第17話:人情親子技
天道先生が空中に放ったボールはどんどん熱の出力を上げていき、その表面からは炎が現れて少しずつ巨大化していた。雛菊の持っている能力の神髄を引き出すためにここまでの事をしている訳だが、正直外部から見れば異常現象でしかないだろう。メインテイナーに変身している最中は他者から姿も起こした現象も認識出来なくなるという前提が無ければ冷や汗ものである。
魔箕は雛菊の後ろから腕を伸ばし、雛菊が持っている刀の柄に手を触れて標準がブレない様にと固定しながら、彼女の耳元で落ち着いて集中する様にと語り掛けていた。
「お嬢様……お嬢様の力は現夢様のお話が事実なのであれば、溜めてから解放する事によってその真価を発揮するのだと思います」
「と言っても……完璧に力を制御出来ている訳ではないのよ? 私も何となくでやっているのだから……」
「雛菊さん、体の内側にあるものを解き放つ感じだよ。イメージを固めればやりやすいかな」
「イメージですの? 仰られるだけなら簡単かもしれませんが、さっきの水を飛ばしたのも結構大変なんですよ?」
「お嬢様、対象に集中してください。現夢様も少しお静かに」
「えっごめん……」
魔箕が雛菊を火球の方へと集中させると、雛菊は眉間に皺を寄せて少し力み、やがて剣先に小さな水球が出来上がった。その水球は野球ボール程の大きさであったが、その場で刀を軸にした回転をしている様に見えた。
「回って回って回って回ってるね~~~」
「いつもいつでも飛び出せる様にしてるんだね」
「雛菊さんその調子だよ……! 上手く出来てる……!」
「ほ、ほんとですの!?」
「お嬢様意識を逸らさないでくだ――」
瞬間、雛菊の集中が途切れたからなのか水球はその場で弾け飛んだ。飛び散った水の破片は私やパラソルの下に居る虹達の方にも飛んでいき、体の表面に付着したそれを見てみると、雛菊のコントロール下から離れたにも関わらず回転を続けており、エーテルで出来た私の体表面を移動し続けていた。
「……現夢様」
「いやっ待って血分さん。雛菊さんの力はまだ終わってないよ」
「……?」
「私の腕に飛んで来た水滴が肩まで登って来てる……まだ動いてるんだよ。虹、そっちにも行ってるでしょ?」
虹はパラソルから顔を出し、パラソル外部に付着している水滴を確認する。
「あ~動いてるね~。水も滴るいい女って言うけど、本当にいい女には水の方から寄ってくるものなんだなぁ。こう」
「何名言ぽく言ってるの……。天道さん、これってまだ雛菊さんが動かしてるって事ですよね?」
「そうだね~。ヒナちゃんの溜め込んでから解放する力が残ってるのかもしれないね」
「そ、そうなんですの? 正直、私は何もしていないのですけど……」
どうやら雛菊の『溜めてから解放する』という力の使い方は、水への運動エネルギー自体にも適応されているらしい。先程水球を回転させていた際に発生していた回転エネルギーが、飛び散った水滴一つ一つの中にも残っており、それが今解放されて回転しながら移動しているのかもしれない。この回転はあくまで今使われているだけの力に過ぎない。もし彼女が更に力を強めていけば、もっと複雑な貯蓄と解放が可能になるだろう。
「うーん……ヒナちゃんは今、意識して動かしてる訳じゃないのかな?」
「そうですわ。まだ素人な私にそんな大層な事なんて出来ませんもの」
「これ無意識でやってるってマジ? やば。雛菊ちゃんチートじゃん」
やがて私の肩の上まで登って来ていた水滴はその回転を持続させたまま空中へと浮かび上がり、天道先生によって作られ巨大化してきている火球の方へと飛んでいった。見てみると他の場所にも飛び散っていた水滴達は後を追う様にして火球の方へと飛んでいくと、それを取り囲む形で静止した。
一体何が起こるかと見守っていると、水滴一つ一つから回転の流れに沿う形で大量の水が放出されて火球へと襲い掛かった。常に一定の方向から水を放出し続けるのではなく、回転の動きによって外部から炎を削り取っていくかの様な動きをしていた。
