第12話:娘の命一千万
天道先生とあさひちゃんの過去を匂わせる紙片を手に入れた私達は、その事を細かく追及する事はせずにいつもの生活へと戻っていた。私としても姿見型高次元存在を倒した時の彼女の技を見て自分の考えが完全に杞憂であった事に納得しており、虹も古い馴染みである天道先生が居てくれるというだけで嬉しそうにしていた。
そんな普通の生活に戻ってしばらく経ち、もうすぐ7月になろうかというある日、虹は索と共にショッピングでもしようかと家を出ていた。彼女のサポーターになってから誰ともどこかに出かけるという事をしていなかった虹が、何故索とは出かけようとしているのかは不明だったが別段私が口を挟む事では無いため一緒にバスへと乗り込んでいた。
虹は常に隣の索へ話しかけ続けており、少し暇になったため結へと語り掛ける。
「ねぇ。ねぇ結」
「……何よ」
「いやっ、ちょっと話でもしようかと思ったんだけど……機嫌悪い?」
「さっきからどこぞの誰かさんがずーーーーっと喋ってるからね。ちょっとは静かに出来ないのかしらね」
「…………」
「あ、あれっ……ひ、日奉さん……?」
「虹?」
「…………」
「急にスンッてなるんじゃないわよ!」
虹が悲し気な顔をしながら俯く。
「く、縊木さんっ……ひ、酷い事言っちゃダメっ……!」
「アタシが悪いみたいな言い方しないでよ!」
「いやっあの……索? 虹の行動はいちいち真に受けない方がいいよ?」
「そうよ。どーせそいつテキトーな事ばっか言ってんだから」
「ほら虹、もういいから。ごめん普通に喋ってていいよ」
「…………え、ごめん。ケプラー452bと交信してた。何だっけ? 金星蟹が如何にして宇宙放射線を無効化して渡来したかだっけ?」
「何の話してるの!?」
相変わらず虹は意味不明なおふざけを繰り返しており、私や結でもツッコみ切れない状態だった。そんな彼女のペースに振り回されながら、やがて私達は目的地であるショッピングモールへとやって来た。
そのショッピングモールはいつも私達が住んでいる町からは少し離れた所にあり、普段から頻繁に行く様な場所ではなかった。しかしそれ故に、たまに遊びに行くには丁度いい場所とも言えた。生前の私は来た事が無かったため内心わくわくしてはいたが、そもそもエーテル体であるため物を食べる事も服を試着する事も出来ないという悲しい現実のせいで複雑な気分にもなっていた。
「モール、キターーーーー!!」
「き、きたーっ……!」
「うっさいわねホント……」
「虹、他の人に迷惑にならない声量にして……」
「良し索ちゃん! どこから周る!?」
「え、えっとえと……お、お腹が空きましたっ……!」
「いいぞぉ……父ちゃんが美味ぇもん食わしてやっからなぁ……?」
「誰なのよ……」
虹は索の手を握るとグイグイと引っ張って飲食店が並んでいるエリアへと駆けた。休日という事もあってモール内は人でごった返しており、まだ昼前だというにも関わらずそれぞれの店内はほとんどが満席になっていた。虹は早めに来ればすぐに食事が摂れると考えていた様だが、皆考える事は同じだという事だろう。
「ガーンだな。出鼻をくじかれた」
「あ、ひ、日奉さん……わ、私そんなにお腹空いてないかもだから……」
「いーやそういう訳にはいかないね~! ヘイ循ちゃん! カモンッ!」
「やらないよ?」
「うん?」
「いやっ……絶対改変能力使おうとしてるでしょ?」
「な、何の事かな~? 海綿能力って初めて聞くな~?」
「急に嘘つくの下手すぎない!? そりゃ聞いた事ない筈だよ『海綿』じゃなくて『改変』だもん!」
「別に後でいいじゃないのよどーせ一食抜いたって死にゃしないわよ」
「や~流石結ちゃん! 肉体が無いだけじゃなくて発言に心まで無いんだね!」
「アタシおかしな事言ってなくない!? 人の事を情の無い人間みたく言うのやめなさいよ!」
「結、どうどう……」
「アタシは馬かっ!」
「まあとにかくさ、今はどこのお店もいっぱいみたいだし、他の所から周った方がいいんじゃないかな?」
「う、うんっ……私も他の所が見たいな~……!」
「そお? そ~お?」
流石に虹もこの状況を見て無理そうだと感じたのか素直に諦め、モールに入っている様々な店を見て回る事になった。虹が服を見たいと言い出したため、まずはそこに行く事になったが、何とも奇妙な感覚だった。
