第14話:維持者の群れ
魔箕が雛菊の中に入ってから数分が経過しようとしていた。憑依型高次元存在に取り憑かれていた男性がいつまでも目を覚まさないため心配していたが、どうやら虹が改変能力を使って一時的に眠っている状況に固定しているだけらしく、彼女が解除すればすぐにでも目を覚ますと聞いて少し安心した。
「時間掛かってるね~。このままじゃ宇宙一巡しちゃうよ~」
「何の話してんのよアンタは……」
「説得に時間が掛かってるのかも」
「全くあたしを見習って欲しいよね!」
「虹の受け入れが異常な早さだっただけだよ!?」
「そんな早かったの?」
「うん。多分10分も掛からなかった筈」
「索は30分は掛かったわね……そう考えると確かに早いか」
「そ、そんなに掛かってたっけ……?」
過去に何があったのかは分からないが、魔箕は相当な隠し事をしているらしい。彼女の以前所属していた組織というのが何なのかは知らないが、こんな所を拠点にしている辺り真っ当な表向きの組織ではないのだろう。もしそれも打ち明けているのだとしたら、時間も掛かるだろう。
20分程経った頃だろうか。倒れていた雛菊の目がパチリと開き、魔箕の亡骸を一目見ると私達の方へと顔を向けた。その表情には激しい動揺と困惑が見られたが、一応説明はされているのかもう涙は流していなかった。
「み、皆さんは……」
「私は現夢循。こっちの日奉虹のサポーター。君にとっての血分さんと同じだよ」
「その感じだと継承は済んだみたいね。覚悟は出来てんの?」
「……魔箕から聞きました。あの子は、私の事を……」
雛菊は魔箕からメインテイナーの役割と彼女の過去について教えてもらったらしく、すでに死亡した上に同じメインテイナー仲間である私達にはその過去を話してもいいと言っていたそうだ。しかし雛菊本人としては魔箕の過去について他人に漏らすつもりは無いらしい。彼女にとっては魔箕との関係性は特別なものなのだろう。私としてもしつこく聞くつもりは無い。誰しも秘密というものを持っている。仕事に差し障りないのであれば野暮な事は聞くものではないだろう。
「現夢さん、でしたわよね? 魔箕を殺したあれは……もう倒してくださったのですか……?」
「うん。虹が倒したよ。でも、まだ似たようなのが居るかもしれないの。人間に取り憑いて血分さんを殺した奴みたいな……」
「そ! だから雛菊ちゃんもメインテイナー、やろう!」
「……無理にやれとは言わないわ。足手まといは邪魔なだけだからね」
雛菊はもう動かない魔箕の額に自らの額を合わせると、一人で立ち上がった。
「私が……私がやります。あの子の意志は、私が継ぎます」
「……言っとくけどそこのバカみたいに死ぬ事だってあるのよ。分かってる?」
「ええ。分かっています」
「ねぇ~~~頼むよおおおおおおお!! お願いだよぉおおおおおお!! メインテイナーやってよぉぉぉおお!!」
「やるって言ってるよ!? 話聞いてた!?」
「家に13人の幽霊が居るっていうのは聞いてたけど~……」
「うん聞いてなかったんだね!」
「ウソウソウソウソウソウソ。ホントはね? 聞いてたよ~?」
「……それで血分、アンタを殺したアイツの仲間はどこに居るの? もしあの高次元存在が霊界堂を狙い撃ちにしてたんなら、同じタイプの奴がまた同じ方法で狙ってくる可能性があるわ」
雛菊の背中から魔箕の姿が現れる。
「自分が知っているのはここの拠点だけです。ですが、ここに来てみればこれです。まるで撤収しているみたいに……」
「あ、あのあのっ……その人達って、何者なんですか?」
「何者でもいいでしょ。アタシ達の相手はあくまで高次元存在とかいうバケモノだけ。そいつらがどんな事してようが関係無いなら知る必要無いわ」
「わ、私が魔箕から色々聞いていますので自分で調べてみますわ! その、何か分かりましたら皆さんにもお教えしますので今日は一度別れませんか!?」
「……そうだね。索、結、続きは一旦後にしよう。血分さんのお葬式とかもしないといけないだろうし」
「そうね。索、帰るわよ」
「えっ、う、うん……?」
結は私の意図を汲み取ってくれたのか索の戦闘装束を解除すると、二人で山を下っていった。
