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第2話:人生に笑いあり

 校舎内へと入ったこうは皆の注目の的となっていた。クラスメイト達からは何があったのかと驚かれたり、そのずぶ濡れな様子を弄られたりしていたが彼女はそれを苦にしている様子はまるで無く、むしろその状況をネタにして笑いまで取っていた。彼女には恥という概念が存在しないのではないかと錯覚してしまう程だったが、今朝のああいった言動を見るにこれが彼女の素なのだろう。生前観察した時にはこれほどのものだとは思わなかったが。

 流石に授業中に異常な行動を取るといった事はしなかったが、休み時間の間は常に誰かとふざけ合っているか冗談を言っているかのどちらかだった。そして昼になった頃には服も髪も完全に乾燥し、ようやく目立たなくなっていた。彼女の枝分かれしているかの様な突飛な髪型は別にしてだが。


「お昼~お昼~血を吸うのは蛭~丘は英語でHill~♪」

「そういえばお弁当とかは作らないんだね」

「そうそう~ソウルソウル~それがあたしのソウル~やり方ぁ~♪」

「学食行くの?」

「学食~学食~が開く~~ショック! 開いてそうだな入ってくるぅ~~♪」

「いやっちょっと……一回歌やめない?」

「そんなんじゃ歌姫目指せないよっ!!?」

「目指してないよ!? 今まで私にそんな要素あった!?」


 周囲の生徒達は彼女の突然の大声にざわつく。私の姿が見えていない人からすれば、彼女が一人で誰かに声を上げたという風にしか見えないのだから当たり前である。それ以前に一人で歌いながら学食に向かっている彼女を見ても誰も気にしている様子が無いのもどうかと思うが。

周りから変なものを見る目で見られながら学食へと入り、券売機に紙幣を入れようとしていると虹の横から声が掛けられた。


「あの……」

「うん~?」


 声を掛けてきたのは小柄な少女だった。髪はショートボブであり、垂れ目なその表情からは非常に気が弱そうな印象を受けた。最初は虹の知り合いだろうかとも思ったが、クラスには居なかった事と彼女の反応を見るに面識の無い人物である事が窺えた。


「誰~? 総理大臣?」

「へっ……!? そそそ、総理大臣だなんてそんな私なんかがおこがましいですっ……!」

「何を根拠にその選択肢選んだの……」

「ん~じゃあ誰? 何か用?」


 虹は後ろがつっかえない様にと券売機の前から退くと、声を掛けてきた彼女と向かい合う様に立った。


「あ、あのっ……えっとぉ……」

「うんうん」

「そ、その……」


 顔を伏せてもじもじとしている少女の顔を虹が覗き込もうとした瞬間、突如彼女の服装がメインテイナーの戦闘装束へと変わり、居合抜きの様にその右手が振り抜かれた。その手にはロープが握られており、虹は上半身を後ろにぐにゃりと逸らしてそれを避けた。


「まさかこの子っ……!」

「え、何今の。おうどん?」

「そんな訳ないじゃん!? ロープだよ縄だよ!」

「わお。機械壊れちゃってるね」


 見てみるとロープが直撃した券売機は異常な力が加えられたかの様に破損していた。それはメインテイナーの力によって起こされた現象という事もあってか、学食に居る生徒達はそれを何一つ疑問に思っている様子も無かった。

 少女は目を潤ませながらロープを握っている手を震わせて息を乱していた。


「ごごご、ごめんなさいっわ、私っこんな事、き、聞いて――」

「アンタは黙ってなさいよ」


 少女の言葉を遮りながらその背後から浮かび上がったのは、先代からプレゼントされていた髪留めを前髪に付けている見覚えのある顔だった。


「こんなとこに居たのね、めぐる

ゆい……」

「あれ? 知り合い? 漁師仲間?」

「漁師!? いやっ……私が死ぬ事になったあの戦い……あの時一緒に居た一人だよ」


 縊木結くくるぎゆい。先代からロープを武器にしていたメインテイナーの役割を引き継いだ子。元々感情的になりやすい性格であり、彼女のサポートをしていた先代のおかげで何とか上手く活動出来ているという状態だった。しかし、私と同じ様にエーテル体となった今、彼女を縛る枷は無くなった。逆に後継者を縛れる立場になったのだ。彼女の目的が何なのか、大体想像はつく。