私の中では虹はあまり服装などに気を遣っているイメージが無かったのだ。笑いを取るために意図的に髪型を変なものにしたりはするが、服装まで奇抜にするといった事は少なくとも日常生活では一度もやっていなかった。今までに買ってもらったのであろう服を様々な組み合わせで着るだけで、新しい服に興味を持つといった事は一度もした事が無かった。
「とーちゃーく」
「す、凄い所だねっ……! わ、私こんな綺麗な所入った事無いよ……!」
「おやそうなのかい子猫ちゃん。ではお手を拝借」
そう言うと虹は索の前で片膝をつくと彼女の手をそっと掴んだ。
「よ、よろしくお願いしますっ……」
「ふふっそう怖がらないでいいんだよ子猫ちゃん。ボクも初めてだからね」
「そうだったの!? じゃあ何で今慣れてる感出したのよ!?」
「だと思ったよ……」
一体どんな服を選ぶのだろうかと結と二人で見ていると、結局彼女は自分用の服を選ばなかった。どうやらここに来たのは索にあれこれ着せる事が目的らしく、最初から自分が服を見るなどという選択は持っていなかった様に見えた。索は小柄であるため大体何を着せても可愛らしく着こなせており、唯一着こなせていなかったのは大人っぽい服だけであった。そういった物を着ると、まさに服に着られているといった珍妙な状態になっていた。
「ん~ナイスですねぇ……ナイスですねぇ……」
「あ、う……ひ、日奉さん……も、もういいんじゃないかな……」
「え~でももうすぐ夏が刺激される季節なんだよ? 生足が魅惑的になる服にしなきゃでしょ」
「えっ!? わ、私そういうのはあんまり……」
「虹、その辺にしときなよ。ていうか自分のは選ばなくていいの?」
「あたしはほら、パーペキな美少女だし?」
「いやっ…………いや、うーん……」
何とも言えなかった。確かに虹は見た目だけならかなり整っており、もし彼女の事を何も知らない人間が容姿だけ見れば確実に清楚な美少女だと思うだろう。
「ま、まあ確かに君は綺麗だと思うけど……」
「そうね。一丁前に見た目だけはいいわよね、見た目だけは」
「あたしに惚れると、火傷するゼ?」
「するワケないでしょバカじゃないの」
「え~素直になっちゃいなよ~」
「誰が惚れるかってのよホントウザいわねぇ……近寄んなっ!」
「……虹、分かったからそろそろお店出ようよ。索ももう限界そうだし……」
「しょ~がないな~。じゃあ索ちゃんどれが良かった?」
「えっ……う、うーん……い、今はよく分からないよ。また今度でも、いいかな……?」
「いいよいいよ! 索ちゃんのお願いならパパ頑張っちゃうぞ~!」
「いかがわしい言い方やめなさいよ!」
索が試着していた服を元あった場所に戻し店を後にすると、丁度店外に出た際に虹が誰かとぶつかりそうになった。
「うわっ!?」
「っとと、ごめんなさい!」
その少女は虹と同じくらいの年代に見えた。しかしその若い風貌とは真逆にその服装は異質なものだった。上下共に黒いスーツで固め、革製の黒い手袋まで見に付けていた。その髪も邪魔にならない様にするためか短く切られており、服装だけ見れば年上に見える人物だった。
「あの! お嬢様を見ませんでしたか!?」
「ん~ドジョウだったら田圃とか探した方がいいよ~」
「お嬢様だよ虹! ここでドジョウ聞くのおかしいでしょ!?」
「そっかそっか。でもお嬢様とか急に言われても~あたし見た事無いしね~」
「そ、そうでしたね! えーっと、こう小綺麗なと言いますか……いやそれだと分かりにくいか……いやいやしかし……」
「ねぇ、迷子センターとかに届けを出させた方が早いんじゃないの?」
「そ、そうだねっ……。えとえと……! まいっ迷子センターにお願いするっていうのは……!」
「い、いえそれだと困るんです……いやしかしこのままも困りますしう~ん……!」
その少女は一人で自身の両手の指の間をにぎにぎしてああでもないこうでもないと思案していたが、やがてその動きは突然聞こえてきた悲鳴によってピタリと止まった。
「お嬢様っ!?」
その動きは凄まじい俊敏さだった。突然弾丸の如き素早さで駆け出し、二階であるにも関わらず手摺を乗り越えて下の階へと飛び降りて行った。本来であればモールの広さを演出するためにそういった吹き抜け構造にされている筈だが、彼女はその構造を最大限利用して一気に下まで降りて行った。
「ちょっとウソでしょ……イカレてんのアイツ?」
「く、縊木さん、あれっ……!」
索が指差した方向を見てみると、覆面らしきものを被った複数人によって誰かが外に連れ出されていた。先程の彼女はそれを追いかけ外へと消えていった。
