カゲロウの口
どれだけ世界が表面的に平和になろうと。やんちゃしたいやつらってのは必ず現れるわけだ。人はそれを悪と呼ぶのかな、俺は人の性と呼んでいるが。知ったこっちゃないか。
結局のところ悪っていうのは淘汰される存在で、淘汰された矢先に生まれ出るわけだ。さながら生まれてはすぐに死ぬカゲロウのように。
わんさか沸いて、わんさか死んでいく。
いつの時代になってもそれは変わらない。
ああ、実にくだらない唄だ。
なあ、お前もそう思うだろう?
「あー。うー。」
◆一◆
「ゴザ刑事。もう無理だ!どこかに隠れて応援を待つべきだ!」
「んなもん待ってたら何年かかんだって話だ!ビビってんじゃねえよ!てめえそれでも警察官か?」
「俺は警察じゃない!名探偵だ!馬鹿者め!」
悪党共の巣のなかで、たった二人の男が銃撃の嵐の中を駆け抜ける。言わずもがな、それはこの私、世界有数の頭脳を持ち、世界を股にかける、なにかと世界という言葉が枕詞のようについてくる名探偵こと土囲流乱歩と、今回の仕事で俺の(非常に不愉快かつ不満だが)パートナーという立場にいるジャック・ゴザ巡査なのだが。まあわざわざこんな風につづらなくても、聡明(勿論俺には遠く及ばないが)な読者諸君には察しがついていただろう。
「どおりで肝が据わってねえわけだ!こちとらこれくらいの修羅場は何度も潜り抜けて来てんだよ!でっかい図体少しは役立てて見せやがれインテリ眼鏡!」
「全くやれやれだ!君とは二度と組まないからな!」
俺は曲がり角に隠れていた悪漢の足を払い、倒れかけたところで拳銃を奪い、ついでのように頭を撃ち抜く。
「かがめドイル!」
ゴザの指示に従い俺は身を屈める。それとほぼ同時にゴザはかつての警察官御用達回転式拳銃で俺の向こうから迫る悪党を撃ち殺す。
「なんて旧式の銃を使っているんだ?信じられん!」
「やかましい!これは俺の愛銃だ!文句あるなら手前のケツをぶち抜くぞ!」
そいつぁ勘弁だ。俺は自分の主張を引っ込める。
階段やら空き部屋やらダクトやらを駆使し、なんとか一時的に追手を撒くことに成功した俺達は奥の扉を見やる。
「ゴザ刑事。あそこだ。あの扉の奥に今回の目標が隠されているはずだ。」
「特殊秘密兵器ワルキューレ。か。昨今のテロリストはなんでも作っちまうなア。全く、どうせならその技術を使って美味い酒でもつくれってんだ。」
「それは密造だろう。」
「兵器密造されるよりはマシだっつー話だよ。」
そうかい。
「見張りが四人か。」
「とっとと片付けて終わらせっぞ。いつ追手が追い付いてもおかしくはねぇ。」
応援を要請した意味を見失いつつあるが、ここまで来て今更待つのも馬鹿げた話だろう。俺とゴザ刑事は目で合図を出し、同時にそれぞれ一人の膝を撃ち抜く。四人の見張りの内二人が膝を抑え蹲り、それに気を取られたもう二人の頭に風穴を開ける。蹲っている二人のこめかみを俺達は蹴飛ばし、気絶させる。
ゴザ刑事は倒れた見張りを雑にどかし、扉のノブに手をかける。
「当然ながらロックされているな。」
「関係ない。マスターキーを持っているだろう。」
「わかってらあ。」
ゴザ刑事が鍵を銃で撃ち壊し、固く閉ざされていた扉を蹴破った。
「さあ、秘密兵器とやらのご対め・・・ん・・・?」
「これは・・・。」
秘密兵器の格納庫といえば、その部屋の雰囲気は伝わるだろう。その部屋の雰囲気自体は我々の想像していた通りだし、特段驚く必要もない。内装が重要ではない。俺達はそこに存在していたモノに驚きというリアクションを取るほかなかった。
幼女がいた。
秘密兵器の格納庫という言葉に全く違和感のない一室に、回りくどい言い方をしてしまったが、つまるところ人が暮らすにはトップレベルで不向きであろう部屋に、推定年齢八歳前後の小汚い彼女はただぼうっと座っていた。
