濡れ手で粟
「携帯に店長の奥さんから、電話がかかってきたの」
店長の奥さんから言われたことは、簡単にいうとお金で話をつける、ということだった
正直、奥さんは店長にのしをつけて由美にあげたいくらいだそうだ
しかし、そんな店長でも給料は持って帰る
それに、あなたもいらないでしょう?と由美に言った
確かにもらっても困る、と由美は思った
奥さんの言い分はこうだ
離婚しても、今より家にいれるお金が少なくなるのはわかっている
かといって、目をつぶることはできない
由美のような、バイトの大学生を責めても情けない気持ちになるだけだ
「いくらなら出せるの?」
と、店長の奥さんは子どもを相手にするような声で言った
由美がとっさに答えたのは
「がんばって10万円位です…」
だった
「で、それが私の10万円なの?」
と、美紀はひきつった笑顔で聞いた
だって、私お金ないもん、と由美は可愛い子ぶって言った
くたばれ、と心の中で美紀は呟いた
「お姉ちゃん、店長さんのこと本気で好きなの?」
「うーん、好きだけど」
「別れられる?」
「そうするしかないよねー、ばれちゃったし」
どうやら、全然本気ではないようだ、と美紀は思った
「お金は払ったらダメだよ」
何で?と由美がキョトンとして言った
「一度払ったら、また請求されるかもしれないよ」
と、美紀が言うと、そうか!と由美はうなずいた
でも、奥さんが納得してくれるかなー?と由美
とにかく自分の貯金は守れた美紀も、確かに奥さんが簡単に引き下がってくれるとは思えないと、考え込んだ
「お姉ちゃん、ファミレスのバイト辞めなよ」
店長とはきちんと別れて、ファミレスのバイトも辞める、そう言って心から謝るしかない
きっと、店長の奥さんだって、それが一番だろう
「けっこう好きだったのにな」
と、由美はしゅんとした
バイトが?店長のことが?と美紀は聞こうとしてやめた
「良い機会だから、就職先探したら?」
と、美紀が言う
とんでもないとばっちりだと思っていたが、先行き不安な姉の不倫を終わらせ、就職活動をさせ、さらに姉の弱みを握ることができる
これは、美紀にとって悪い話ではないかもしれない