「雛菊ちゃん凄いじゃ~ん。パーペキじゃんパーペキ~」
「わ、私は何もしていませんわよ!? 水が、勝手に……!」
私も魔箕も、まだ雛菊が火球を消すための技を完成させていない状態で水球を弾けさせてしまったと思っていた。だが実際は違っていたのだ。あの水球が出来上がっていた時点で既に技は完成していたのだ。彼女自身が狙ってコントロールしている訳ではないらしいが、本人がやりたい事に完璧に対応していた。
天道先生の作った火球はどんどん小さくなっていき、ついには元のボールの姿へと戻り天道先生の所へと帰っていった。
「凄いね~ヒナちゃん。先生、ちょっと過小評価してたのかも」
「……お嬢様、今のは本当にご自身の意志でやった訳ではないのですね?」
「え、ええ。あんな事出来る訳ないじゃないの」
「では……いえそんなまさか……」
「血分さん?」
「……現夢様、貴方様はメインテイナーとしての経歴は長い方でしょうか?」
「いやっ、私もそんなにじゃないよ。精々数年程度かな。どうしたの?」
「先程のお嬢様の技……奥様によく似ておられるのです」
魔箕の話よると、彼女の前任者でありサポーターでもあった雛菊の母親、霊界堂柳さんが使っていた技によく似ているらしい。魔箕は生前かなり精密なコントロールが出来ていたが、柳さんは魔箕程のコントロールは出来ていなかったのだという。その代わり彼女は水を回転させるという一点のみに絞る事によって、出力を上げるという部分に力を割いていたそうだ。本来であれば回転という動きは簡単に対応出来てしまう動きだが、柳さんは回転の向きや軸などを複雑に変化させる事によって高次元存在と戦っていたらしい。
「まるで、奥様が乗り移った様な……」
「いやっ有り得ないよ。サポーターは自分が支えているメインテイナーが死亡すれば、この世界から完全に消滅する。生きてたって記録もね。覚えてられるのは、消滅前にその人を一度でも見た事があるメインテイナーあるいはサポーターだけ」
「お、お母様が……私に……?」
「雛菊さん、そんな事有り得ない。今のは間違いなく君の力だよ。柳さんはもう完全に消滅してる。覚えてるのは私と虹、結と索、それと君達だけ」
「ですが現夢様、例外という可能性も……」
「血分さん、貴方が柳さんに何か借りがあるのは分かるし、生きてて欲しいって思ってるのも分かるよ。だけどそんな事は有り得ない筈なんだよ」
私の中でそう確信があった。何か根拠がある訳ではない。しかしメインテイナーとして活動している最中に消滅していくサポーターの人を何人か見た事があるのだ。実際、結のサポーターだった人もこの世から完全に消え去ってしまった。だからこそ結はあんなに苦しんでいたのだ。メインテイナーの理は恐らく絶対なのだ。揺らぐ事のないこの世の真実。
虹はパラソルを消しながら天道先生と共にこちらに歩いてくる。
「や~凄かったね~さっきの。治ちゃんのが一気に消えちゃった」
「先生も驚いたよ。ヒナちゃん、本当に経験無いの?」
「……およよ? どしたのどしたの三人共、テッポウウオが水鉄砲食らったみたいな顔して~?」
「いやっ、実は……」
虹と天道先生は先程魔箕が語っていた話を黙って聞いていたが、最後まで聞き終わった虹は口を開いた。
「いや~ないない。死んじゃったら人はそこで終わりじゃん。柳さんは魔箕ちゃんが死んじゃった時に消えたんでしょ? だったらもうそこで終わったんだよ。一人だけ実は雛菊ちゃんに憑りついて生きてました~って、そんなのズルじゃん」
「私はメインテイナーになってそんなになる訳じゃないからはっきりとは言えないけど、一人の先生として、一人のメインテイナーとして言わせてもらうね? さっきのは間違いなくヒナちゃんの実力だったよ?」
「そーそー。どうして自信持たないんだお前はぁ! 自己・評・価ッ! もっと自分に自信を持ったらんかい! どうしてそこで自信失くすんだそこでぇ!?」
「あ、あの……私が言い出したのではなく魔箕が……」