◆二◆
「入れ。今日からここがお前の家だ。」
「あー。うー?」
件の幼女は理解できていないという表情を俺に見せる。この状況を理解できていないのは俺も同様なので、答えを求められても困るというものだ。
彼女を悪党共の巣窟から保護してきてそろそろ丸一日たとうとしていた。あの後やっとのこと応援が我々の下に駆けつけ、悪党達を制圧し事態は収束した。特殊秘密兵器ワルキューレは見つからず、かわりに身元不明の幼女を見つけ出した。彼女の身元が判明するまで、流れで俺が保護するカタチになってしまったわけだ。
「とりあえず風呂に入れ。臭い上に部屋が汚れる。貴様のぼろ雑巾のような服も捨てろ。新しく買ったこの服に着替えろ。いいな。」
「あー。うー。」
「・・・わからんか。致し方あるまい。来い。」
俺は幼女を抱え風呂場へと向かう。俺は靴下を脱ぎ、袖と裾をまくった。ぼろ雑巾のように朽ち果てた彼女の衣服を脱がせ、それをゴミ箱に放り込む。
「あー。うー。」
「何を乳と股を隠しとるんだ。やめろ。逆に犯罪臭が増す。話せもせんくせに一人前の羞恥心を持つんじゃない。」
「あー。うー。」
幼女の髪を洗い、体を洗ってやった。泡と水に混じって、おびただしい量の垢や汚れが流れていく。一体どれだけの期間風呂に入っていなかったのだろう。幼女は流れるお湯と泡を不思議そうに見つめ続けるのだった。
変な色にくすんだ幼女の髪と体を、俺は何とか元の(いや、元なんて知らないが)透き通るような金髪と死人のような白い肌に洗い上げてやった。
「あー。うー。」
我々は風呂場から出て、リビングルームにて暇をつぶす。幼女は不思議そうに自分の髪をいじくっていた。
「さて、これからどうしたものか。」
俺は彼女に話しかける。理解などしていないのは百も承知である。だから、これは彼女に対して語り掛けるというよりは、自問自答に近い。
「察しと頭の悪い警察共は今頃躍起になって、特殊秘密兵器ワルキューレの本当の隠し場所を探しているのだろうが、俺にはわかるぞ。お前が特殊秘密兵器ワルキューレだな?」
「あー。うー?」
「どうせ奴さん達に進言しても自分たちで確かめるまでは、お前が特殊秘密兵器ワルキューレとは信じないだろう。それで俺がお前を保護しているわけだが、ゴザ刑事達がモタモタしている間に昨日の残党達がここにお前を取り返しに来るかもしれん。」
「あー。うー。」
「・・・。お前を隠していた悪党共はカゲロウという名前の組織だ。」
「あー。うー。」
「生命力の欠片もないような組織名だよな?俺ならそんな名前にしない。なあ、お前の飼い主だった組織の本部は叩いたはずなのに、なんで親分様が見つからないんだろうなあ。俺とゴザ刑事に気づいて逃げ出した?カゲロウは名前こそふざけているが、そう間抜けな組織じゃない。したたかだ。ここ数年尻尾の先も出さなかったような連中が、急に本部を発見され特殊秘密兵器であるお前を奪還された。」
「あー。」
「謎だな。」
「うー。」
「名探偵に謎は必要だ。生業だからな。」
俺は戸棚から好物のバウムクーヘンを取り出す。
「あー。うー!」
幼女はバウムクーヘンに手を伸ばす。
「おい待て。こいつはお前のじゃあない。俺のだ。お前のはこっち。」
俺は彼女が取ろうとしたバウムクーヘンを高く持ち上げ、代わりのものを皿に盛り幼女の前に出す。
「あー。うー。」
「ピスタチオは嫌いか?生意気な奴だ。ならばこれでどうだ。」
「あー。うー。」
「おいおい。上等なオリーブだぞ?チッ。クソガキめ。」
幼女が俺の体をよじ登ろうとする。根負けした俺はバウムクーヘンの一切れを彼女に渡す。
