第13話:タマ詰められて
虹が出現させた大砲の力によって空中へと撃ち出された私達は、メインテイナーである少女、血分魔箕を追って空を飛んでいた。虹が常に改変を起こし続けているのか、魔箕の後ろを正確に追跡して接近し、ついには隣に並んだ。
「よーっす。さっきぶり~」
「貴方方には関係ありませんと言った筈です。行方を尋ねたのは自分ですが、そこまでしてくれとは言ってません」
「え~でも何かヤバヤバのヤバみたいだったしさ~素直になっちゃいなよ~」
「血分さん、だったよね? あの人が誘拐されたんだとしたら、恐怖の感情に引き寄せられて高次元存在が来る可能性が高くなるの。協力すれば早急に対処出来ると思うんだ」
「……関係ありません」
そう言うと彼女は左手に握っていた鞘から刀身を抜くと、こちらに向かって切りかかって来た。しかしその刀身を当てるつもりは無いらしく、わざと外れる様に振り抜いていた。何故彼女がそんな行動を取ったのか疑問に思っていると、虹の額の辺りに小さな水塊が付着しており、その水塊はすぐさま凄い勢いで薄く展開し、私達4人をシャボン玉状に包み込んだ。そんな私達をその場に放置し、魔箕は水に流されながら再び飛んでいった。
「ちょっとどうすんのよこれ!」
「結、落ち着いて。虹、お願い」
「え~別に壊さなくても良くない? ちょっと使わせてもらおうよ」
そう言うと虹は水球の後方辺りにステッキを接触させた。すると一瞬だけその表面に亀裂が入り、その亀裂から出所不明の水が瞬間的に噴射して私達を閉じ込めている水球を勢いよく前進させた。どうやら虹としては自分で空を飛ぶのはめんどくさいらしく、こっちのやり方の方が少ない労力で済むそうだ。
見てみると前方では魔箕がまだ水に流されながら空を飛んでおり、時折地面の方を確認している様子だった。恐らく道路を走っている車の内どれかを追跡しているらしく、彼女が言っていたお嬢様なる人物がそこに閉じ込められているのだろう。
「虹、血分さんが追ってるのがどの車か分かる?」
「ん~どれだろ。確認してみる?」
「確認するったってどうやんのよ」
「こうやるのだ!」
ステッキが上空へと振り上げられ、一気に空が曇天へと姿を変えた。先程まで晴れていた筈だというのに虹が一度力を振るえば天候まで変化してしまう。初めて彼女が力を振るった蟹型高次元存在の時には空を一瞬にして晴天にしていたのだ、その逆も簡単に出来てしまうのは当然だろう。
魔箕は突然天候が変わった事に動揺しており、直後凄まじい量の雨が降り始めた。まさに豪雨と言ってもいい程の降雨であり、外から聞こえてくるバチバチといった音からするに相当な勢いで降っているのが窺える。そしてそんな急激なゲリラ豪雨によって運転が困難になったのか、地上を走っていた車達は一斉に運転を止めていた。
「これなら動けないでしょ~」
「待ちなさい……アンタ、ヤバイ事したかもしれないわよ」
「お?」
勢いよく降りしきっていた雨粒は突然ピタリと動きを止め、空中で静止している魔箕の所へと集まり始めた。一つ一つは小さな雨粒だったが、それらが集まる事によって一本の長い鞭の様な形へと変化していった。今までの行動を見るに彼女が引き継いだメインテイナーの力は『水を操る能力』であり、虹の雨を降らせるという行為は完全に彼女にとっては優位に働く現象だった。
「虹まずいよ! 流石に被害が大きくなりすぎる!」
「分かってるよ~」
魔箕との距離が縮まっていく中、再びステッキが振るわれ新たな改変が行われた。魔箕のコントロール下に置かれていた全ての雨粒が急に蒸発し始め、その姿を消していった。天候操作が出来る彼女からすればこの程度は朝飯前なのだろう。地上では雨が収まった事で交通が再開しており、魔箕は突然の出来事に混乱している様子だった。そんな彼女に私達の入っている水球が追い付き、虹によってブレーキが掛けられる。
「数分ぶり~」
「どういうつもりですか……? 自分の邪魔をしないでください!」
「あたしは手伝おうとしただけだよ~。でも魔箕ちゃん勝手にあたしの作った雨を操ろうとしたでしょ? 著作権はあたしにあるんですけどっ!!」