「言い訳しなぁい!! 幽霊なんてのは井戸底か事故物件か仄暗い水の底くらいにしかおらんのじゃい!!」
「随分と限定的だね虹……」
「こんな明るいナツいアツに出てくる幽霊があるかっ!? 出てこい根性叩き直してやるよこの虹様がよォ~!?」
「脱線してない!?」
「……まぁとにかくだね~、さっきのは雛菊ちゃんの実力って事だよ。ねっ治ちゃん?」
「そうだね~。先生の目を信じて、ね?」
普通の人間ならどうかは知らないが、少なくともメインテイナーになった以上はいつかは必ず消滅する事になる。特に柳さんに関しては魔箕本人が一番分かっている筈だ。あの時、魔箕は殺されてエーテル体になった。私達は人間に憑りついている高次元存在に意識が向いていたが、魔箕はその時に柳さんが消滅するのを見た筈なのだ。雛菊が柳さんと似た様な技を使っていたのも、あくまで思考回路が似ている親子だからこその偶然に過ぎないのだ。
「……」
「返事!!」
「は、はい!? え、あの……ですから言い出したのは魔箕なのですけど……」
「血分さん。納得してくれる?」
「……そうですね。恐らく、奥様もその事は分かった上で自分に託してくださったのでしょう。誰にも引き継がせずにお嬢様のお傍に居るという事も出来た筈ですし……」
「うんうん。まーちゃんもヒナちゃんも偉い偉い。先生は今、モーレツに感動してるよ!!」
「あたしもだぜ治ちゃん……柳さんを想う魔箕ちゃんの優しさに涙が止まらない……」
「大丈夫だよまーちゃん! 世界中を埋め尽くしそうな程泣いちゃっても、新しい朝がいつかは来るんだから!」
「そーそー! 消えちゃったならもうしょうがないんだから、あたしみたいにタフに笑って乗り越えようよ!」
「目標にするには虹はタフ過ぎない……?」
「……そうですね。あれはお嬢様の実力……そういう事、なのですね」
「き、期待してくれてるところ悪いのだけど、私、全然コントロール出来ていなかったのよ魔箕……?」
確かに雛菊自身もどうやってあの技をやったのかは分かっていない様に思える。だが逆に言えば、あれだけの技を無意識に使えているというのはそれだけ素質があるという事である。彼女に備わっていないのは基礎的な部分だけであり、それ以外の大技などに関しては下手に教えずに好きにやらせた方が効果があるのかもしれない。無意識だからこそ出来る技、無意識だからこそ気付けている事もあるのだろう。
「よし! それじゃあヒナちゃんが大技を覚えたお祝いに美味しい物でも食べに行こうか! 今日は先生の奢りだよ!」
「え!? あ、あの……訓練はもう終わりなのですか……?」
「天道様、もう少し教授頂ければと自分も思っているのですが……」
「いいのいいの! ヒナちゃんは今のままがいいの! そこが気に入った!!」
「あたしも気に入ったッーーーーー!! そんな事より宴だーーー!!」
「いやっ天道さん! 私的にもせめてもう少し何か教えた方がいいと思うんですが……!」
「そりゃっ」
虹によってステッキが振るわれ、突然私の体の動きが封じられる。口を開く事すら出来なくなってしまい、自分の意思とは無関係に虹の傍へと引き寄せられていった。
「ねぇ治ちゃん何食べよっか~?」
「今日はヒナちゃんのお祝いだからヒナちゃんが食べたい物だね~」
「いえ、あの……そんなにお腹も減っていませんし、もう少し特訓をして頂けると嬉しいのですけど……」
「喋ってお~くれっ」
「そうですわね、お肉が食べた……っ!?」
「だって治ちゃん」
「よ~し! 先生今日は張り切って沢山奢っちゃうよ~!」
「よっ! 治ちゃん太っ腹!」
「お、お待ちくださいな! さ、さっきのは勝手に……急に口が動いて……!」
「お嬢様諦めましょう……得るものがあっただけ良しとしましょう」
「えぇ……私、ここに来て一時間も経っていないのよ……? 朝からこれだけのために呼ばれたの……?」
それに関しては朝から虹に引っ張って連れて来られた私も同意見だよ。