「トルコとスペインが泣いているぞ。ドイツは喜ぶだろうが。おいおい、手づかみはよせ、折角洗ったんだぞ?このフォークを使え。食い終わったらテーブルの下に潜るんだぞ?何故って顔をするな。俺は名探偵だ。よし食い終わったな。早くテーブルの下に潜れ。あー。も、うー。も言う必要はない潜れ。さあ!」
幼女を指示通りテーブルの下に潜らせ、俺がソファーの裏に隠れたのと同時に複数の銃声が室内にこだまする。
「行け行け行け!奴を殺し次第、兵器を確保せよ。ここにあることは間違いないんだ!」
複数の男たちが侵入してくる。俺は手元の銃弾の数を確認する。七発。足音と呼吸音を聞き分け敵の総数を数える。二、三・・・八人か。
「十分すぎるな。」
ソファーから飛び出し一番遠くに立つ一人の眼球を撃ち抜く。ばちゅんという着弾音を聞くのと同時に今度は一番近くの男を捕まえ盾にする。
「うぐぅっ!」
一瞬遅れて反応した男たちが俺に向かって発砲する。
「や、やめっ!ぐぶっ!」
が、弾は全て盾にされた哀れな男にぶち当たる。
「ああ。かわいそうに。」
ついでのように挑発してみせた。
「ばっぁ!」
「ごあっ!」
男を盾に適当な二人を撃ち殺す。勿論一発ずつでだ。
「くそっ!死にやがれ!」
銃の代わりに手斧を持った男が後方に回り込み襲い掛かってくるので、ピスタチオを乗せた陶器の皿で頭をもとい、頭で皿をかち割ってみせる。パリンと耳障りな音が鳴る。
「がばぁっ!」
死んだ盾男をもう一人の銃を持たない男に蹴り飛ばし、皿攻撃によってひるんでいる男を盾にする。
死体を受け止めてしまい、両手がふさがった男に成す術はない。遠慮なく顔面に発砲する。
「くそっ離せ!」
盾がうるさい。しかし、仲間に構わず発砲してきた男たちのおかげですぐに静かになった。
横に回り込もうとする男の一人の膝を撃って体勢を崩し、狙いやすくなった頭をもう一発の弾丸で貫く。盾を捨て、幼女が隠れているテーブルの上を飛び越え最後の銃弾で一人の眉間を撃ち抜き、もう一人に果敢に肘からダイブする。体重を乗せた肘で肋骨をへし折り、最後に顔面を殴って気絶させた。ふぅと一息つく。
どさり。
後方から砂袋が落ちたような音がした。振り向くと外から来たであろう、部屋に転がる死体共の仲間の一人が血に溺れながら倒れていた。
その横に座っているのは、やはり幼女だった。
「テーブルの下に潜ってろと言ったはずだぞ。まあ、助かったことだし良しとするが。」
倒れている男の喉にはフォークが貫通していた。
◆三◆
脇腹の激痛に意識が覚醒した。どうやら肋骨の数本が折れているらしい。
さらに自分の体をよく見ると縄でぐるぐるに縛られていた。顔を上げると、百九十センチはあるだろう大男が、俺の方に椅子を引きずりながら歩いてくるところだった。
正面に椅子を置き、どかりと座って語り掛けてくる。
「さて、マーティン。話をしよう。」
何故だかわからないが男は俺の名前を知っていた。
「貴様の好きなものはなんだ?なんでもいい。好物でも好きな映画でも好きな本のジャンルでも好きな女のタイプでもいい。好きなものというのはその人物の人となりを表すからな。言ってみたまえ。」
「・・・。」
「ああ、なるほどな。沈黙か。沈黙というのは最高の話し相手だ。なんせ、こちらが喋り飽きるまで喋らせてくれる。例えば貴様の好物がチェリーパイであり、好きな映画はグレムリン2であることなどを話してもいいわけだし。小説はあまり読まない主義で日本の漫画が好きであることも、好きな女のタイプがゼンデイア・マリー・ストーマー・コールマンであることも喋っていていいわけだ。」
「!?」