「雨に著作権もクソも無いよ!? 血分さん、確かに私達メインテイナーの起こした現象は他の人には偶然の事故とか現象としてしか認識されない。だけど、あんな量の水で何かやればどこかで違和感が生じるかもしれないんだ」
「アンタやアイツがどうなろうがアタシには関係無いけど、それで他の人間の感情が下手に動けばヤバイ奴を呼ぶかもしれないのよ」
「みたいだよ~。ねぇ索ちゃんはどう思う~?」
「……索?」
「……」
「き、気絶してるーーー!!?」
どうやら索は空中に撃ち出された際の衝撃で気を失っていたらしい。虹の腕に抱かれたまま喋らないと思っていたが、まさか気絶しているとは思わなかった。私達全員が魔箕の方へと意識が向いていたため誰一人として今の今まで気が付けなかった。
「ちょっと索! 起きなさい索!!」
「…………うあ……?」
「起きた起きた。グッモ~ニン索ちゃん! 当店自慢の大砲の寝心地は如何だったかな?」
「あれ寝具の括りなの!?」
「ひぇっ!? ここどこっ……!?」
「空よ空。しっかりしなさい」
「……何なんですか貴方方は」
「血分さん、お願いだから落ち着いて。一回作戦を立てようよ」
「必要ありません! 犯人は分かっているのです! どこに向かっているのかも!」
魔箕曰く、お嬢様と呼ばれている彼女は魔箕のサポーターを務めている女性の娘であり、魔箕にとってサポーターである彼女は命の恩人であるらしい。彼女の名前は霊界堂柳。遥か昔、無縁仏を弔うために墓石屋を始めて財を成した霊界堂一族の一人らしい。と言っても血の繋がりがある訳でもなく、一族に嫁いだ一人という事だった。そしてそんな彼女の娘こそが、魔箕の言うお嬢様らしいのだ。
「霊界堂……? どこかで聞いた事ある名前ね……」
「く、縊木さんっ……ミタマグループの社長さんが同じ苗字じゃなかったかな……?」
「あっそれだ! 私も名前を聞いて何か引っかかってたけど、そうだ! 霊界堂さんって……!」
「ん~? お金持ちさんって事~?」
魔箕の後ろから柳さんが姿を現す。
「すみませんが皆さん……邪魔をするのであれば私も困ります……」
「待ってください霊界堂さん! 私達にもお手伝いさせてもらえませんか! 虹が行った方がいいと思うんです!」
「そうね。正直ウザい奴だけど実力は本物だし、何かあった時の保険としては役立つんじゃない」
「や~照れちゃうねぇ~。そんな褒めてもキスくらいしか出ないよ?」
「要らないよそのサービスは!」
「…………そうですね。今回だけ、お願いしても宜しいですか?」
「奥様!」
「魔箕、こちらのお嬢さんの仰っている事にも一理あります。いくら一般の方に認識されないとはいえ、規模が大きくなると矛盾や違和感が生じるでしょう。それにそちらのお嬢さん……虹さんと仰いましたか? その方は相当な力をお持ちになっている様です。それこそ天候を変えられる程の……」
「さっすが奥さんお目が高い! あたしに掛かれば建物の修繕とかもちょちょいのちょいだよ~!」
魔箕はあまり納得がいっていない様子だったが、自身が仕えている人からの命令とあって渋々了承した。
更に彼女から詳しく話を聞くと、柳さんの娘である霊界堂雛菊を誘拐したのは魔箕が以前所属していたというある組織の人間だという。その組織が何なのかは教えてはもらえなかったが、彼らが拠点にしている場所は既に知っており、彼らから直接そこに来る様にと脅しの電話が来ていたそうだ。恐らくモールの外で彼女がスマートフォンを持っていた時の事なのだろう。
「ちょっと待ちなさい。じゃあそいつらの目的はその雛菊って奴じゃなくてアンタなの?」
「……そうなのでしょうね。自分が戻ってくる事を望んでいるのでしょう」
「じゃあ~魔箕ちゃんここ入って~送るから~」
「何でプレゼントボックスみたいなの出してるの!? 普通に助けに行けばいいんだよ虹!」
「あのえっと……その人達って、普通の人達なんですか……?」
「どういう意味でしょうか?」
「えとえと……! もし私達みたいにメインテイナーとかじゃないなら、わーって行ってわーって助けちゃえば、気付かれないんじゃないかなって……」
「はい。恐らくメインテイナーの事は知られていない筈です。ですが……」
「魔箕。良からぬ考えはおよしなさい……」
「すみません奥様……」
