「大丈夫だよゆーちゃん。先生に任せてねぇ」
虹は渋々と言った様子で索達と別れると私と共に院内の探索をし始めた。すると少ししてから私達に随伴するかの様に細いロープが付いて来た。普段索が使っているそれよりも細く、恐らく一旦解いて再度枝分かれさせる様にして再構築したのだろう。
「お~何これ? やっぱり索ちゃんって蛇使い的なのじゃない?」
「そんな訳ないでしょ……。前に学校でやってたアレじゃない?」
「ああ、アレかぁ。かわいいね、チュッ……あ痛っ!」
ロープの制御権は結にもあるらしく、素早くしなって虹の顔を引っ叩いた。
「ほら探そう。少しでも早く見つけないと」
「しょーがないなー」
二人で様々な病室へと入って回る。しかしどこにもそれらしい存在は確認出来なかった。虹が仕留められなかったという事はまだ生きているという事であり、何かの拍子にまた暴れ出すかもしれない。さっきは何とか虹のおかげで止める事が出来たが、次に同じ様に上手く行くとは限らない。別の手段で人の感情を刺激してくるかもしれない。
「居ないな~」
「学校に出てきた姿見みたいに小さくなって隠れてるのかな……いやっそこまでする必要ある? あんな力があるならそれこそ誰かに憑依とか……」
どこに隠れたのだろうかと考えていると、廊下にある階段の方向から雛菊の声が聞こえてきた。何が起きたのかと虹と共に向かってみると階段の下から人間の右腕らしき物がこちらに向かって飛んできた。その後ろからはロープが追跡してきており、その更に後方には雛菊と魔箕、そして天道先生とあさひちゃんの姿があった。
「虹っあれ!」
虹はすぐに動き出したがそれよりも早くロープが腕を捕らえた。ぐるぐると巻き付くと空中でその動きを静止し、その場から動けない様に固定していた。
「日奉さん現夢さん見つけましたわ! それです!」
「こーちゃんお願い!」
「分かった! 虹、早くそれを!」
「ジャーンケンポンッ」
「何でジャンケンしてるの!?」
「や~。こんな腕相手に一方的にやるのはちょっとさ~惨いじゃん? だからさぁ……」
虹が構えを取る。
「ジャンケンで勝負だッ!」
何故今ここで謎のフェアプレイ精神を見せるのか理解不能だったが、たかがジャンケンだというのに凄まじい気迫の彼女を止める事は出来なかった。
「いくぞ! ジャーンケン……ポンッ!」
虹の手はグー、捕らわれた手はチョキだった。すると突然その手は微細な痙攣を起こし、やがて塵になる様にして消滅していった。
「やったあああああ! あたしのっ勝ちだッ!」
「あの~日奉さん、少しよろしいでしょうか?」
「うんうん。何だい雛菊ちゃん?」
「今、日奉さんがそのステッキを反対の手で少し振っているのが見えたのですが……その、ジャンケンのルールにはそういうのがあるのですか? 私、そういった事に疎くて分からないのですが……」
「……まさか虹」
「やぁーっ! やぁーっだなぁもう! あたしがっ、そんっ、そそ、そんな事するワケないじゃーーん!」
「こら、こーちゃん。そーゆーの、良くないなって思うよ?」
どうやら虹はここに来て能力を使いイカサマをしたらしい。わざわざ自分でジャンケンという方式を選んだというのに、勝つためにズルをした。何故こんな運任せなやり方で倒そうと思ったのだろうか。彼女の力であれば、あの蟹型の高次元存在を倒した時の様に一瞬で倒せる筈だが。
「お、おぉおお!? 他にも来たぞぉおお!?」
見てみると階段の下から大量のロープが伸びて来ていた。枝分かれしたそれらの先には腕や足などの様々なパーツが捕縛されており、中には元々胴体部分だったであろうパーツの姿もあった。
「うーっし! そんじゃあたしがもっかいやったりますかね!」
「虹……倒すためだからそれについてはどうこう言うつもりは無いけど、もう普通にやったら?」
「いいじゃんか別にさーー! あたしだって運がいいって思いをしてみたかったんだよぉ!」
それを聞いて少し聞いた事を後悔した。若くして両親を事故で亡くした彼女の人生は、どう考えても幸運とは言い難い。彼女はもしかすると心のどこかで報われたいと思っているのかもしれない。だからこそどこかでたまにはいい思いをしたいと考えてこういった事をしたのだろう。