「縊木さん……わ、私こんなの聞いてない……」

「アンタはアタシの言う事聞いてればいいの。どうせ一人じゃ何にも出来ないんだから」

「結……何してるの。メインテイナー同士で攻撃するなんておかしいよ」

「しらばっくれちゃってぇ! アンタがあの時あんな技使わなきゃ、アタシもこうならずに済んだ! アンタのせいよ!」

「それは……でも、ああするしかなかったんだよ。あれしか方法は無かった。それに今は私も見ての通りだよ。復讐しても意味無いよ」

「だからそいつを殺すのよ」

「虹を……?」

「そう。アンタのせいであの人は消えてしまった。ずっと一緒に居るって約束してたのに。支えてくれるって言ったのに。全部アンタが壊した!!」

「何言ってるの! じゃあ他に方法があったの!?」


 私もついカッとなって彼女のペースに乗せられてしまった。エーテル体となった今、私達の感情エネルギーが何かに作用するという事は無いが、彼女が新たに後継者とした少女は今にも泣き出しそうな程狼狽えていた。


「ねぇねぇ~」

「黙ってなさいよ! 今からすぐに殺して――」


 いつの間にか虹が居なくなっている事に気が付き、声がした方へ顔を向ける。


「ここ座んなよ~」

「お茶飲んでる!?」

「ちょっとアンタねぇ! ……ああもう動きなさいってば! このバカさくっ!!」

「ひっごめんなさいごめんなさいっ!!」


 索と呼ばれた少女は鼻水を垂らしながら座っている虹へと近付いていった。彼女を一人にするのは危険だと感じ、すぐさま虹の後ろに移動する。


「アンタがアイツの新しい後継者ってワケ?」

「うん~? そうだよ~」

「フンッ……アタシを前にしていい度胸ねアンタ」

「え~何ホットになってんの~? このお茶アイスティーなんだけど~……熱くなっちゃうからやめてくれない?」

「……冗談言ってられるのも今の内よ。索! やれ!!」

「は、はいっ……! 許してくださいごめんなさいっ!!」

「虹っ!」


 索の手から放たれたロープは一瞬にして座っていた虹を締め上げた。その後、索がその手を振るうとロープは天井へとしなり、まるで見えないはりか何かに引っ掛けられているかの様に虹を吊し上げた。このままではまずいと感じ、虹へとステッキを投げると見事に口でパクリとキャッチしてくれた。


「結! やめて! あの子は関係ない!」

「アンタがどう思ってようが考えを変える気なんてさらさら無いわ! 索! 締め上げて!」

「っ……!!」


 彼女が引き継いだメインテイナーの力、それは界隈で『異常力学』と呼ばれているものだった。通常の動作であるにも関わらず、それによってもたらされる力学的エネルギーを遥かに超えた結果を叩き出すというものだった。だからこそロープ一本でも破壊的な力が出るし、締め付ける事で人間一人を失血死させるレベルのパワーを出せるのだ。

 しかし虹は締め付けられているにも関わらずニコニコ笑っており、その場で体を揺らして遠心力を活かしながらクルクルと吊るされた状態で回り始めた。そして光に一瞬包まれたかと思うと戦闘装束を身に着けた。


「ふふんんむむへみはみまむあーーーーー……!!」

「……何て?」

「多分、『この装束が目に入らぬかーー!!」だと思う。多分」

「え、ダサ……。まあいいわ。索、ほらさっさとやりなさい!」

「く、縊木さん……も、もうやめようよぉ……!」

「殺されたいの……!?」

「嫌です嫌ですごめんなさいやりますっ!!」


 結の力に掛けられるというのはかなり危険だったが、私以上に現実改変の力を使いこなせている彼女であればこの状況を脱せるかもしれないという期待を向けていると、突然吊るされていた虹が眩く光り始めた。私にも結にも予想外の現象であり、彼女が一体何をしようとしているのか、まるで想像がつかなかった。


