第19話:どっこい見つけた操作板
高次元存在に憑依された人々に取り囲まれた私達は、その場から身動きする事は出来なかった。完全に全方位を包囲されており、一旦包囲網のどこかに穴でも開けなければ追い詰められてしまうのは目に見えていた。
「雛菊さん、一旦体制を立て直そう。このままじゃまずいよ」
「そうですわね……私の力だと加減が難しいですし……」
「結、索、頼んでもいい?」
「当たり前でしょ。索、やり方分かってるわね?」
「う、うんっ……!」
索は持っているロープを振るい、フードコート内にある柱へと巻き付けると、ロープの反対側を操って私達全員の体を拘束した。すると索が勢いよくロープを上に振り、その異常なパワーを使って私達の体を空中に放り上げた。その後、柱を引き寄せる様にしてロープを引っ張ると私達は柱の方へと凄まじい速さで飛んでいき、柱にぶつかって停止した。
「あいったぁ!?」
「いたた……あ、ありがとうございます緋縅さん……」
「うぅ……く、縊木さん、これでいいんだよね……?」
「そうね……もう少し訓練が必要みたいだけどね」
「もーこれじゃどっちが敵か分かったもんじゃないな~。索ちゃんは悪い子! 索ちゃんは悪い子!」
「ひぇっ……!? そ、そんなぁ……」
「いやっ虹! 今はそんなふざけてる場合じゃないよ! 前みたいにあの人達の体から追い出さないと!」
「はいは~い」
虹が人々の方にステッキを振るとその中の一人の口が開き、あのブードゥー人形の様な姿をした高次元存在が飛び出してきた。しかしそれは逃げる間もなく虹によって消滅させられ、憑りつかれていた内の一人は自我を取り戻したのかキョロキョロと周囲を見渡し、食事へと戻っていった。やはり高次元存在や私達メインテイナーが関わっているせいか、一般人に戻った人にはこの状況が観測出来ないらしい。
「ちょっと、もっと一気に出来ないの?」
「や~それは無理寄りの無理だね~。この力って結構使うの大変でさ~一度に一つまでが限界かな~」
「そ、そうだったんだ……虹、今まで無理させてごめん」
「いや~別に無理はしてないけどね~」
いくら虹の使える改変能力が強力と言えども、ここまで相手の数が多いと苦戦は避けられないらしい。
「チッ……索! 構えなさい! 体に負荷を加えりゃいいのよ、分かるわね?」
「う、うんっ……」
「お嬢様、忠告するまでもないと思いますが、人を殺めない様にお気をつけくださいませ」
「ええ。分かっているわ」
索によって振るわれたロープは空中を泳ぐ様に不規則な動きを見せながら人々に近付いていき、数人の首に巻き付くと殺さない程度に締め上げた。これによって人形達はその体から追い出され、逃げ出そうとしたところをロープの余っていた先端部分が追尾して叩き落していった。どうやら首を絞めている箇所の力は緩めて、先端だけ彼女のメインテイナーとしての力である異常力学によって攻撃したらしい。
他の人々はこちらに近寄って来ようとしていたが、水を纏った刀を雛菊さんが振るった事によって前方に大きな水塊が飛んでいき、その中に閉じ込められた。人間複数人を一度に閉じ込められる程の水量であり、その中に閉じ込められた人々は当然ながら溺れ始め、その口から次々と人形達が飛び出した。そして閉じ込められた人々全員から人形が出た直後、その水塊は弾け、水滴が弾丸の様に人形だけを貫いていった。
そうして二人が戦っている中、虹はステッキを振ってちまちまと一人ずつ対処していた。
「ず~る~い~二人だけそういうの使えてず~る~い~」
「しょうがないよ虹。どうしても現実改変は複雑だから複数人相手だと使いにくいし」
「そんなぁ~……。これじゃあれじゃん。強すぎてゾンビもので一番最初に殺される系じゃん物語の都合上」