「き、きっとさっき言ってたお嬢様ってあの人だよっ……助けないと……!」
「待ちなさいよ。アタシ達はあくまでメインテイナー。人助けするのが仕事じゃないわ」
「で、でも……」
「あのバケモノ連中が出てこない限りはアタシ達はお呼びじゃないわ。ああいうのは警察にでも任せとけばいいのよ」
「……いやっ結、追いかけた方がいいかも。あれが誘拐ならきっとあの人は激しい感情を覚える。恐怖や怒りみたいなマイナスの感情はいつまでも残りやすいし、長引けば長引くほど高次元存在を呼びやすくなっちゃうかもしれない」
「仮にそうだとしてもメインテイナーは警察じゃないのよ。犯罪は警察の管轄でしょうが」
「でももしもの事を考えたら早めに手を打っておいた方がいいと思うんだ」
「アンタねぇ、アタシ達は慈善事業じゃないの! そんなにいちいち構ってたら――」
「あ、あのえっとっ……!」
「放っておきなさい索!」
「いや……あの……日奉さんが、行っちゃった……」
索の指の先を辿ってみるといつの間にか虹が一階へと降りており、軽く流す様な走りでモールの出入り口へと駆けていた。
「何やってんのアイツ!?」
「結、もうどうこう言ってる場合じゃおわぁっ!!?」
虹から離れられる限界の距離を越えてしまったらしく、私の体は見えない引力に引っ張られる様にして虹の所へと吹っ飛んだ。エーテル体であった事が幸いし地面に激突する事は無かったがすり抜けて地中が見えるというのはなかなか出来ない体験だった。
「こ、虹!? 急に動かないで! せめて言ってよ!」
「や~何か大変そうだったからさ~。……お?」
虹が足を止め前方へと視線を向けた。見てみると先程出会った少女が手にスマートフォンを持った状態で俯いており、その肩を小さく震わせていた。
「や~や~大丈夫~?」
「……」
「おーい?」
虹が彼女の肩に触れた瞬間、その手は捻られ地面へと押し倒された。
「虹っ!?」
「いったた……ちょっと乱暴が過ぎるんじゃな~い? あたし乱暴すぎるのは好きじゃないな~」
「……あっ、貴方は!」
完全に無意識に投げ倒していたのか彼女は慌てて手を離すとすぐに離れた。
「どしたのさいきなり~。さっきのがお嬢様?」
「は、はい……あの、自分、急がないといけませんので……」
立ち去ろうとした彼女と一瞬目が合う。
「待ってください」
「……」
「もしかして……あなたもメインテイナーなんじゃないですか? 今、私の事が見えてましたよね?」
「お? もしかしてお仲間な感じ~?」
「…………貴方方には関係ありません。自分、急がないと……」
索と結がモールの中から駆けてくる。
「ちょっとアンタ何してんのよ!」
「はぁっはぁっ……あ、あの……何が、あったんですか……?」
「……すみません」
彼女がそう言うと、その背中からサポーターと思しき女性が姿を現した。恐らく成人しているものと思しき見た目をしており、日本刀の様な物を手渡すと彼女は黒を基調とした戦闘装束へと変身した。
「……奥様。必ずや……必ずや自分が……血分魔箕が……お嬢様をお守り致します……この、命に代えても……っ!」
「頼みますよ……魔箕……」
「はいっ……!」
直後、血分魔箕と名乗った彼女の足元からどこからともなく水が溢れ出し、その体をゆっくりと持ち上げ始めた。そんな彼女に手を貸そうと提案する間も無く、彼女の体は大量の水に押し流されるかの様にして大空へと飛び上がった。
「芸術的だね~」
「言ってる場合!? ほら虹、追いかけよう!」
「合点承知之助~」
ステッキを手渡した虹はすぐさま戦闘装束へと変身する。
「ちょっとマジで関わるワケ!?」
「お、お願い縊木さんっ! ひ、一人じゃ危ないよあの人……!」
「……ったく。無茶だけはすんじゃないわよ」
結から縄を手渡された索が変身し終わると、それを見計らったかの様に虹が肩を組む。
「索ちゃん準備はいいかな?」
「う、うんっ……!」
「了解! ほいっと!」
虹の手によってステッキが振るわれると、一瞬にして二人の体は大砲の様な物の中へと詰め込まれていた。そしてその形から考えるに次に起こる事は簡単に予想がついた。
「ねぇ虹ちょっと待って」
「スリィー……」
「……ねぇアタシ嫌な予感するんだけど」
「トゥー……」
「ちょっと虹ってば!」
「ワァン……ズェロォ……」
「聞いてんのこのバッッッ!!?」
私達は空を飛んでいた。