「ほら虹、その人起こして私達も帰ろう」
「うーん……『急いてはコットンシール』って言うしね~」
「『事を仕損じる』ね」
「そうそれそれ。じゃあ起こしてあげるか~」
虹は意識を失ったままの男性を跨ぐ様にして立つと、いきなり彼の頬に平手打ちを叩き込んだ。
「起きろッーーーーー!!!」
「えーー!?」
「な、何をしてますの!?」
「何を寝惚けているこの〇〇の〇〇〇〇野郎ーーーッ!!」
痛みのせいか能力が解除されたせいかは分からないが、男性は目を覚ましキョロキョロと周囲を見渡す。彼からすれば急に体を乗っ取られていたのだから、何故ここに居るのかも分からないのだろう。
虹はビシッと背筋を伸ばすと小さく足踏みを始め、男性も能力を掛けられたのか同じ様に足踏みをし始めた。そして虹がステッキを前方に振るうと彼の体は勝手に動かされているかの様に山を下り始めた。
「下山の時間が来っるっぞー! ゲザンノジカンガクッルッゾー」
「あの、現夢さん」
「何?」
「今のが……日奉さんのお力なのですか?」
「うん。正確には私から継承させた力だね。私も先代の人から受け継いだんだ」
雛菊は少し思案していたが、やがて意を決した様に口を開いた。
「でしたら! 私に御教授願えないでしょうか!?」
「えっ私達が?」
「はい。私はその、メインテイナーとしても霊界堂家の人間としてもまだまだ未熟者ですわ。魔箕から引き継いだ以上はしっかりこなしたいのです。ですから先輩として教えてくださいまし!」
「いやっうーん……私や虹の力と君達の力は別物だし……あんまり参考にはならないかもだよ?」
「構いませんわ。力の使い方を教えて頂ければ良いので」
「んー……虹、どう思う?」
虹は雛菊の前に力強く立つ。
「あたしは厳しいが公平だ。ここに人種差別など存在しない。皆等しくメインテイナーだ!」
「えっちょっと虹?」
「訓練教官の日奉軍曹である。話し掛けられた時以外でも口を開け。口で喋る前と後に『ニャー』と言え。分かったか、お金持ち共!」
「ニャー、イェス、ニャー!」
「『サー』ではないの!?」
「新人小娘が! じっくりかわいがってやる! 笑う以外出来なくしてやる! さっさと座れ! 恥を捨てて汗かいてみろ! 出来たら口開けさせて美味しいの流し込むぞ!」
「ニャー、イェス、ニャー!」
「君も乗らなくていいんだよ!?」
「続けてよろしゅうございますか?」
「いやっさっきから何の真似なのそれ!?」
「762ミリ弾……フルメタル・ジャケットだ」
そう言うと虹はステッキを口に咥えるとビクンと体を揺らし後方へとバタリと倒れた。しかしすぐさま起き上がると雛菊の隣に回り込み、近くに生えている木を指差した。
「隊長ぉ……! あの木が標的になります……!」
「わ、私は何をすれば宜しいんですの?」
「魔箕ちゃん! 早く武器を渡せ! 戦争の顔をしろ!!」
「さっきから何を仰っているのですか……。お嬢様、今から自分が武器を渡します。手に持てば頭の中に舞踊が浮かんでくる筈ですので、その通りに舞ってください」
「分かりましたわ。踊ればいいのですね?」
魔箕は生前武器として使っていた刀を出現させると雛菊へと手渡した。するとそれを受け取った彼女は代々受け継がれてきたであろう神降ろしの舞を舞った。彼女の体は光に包まれ、白と黒を基調とした戦闘装束へと変身した。本来戦闘装束は人によって大きく見た目が変わり、似た色になる事は少ないらしい。しかし魔箕の黒を受け継いだかの様なそのデザインは、彼女達二人の強い繋がりを感じさせた。
「何だか恥ずかしいですわね……」
「羞恥の通じないところを地獄と言うのなら、ここがそういう所だ」
「いやっまあ、すぐに慣れると思うよ、うん」
「なるべく早めに慣れる様に努めますわね……。それでですが、教えて頂けるのですか?」
「いいだろう金持ち野郎! よし黒いの! 教えてやれ!」
「そうですね……ではお嬢様、まずは……」
魔箕は雛菊へと耳打ちをし、彼女が今までにやっていた力の使い方を教えた。彼女がどれだけの期間メインテイナーとして活動していたのかは分からないが、亡くなる前のあの力の使い方を見るに相当精密な操作を得意としている様に思える。虹が降らせたあの豪雨を全て自身の制御下に置くというのは、それだけの技量と素質があるという事だろう。