「それ自分で面白枠って言ってる?」
「面白強キャラとかもう詰み確定じゃ~ん」
主に索と雛菊の頑張りによって人形達は次々と消滅していき、ついには最後の一体を倒す事に成功した。
「やった最後の一体もーらいっ!」
「子供かアンタは! ……はぁ、これで終わりかしらね?」
「う、うん。多分。れ、霊界堂さん、大丈夫……?」
「ええ。皆さんのおかげで助かりましたわ」
「はいちゅーもーく! 最後のをやったのはあたし! 日奉虹でーす! 最後の手柄はあたし日奉虹がやりましたーー!」
「どんだけアピールしたいの!?」
「え~だって今回あたしあんまり活躍出来なかったじゃん。ちょっとくらいいいじゃないのぉ」
「流石ですわ日奉さん!」
「や~ありがとっ。ありがとぉーっ」
「いやっいいよ虹に気を遣わなくて!」
憑依されていた人々が次々と食事に戻っていくのを見守り、索が破損させてしまった柱を虹が修復しているのを見ながらふと考える。
今回の高次元存在は人に憑依し、人々が持つ絆や縁を利用して近寄るという戦法を使っていた。その知能の高さも注目するべき点ではあったが、戦いを終えた今になってもう一つ気になるところが出てきた。それは、『何故あの人形達は全員憑依能力を持っていたのか』というものである。今までの高次元存在はどの個体もそれぞれ個別の力を持っており、あの『黄金の姿見』も逃走用にあくまで分裂した姿だったのだ。
「ねぇ血分さん」
「何でしょうか?」
「今まで戦って来た高次元存在の中に、今回みたいな群体型って居た?」
「いえ。……そういえば妙ですね」
「ですよね。結はどう?」
「アタシも無いわね。こないだの鏡みたいな奴くらいじゃない?」
「いやっあれは例外だと思うんだよね……。何か変な感じがする……」
「ど、どういう事……? もしかして、まだ居るかもって事……?」
「言い切れないんだけど、今回のあれは特殊過ぎる。今までの常識で考えるのは良くないかもって……」
私の予想では、どこかにあの人形を操っている本体が居るのではないかと思われる。憑依された人々が全員一斉にこちらに襲い掛かろうとしてきたのが気になる。まるで全員が誰かからの指示を受けて全く同一の思考を持っているかの様に行動していた。
「ね~ぇ~皆~」
頭を悩ませていると虹がこちらに振り返り、手で摘まんでいる何かをこちらに見せてきた。
「何かさ~変な感じしたから柱をちょちょいってやったらこんなん出ましたっ!」
「えっ、これ……」
彼女の手に摘ままれていたのは、操り人形を操作する時に使用される操作板をそのまま小さくした様な物体だった。どうやらそれもまた高次元存在らしく、虹の手から逃れようともがいていたが、その圧倒的な体格差からかまるで効果を成していなかった。
「ひ、日奉さんっ! それっ……!」
「虹! それだよ! それが本体!」
「うん? あたしの体は自分の意思で動かしてる訳だが?」
「そういう意味じゃないよ! さっきの人形を操ってた本体!」
「お~~これが~~」
虹は顔に近づけまじまじと見つめ始める。
「ちょっと何してんのよ!? さっさと消しなさい!」
「しょ~がないな~。見つけたのはこっちなのにさァ~~」
「……いえ、日奉さん。私にやらせては頂けませんか?」
そう言うと雛菊さんは刀を鞘に収め、右手を前方に上げると銃を表しているかの様に人差し指と中指を虹へと向けた。その指先には水が小さく集まり始めており、ここに来た時に初めて見せたあの技を使おうとしている様だった。
「魔箕を殺し……お父様に危害を加えたその方を許す事は出来ませんわ。憎しみのままに行動するなど卑しい行為ですが、それでもここで私がやらねば納得が出来ません」
「いや~気持ちは分かるよ~? 分かる分かる。でもさ~これが本体なんでしょ? 危ないかもだしここは先輩に任せてよ~。ほら一回深呼吸してご覧~? 三分もすれば落ち着くだろうし~」