一瞬だったが、彼女の眼の中に激しい負の感情らしきものが垣間見えた気がした。
「……とにかく、彼らは自分が向かうまではお嬢様を解放するつもりはない様です。あの方を助けるには一度自分が姿を現す必要があります」
「じゃあこうしましょ。アンタが正面から姿を見せに行く。アタシ達はもしもに備えて近くで見張っておく。シンプルにこれでいいでしょ?」
「自分は異論ありません」
「ちぇっ……今回はあんたにセンターを譲ってあげるわ……!」
「虹には一体何が見えてるの……」
救出の手筈を話し終えた私達は魔箕の案内の下、彼らの拠点の一つがあるという山へと向かった。そこは町から少し離れた場所にある蛇ノ首山という名前だった。開発が行われておらず、彼らが秘密裏に建てた拠点だけがその山中にポツンとあるらしい。上空から見た限りでは木々のおかげかその建物は見えなかったが、離れた所に降りてこっそり見てみると、そこには養護施設の様な風貌をした古びた建物がひっそりと建っていた。
「あそこです……車は……もう来ている様ですね」
「立地悪いわね……どうせ疚しい事でもやってんでしょうけど」
「ん~~あれってちゃんと届け出してるのかな~?」
「そこ今気にする……?」
「……では、行ってきます。奥様、お願いします」
「ええ。お願いしますよ魔箕」
柳さんによって戦闘装束を解除した魔箕は木の陰から身を出すとゆっくりと正面から施設へと歩き出した。虹と索はそれぞれ左右から建物を挟み込む形で移動し、何かあった時のためにすぐに動ける様にしていた。今のところまだ高次元存在による異常現象などは確認されていないため、このまま問題無く進めば私達の出番は無いという事になる。もちろんそれが一番ベストな展開である。
「出てきなさいっ!!」
魔箕が張り上げた声は木々によって反響し山中に響き渡った。するとその声に応える様に古びた施設の中から一人の男性と手を後ろ手に縛られている少女が姿を現した。少女の顔はどことなく柳さんの顔立ちに似ており、そのクリッとした可愛らしい目は恐怖の感情によって忙しなく周囲を見回しており、高次元存在にとっては格好の餌場と言える状態だった。
「……やはり貴方達でしたか。その人を解放してください」
「……」
「……分かりました。ですがまずはその人の解放が先です」
何故か一人で喋っている彼女に違和感を覚えた。確かに私達は少し離れた所から見てはいるが少なくとも彼女の声がはっきりと聞こえる位置に居るのだ。それにも関わらず、何故か相手の男性が喋っているであろう言葉が一切聞こえてこなかった。口は間違いなく動いているというのに声が発されていないのだ。
私が違和感を覚えている中、雛菊が解放されて魔箕の方へとぽんと離され、二人が再会しそうになったその時、男性の手が素早く何かを抜いて前方へと向いた。
「えっ……!?」
「あれ~?」
雛菊を抱き寄せようとした魔箕の体は突然バランスを崩してその場に膝をついた。彼女の手は胸部を押さえており、手と服の隙間からは赤いものが流れ出していた。反対側で見張っていた索はあまりの事態に混乱していたが、それと相反する様に虹は木陰から飛び出すと男性の体へと体当たりをして地面へと押し倒した。
「魔箕……! 魔箕……!」
「……や~あたしちょっと油断してたかも。循ちゃん、その人さ~多分人間じゃないよ~」
「えっ!? いやっでも……」
「見てて」
雛菊が苦しそうにしている魔箕へとすがりつく中、虹はステッキを振るった。すると地面に倒されていた男性の口が大きく開き、そこから奇妙な人形の様な物が姿を現した。それはどこかの国で作られていそうな不気味な雰囲気をしたブードゥー人形の様であり、見た目だけであれば粘土か何かを使った物の様に見えた。
「嘘……高次元存在……?」
「取り憑いたりするタイプも居るんだね~」
その人形型高次元存在は手に小さな刃物らしき物を握っておりこちらへと襲い掛かってきたが、虹がステッキを振るうと一瞬にして消滅した。悲鳴を上げる事さえも出来ず、流石と言うべき一方的な戦いであった。
少しは混乱が収まったのか、ようやく索がこちらに駆けつける。
「だ、大丈夫ですかっ……!? さ、さっきのって一体……!?」
「分かんないけどさっきのはもうあたしがやっつけちった」
