第24話:謎の死紋持ち
虹と共にショッピングモール内を歩き回った私達は、あの仏像擬きが絡んでいると思われる事例に関わっている人間に改変を加えていった。そのほとんどが私利私欲のための願いであり、改変しても問題無さそうなものだけを改変した。人の生き死に関する願いは下手に干渉するのも危険であり、非情になり切れないのもあってそれは放置しておいた。
ある程度調べ終わった私達はすぐにショッピングモールを後にし、索達が調査していた病院へと向かった。改変を行うためではなく、様子を見るためである。願いを叶えられた人が複数人集まっている場所では感情エネルギーが大量に発生しやすい。そうなると高次元存在が寄ってくるかもしれないのだ。
「あたしさ~病院の独特な匂いって好きなんだよね~」
「虹、お願いだから調査に集中して……」
「え~。でもここは改変やらなくていいんでしょ~? 匂いくらい好きに嗅がせんかい!」
「嗅ぐのはいいけど集中してってば……。あの仏像擬きが消えて記憶からも消滅したとなると、そこを狙ってくる新しい高次元存在が居るかもしれないんだよ」
「めぐちゃん、先生まだ詳しく知らないから分からないんだけど、それってどういう意味なのかな?」
「私も他の人から聞いた話なんですけど、どうも高次元存在はお互いに敵対状態にあるみたいなんです」
「分かった! つまりあれじゃん! 縄張り争いってやつ~! 野蛮でやぁねぇ~~?」
珍しく虹の言っている事は当たらずとも遠からずといった感じかもしれない。本心は知らないため高次元存在が何を考えているのかは分からないが、どうも彼らはお互いの活動範囲が被らない様にしている可能性があるらしい。つまり今居るこの病院が仏像擬きの活動範囲だったとしたら、それが居なくなった今、その隙を突いてまた別の高次元存在が来るかもしれないのだ。
「そうだね虹の言う通り、多分高次元存在はそういう生態なんだと思う。人間が社会性を大事にするのと違って、一つの個として生きてるんだと思う」
「あり? え、当たっちゃった感じ?」
「凄いねこーちゃん! えらいえらいだねぇ!」
「っしょ? っぱそっしょ? 実はあたしもそう思ってたんだぁ~」
「絶対適当言ったら当たっただけじゃん……」
院内を歩き回ってみると、何人かから奇跡的に病状が回復したという話が耳に入ってきた。彼らの記憶からあの仏像擬きに関する記憶が消されているため、本当に奇跡的に治ったという形で観測されている。しかし今この場所では確実に大量の感情エネルギーが発生している。『大切な人が助かった』という喜びから来る感情エネルギーである。負の感情と比べるとその性質や濃度は薄めだが、高次元存在を引き寄せるには十分な量である。
「この感じ……やっぱり感情エネルギーがかなり蓄積されてる。何かが来てもおかしくないよ」
「それじゃあめぐちゃん、さっちゃん達も呼んだ方がいいのかな?」
「そうですね天道さん……今どこに居るのかは分かりませんけど、全員で対処した方がいいかもしれません」
「人生生きてるだけで丸儲けだから嬉しいが溜まってるんだなぁ。こう」
「格言みたいに言ってるけどそれ普通の事だからね虹?」
「構ってもらえるのは嬉しいけど、冷たい返しだとつらいんだなぁ。こう」
「……虹、早く索達に電話して」
「ちぇ~っ。ちゅめたいなぁ~」
虹は口先を尖らせながらスマートフォンを取り出し索達へと電話を掛け始める。しかし、丁度虹が話し始めた瞬間、院内にズンとした重々しい雰囲気が漂い始めた。この場所に居るだけで気分が沈みそうになる程の空気になっていた。
「天道さん、これって……」
「何か起きてるみたいだねぇ……」
「あーもしもし索ちゃん~? 元気? 髪の毛調子いい?」
「いやっ何聞いてるの虹! 急いで招集掛けて! もしかしたらもう新しいのが来てるのかも……!」
「聞こえた~? 何かさ~ここ空気悪いんだよね~。マジガン萎え~みたいな?」
院内を見回してみても高次元存在らしきものは見当たらない。一体この重苦しい雰囲気がどこから来るものなのか特定するのも難しそうだった。
「うぉっ。どったの索ちゃん大丈夫~? バク転でも失敗したの~?」
「えっ何が起きてるのさそっちで……」
「……うんうん。ほーん。…………ほうほう。オッケ、なるなる~。じゃあ循ちゃんに代わるね~」