「……すみません日奉さん」
直後、指先に留まっていた水球は凄まじい速度で射出され、虹の手に摘ままれていた本体の体を撃ち抜いた。その体はバラバラになりながら吹き飛び、地面に落下する前に完全に塵の様になって消滅した。しかしそれと同時に虹は目を抑えながら倒れ込み、バタバタと足を動かしながら大騒ぎし始めた。
「にゃ~~~~っ!? 目がぁーー! 目がぁ~~~っ!?」
「虹ーっ!?」
「お嬢様……」
「す、すみません日奉さん! もしかしたら水が少し散ったかもしれませんわ!」
「少しじゃないよ~~~!! がっつりだったよ~~~~!!」
「良かったじゃない。さっき散々水欲しがってたし」
「こんな形じゃ望んでないんですけど~~!?」
「そ、そんな酷い事言っちゃダメだよ……! え、えとえとえと……こういう時どうすれば……」
「……ハァ。うつ伏せになって目をギュって瞑ってなさい。そうやってればちょっとずつ出ていくだろうから」
「うぅ……今日のあたしいいとこ無くなぁ~い……?」
虹の様子が落ち着くまでしばらく待ち、ようやく問題無く目を開けられる様になったのを確認すると、次々と戦闘装束を解除して全員普通の人間へと戻っていった。
「ふ~~~スッとしたぜ~~~」
「大騒ぎご苦労様ね……」
「本当にすみません日奉さん! 大丈夫でしたか……?」
「うん何が?」
「えっ? いえさっき私のせいでお目を傷められた様でしたけれど……」
「は? 違うが? 雛菊ちゃんの家族を想う心に涙を流しただけだが?」
「虹、それは誤魔化しとして機能してるの……?」
「アイツのキャラ的に逆に恥晒してる様な気がするわね……」
虹は一つ咳払いをする。
「さってと。もうこれで終わりかな~?」
「うん。これで終わりだと思う。ただこれからはこれまで以上に気をつけた方がいいかも。あんな高次元存在が居るなんて前例が無かったから……」
「そうね。アタシもあんなの初めて見た。アンタらも気を付けなさいよ」
「かしこまりましたわ。えっと……本日は本当に、ありがとうございました」
「いやっ、いいよそんなお礼なんか。ただ、まだ雛菊さんは慣れてない事も多いんだから、ああいうのを相手にする時は事前に虹とか索に連絡してね」
「そうね。アタシがアンタに掛けた時間が無駄じゃなかったって、証明してみせなさい」
「わ、私もすぐに行くからねっ……! で、出来れば日奉さんが居てくれた方が心強いけど……」
「お~~~何だ~~? 可愛いなぁ索ちゃんなぁ? かわかわだなぁ~? うりうりうり~!」
「わっ……!? えへ……」
「はいはいそういうのは今度にしてくれるかしら~?」
「妬けた?」
「ウザいからやめろっつってんのよ!」
その後、雛菊から私達にお礼がしたいため、食事を奢ってもらえる事になった。もちろん私や結は既にエーテル体になっているため食事は摂れないが、彼女とこれからも共闘する事があるかもしれないため交流を深めるのも悪くはないだろう。
「やったぜ~! なるべく高いやつ食べよっ~と!」
「いやっ! 少しは気を遣ってよ虹!」
「あ、あの……私は安いやつでいいよ……? あっでも、出来ればいっぱいあるのがいいかな……」
「それはつまり高いやつ頼むって事なのよ索……?」
「ふふ。お気になさらないでくださいまし。皆さんはもうお友達ですもの。お好きな物を頼んでくださいな」
「よっ! 太っ腹~! 索ちゃ~んフカヒレ頼もうフカヒレ!」
「れ、霊界堂さんがそう言うならっ……!」
「ショッピングモールに対する期待が高過ぎない!? フカヒレ無いよ多分!」
「索……ほんっとみっともないから外じゃあんまり食い意地張らないでくれる……?」