「……以上です。では実戦といきましょう」
「よし来い! あたしが受け止めてやるぞー!?」
「え、いやっちょっと虹!? 危ないって!」
「知った事か! あたしは無敵じゃい! オラかかってこんかーい!!」
「ほ、本当に宜しいのですか?」
「お嬢様、恐らくあの方は自分よりも実力者です。大丈夫でしょう」
「わ、分かりましたわ……いきますわよ!」
雛菊は腰に構えた刀を抜き、力任せな動きで虹へと振るった。すると刀身から水で作られた衝撃波の様なものが放たれ、凄まじい速度で虹へと向かっていった。しかし虹はステッキでそれを防ぎ、衝撃波は弾ける様にして無力化され周囲を濡らした。
「や~水の滴るいい女になっちった」
「お嬢様、流石です」
「今ので良かったのでしょうか?」
正直かなり驚いた。初めて力を振るったにしてはそこそこの操作が出来ている。確かに魔箕から教えてもらってはいるが、それでも初めてでここまで出来るというのは素質が無ければ出来ない事だ。虹が防御した事によって簡単に崩れ去りはしたが、それは虹の素質が規格外だからである。もしあれが虹以外のメインテイナーであれば、防ぎ切れずに負傷していたかもしれない。純粋な火力で言えば相当なものだろう。
「問題ありません」
「うん。私もそう思う。虹じゃなかったら防げない威力かも」
「そ、そうですの? でしたらもっともっと訓練を積まねばなりませんわね。時には威力を抑える事も必要でしょうから……」
「そうでしょうか? 単純に相手を倒すだけでしたら精密性を上げるべきだと自分は思うのですが……」
「いやっ霊界堂さんの言う通りだと思うよ血分さん。威力を抑えてその分他のところにエネルギーを使ったりとか出来れば、もっと上手く使いこなせる様になると思うよ」
「そうなのですか?」
彼女のこの反応からするにメインテイナーとしての経験は浅いか、あるいはそういった事を考えない性格なのかもしれない。私はそこそこの期間やっていた上に先代の人からあれこれと教えてもらったため自力でその結論に至った。姿見戦で索がやっていた縄を学校中に伸ばして標的を探すという技を見るに、彼女もまた威力と精密性にしっかり気を遣いながらエネルギーを使っている。彼女自身の性格もあるだろうが、結の面倒見の良さもその理由に含まれているだろう。
「もしかして血分さん、今まであんまりそういうの気にしてこなかった?」
「はい。自分の役目はお嬢様をお守りする事ですから。相手を排除するのに加減は必要ありませんので」
「今まではそうだったのかもしれないけど、これからは霊界堂さんと一緒に鍛えていくべきかも。私も今までは高次元存在の事を少し甘く見てた。だけど今回のあの一件で考えが変わったの。少しずつだけど、確実に賢くなってきてる。人の繋がりを理解して利用出来る程にね」
「ね~循ちゃ~ん。次の技は~?」
「現夢様、貴方の考えは理解出来ました。自分がどこまで教えられるかは分かりませんが、お嬢様に出来る範囲で教授させて頂きます」
「ありがとう魔箕。では次は――」
「ねーーえーーーっ! ちょっとー! お三方ーーーっ!?」
びっしょりと濡れたままの虹がこちらに寄ってくる。
「誰か忘れてませんかっ?」
「いやっごめん。大事なお話してたんだ」
「あたしも混ぜてよ~」
「いやっ~……正直虹は言わなくても大丈夫そうっていうか……」
「何だよ何だよ仲間外れかー!? 一生に一緒に居るって言ってたのはウソだったってのかよォォォーーッ!!」
「そんな事言ってないよ!? サポーターだからそうなってるだけだよ!」
「奥さん聞きました~? 薄情でヤんなっちゃうわよウチの旦那っ!」
「何と! 現夢さんは男性だったのですか!?」
「見た通りの女だよ!? やめて虹の言う事をまともに聞こうとするのは!」
「失言だったよ~妻って言った方が合ってるね~」
「それも合ってなくない!? 私いつの間に君と婚約してたの!?」
魔箕が話を戻そうとしてか口を開いた。