「えっ私!? ……あ、索。どうしたの?」
「あわわ、ひ、日奉さんっ……! きっきゅ、急ににっ……!」
「落ち着きなさい索。……循、聞こえる?」
「うん。何があったの?」
「……人が落ちてきたのよ」
話によると、病院から出た索と雛菊達はもしもに備えてあまり遠くには行かずに調査をしていたらしい。どうやら私と同じ様に新たな高次元存在が出てくる事を危惧していた様だ。そして近場に居た索へと虹が電話を掛け、それに応えている最中に病院の屋上から人が降ってきたのだという。
「それは……大丈夫だったの?」
「何とかね……索がロープを使って助けたから生きてる。今、雛菊が病院の中に付き添っていった」
「やっぱり雛菊ちゃんは優しいねぇ~~」
「それで循……アンタ、屋上のアイツ見た?」
「屋上?」
結によると外から見上げると屋上に異常な存在が居るらしい。下からであるためどんな姿なのかはっきりとは分からないらしいが、その大きさや異質さから何らかの高次元存在である事は間違いないらしい。もしかすると今起きたという飛び降り事件もそれが関わっているかもしれないそうだ。
「……今から行ってみるよ。結達も来てくれないかな?」
「分かってるわ。先に行ってなさい。すぐに追いつく」
結がそう言うとブツリと一方的に電話が切られた。
「索ちゃん何て~?」
「病院の屋上から人が飛び降りてきたって。それにその屋上に高次元存在が出たっぽい」
「なるほどね。こーちゃん、急ごう。もしかすると大変な事になるかも……」
天道先生の表情は真剣なものだった。人が飛び降りたという内容と現在院内に漂っている重苦しい雰囲気から、急がなければ大惨事に繋がってしまうと考えたのだろう。その考えはごもっともである。あくまで私の推測だが、新たに現れた高次元存在は人を自殺させる様に仕向ける力があるのかもしれない。もしそうだとすれば、あの仏像擬きとは全く逆の感情エネルギーを欲しているという事になる。負の感情エネルギーを得るために、自殺を誘発させようとしている可能性がある。
「その前にちょい待ち~」
「どうしたの虹。急がないと……」
「皆笑えーーー! ほらっ笑えーーーッ!! 皆ハッピーーーー!!!」
そう言って虹がステッキを振るった瞬間、私達や院内に居る人々の周りを包む様にして明るい空気が現れた。すると何故か体の奥から楽しいという感覚が湧き上がり、口から洩れる笑いを抑える事が出来なくなってしまった。
「ふふふくくっ……こ、虹っ……何ひっ、何してっ……」
「ハッハッハッーー!! 笑えば嫌な感情なんて吹っ飛んじゃうのだ~~!」
「ふふふっこーちゃん、かしこっ賢いねぇ~。確かにそれっ、それならアハ、この状況の足止めっふふふ、でき、出来るかもだねぇ~」
普通に喋ろうにもどうやってもこの気持ちを抑えきれない。いつも殺気の籠った目をしているあさひちゃんですら、声には出さないものの天道先生の背中でクスクスと肩を震わせていた。
「よしっ!! 犯人は屋上だなぁ!? 行くぞ者共! 出会え出会え~~~っ!!」
「アハハハハハッ!? ヒッ、うっゲホゲホッ……まっひぇ、待っひぇ虹っひひひひ!?」
「ふふっあはは、こーちゃん私もこれ結構きついかなぁ~ふふふふっ」
じわじわと強くなる楽しいという感情を堪えながら上へ上へと上っていき、先頭に立っていた虹が改変能力によって鍵を解錠するとその扉を開け放った。すると屋上の上に浮遊している高次元存在の姿が目に飛び込んできた。
その高次元存在は何とも表現が難しい風貌をしていた。人型と言えば人型なのだが、手や足が複数存在しており、そのどれもが不可解な位置から生えていたのだ。しかもそれらの手足がどれもこれも無茶苦茶な方向へと捻じ曲がっており、顔面は中心部分にブラックホールでもあるのかといった様子で歪んでいた。顔の中心に全ての顔のパーツが吸い込まれるかの様に捻じれていたのだ。更には体の至る所に奇妙な紋様が刻まれている。まさにバケモノと呼ぶに相応しい、見ているだけで具合が悪くなりそうな風貌だった。
「見つけたぞーーーー!! お前が悪者だなぁ~~!?」
「虹っひひひ! き、気をつけっ気をつけてねっハハハハ!」
「あさっふふっ、あさひちゃん、ふふ、行くよー」
「えっ循ちゃんも治ちゃんも何笑ってんの。大丈夫?」
「いやっ虹がこうしたんでしょ!? ッハハハハハハ!?」