「なぜわかったという顔をしているな。観察というのは名探偵の基礎だ。好きなモノというのはその人物を構成する大きな要素だ。それは逆説的に人物の方から紐解いていけば構成する大きな要素である好きなモノがわかるということ。簡単な話だろう?さて、閑話休題。お前達はカゲロウ・・・ではないな。そもそも俺達が駆け回ったあの建物もカゲロウの本部なんかじゃない。奴らの下請けってところだな。奪われた秘密特殊兵器を取り戻しに来た口だろう。」
「・・・。」
「ワルキューレか。その力の片鱗を先ほど見させてもらったが、強化人間といったところか。それも幼き少女の姿ときた。暗殺対象を油断させるには上出来だが、手入れを怠ってはいかんなあ。あんな身なりや教育状態ではまともに扱うこともできなかろう。まあ、試作といったところなのかもしれないし、あいつが一番出来の悪い個体なのかもしれんな。なんて言ったってワルキューレだものな。他にもいるんだろう?」
「・・・。」
「さて、ここでお前たちのような雑魚が何故秘密特殊兵器なんぞを持っていたのか。何らかの作戦を決行するのに、カゲロウの本部からあいつを持たされていた。が、こき使われることに嫌気がさしていたお前たちは、本家本元であるカゲロウを裏切ってみせた。お前たちはあの秘密特殊兵器を切り札にカゲロウと対等かそれ以上の力を手に入れようとしたわけだ。」
ふふん。と大男は鼻で笑いそれまでかけていた丸眼鏡を外し、角ばった眼鏡にかけ替える。
「しかし、これがお前たちの悲劇の始まり。渡されていたワルキューレは命令もまともに聞かない使えない化け物。カゲロウはお前たちが裏切るのを見越して、その使えないワルキューレを渡したのだろうなあ。」
男がなんの意味があるのか、またぞろ違う眼鏡に変えながら俺の横でバウムクーヘンをむさぼり食う幼女を指して笑う。
「まともに使いこなせないとはいえ、ワルキューレであることは確かなそいつをみすみす捨て置くわけにもいかなくなったお前たちは、ここに突入してきた。だってそうだよな。そこの秘密特殊兵器まで失ったら、お前たちの一大決心が本当に無駄になるものなあ。しかし、まあ。こう結果だけを見れば、お前達は厄介払いか。ゴミの投棄か。まとめて捨てられただけだったというわけだ。滑稽だな。」
「・・・。なんで、そんな話をわざわざ俺にする。さっさと殺せばいいものを。なにが知りてえんだよ!そうさその通り!俺達はいいように切り捨てられた哀れなチンピラ集団だ!ポリ公共に情報を売られ、お前にたったいま残った仲間も殺されちまった!ははは!俺達は奴らの口さ!」
「口・・・か。面白いな。いやなに。貴様を生かしておいたのは、究明編には聞き手が必要だからな。あのガキでは役不足だ。」
「じゃあもう、俺の役目は終わっただろう。殺せよ。」
「ああ。そうだな。お勤めご苦労、カゲロウの口。」
◆四◆
「成虫のカゲロウの口は、退化していてまともに働かない。つまるところ、カゲロウにとって必要のない器官というわけだ。」
「あー。うー。」
「あいつが言うにはお前もそうらしいな。」
「あー。うー。」
「カゲロウの口か。お似合いかもなあ。なにせ必要とされていない兵器だ。」
「あー。うー?」
「安心しろ。あんなろくでもない所に必要とされても良いことなんてないさ。」
「あー。うー。」
「実はな。お前を警察から引き取ってから、ずっとなんと呼ぶか考えていた。なんせ今日からお前は俺の助手になるのだからな。名前が必要だ。」
「あー。うー。」
「悪いが決定事項だ。お前の名前も、お前が俺の助手になることもな。」
「あー。うー・・・。」
「お前の名前は今日から品口ロロだ。ふふん。誇りをもて、口であることに。」
◆了◆