「現夢様、もう少し訓練に付き合って頂いても宜しいですか?」
「うん、私は別にいいけど」
「ねぇねぇお三方さ~ん。何か忘れてないかにゃ~?」
「ちゃんと反応したでしょ虹」
「貴様らは本当に〇〇だな! そんなんでメインテイナーをやっていこうとは笑わせる! 過去最高のジョークだな!!」
「日奉さん、何のお話ですの? 分からないので教えて頂けないかしら」
「いいか貴様ら! 目ん玉かっぽじってよく見ろよ!!?」
そう言うと虹はビシッと地面の上に倒れているそれを指差した。
「あ……」
「そうでしたわ……」
「貴様ら三人も揃って薄情者か!? 頭蓋骨の中にお花でも詰まってるのか!? 霊界堂雛菊! 貴様は今からお花畑だ!!」
「ニャー、イェス、ニャー!」
「まだそのくだり続いてたの!?」
「そして後ろの貴様! 自分自身の話だというのに忘れたのか!? 本当におめでたい奴だな!! 血分魔箕! 貴様は今から消しゴム頭! イレイザーヘッドだ!!」
「は、はぁ……そうですか」
「そして貴様もだ油断するな!? この場じゃ一番の先輩のクセして何をポヤッとしている!? 聞いてるのかオイ!? 現夢循! 貴様は今からポヤポヤ頭だ!!」
「いやっうん……言いたい事は分かったよ。私もちょっと忘れちゃってたし言い訳出来ないし……」
虹がステッキを振るうと、倒れていた魔箕の胸からは傷痕が完全に消滅し、操られているかの様に立ち上がると、彼女を殺した男性と同じ様に足踏みをし始めた。それを真似する様に雛菊の足が動き出し、更に私や魔箕の様に足を動かす必要のない人間まで同じを動きを強制させられた。
「行くぞ貴様ら俺に続けッ! きょ~うは一旦か~えるぞ~、キョ~ウハイッタンカ~エルゾ~」
「わっ!? な、何ですの足が勝手に!?」
「いやっちょっ!? 虹ストップストップ!」
「教官である俺に指図する気か!? 復唱ーーーーーーーーーッ!!」
口が勝手に動け始める。
「俺たちゃ無敵の魔法少女~!」
「俺ちゃ無敵の魔法少女~……!」
「今日~も元気に戦うぜ~!」
「く、今日~も元気に戦うぜ~……!」
「今日もカモメがっ泣いていぃぅるぅぅぅう……」
「今日もカモメが泣いているぅ……いやっ何で急に曲調変わったの!?」
「ポヤポヤ頭!! 貴様俺の好みに文句をつけるか!? いつそんなに偉くなった言ってみろ!!」
「え、偉くなるも何も……ていうか虹いつまでそのキャラ続けるの!? もういいよくどいよ!」
「も~、文句だけは一丁前だな~」
虹は一瞬にして自身の服装を変化させてエプロンの様な物を身に着け、更にいつの間にか私達は手押しの籠の様な物の中に入れられていた。
「な、何ですのこれ!?」
「理解出来ません……どういう事なのですかこれは……」
「ちょっと虹! これ何んむっ!?」
私を黙らせる目的かおしゃぶりが口に詰められる。
「は~い皆~? 先生と一緒に集団お出掛けしよ~! 今日はどこに行くのか楽しみだね~? これだけ群れて移動すれば蒸れ蒸れだね~。『群れ』だけに!!」
「……んむんむ……! ぷっ! ……虹! 別に他のキャラをやれって言った訳じゃないよ!? 普通にしててくれればいいんだよ普通にしててくれれば!」
「う~ん循ちゃんはご機嫌斜めみたい! どうしちゃったのかな~?」
「見ての通りだよ! 普通に喋ってるじゃん私!?」
「魔箕ちゃん~どうしてかな~?」
「えっ自分ですか……? そのような事を言われましても……そもそもこの乗り物は何なのですか? 自分に経験が無いだけで世間にはこういった物があるのですか?」
「……雛菊ちゃんはどうしてだと思う~?」
「わ、私ですか!? そ、そうですわね……やはり現夢さんが仰っている様に日奉さんにいつも通りに振舞ってもらいたいのではないでしょうか……?」
「そう! 普通にしててくれればいいの! やめてよもう恥ずかしいから!!」
「減るもんじゃないんだしいいじゃ~ん誰も見てないんだし~」
「個人的なプライドの問題だよ!!」
「ていうかぶっちゃけさ~ぶっちゃけぶっちゃけさ~~?」
「……?」
「あたしって普段からこんな感じじゃない?」
「思ってたけど言わなかった事を言わないでよ!!」




