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2年前・記憶喪失②



「ナタリー……、悪かった。入学直後にこんな話」

「ううん、レオも辛いのに話してくれてありがとう。1人で抱えて、辛かったよね」

「バカ言え。辛いのはナタリーだろ。無理するな」

「そうだよ、ナタリー。泣き喚いたっていい。ここには、僕たちしかいないよ」

「うん……そうなんだけど……」


 今、泣いたらなんだか立ち直れない気がした。本当は2人に甘えて大泣きして駄々をこねてしまいたいけど、それをしたらもう自分の足では立てなくなる。


「とりあえず、できることを考えたい……。忘れたってことは、別に私のことが嫌だとか嫌いなわけじゃないのよね?」

「当たり前だ。お前の記憶を失う寸前まで、あいつは嫌だと嘆いていた。苦しそうにもがいていた。お前に会いたいと、でも会った時にお前に記憶がないことが知られると傷つけるから嫌だと、言っていた。お前の記憶がある時のあいつは、いつでもお前を思っていた」

「な、泣かせること、言わないで」

「泣いていい」

「ばか、レオ。今は、泣いたって、どうしようもないわ」


 滲んだ涙を拭って、思考を一生懸命切り替える。


「私のことが嫌いじゃないのなら、もう一度やり直す」

「え? やり直すって」

「もう一度、ジョゼフに私のことを知ってもらうの。そしてまた好きになってもらう」

「ナタリー……」


 心配そうなレオに精一杯の微笑みを向ける。


「平気よ。それに、一緒に過ごすうちに思い出してくれるかもしれないし……」

「うん、俺もそう願ってる」


 言いながらも、レオの表情は浮かない。彼なりに何か思うことがあるのかもしれない。私を気遣って話せないことがあってもおかしくはない。


「それで、今日はジョゼフに会えるの? あ、もちろんナタリーの心の準備ができてからが良いけど」

「不安だけど、私は少しでも早く会いたいわ。会わずにいたら、それはそれでずっと考え込んでしまいそうだもの」

「それなら夕食の時間はどう? といっても食堂だから、他の人の目もあって深い話はできないだろうけど」


 エディと目配せしあって問題ないと頷く。


「わかった、ジョゼフに伝えておく。あと、この記憶喪失についてだけど、知ってるのは今のところ最低限の人間だ。関係者以外には違和感を抱かれないよう、魔法をかけてもらっているから、心配はいらない。さすがに大騒ぎしたら魔力高い奴には気づかれるから、気をつけて」

「わかったわ」


 話が一段落して、少し沈黙が落ちる。レオはテーブルに貴族らしくなく肩肘をつき、思案するように口をへの字にした。そしてそのまま、深いため息を吐く。


「……ほんとに会う? ジョゼフと」


 まるで会わせたくないと言わんばかりの弱気な声。心の柔らかい部分をくすぐられるような感覚に、気持ちがふっと弱くなる。


「心配?」

「いや、どうだろう。多分、俺が嫌なんだ。君はどうしたって傷ついてしまうだろうから。そんな君の顔、見たくないんだよ」

「その時は、2人がどうか慰めてね」

「もちろんさ! 僕じゃ頼りないかもしれないけど、君が泣いたら、笑顔にさせるためにどんなこともするよ」

「俺もエディと同じ。君が願うこと、全て叶えてあげる」


 優しすぎる幼なじみたちに、また涙がにじむ。2人も不安で辛いだろうに、私が落ち着くまであやすように頭を撫でてくれた。


 それから2人と別れ、私は寮の部屋へ移動した。自分の屋敷に比べるとずっと狭い部屋だったけれど、魔法学校の伝統が感じられる造りで、何より各所に魔法技術が使われている。


 きっと、何も知る前であれば喜んで部屋のあちこちに魔法技術に触れ、胸を躍らせたことだろう。けれど今は、どうにも立ち上がる気力さえ湧かなかった。


 はしたないと思いつつ、制服のままベッドに倒れこむ。瞬間、溢れた涙がシーツを濡らした。


 不安でたまらない。苦しくて、切なくて、どうにかなってしまいそうだ。


 私に中にはこんなにも心を締め付けるほどにジョゼフがいるというのに、彼の中に私はいないなんて。信じたくなかった。ポジティブに、また1から重ねていけばいいと頭で思いながらも、まるで私の中にある思い出や積み重ねてきた年月を否定されるようで、心は嫌だと叫び出しそうだった。


 ジョゼフに会ったら、どんな顔をしよう。泣かないようにつとめて、少しでも彼の記憶を呼びさませるようにしなくては。


 ジョゼフに会うのがこんなに不安で怖いのは、初めてだった。少し前の私は、自分がまさかこんな風に思うなんて想像すらしてなかったというのに。あんなに毎日会いたくて焦がれた人を怖く感じてしまう自分にも、切なくてまた涙がこぼれたのだった。



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