「いやっそれより虹! 血分さんを!」
「はいよ~」
雛菊は当然私達の姿が見えていないため魔箕の体を地面の上に寝かせても何の違和感も抱いていない様子だった。
「は~い魔箕ちゃんお胸見ますよ~」
「いいから早く治しなさいよふざけてる場合!?」
「……ふざけてないけどね~あたしはいつだって本気だよ」
スーツとシャツを捲ってみると、彼女の胸の真ん中には小さな穴が開いていた。まるで火箸の様な細い物で刺されたかの様な傷だったが、その傷口は僅かに焦げておりやはりあれは銃で撃たれていたのだと分かった。
そして彼女の様子を見れば全てが手遅れであった事が理解出来た。
「……ちょっと、アンタ何してんのよ!? 早く治しなさいったら!」
「循ちゃん。死んだ人を治した事ってある?」
「いやっ……私の改変は小さいものを連続させて大きな改変をもたらすやり方だった。私なんかよりも虹の方がよっぽど上手く使えてるよ」
「そっかそっか。ん~~……じゃあ、無理かな」
「は、ハァ!?」
「え、えっ……ひ、日奉さん、それって……」
「流石の天才なあたしでも、死んだ人までは出来ないって事だね~。参ったねこりゃ」
素人である私からしても一目見て分かった。魔箕の瞳孔は既に開いており、彼女が攻撃を受けているにも関わらず、柳さんの姿がどこにも見えないのだ。通常であればメインテイナーがピンチになればサポーターも何かしらの行動に出る筈である。だというのに彼女の姿がどこにも見えないという事は、そういう事なのだろう。
雛菊は倒れたまま動かない魔箕に縋りつき、ひたすら名前を呼び続けていた。
「ちょっと、ウソでしょ……? アンタ、循の力を引き継いでるんじゃ……」
「あのね結ちゃん~。人生は一度きりなんだよね~。あたしのお父さんとお母さんもお祖母ちゃんも、皆そうだったよ~。死んじゃったから生き返ってもう一回なんて、そんな都合がいい事なんて無いんだよね~」
「アタシや循が居るでしょうが!?」
「結、私達メインテイナーだって生き返ってる訳じゃないよ。ただ、次の子へバトンタッチをして支える時間があるだけ。死んじゃったって事実はそのまま……ううん、私達の場合、存在してたって事実さえも消えちゃう」
「……あ、あのあのっ……じゃあもしかしてだけど……」
「そっ! あの奥さんは残念だったけど、魔箕ちゃんはまだ居るのだ~~~!! そーだよねっそこの君ッ!?」
虹は勢いよく施設の方へと振り返りながら指を指す。見てみると建物の陰に隠れる様にしてエーテル体となった魔箕が背を向けて立っていた。
「カムカム! 隠れてないでほら~」
「……放っておいでください。お嬢様は助かりました。不躾ですが旦那様の下にあの方を送って頂けませんか?」
「待って血分さん! どこに行くの!?」
「……どこでもいいじゃないですか」
「待ちさなさいよ。アンタ、自分の役割放棄するつもり?」
「役割?」
「ええ。アンタやアタシ達みたいなメインテイナーは、死んだら次の奴に託さなきゃいけないの。いつどこでバケモノが出てくるか分からないんだから、一人でも空きが出ると困るのよ」
結の言う通り、私達人間の感情エネルギーが大量に発されている場所では高次元存在が攻めてくる可能性が高くなる。それらの出てくる場所に感情エネルギー以外の法則性は発見されておらず、いつどこでどんな形で出てくるのかも分からないのだ。そしてメインテイナーの総数を誰も把握していない。下手をすれば二桁にも満たない可能性すらある。そんな状況で一人でも戦える人数が減るというのはあまりにもリスキー過ぎる。
「……どこかで探します」
「ほんとにいいのかな~? ほんとにほんとにほんとにほんとにいいのかな~~?」
「何が言いたいんですか?」
「血分さん。あの人、雛菊さんは今回新種の高次元存在に狙われた。人に取り憑き、人として振舞えるタイプに。これは私の予想なんだけど、多分あれは人の持ってる繋がり、絆を利用してたんだと思う」
「利用……」
「うん。君と雛菊さんの間にあるお互いを大切に思ってる絆。それを刺激すれば人間の感情は簡単に増幅する。効率的なやり方だよね……?」
「説明しよぉーーーう!!」