虹は次々と高次元存在のパーツを消していき、最後に残ったものを消滅させると枝分かれしていたロープが再構築され一本の太いロープに戻ると階段の下へとシュルシュルと戻っていった。それを追ってみると一つ下の階の廊下の端で索が座り込んでいた。ロープは彼女の所まで戻るとふっと力が抜けた様に彼女の手へと落ちた。
「あ、あ、皆さんっ……大丈夫でしたっ……?」
「一応全部見つけて捕まえといたわよ。あれで間違いなく全部」
「結、どうしてそう言い切れるの?」
「アタシらもただ適当に生きてる訳じゃないのよ。索と一緒に色々やってたのよ」
「く、縊木さんと一緒に……思いついたんですっ。高次元存在から出てる何かを追跡出来れば、こういう時に役に立つんじゃないかって……」
「学校の時はマジで面倒だったからね……」
「もう……言ってくれれば私とあさひちゃんも手伝ったのに……」
どうやら結曰く、高次元存在には感情エネルギーの残滓が引っ付いているらしい。本当に極僅かであるため少し前まで結も気がついていなかったという。結によると感情エネルギーにはそれぞれ癖があるらしく、索と共にそういった感情エネルギーの違いをまとめ、上手く使える様にしていたそうだ。
「ワンちゃんみたいにクンクンしてたって事~?」
「言い方気に入らないけど、まあそんなとこよ。何とか上手くいったみたいね」
「ではこれでこの問題は解決という事でよろしいのでしょうか?」
「うん。そうだね。雛菊さん、血分さん、ありがとう」
「自分に決定権はありません。自分はただお嬢様に従うだけです」
「えっと、私もここまででいいのかな?」
「そうですね天道さん。ご足労頂いてありがとうございます」
「ううん、気にしないでいいよめぐちゃん。私は先生だからね、いつだって頼っていいんだよ?」
「あー、はい……そう、ですね」
別に天道先生にそこまで気を遣ってこういった事を言った訳ではない。彼女の後ろからこちらを睨んできているあさひちゃんが怖くて言ったのだ。相変わらず彼女は天道先生にしか懐いていない。例え同じメインテイナー仲間だとしても、私達の事は信用出来ないという事なのだろう。
「や~そんじゃあそろそろ帰る~?」
「アタシと索は念のためにもうちょっと見ていくわ。念のためね」
「う、うん。多分大丈夫だと思うんだけどねっ……」
「では私も手伝いますわ。皆さんを置いて自分達だけ帰る訳にはいきませんもの」
「アンタは帰んなさい。溜めてから放つアンタの技じゃ事態が大事になりかねないわ」
「恐縮ながら自分もそう思いますお嬢様。ここは帰った方がよろしいかと」
「そ、そうかしら? どう思います現夢さん?」
「いやっ私!? うん……まあ雛菊さんだとやりすぎちゃうかもだし、今日はこれで帰ってもらっていいかな」
「そ、そうですか……では、今日は帰ります。お疲れ様です皆さん……」
変身を解除しとぼとぼと帰っていく雛菊さんを見送ると天道先生にも帰ってもらい、残った私達だけで問題が残っていないかを探す事になった。しかし幸いな事にそれ以上の問題はどこを探しても発見出来なかった。少なくともこの病院の中ではもう問題は起きていないらしく、高次元存在が起こした『願いによる改変現象』に関する記憶を虹の力で少し弄ってから外へと出ていった。
「んん~っ……終わったねぇ」
「そ、そうだねっ……」
「それじゃアタシらは帰るわよ」
「えっ……お、お腹空いた……」
「そうだぞそうだぞ~あたしと索ちゃんはこれから一緒にご飯食べるんだぞ~!」
「……今日の分の宿題がまだちょっと残ってるでしょうが」
「あ、明日頑張るっていうのはっ……」
「ダメよ。ただでさえ頭悪いんだから毎日やんなきゃ意味無いのよ。何のために教えてると思ってんのよ」
「で、でもっ……」
索の腹部からは空腹を訴える音が響いていた。朝からずっと調査を進めていたため索にとってはそろそろきつくなってくる時間帯なのだろう。
「…………はぁ。……1時間で済ませなさい」
「い、いいのっ……!?」
「1時間だけよ。それ以上は引っ張ってでも連れて帰るから」
「それって意地でも結ちゃん?」
「当たり前でしょ」
「って事は、索ちゃんに引っ付いてれば索ちゃんの家まで連れてってもらえるって事!?」
「何でアタシが引き剥がさずに引っ張ってく前提なのよ!」
「虹、迷惑だからやめとこうね……」
「え~今あたしを連れていけば願いを叶えてあげるサービス付きだよ~?」
「要らないわよそんなの!」
「変な影響受けないでよ!?」