「くっ……早く!!」

「や、やってるから殺さないでぇ……!」

「虹、君は一体……」


 やがて光が晴れ、虹の姿が再び現れる。


「亀甲縛りになってるーーーー!!?」

「ちょ、ちょっと索! アンタ……そんな趣味が……」

「なな、何で私が……!!? 冤罪だよ……!」


 虹の口からステッキが離れ、空中で静止する。


「あんたも好きねぇ。ちょっとだ――」

「一つも要るかそんなの!! ああもうやめなさいよその縛られ方!!」

「え~~結ちゃんからやってきといてその言い方はどうなんだろ。あたし結構尽くすタイプだけど、そういう意味不明な性癖はちょっと~……」

「何でアタシが悪いみたいになってんの!? 索でも循でもなきゃ、アンタしか居ないじゃないのそういう縛り方にしたの!」

「ちぇっ……Mなのがバレてしまったか~」

「Mだったの!?」


 虹は一瞬にしてロープを解くと床に着地し、空いているテーブルの上に丼に入ったうどんを出現させた。すると動揺している結を無視する様に索の背中を押して椅子へと座らせた。


「ささっ、どうぞどうぞお嬢さん」

「ちょ、ちょっと!? 索! 何してんのよ!」

「え、あ、えっと……お、おもてなしされてるのに断るのも……」

「アンタ状況分かってる!? アタシは! こいつに! 復讐! するの!」

「結、もうやめよう。虹を殺したって私が消えるだけだよ。あの人はもう戻って来ない……」

「うるさいうるさいうるさい!! アンタに何が分かるの!? ほら索! こっちに来なさいって――」


 結が憤慨しながら座っている索を引っ張ろうとしたその時、虹が結の肩を掴んだ。


「な、何よ……!」

「…………」

「文句あるワケ!?」

「索ちゃんがまだ食ってる途中でしょうがーーーーっ!!」

「一口もつけてない様に見えるけど!?」

「あ、あの、お箸が無くて……」

「おっと失礼、忘れてましたお嬢さん~」

「アンタはアンタで食べる気でいたの!?」

「まあまあ~落ち着こうよフイちゃん」

「結! ユ・イ! アンタさっき普通に言ってたでしょ!!」


 結がどれだけカンカンになりながら怒鳴っても、虹は常にニコニコ笑っていた。普通相手がここまで怒っていれば多少は委縮したりするものだが、まるで自分には関係ない事かの様に虹の態度は一貫していた。一方で結は怒り過ぎたのか疲弊してきており、呼吸が著しく乱れていた。


「アンタ……っんといい加減に……!」

「まあまあ旦那ァ。ちょいと落ち着いちゃあくれねェかィ?」

「いつ時代の人間よ……! あとアタシ女なんだけど!?」

「ほらちょっと座って~? 循ちゃんもほらほら」

「何すんのっ……あっクソっ……体動かないしぃ……!」


 テーブルの上には次々と学食では取り扱っていないであろう豪華な食事が並び、それらの真ん中にはケーキまで出現した。


「……虹、あのさ」

「遠慮しなくていいから~。さっほらほら」

「そうじゃなくてさ……」

「何?」

「いやっ……私も結もエーテル体だから、基本的に後継者のメインテイナーにしか触れないんだよね」

「…………どゆこと?」

「うん、だからさ……座るってなると、空気椅子みたいになっちゃうって事。このエーテル体になっても、そういうのはやっぱり結構しんどくてさ」

「…………ん~~~~~~」

「索! ちょっと索! いい加減にしないさいよ!!」

「じゃあこうしよ」


 虹は突然結に触れると無理矢理索の膝の上に乗せ、更に驚いていた私の腕を引っ張ると自分の膝の上に乗せる様にしてドカッと椅子に座り、どこに持っていたのかスマートフォンを取り出すとステッキの先端に固着させて斜め前方に伸ばした。


「ちょ、ちょっと虹!?」

「えっえっ……!? あ、あのっ……!」

「何すんのよ動けないクソっ! これやめなさいってば……っ!!」

「ハイ皆さん撮りますよーーーーーーー!!? いいですかーーーっ!!? いきますよーーーー!!」


 結も私も、膝の上から動けなかった。


「ハイッ! マスカルポーーーーーーネッ!!」


 スマートフォンの画面には驚きのあまり素っ頓狂な顔している私、あわあわしている索、喚いている結、そしてニッコリ笑顔でピースまでキメている虹の姿が写っていた。

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