虹はどこからともなく手元にあの人形を模した複製や魔箕、雛菊の人形を出現させるとそれを用いて説明を始めた。
「むか~しむかし遠い未来のある所に住んでいた魔箕ちゃんと雛菊ちゃんは愛し合っていました。ちゅっちゅっちゅーちゅっちゅっちゅー♪」
「お嬢様とは……そういう関係ではありません」
「しかしそんな二人を影から見つめる不穏な影がぁ……! 『スケベ発見、スケベ発見』」
「お嬢様はスケベではありません!」
「魔箕ちゃんはスケベなんだ?」
「じ、自分もスケベではありませんっ!!」
「……そいつはほくそ笑みました。『くっくっくー。あいつらの内片方を誘拐すれば、両方の感情を揺さぶれるに違いない!』」
「つまりね血分さん。もしかしたらこれからも雛菊さんは狙われるのかもしれないの。人間を操っていた今回以上に狡猾なやり方でね」
「魔箕ちゃんは言いました。『くっ、卑劣な――」
「では貴方は、お嬢様をメインテイナーにしろと仰るのですか!?」
「――魔箕……! 助けてー!』。雛菊ちゃんの声が響きますっ……!」
「血分さんが雛菊さんに継承させたくないのは分かるよ。何か知られたくない過去があるのも分かる。だけど、このままにしてたらまた狙われる可能性が高いと思うんだ。今日の事でこの人は激しい恐怖と悲しみを感じた。負の感情はいつまでも残りやすいの。高次元存在からすれば格好の的だよ」
「『魔箕、そんなっ……私なんかのためにっ……!』『何て――」
「それは、そうかもしれませんが――」
「って聞いとらんのんかーーーーーーーーーーーーーーいっ!!!」
虹は手元にあった人形を消滅させるとつかつかと陰に隠れていた魔箕の所へと近寄る。
「こんっ……バカタレがぁっ……!」
「ねぇ血分さん、残酷な事言ってるのは自分でも分かってる。でも、見てよ。雛菊さん、これから先、君の事忘れて生きていけると思う……?」
彼女の様子は先程と何も変わっていなかった。魔箕の亡骸に縋りつき、ただただ名前を呼び続けているだけだった。
「お嬢様……」
「いいですかぁ……!? 『大事』という漢字はぁ……! 『大きな事』と書くんですぅ……! 君にとってぇ……彼女の事は大事じゃなかったんですかこのバカチンがぁ……!」
「いえ……いえ、じ、自分は……」
索と結もこちらに来る。
「あ、あのえっと、ですね……? た、大切な人、ならっ……一緒に居なきゃダメだと思うんですっ……」
「アンタみたいなバカに貴重な時間使いたくないのよ。そんなに嫌なら好きにすりゃいいわ。ただし、今度アイツに何かあってもアタシ達は何もしないからね?」
結のその言葉が引き金になったのか、すぐさま魔箕は雛菊の方へと駆け出した。そしてその体の中に飛び込む様にして姿を消すとその体は意識を失い、魔箕の亡骸の隣にパタリと倒れた。
私が先代の人から継承の相談を持ち掛けられた時も意識が無くなった記憶がある。恐らくだが相手の深層意識に語り掛けるため、意識を失ってしまうのだろう。本当にいきなり倒れてしまうため場合によっては非常に危険であり、その危険性があったため私は虹に継承する際は寝ている時にしたのだ。初めから眠っている状態であれば意識を失うも何もないと考えていたからである。
二人の間で交渉が終わるまでの間、少しその場で待つ事にした。
「全く……世話の掛かる……」
「結、ありがとう」
「グチグチしてる奴が気に入らないだけよ。それにメインテイナーがどれだけ居るのか分からない以上、数が減るのは避けたいし」
「ほんとにほんとにほんとにほんとにそうなのか~?」
「ウザッ……マジよマジ」
「や~~流石結ちゃん! どこまでも合理主義で人情の欠片も無いんだね!」
「ああ言えばこう言いやがってこいつぅ……!」
「あっえっとえっとっ……! わ、私は! 縊木さん、す、凄いいい人だと思ってるよ……! だって、だって……! 私の事、ほ、褒めてくれるし、助けてくれるし……」
「ちょっとやめなさいよバカ索!! いいわよフォローとか!」
「そうだよ索ちゃんっ! 確かに結ちゃんって短気だしツンデレだし口悪いし遠回しな言い方するし実際は悪い子じゃないしほんとの気持ち隠したがるけど、だからってそういうフォロー入れるのは野暮ってもんだよ!!」
「虹が一番野暮だよ!!?」




